第35話、チンチンカモカモ
「あ……トルティア……」
ヤバい! マズいところを見られてしまった。
ワンコポーズで白いブリーフを丸出しにしている山口。そのケツを背後でガッシリと押さえている白いブリーフ姿の俺。どうやって言い訳したらいいんだ。
「た、助けてください、トルティアさん! いきなり佐藤先輩が襲いかかってきたんデス。僕は何もしていないのに」
涙声で訴える山口。
この野郎。トルティアの薬局を潰そうとしたくせに、とんでもないやつだ。
「ち、違うんだよ、トルティア。誤解だよ、ちゃんと説明するから」
慌てて説得しようとするが、ケツを両手で押さえている状態では説得力が無い。
「そうなんですね」
彼女がポツリと言った。声優のように可愛い声が震えている。
「やっぱり佐藤さんは男の人が好きなんですね」
「ハイ?」
「長沢さんや山口さんとイチャイチャして……私のことなんか、ろくに手も握ってくれないのに!」
ギュッと手を握りしめて強いトーンの声。
「佐藤さんなんか男同士でチンチンカモカモになっていればいいんですよ!」
声を荒げて言うと、トルティアは小走りでドアから出て行った。
「ちょっと待って、トルティア!」
ああ、もう、どうすればいいんだ。しかし、チンチンカモカモとはなんだ? そうか、彼女は興奮して異世界語で話していたんだ。特殊な単語だったので、日本語で意味が近いものに翻訳されたのかな。
「ふん、ざまあ見ろデスよ。私のオカマを掘ろうなんて考えるから罰が下ったのです」
立ち上がってズボンを引き上げる山口。
「警察や関係各所に通報してやりますよ。これで闇の薬局も終わりですね」
ニヤつきながら言う。本当に憎たらしい。でも、どうしたら良いか分からない。
「おい、あんたも性格がとことんゆがんでいるよなあ」
机に座って静観していた藤堂さんがゆらりと立ち上がる。
「そんなんじゃ、誰にも相手されないだろう」
腰に両手を当てて首をかしげる所長。
「な、なんですか。あんたには関係ないことデスよ」
ジーンズのホックを締めながら少しうろたえている。
「誰にも相手にされないし誰も構ってくれない。寂しくて仕方がない。だから、優しい佐藤さんにまとわりついているんだよな」
藤堂さんの言葉に青ざめる山口。
「そ、そんなことはないデスよ! 友達は、たくさんいますデスです……。僕はボッチじゃないデスよ」
明らかに動揺している。
「素直になれよ。そうしないと心の空洞を埋めることはできないぜ」
所長の言葉に顔を真っ赤にする。
「うるさいデスよ! このマッチョオヤジ。こんな薄汚い事務所で、うさんくさい探偵などをやっているオヤジに言われたくないデース!」
山口は右手を突き出し、中指を立ててファックユー。
ため息をつく藤堂さん。
「おい、長沢」
「はーい、何かしら」
ホモデブの長沢が答える。
「ちょっと、こいつを可愛がってやれ」
所長がアゴで山口を示した。
「おーけー」
そう答えると長沢は目に小さな炎を宿らせて山口に歩み寄る。
「何をするんデスか! 警察を呼ぶデスよ」
後ずさりする山口。長沢は流れるように背後を取り、やつをはがいじめにした。デブのくせに動作が素早い。
「さあ、一緒に行きましょーねー」
「やめろ! このデブ野郎。放せー!」
ジタバタもがいている山口。しかし、自衛隊の訓練を耐え抜いた長沢にとってはハムスターの尻尾をひねるようなものだろう。楽々と山口を風呂場に連れて行く。
山口の悲鳴を聞きながら、俺はボンヤリと立っていた。
「おい、佐藤さん」
腕組みをしている藤堂さんが声をかけてきた。
「えっ」
「彼女を放っておいて良いのか?」
「えっ」
「トルティアを追いかけたほうがいいぜ。男と女の仲は一度こじれると後がやっかいだ」
そんなものなのか。
「は、はい」
俺は急いで3階のトルティア薬局に向かった。
薬局のドアをノックするが、返事は無い。
「入るよ、トルティア」
ドアを開けると彼女がイスに座ってうつむいていた。
「あ、あのさ、トルティア……」
俺を見ると、プイッと横を向く。
「さっきのは誤解なんだ。俺はノーマルだから」
「でも、男の人と絡んでいたじゃないですか」
ふくれっ面のトルティアも可愛い。でも、どうしてそんなに怒っているのか……。さっきの言葉が脳裏に浮かんでくる。――私のことなんか、ろくに手も握ってくれないのに――。
俺は経緯を大まかに説明した。
「そうだったんですか……」
俺の目を見つめるトルティア。彼女の視線が俺の目に刺さって体がポッカポッカと熱くなる。
「私にためにやってくれたことなんですね。ありがとうございます。」
「いや、たいしたことないですよ」
十分、たいしたことだったが。
「これからも、よろしくお願いしますね」
笑顔で手を差し伸べてきた。やはり、トルティアは笑顔が一番似合っている。
「こちらこそ、よろしく」
その手を握る。良かった、これで仲直り。元の状態に戻った訳だ。……元の状態でいいのかな。
背中がむずがゆくなるような良い雰囲気。
突然、外から悲鳴が聞こえてきた。
窓に近寄って下を覗くと、山口がパンツ一丁で逃げ去る姿が見えた。
*
薄暗い公園に夕暮れが迫る。
人気の無い小さな公園の隅には滑り台があって、その下に山口が隠れていた。
「佐藤の野郎、いつかギャフンと言わせてやるデスよ」
体育座りの山口は、誰もいない公園で恨み言を吐く。
ブリーフ姿なので人目を避ける必要があった。
「服が欲しいですね」
もうすぐ夏で暑い日が続いているが、パンツ一丁では涼しすぎる……というか逮捕される。辺りを見回すが服の代わりになるような物は落ちていない。
大きく息を吐く山口。
「まったく面白い人間だわよ」
幼女の声に、ハッとして後ろを向く。しかし、誰もいない。
「空耳かな……」
そう言って山口は自分の膝をギュッと抱きしめる。
「ここにいるだわよ」
声が聞こえてくる上を向くと、女の子が宙に浮いていた。
フリル付のピンクのミニドレス。青い目をした幼女だった。
「あんたみたいなダメ人間は面白くて仕方がないわ。楽しませてくれた礼に能力を授けるだわよ」
「能力……」
これは現実かな? 山口は思考が混乱して考えることができない。
「私の名はコパル。あんたに特殊能力を与えるだわよ。それで佐藤と対等になれるわよ」
「あいつと対等に戦うことができるのか……」
妄想でもいいや、佐藤に嫌がらせをする可能性があるのなら。とにかく山口は状況を受け入れることにした。
「そうよ、そうやって私をもっと楽しませるだわよ」
小さな手を振るとスティックが現れた。先端にはハート型のパーツ。
「さあ、いくわよ。そこにひれ伏しなさい」
コパルはスティックをゆっくりと回し始めた。
「あ、ちょっと待って下さい」
「なに?」
「その前に何か着る物を貸してもらえませんか」
宙に浮いている少女と土下座しているパンツ一丁のオヤジ。
日が沈みかける公園には他に誰もいなかった。




