第34話、逆転、逆転、大逆転?
「おい、何をやっているんだ」
ドアの方を見ると藤堂所長が立っていた。後ろにはホモデブの長沢。昼食から帰ってきたのか。二人とも自衛隊の迷彩服を着ている。その格好で外食したんだ。
「ああ、良いところに来ました。助けてください」
格闘戦のプロ、藤堂さんなら敵が武術の達人でも何とかしてくれるに違いない。これで形勢逆転だ。
「どうしたのー、佐藤ちゃーん」
長沢が聞いてきた。こいつも強いから二人そろえばコボルトでも蹴散らしてくれる。
「この山口っていう野郎がトルティアのことを警察に通報するっていうんですよ。こいつを何とかしてください。なんだったら殺しても構いません。俺が死体を異世界に捨ててきますから」
こんなゴミ野郎は死んだ方が世のため。スライムにでも食わせちまえ。
それを聞いて山口が動揺する。
「ちょっと待つデスよ。3人がかりとは卑怯じゃないですか。男だったらタイマンの勝負でいきましょうよ」
やつの顔が引きつり、声も裏返っている。
「リンチは余り好きじゃないな」
そう言って所長は窓際の机に着いた。
「お願いしますよ。せっかく作ったトルティア薬局のピンチなんですよ。お金は払いますから」
ため息をつく藤堂さん。
「佐藤さんよお。何でもマネーで解決しようとするのは、あんたの悪い癖だぜ。男だったら自分の女くらい自分で守ってみろよ」
そう言って何事もないかのように机上の書類に目を通す。
ああ、もう……助けてくれないのかよ。俺が弱いことを知っていて放り投げんるんだから、この戦闘オタクが……。でも、トルティアのことを自分の女と言ってくれたことに少し胸が高鳴る。
「形勢逆転デスね。邪魔者がいないのなら、じっくりといたぶってあげますデスよお」
山口は平静を取り戻し、不気味に手を揺らしながら俺に近づいてくる。
絶体絶命とはこのこと。やつが接近する都度、俺が後退する。
殴られてしまうのか。兄貴にもぶたれたことがないのに。叩かれたら痛いだろうな。骨とか折ってしまうかな。ああ嫌だなあ。
恐怖感で寒気が止まらない。花笠音頭を踊るように上げた両手。それが頭上で震えているのが自分でもはっきりと分かる。
「おい、佐藤さん」
藤堂さんの声。チラリと見ると、所長は机の上に両手を組んで、それにアゴを乗せている。エバの碇ゲンドウかよ。
「なんですか、藤堂さん」
答える俺の息が荒い。
「そいつは弱いぜ」
「えっ」
「その山口というやつは弱い。たぶん、佐藤さんよりも力が無いと思うぜ」
……本当かな。山口の顔を見ると焦っている雰囲気。
格闘戦のプロである藤堂さんは、相手の挙動を見ただけで戦闘力が分かるのか。頭の中にスカウターが実装されているのだろう。さすがレンジャー持ち。
「な、何を言っているデスか。私は田舎ではちょっと名の知れた武道家ですよ。佐藤先輩よりも弱いなんて事、あり得ませんですよ……」
そうは言っているが声に力が無い。そう言えば、やつが戦っている現場を見たという人間を知らないな。ただ山口が勝手に自慢しているだけ。やつは話し上手なので信じてしまったが、ケンカの達人であるという客観的な根拠はない。
……ちょっと試してみるか。
「ほわあー!」
俺は山口に近づき、右足でドンと床を踏んだ。
「ヒッ」
やつはビクッと体を震わせて後ろに下がる。
「なんだ……本当に弱いのかよ。よくも今までバカにしやがって」
形勢逆転だ。俺は体の力を抜き、笑いを浮かべながら山口に歩み寄る。
「来るな! 近づくんじゃないデスよ」
やつはバタバタと手を振り回す。明らかに動揺している姿。
ガシッと、やつの両手をつかむ。そして、グッと手間に引き寄せた。あー、本当に弱いんだ。
「やめるデス。放すデスよ」
もがいている山口をニヤつきながら眺める。ああ、良い気分。
「俺を痛めつけるとか言ってくれたよなあ。つまりそれは、自分が殴られても構わないということだよなあ。殴ることができるのは、殴られる覚悟があるやつだけだ」
偉そうに言う俺。ふふふ、弱い者いじめは楽しいなあ。これじゃあ世の中から、いじめが無くならない訳だ。
……だが、これからどうしよう。こいつを俺はボコ殴りにしてしまうのか。そんなことが自分に可能だろうか。それに、ケガをさせたりしたら警察に駆け込まれて、俺が捕まってしまうかも……。
「やめるデス、やめてくれ!」
もがいていた山口がバランスを崩して膝をつく。偶然、顔が俺の股間に押しつけられた。
「ギャー! この変態野郎」
そう叫んで、離れようと必死な山口。なんだよ、こいつは俺のことを変態扱いかよ。
「ふーん、やんちゃな子にはお仕置きでちゅねー」
腕に力を込めて山口を引き寄せる。俺の股間をやつの顔面にグリグリとこすりつけた。
「ウギャー! 助けてくれー」
効いているな。よし、もっとやってやるか。
俺は一度、手を放すと、ベルトを外してズボンを下げた。下半身はブリーフ姿。
「な、何をする気だ」
おびえる山口。
「おいたな赤ちゃんには、しっぺが必要でちゅよねー」
そう言って山口の両手首を握る。しかし、なんで俺は幼児をあやすママさん言葉になっているんだ?
「ほーれ、ほれ」
ブリーフの膨らみをやつの鼻先に近づける。
「やめてくれ!」
涙目の山口には構わずに股間でツンツンと鼻を突いてやった。
「やめろ! このホモ野郎が」
「なにぃ!」
カチンときた。そうかよ、そっちがその気なら。
「それぃ!」
腕に力を込めて思い切り引き寄せ、俺の股間に顔面を埋めさせた。口がブリーフで押さえつけられて、やつはブハブハ言っている。
「どうでちゅかー、これで懲りまちたでちゅねー」
二度と薬局に手を出さないように徹底的にやってやるぞ。
俺は手を放して、やつの後ろに回る。ジーンズのホックを外して、山口のズボンを下げてやった。白い下着があらわになる。やつはブリーフ派か。
「あー! 何をする気デスか」
「実は男が好きなんでちゅよねー、ママは。ちょっと一発やらせてもらいまちゅよー」
「ヒー!」
逃げようとして、叫んで暴れまくる山口。俺は両手でガッシリとやつの尻を固定した。あれ? なんかデジャビュが……。前にもあったな、こんなこと……。
しかし、これからどうしよう。俺は何をしたいんだろう。
やばいなあ、ケツを振って暴れる山口に、少し興奮してきている俺。誰か止めてくれよ。
周りを見ると、所長は机の上の書類にペンを走らせているし、長沢は顔を上気させて俺達をガン見している。
ああ、もう収拾がつかない。
「キャー!」
ドアの方から叫び声。口を押さえて立っていたのはトルティアだった。




