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異世界転生、おっさんニートの成功物語  作者: 佐藤コウキ
第2章、商売繁盛
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第31話、トルティア薬局


 リフォーム工事が終わり、ビルの3階にオープンするトルティア薬局の準備が整った。

 と言っても、堂々と異世界薬局と宣伝するわけにはいかないので、外に掲げてある看板には『エステサロン麻美』と書いてある。

 トルティアは片言で日本語が話せるようになったが、患者と会話することには無理があるので、麻美さんが助手ということで診察するというやり方に決まった。

 俺は魔法によって異世界語を理解できる。それゆえ、トルティアに会話を教えることができない。俺の言葉は自動的に異世界語に変換されるし、トルティアの言葉も瞬時に日本語として頭に入ってくるからだ。彼女に教えたのは隊長と麻美さん。両者とも優秀らしい。

 ただ、日本語の読み書きは俺が教えた方が合理的だった。日本語の文章を見せて、これはこういった意味だよと言えば良いだけだから。


 ヤオジの村から薬草などの薬の原料を運び込み、とりあえず診療の体制は整った。

 後は客をどうやって呼ぶかだが、それについては質屋のジイサンに依頼して紹介してもらう。ジイサンの人脈は多いらしく、特にお金持ちに知り合いがたくさんいるようだ。


  *


「本当に大丈夫なのか?」

 質屋のジイサンは、うさんくさげにトルティアを横目で見た。彼女は少しおびえたように俺の後ろに隠れる。白衣のトルティアも新鮮で魅力的だ。


 ビルの3階、新しく開業したトルティア薬局。やってきたジイサンは俺の言葉を信用していないよう。

「大丈夫ですよ。そこら辺の藪医者よりは、ずっと信頼できますから」

 ジイサンには異世界のことも話してある。砂金を大量に換金しているから、根拠はあるので概要は理解しているはず。

「客を紹介するのは良いが、ワシの信用を悪くされちゃあ困るんだが」

 目を細めてトルティアを見るジイサン。本当に疑り深いジジイだぜ。

「異世界では実績があるんですよ」

 俺が保証するというように、ビッと親指を立てる。

「……うーん、じゃあ、試しにワシの胆石を治してくれるかな?」

 腹の上部を押さえて言った。

「痛むんですか?」

 俺が聞くと、ジイサンはしかめ面でうなずく。

「まあ、時々な……」

 かなり悪そうだ。医学の知識は無いので良く分からないが、胆のう結石は手術せずに放っておいていいのかな?


 トルティアに症状を説明すると、彼女は診察台に横になるように言った。

「じゃあ、作治さん。ちょっと診察台に上がってちょうだい」

 麻美さんが通訳すると、素直に仰向けになるジイサン。彼女も白衣を着ている。

 今まで気にもしなかったが、このジジイは作治という名前だったのか。

 トルティアは診察台に近づき、ジイサンの腹、10センチほど上に両手をかざし目を閉じて精神を集中した。

「性感マッサージでもやってくれるのかなあ」

 口の端を曲げて、いやらしい笑いを浮かべるジイサン。

 このジジイ、下らないことを言いやがって!

「ここはそんな店じゃないですよ。おとなしくしていてよ、オジイサン」

 麻美さんがジロッと見てジイサンをたしなめる。

 静かな診察室。少し緊張しているジイサンの呼吸だけが、やけに部屋に響く。

 トルティアの可愛い手が患者の腹部あたりをゆっくりと移動する。やがて、彼女は目を開けて深呼吸した。

「分かりました。これはお腹の小袋に石ができてしまったんですね」

 そう言って、笑顔でうなずく彼女。

「まあ、胆のう結石だから、そうだわなあ」

 ジイサンが上半身を起こす。当然なことを言ってんじゃねえよという表情だ。

「じゃあ、薬を調合してきますね」

 トルティアは奥の調合室に入っていった。


 待つこと20分弱。出てきたトルティアの手には、緑色の液体が入ったコップがあった。

「さあ、どうぞ飲んでください」

 笑顔でコップを渡すと、ジイサンは眉をひそめて受け取った。

「ワシが飲んでも平気なのか?」

 まだ疑っているのか、このジジイは。

「問題ないですよ。異世界での実績はたくさんあるんだから」

 麻美さんが説得しても信じていない様子。

「まあ、とりあえず飲んでみろよジイサン。棺桶に片足を突っ込んでいる歳なんだろう。細かいことを気にすんなって」

 俺が投げやりに言うと、こっちの方を睨む。

「この若造が……」

 小さくつぶやくと、意を決したように緑色の液体を一気に飲んだ。

「マズい!」

 そう言ってコップをテーブルに置く。気分は青汁かよ。

「どうです? 具合は」

 麻美さんがイスに座っているジイサンに声をかけた。

「うーん、胃がサワサワして変な感じだが、悪い気はしないなあ」

 胃をさすりながらジイサンが首をかしげる。

「それでは、エナジーの整調をしましょうか」

「エナジーって何?」

 俺がトルティアに問いかける。

「人の体はエナジーの流れによって体調をコントロールしているんです。このオジイサンの体は流れが乱れているようなので、整えてあげるんですよ」

 そのことをジイサンに説明して、もう一度ベッドに寝てもらった。

 トルティアは両手をジイサンの体の上にかざし、ゆっくりと円を描くように動かし始める。しばらくの間、そうやっているとジイサンが大きく息を吐く。

「おお、なんか良い感じだ。痛みが消えてワシの体がホカホカしてきたぞ」

 エナジーの整調とやらが終了するとジイサンは笑いながらベッドから降りた。

「ああ、なんか調子が良いぞ。異世界の医術とやらも信用できそうだ」

 そう言ってジイサンは腰を回した。


 日本の医学は西洋医学を基本としている。

 それは検査によって病名を確定してから治療するというもの。逆に言えば病名が分からなければ対処できない。東洋医学のように体の全体を考えて根本的に治療するというものではないのだ。

 しかし、人間の病気というものは肉体的、精神的の様々な要素が絡み合って発症する。部分的に対処しても完治はしないのだろう。


  *


 数日後、質屋のジイサンから興奮した声で電話が来た。

 医者に診てもらったら胆石がすっかり消えていたという。手術も無しで完治させるとは異世界の医療技術もあなどれない。

 ジイサンは知り合いの資産家を紹介すると言ってきた。それはありがたいのだが、もしかしたらチャッカリと紹介料を取るつもりなのではないか……。まあ良いけど。


  *


 翌日、ジイサンの紹介で、有名な会社の社長がやってきた。


 運転手付の高級車、レクサスの最上級グレードが1階の車庫に入ってくる。

 薬局の入り口から入ってきたのはダブルのスーツを着こなす太った大柄のオヤジだった。口ひげがギャグのようで似合っていない。

「ここが裏で営業している闇医者か」

 偉そうな態度。目を細めてトルティア薬局の中を見回している社長。

「はい、いらっしゃいませ」

 麻美さんが出迎える。

「私は花粉症で困っているんだ。ここでなら治してくれると質屋のオヤジに聞いたんだが」

 社長は遠慮せずに麻美さんの胸をジッと見ながら言った。

 花粉症か……そう言えば目が充血しているし鼻も赤らんでいる。なったことはないが、花粉症は大変なんだろうな。

「では……横……なって下さい」

 トルティアもかなり日本語が話せるようになった。

 お客には診察台に横になってもらい、例によりトルティアの能力で社長の状態をサーチする。

「体……免疫……異常……なってます」

 そう言って、また奥に入り薬を調合する。彼女は花粉アレルギーなどの薬を作ることができるのだろうか。

 社長がイスに座って麻美さんが出してコーヒーを飲んでいた。その顔はトルティアを信用していないことが明確だ。

 やがてトルティアが赤い液体が入ったコップを持ってやってきた。

「これ……飲んで……下さい」

 差し出されたコップを見て、あからさまに顔をしかめる社長。

「これは飲める物なのか?」

「大丈夫ですよ。質屋のオジイサンも彼女の薬で治ったんですから」

 麻美さんが笑顔で答える。

 そうかあ、と言って社長はコップを手に取ってしげしげと眺める。赤黒くて毒々しい液体だ。トルティアを全面的に信頼している俺でさえ、飲むことがためらわれる。

「それを飲んで花粉症に苦しめられなくなるんだったら安いものでしょう」

 俺も営業スマイルで勧めた。さっさと飲めよ、この成金野郎が。

「うーん」

 社長はそれなりに納得しているようだ。

 大金持ちでも社長でも大統領でも、病気には苦労しなければならない。いくら権力を持っていても国家予算並みの預金があっても、治療しにくい病気ならどうしようもない。

 分かったと言って、社長は目をつむりコップの赤い液体を飲んだ。

「かはー! マズい」

 そう言ってテーブルにコップを乱暴に置いた。こいつも気分は青汁かよ。


 しばらくして、社長が大きく深呼吸した。

「お、なんか調子が良いぞ。目がチクチクしなくなった。それに鼻もスッキリしている」

 社長はスースーと鼻で何度も息をしている。

「おお、花粉症が治ったようだ。10年以上も悩んできた花粉アレルギーがすっかり消えているぞ」

 社長は感動しているようだ。病気が治るということは凄いことなのかもしれない。

「ありがとう。ありがとう」

 そう言ってトルティアの手を握る。この野郎、気安く彼女の手に触れるんじゃないよ。

「病気が治って良かったですね。では、お会計をお願いします」

 麻美さんがスマイルでレジに誘う。料金は一律10万円としているのだが、払ってくれるかな。

「おお、いいだろう。また利用させてもらうぞ」

 社長が高そうな背広の内ポケットから財布を取り出した。俺が持っている二つ折りのものではなく、細長い札入れ。しかも分厚い。

 財布から札束を一つ取り出して麻美さんに渡す。

「チップも追加だ。取っておいてくれ」

 そう、軽く言って財布をしまう。この社長にとって100万円は小遣い程度なのか。

「毎度、ありがとうございます」

 俺と麻美さんは声をそろえて深くお辞儀をした。


  *


 それからは、紹介された資産家が次々とやってきた。

 ガンとかエイズとかの深刻な病気は無理だが、風邪や胃炎などの病気にトルティアの薬はきわめて有効に効いた。インフルエンザもオッケーだ。

 闇の異世界薬局は繁盛することになる。お客はお金持ちばかりなので、チップも弾んでくれた。

 トルティアは、一般にも対応したいという考えだったが、庶民が押しかけてきたら秘密がバレてしまい、マズいことになる。会員制の秘密薬局という形で営業しないと継続するのは無理なのだ。


 以前のトルティアは、どこか暗いところがあったが、今は芯から明るくなっている。

 俺はそんなトルティアをこれからもサポートしていきたい。それによって、彼女といっそう親密になれば良いな、えへへ……という下心を持っているのだ。

 なんだよ、34歳の中年オヤジが18歳の少女と付き合っちゃあ悪いのかよ。


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