第41話、横浜観光
「それで、すぐにはギルドに帰ることができないんですよね……」
おずおずとカリーナが聞いてきた。
「そうなんです。申し訳ないんですが、これから1日は元の世界に戻ることができないんですよ。だから、しばらく日本で待つことになります……」
俺が答えると彼女は笑ってうなずいた。
「はい、分かっています。実は私、日本に興味があったんです。異世界がどんなところか案内してもらえませんか」
そうなんだ。まあ、そうだろうな。今まで彼女にとって異世界に行く機会など無かっただろうから。
「ええ、喜んで案内させてもらいますよ」
こんな可愛い娘を連れ回すと、通りがかりの男共が悔しがるだろう。きっとトルティアの時のように楽しいに違いない。
「それで、観光はどこに行きたいですか」
カリーナに尋ねる。
「そうですねえ……」
俺の問いに目を輝かせるカリーナ。
「日本のおいしい物を食べたいですね。それに服なんかも見てみたいです」
屈託のない笑顔。やはり、まだ年頃の女の子なんだな。
俺はトルティアの時を参考に、どこを回るかを頭の中でシミュレーションした。
*
深夜なのだが、どうしても彼女が行きたいというので、横浜見物に行くことにした。
異世界を出たのは昼だったので、まだ眠くはない。
「じゃあ、トルティアちゃんの時のようにコーディネートしてあげようかな」
麻美さんが私服の中から似合うような物をピックアップしてくれた。
たぶん、後で経費を請求されるだろうが……。
2階の事務所で、カリーナの着替えをしばらく待っていると、麻美さんに連れられて階段を降りてきた。
黒と白のツートンカラーゴスロリ風ワンピース。元々、黒っぽい服だったが、カリーナには黒がよく似合うようだ。
「どうですか……」
恥ずかしげなカリーナの問いに俺は親指を立ててグッジョブ! 彼女はうれしそうに微笑んだ。
*
カリーナをホンダフィットの助手席に乗せて、夜の町をドライブ。
深夜営業のマクドナルドに入った。この時間に俺が行くとなると、やはりここになってしまうんだよな。
セットを注文して2階に上がる。そこには疲れて眠そうなサラリーマンやホームレスらしきオジサンがいた。彼らは俺達のことを無遠慮にジロジロ見る。やっぱりカリーナさんは可愛いんだな。そして、俺のことはどのように見ているのだろう。17歳の少女と34歳の小太りオヤジ。恋人だとは思ってくれないだろう。良くて援助交際といったところか。
隅の席に座ってハンバーガーを食べる。
彼女もハンバーガーを気に入ったようだ。こんな物を食べるのは初めてだと言っていた。
店を出ると、空が明るくなっていた。しかし、まだブティックなどの店が開いている時間ではない。
高速を通って大黒緑地公園に行く。
有料駐車場に車を停め、誰もいない公園内を散策した。
岸壁の手すりに肘をつき、薄明るくなってきた海を眺める。
「カリーナさんは、ずっとギルドに務めているんですか」
俺が聞くと、海の果てを見ながら、ハイと小さく答えた。
「給料とか待遇はどうなんですか」
アルバイトのような契約だと聞いているが。
「両親は私が小さいときに死んでしまったので、それからはギルドに引き取られて事務員として働いているんですよ」
チラリと彼女を見ると苦笑いのような表情。聞いちゃマズかったか。
話題を変えないと。
「どうですか、日本は……」
そうですねと彼女は言って、少し間を置いてから答えた。
「日本って進んでいるんですね」
カリーナさんもトルティアと同じような感想を持っているようだ。
「ああ、シンヤードと比べて文明は先を行っているよね」
「こんな素敵な世界だったら皆が幸せに生活しているんでしょ?」
答えに詰まる。俺は幸せなんだろうか。今は幸せかもしれないが、以前は不幸だった。異世界に行くことができなくなったら前の状態に戻るかもしれない。
「どうなんだろうね……」
曖昧な返事。
「……そう言えば、藤堂さんもサトウさんも日本のことを自慢したことがありませんね」
小首をかしげるカリーナさんは不思議そうな顔。
「うーん、そうだね。日本よりもシンヤードの方が生き生きと暮らせるような気がする」
どうしてだろう。
文明の進歩と人間の幸せは比例しないんだな。
カリーナさんは無言で水平線を見ている。
朝日が昇り、波がチラチラと輝きだした。
しばらく公園を歩いていると午前9時を過ぎていた。
「カリーナさん。では洋服でも見に行きましょうか」
俺が言うと彼女は片目を細める。
「カリーナで良いですよ。私の方がずっと年下なんですから」
そう言ってニコッと笑った。
*
ランドマークタワーのブティックに行ってカリーナの洋服を買った。
下着売り場では目を輝かせるカリーナ。他の客の視線に刺されながら赤面する俺は、まるで針のむしろに座っている気分。当然、カリーナは日本語が話せないので、ずっと俺が付き添うしかない。
たくさんの買い物をして探偵事務所に帰ってきた。
買い物袋を抱えながら事務所に入ると、麻美さんと健司さん、それに見覚えのある男がイスに座っている。
それは解剖マニアのマッドドクター、後藤啓治だった。
山口の姿はなかった。やつは帰宅したのだろう。
「やあ、佐藤さん。こんにちは」
片手をあげて笑顔のドクター。いつも白衣を着ているのか。
「ああ、お早うございます」
テーブルの上にはペットを入れるようなカゴが置いてあって、中にはスライムがうごめいていた。
「なんですか、これは」
「裏で飼っているスライムに決まっているじゃない。一匹、1万円で買ってくれたのよ」
満面の笑顔で麻美さん。吸血スライムを売るのかよ、まったく。
スライムは交配した後に分裂する。エサをやっていればドンドン増えるので売った方が良いのだが。
「フフフフフ。なんと素晴らしい生物だ。研究所に持って帰って、じっくりと検査しないと」
嫌らしく笑うドクター。どうせ最後には切り刻むんだよな。
「そういえば、例のコボルトはどうしたんですか」
俺が聞くと、ドクターはニヤリと笑う。
「まずレントゲンに血液検査、それにリンパ液を採取して……」
「ああ、もういいです!」
もう、聞きたくない。どうせ解剖したのだろう。
「佐藤さんよお」
ドッカリとイスに座っている健司さんだ。あれから寝ていないのか。
「はい、なんでしょう」
「山口の野郎のことなんだけど……」
「あいつがどうしたんですか」
もう山口とは関わりたくない。
「野郎をこの探偵事務所で雇おうと思う」
健司さんの言葉が一瞬、理解できなかった。ちょっとの間があって、やっと脳の海馬がデータを処理する。
「なんだってー!」
俺は大声を出し、両手の買い物袋を床に落としてしまった。
なんで疫病神をわざわざ。




