第40話、刻印の魔法
シンヤードの町にある佐藤商会に到着。
事務所では山口が長沢に捕らえられていた。
捕まえるときに暴れたようで、イスなどが転がっている。
「放しやがれ、このホモデブ」
逃げようとしているが、山口の背後で長沢が腕をねじり上げているので動くこともできない。
「もう逃げられないぞ、観念しろよ。男らしくないな」
俺が言うと、キッとした目で睨まれた。
「チクショウ、あんたが余計なことを言わなければ……」
「ああ、転送するときは向こうの場所をイメージしなければならないからな。転送間際に行き先の名前を大声で言ったから、つい、佐藤商会を思い浮かべてしまっただろう」
それに一度、行った場所でなければ転送することができないが、山口は盗みのために以前、佐藤商会に転送しているので問題はない。俺は転送のプロだから山口よりは一日の長がある。
顔をゆがませて悔しがる山口。あー、せいせいするぜ。
「まだ終わりじゃないデスよ」
山口は目をつむり、そして消失してしまった。
「やっぱり、転送しちゃったわね」
オカマ言葉の長沢が前に伸ばしていた腕を下ろす。
「これで山口も終わりですよ。カリーナさんには連絡してもらえましたか」
藤堂さんに聞くと、携帯型の無線機を持ち上げた。
「ああ、やつが現れたときに報告しておいた。すぐに来ると思うぜ」
ギルドに無線機を貸してあり、カリーナさんに使い方を教えてあるので、すぐに馬車で駆けつけるはず。
しばらく待っていると黒いベールをかぶったカリーナさんがやってきた。
「サトウさん、犯人を捕まえたそうで」
急いできたらしく、息が少し荒い。
「いや、まだ完全に確保したわけではないんですが、もう捕縛したと同じようなもんですよ」
俺は自信ありげに言った。向こうでは戦闘凶の健司さんが待ち構えている。万が一にも取り逃がすことはないだろう。
「では、その……日本とやらに連れて行ってもらえますか……」
ギルドでは雑務を担当している少女。現在、刻印の魔法を使えるのはカリーナさんしかいない。ギルドから逮捕命令が出ているので、彼女が日本に行って対処しなければならないということだ。
「分かりました。向こうで少し滞在することになりますが……良いですよね」
少し眉をひそめてカリーナさんは小さくうなずいた。
彼女はギルドでアルバイトのような待遇だそうだが、仕事の責任は正社員よりも厳しい。まるで俺が務めていたブラック企業だぜ。
「では、どうぞ」
そう言って俺は後ろを向き、背中を差し出した。
「は、はあ」
ためらいながらもカリーナは俺の背中に密着し、両腕を俺の首に回した。
トルティアほどではないが、胸が結構大きい。こればかりは山口に感謝してもいいな。
壁際に立っているトルティアが俺のことをジトッとした目で見ている。これは浮気じゃないんだよ。仕事だから、ね……シゴト!
心の中で言い訳をしながら横浜の事務所を思い浮かべた。
ふくれっ面をしているトルティアが白くかすんできた。そして日本に。
*
探偵事務所に到着すると、こちらでも山口が腕を決められていた。
「痛えー! 放せ、この金髪」
床に座って足をバタバタさせているが、健司さんは余裕で抑えている。
ほっそりしていても健司さんはモンスターを倒すほどの戦闘能力。山口なんか百人が束になっても勝てないだろう。
「もう、いい加減あきらめろよ」
カリーナさんを床に下ろす。彼女は不思議そうな顔で事務所を見回していた。転送するのは初めてなのだ。
「チクショウ! もう一度、転送だ」
山口が目をつむる。しかし、消えることはない。
「なんで! なんでだよ?」
焦ってキョロキョロしている。
「お前は、まだ知らないだろうが、24時間待たないと日本から転送できないんだよ」
口を開けて何も言えない山口。俺も1日が経過しないと異世界に転送できない。やつは泥棒などをやっていて、異世界に長く滞在したので24時間ルールに気がつかなかったのだ。
「そ、そんな」
やつは青ざめている。ゲームでも何でもルール確認は必要だよね。
それに山口は、日本から出発した場所に戻ってくるしかない。探偵事務所から異世界に転送したら戻ってくるのは必ず探偵事務所。まだレベル1の転送能力だ。しかし、俺の場合は知っている場所なら地球のどこにでも帰ることができる。コパルを喜ばせることによって取得したレベル2の能力。
「では、刻印を打ち込みます。逃がさないようにして下さいね」
カリーナが山口の前に進み出て、右手を差し出した。
健司さんは山口の右腕をひねって背中で固定していたが、さらに左肩を強く握る。
「秩序と平穏を司る精霊よ。この者に罪の裁きを与えたまえ」
人差し指の指輪がボンヤリと光り出す。
「やめろ、やめてくれ!」
構わずにカリーナが山口の頭上に手をかざす。
「悪の過ぎたるを為すの後、懊悩・悔恨すべし。この者の足を鎖で地に止め、後悔と改心の安寧を施しますように……」
指輪から光りの粒が飛んでいき、山口の額に入っていった。
「ウギャー!」
山口が叫んで激しく暴れ出す。
健司さんが手を放すと、やつは頭を押さえ、床を転げ回って苦しんだ。
「あ、あの、大丈夫なんですか」
いくら憎たらしいやつでも死んだら寝覚めが悪い。
「平気ですよ。すぐ痛みは治まります。最初だけですから」
そう言って微笑むカリーナ。あー、俺は異世界で悪いことはしないように心がけようっと。
確かに、しばらくして山口は落ち着いた。
床に横たわり、荒い息で視線はうつろだが、命に別状はないようだ。
「山口さんでしたよね。あなたに罪の刻印について説明します」
カリーナは山口に、これから半年間、ギルドの刑務所で拘束されることを告げた。定期的に罪の刻印をクリアしないと激しい頭痛に襲われる。転送して逃げ出したら拘束期間が延長され、さらに罰として頭痛を与えるということだった。
孫悟空が頭に付けている輪っかのような物と同じかな。
これで山口も真人間になってくれれば良いのだが。
「それで盗んだ物はどうしたんですか」
カリーナが山口に尋ねる。
やつの顔は脂汗でテカっていた。
「もう日本で売ってしまったデス」
それは、と言って困ったようなカリーナ。
「でも、お金で弁償しますデス。銀貨はたくさん持っているので」
「そうですか、ではギルドに出頭したときに手続きをして下さい」
あ、そう言えば俺から盗んだ物はどうしたんだろう。
「おい、山口。佐藤商会から盗んだ砂金はどうしたんだよ」
やつに詰め寄る。
「ああ、あれは無くしてしまったデス」
したり顔で答えた。
「嘘つけ。銀貨をたくさん持っているということは、日本で一部を換金した後に異世界で商売したんだろう」
「さあ、知りませんねえ」
やまぐちは薄ら笑いを浮かべて横を向く。
「この野郎……。カリーナさん、こいつに激痛を食らわせて下さい。砂金のありかを吐くまで徹底的に」
カリーナさんは口を結んで困ったように微笑む。
「砂金というのは、川で取れる光る砂のことですよねえ」
「はい、そうですけど」
「そんな価値の低い物で刻印を発動させるわけには……」
でも、と言って俺は黙り込む。
「規則がありますので、むやみに痛みを与えることはできないんです」
そうか、そうだよな。日本でも、泥棒が庭に忍び込んで、そこらに転がっている石を盗んでいったとしても警察は動いてくれないよなあ。
悔しいが泣き寝入りするしかないのか。
「それで、こいつはどうするよ」
健司さんが横たわっている山口の背中を軽く蹴る。
「放っておいても良いと思います。逃げたら彼にとって大変なことになるのは分かっているでしょう」
そうだよな。彼女の言うとおり、やつは逃走することはできない。また激痛で転げ回るのは嫌だろうから。
「おい、山口。24時間経って転送できるようになったら自分でギルドに出頭しろよ。そうしないと……分かっているよな」
俺が脅すと、山口は上体を起こして力なく首を縦に振る。とりあえずは、これで一段落だ。




