第39話、罠
山口を逃がさないための、罪の刻印とはどういったものか。
カリーナに聞いたところ、それは束縛の魔法で、刻印を施すと定期的に頭痛が起こり、その激痛は刻印の指輪でしか解除できないそうだ。つまり、転送能力で逃げたとしても1週間ほど経つと頭が痛くなり、頭痛をクリアしてもらうために戻ってくるしかないのだ。
転送しても帰ってこなければならないので、結果的に留置されることになる。
ただ、刻印の魔法をかけるためには、呪文の詠唱のために最低でも1分は逃がさないことが必要。呪文の途中で転送されたら魔法の効力は発生しない。
佐藤商会の事務所。
一つの作戦を思いついたので、藤堂さんに相談した。
「山口は俺を恨んでいるから、また俺の物を狙ってくるんじゃないでしょうか」
そうだな、と言って藤堂さんがうなずく。
「この佐藤商会は一度、盗みに入っているから警備が厳重になっていると考えるでしょう。だから、来るとしたら日本の自宅だと思います」
「……そうだな、そこには砂金が置いてあるだろうと考えるから、山口は利益率の高い場所を狙うだろうな」
腕組みをしている藤堂さん。
「そこに罠を張るしかないでしょう」
俺は考えた作戦を説明した。
「なるほど、佐藤さんは上手い方法を考えついたもんだな。確実ではないが成功率は低くないと思うぞ」
藤堂さんが賛成してくれたので、その方法でいくことにした。
それにはギルドの協力が必要だ。
藤堂さんと一緒にギルドに行き、カリーナに相談する。
「分かりました。こちらの方としても全面的に協力します」
少女はニコリと微笑みながら了諾してくれた。ギルド側でも山口には頭を悩まされていたのだろう。
かくして、山口捕縛作戦はスタートした。
*
暗闇に光る液晶画面。その光が部屋を鈍く照らしている。その画面にはビルの玄関先の映像がリアルタイムで写っていた。
横浜の自宅で3日も張り込みをしているが、山口が来る気配はない。
ビルに近づいてくる人間を見張るために暗視モード付の監視カメラを玄関先に取り付けた。そして、夜になっても部屋の照明を点けずに暗い部屋でジッと山口を待っている。
「見込み違いだったか……」
このように部屋で監視カメラの画像を見ているうちにも、やつは異世界で盗みを働いているかもしれない。気持ちは焦るが、他の方法は思いつかなかった。とにかく、しばらくの間は忍耐で待つしかないのだ。
麻美さんが作ってくれたオニギリをボソボソと食べ、ペットボトルのお茶で流し込む。暗い部屋での食事は旨くないなあ。
そろそろ健司さんとの交代時間だ。
俺と麻美さんと健司さん、その三交代制で待ち構えている。
2階の探偵事務所に降りて、健司さんと代わろうかなと思ったとき、液晶画面に人の影が入ってきた。
黒い服装の男が玄関先で様子をうかがっている。
山口だ……。やっと来てくれたか。
緊張とも安堵とも言えない大きなため息をつくと、俺はスマホで2階の健司さんにメールを送る。すぐに返事が返ってきた。これで敵を迎え撃つ準備は万端。
監視画面の電源を切ると部屋は真っ暗になった。カーテンを閉めているので、町の明かりも入ってこない。
机の影に隠れて息を殺す。
心臓の鼓動が早くなる。片膝をついた体勢でしばらく待っていると、入り口のドアノブが金属的な音をたてた。やつが施錠を確認しているのだ。あまり無防備だと怪しまれるので鍵はかけてある。
ドアに取り付けてある模様ガラスの窓がピシリと音を立てる。ドライバーなどでガラスを割っているのか。割れた窓から腕がにゅっと伸びてきて、ドアのサムターンを回した。
いよいよだ。
きしむ音と共にドアが開く。
無音の室内に侵入者の足音がやけに大きく響いた。
いきなり部屋の照明が点灯する。
「いらっしゃいませえー! お客様、開店時間は過ぎておりますよー」
ドア付近のスイッチでLED照明を点けたのは健司さん。いつものようにふてぶてしいニヤけた顔。
部屋の真ん中で慌てているのは山口だった。
「やまぐちぃー! お前は何を考えているんだよ」
俺は立ち上がって怒鳴った。
「先輩……」
全身、黒っぽい服装。さらに山口はサングラスにマスクという典型的な泥棒スタイル。
「お前に先輩なんて呼ばれたくねえよ。まったく、落ちるところまで落ちやがって、人の物を盗むなんて最低な人間だぞ」
人に説教するほど偉くはないが、ここは言っておきたい。
山口は視線をうろつかせて下を向く。そして、サングラスを投げ捨てた。
「うるさいデスよ、佐藤さん」
親の敵のように俺を睨む。
「なに!」
「私は平凡な人間じゃないんデスよ! 神から特殊能力を与えられた特別な人間なのです。だから、人の物を自分の物にしても構わないんです。なにせ非凡な人間とは違う、選ばれた上級な人間なのだから」
山口は恍惚の表情で、視線は遠くに行っているよう。
俺は、あきれて反論もできない。お前は悪魔に遊ばれているだけというのが分からないのかよ。
小人、閑居して不善をなすと言うが、やつの場合は小人、転送能力を得て不善をなすと言ったところか……。全くダメなやつは周りの状況が変化してもダメだな。
「特別な人間様には、特別に痛い目にあわせましょうかねえ」
ゆっくりと健司さんが山口に近寄る。
「何をするんデスか。こっちに来るな」
後ずさりする山口。その直後、ビデオのスキップボタンを押したように、健司さんが後ろに回って腕をねじ上げている場面になっていた。なんと速い動作だろうか、人間業じゃないぜ。目にも止まらぬ早業とはこのこと。
「イテテテテ、この金髪野郎、放せよ」
やつの片腕がガッシリと決められている。もがくとさらに痛みが増しているようだ。
「チクショウ、憶えているデスよ」
やつが目をつむった。異世界に逃げこむのか。
「山口、お前は佐藤商会に転送するつもりだな! 俺の会社に行って、また砂金を盗むつもりだろう!」
まるで決めつけるように、やつに向かって怒鳴りつけた。
山口の姿がフッと消える。
自分は何度も転送しているが、人が転送するのを見るのは初めてだ。超常現象を見るのは不思議な気分。
「計画通りだな」
健司さんがニヤついた顔で言う。
「思惑通りに運んでいれば良いんですけどね」
「ああ、そうだな佐藤さん。じゃあ頼んだぜ」
ジャージ姿の健司さんが小さく敬礼した。
「健司さんもよろしくお願いします。しばらく待っていて下さい」
俺は精神を集中して異世界を思い浮かべる。健司さんの顔が白くボヤけて視界全体がホワイトボードを眺めているようになった。そして、ブラックボード。




