第29話、家賃はきっちりと……
ビルの代金を一括で払ってから、名義変更の手続きをした。
これで探偵事務所と俺の住居、それにトルティア薬局のためのスペースを確保。1階の倉庫は空いているので駐車場などに使える。
トルティアが日本で活動するとなると預金通帳が必要だ。それは麻美さんの名前で作ってもらった。3階も麻美さんの名義だ。
3階で営業する薬局のレイアウトはトルティアが主体になって考えた。リフォーム業者は質屋のジイサンの知り合いに頼むことにした。そこに入れる什器は俺が手配し、工事代金を含めて俺が払ってあげる。
俺は構わないと断ったのだが、トルティアは後日、分割で代金を返すと言って聞かなかった。
トルティアは観光に来ただけなので、とりあえず異世界に戻ることにした。
ご褒美のオンブ転送で異世界の佐藤商会に。
ビルを買ったと言ったら藤堂さんは満足そうだった。
「これで質屋のジイサンに家賃の催促をされなくて済むな」
近接戦闘においては無敵な藤堂所長も探偵事務所の経営では苦労しているよう。
「いや、所長。家賃はこれからもきっちりと払ってもらいますよ」
眉をひそめる藤堂さん。
「おい、佐藤さん。俺とあんたの仲だろう。細かいことを言うなよ」
「いーえ、所長。それとこれとは別です。お金のことはちゃんとしておかないとダメですよ」
俺はビルのオーナーなのだから家賃収入は確保しておくのだ
「佐藤さんよお」
金髪の健司さんが背後から俺の肩をつかんだ。
「堅いことを言うんじゃねえよ。お金はいっぱい持っているんだろー。事務所にちょっとばかしカンパしてくれてもいいじゃねえかよ」
首を少し傾け、目を細めて威嚇している。まるでカツアゲだ。
「ダメですよ。部屋を使うなら、対価を支払うのが日本社会の常識です。最初にはっきりしておかないと」
「隊長が頼んでいるんだろうが。おい、あんまり俺達をなめんなよ」
金髪の不良は俺の襟を締め上げてグイッと持ち上げた。目が怖い、しかし……。
「そんなことをしてもムダですよ」
「ああーん?」
「弱い者いじめとか、そんな卑怯なことを藤堂さんが許すはずがない。そうでしょ?」
首を絞めていた健司さんの手が緩む。チラリと所長の方を見てから舌打ちをして離れて行った。
「まあ、こちらとしても形だけとはいえ雇われているわけですから、サービスはしますよ。今までの8割くらいでどうです」
俺はニッコリと笑って藤堂さんに申し込む。
「そうか、佐藤さん。しかし、気が変わるってことはないか?」
「ありませんね」
きっぱりと言い切る。
そうか、とつぶやいて腰に両手を当てる藤堂さん。
「ならば、仕方がないなあ」
「仕方ないですよね。こちらとしては家賃はきちんと払ってもらわないと……」
そう言った後で嫌な気がした。藤堂さんの表情が変。困ったような笑っているような……。
「よし、長沢」
「はーい、何かしら隊長」
七三に分けているヘアスタイル。いつも女言葉を使っているホモデブの長沢だ。
「佐藤さんを可愛がってやれ」
「おーけー!」
隊長の指示を受けて長沢は目を光らせ腰を振りながら俺に近づいてきた。
「ちょっと待ってください。何をするんですか」
後ずさりする俺をゆっくりと追い詰める長沢。公園で浮浪者のオヤジに襲われた出来事が脳裏に浮かぶ。
「佐藤ちゃーん」
ホモデブは俺に抱きついて、ほっぺたにチューとしてきた。
「ウギャー!」
必死に逃げようとするが、ガッシリと抱きしめられているので身動きが取れない。
ホモデブの顔を押しのけて、何とか逃れようとしたら、ズボンのベルトを外された。
ストンと下に落ちるズボン。
何で俺だけこんな目に会うんだよー。
「佐藤ちゃーん。一緒にいきましょーねー」
パンツの中に手を入れてきた。
ひえー、やめてくれー!
「分かりました! タダで良いです。分かりましたからやめてくださーい!」
必死に長沢を押しのけ、やっとのことで離れることができた。
「ありがとう、佐藤さん。これからもよろしくな」
満足そうな笑顔で敬礼する藤堂隊長。
荒くなった呼吸を大きなため息で落ち着かせる。もう勘弁してくれよ。
「きゃー!」
振り向くとトルティアが立っていた。
目を見開いて口を手で押さえている。
「あ、これは違うんです。ちょっとトラブルで……」
そうは言ったが、俺はズボンが落ちてパンツ一丁だし、長沢には興奮が残って顔が上気している、異様な部屋の空気だった。
「一体どうしたんですか、佐藤さん」
俺はズボンを引き上げる。
「いや、ちょっとした冗談ですよ」
トルティアは俺のことをホモだと誤解するんじゃないだろうか。それはマズいよなあ。
*
俺は日本に戻って横浜の事務所のリフォームに取りかかった。
トルティアが細かいレイアウトの見取り図を書いていてくれたので、それを業者に見せて具体的な図面を作ってもらう。工事代金は俺が全て支払うことになっていた。後日、トルティア薬局の売り上げに応じて、俺に分割して返済する約束だ。
トルティア薬局が開店したとして、お客をどうやって集めるかだ。当然、異世界のトルティア薬局という看板を掲げることはできないので、表向きは麻美さんが経営するエステサロンということにする。
またトルティアの特殊能力である、人の病気を知って、その治療薬を調合できるということは公にできない。だから、秘密の会員制薬局という形で営業するしかないのだ。
藤堂さんに相談すると、質屋のジイサンが役に立つだろうから相談してみろと言われた。
あのジイサンとは、ビルの購入の時にチャンバラをやったから怒っているかな。ちょっと心配だ。
まあ、日本にトルティア薬局が開店すれば、彼女を頻繁に転送しなければならない。ということは、グラマーなトルティアを何度もオンブできるということではないか。まったく、どんなご褒美だよ。大金を出してビルを買い取った甲斐があるというものさ、へへへ……。




