第25話、勝利の舞
トルティアが作ってくれた夕食を食べ終えて、紅茶のような物を飲んでいる。
それは紅茶のような見た目なのだが、味は日本茶に似ている。なんとなく怖いので製法は聞いていない。
「佐藤さんよお」
藤堂さんが茶碗をテーブルに置いて俺に話しかけてきた。
俺の方が年下だし、小隊では下っ端なので呼び捨てでも良いのだろうが、一応スポンサーで活動資金は全て出しているので、隊長も少しは遠慮しているよう。
「はい、なんでしょう」
湯飲み茶碗を置いて答えた。存在感が半端ない隊長さんには緊張する。
「今は日本から少しずつ転送しているけど、もっと重い物を運送するわけにはいかないのか?」
そうなんだよな。大量に運搬できれば効率が良くなるんだけど。
「コパルの話では無理ということなんですよね」
「じゃあ、佐藤さんの筋力を鍛えれば良いだろう」
健司さんが簡単そうに言う。
俺は顔をしかめた。やめてくれよ。この年で筋力トレーニングはやりたくないぜ。
「だけど、それでも限界はあるわよね。1トン以上もある自動車とか運ぶことはできないわ」
女言葉のホモデブ、長沢だ。
「なら、そのコパルという魔女に頼んでみればいいんじゃないか」
俺は視線をそらすように湯飲み茶碗を見る。
みんなの前で呼び出すはスゲー恥ずかしいんですけど。……特に女の子が見ている前では。
「そんな簡単にはいかないですよ、藤堂さん。気難しくて何を考えているか分かんない娘なんで」
「しかし、とりあえず頼んでみたらどうだ? 車があると無いとでは戦闘の効率が全く違ってくるぞ」
そうだけど……待てよ、重い物を持っていけるようになったらトルティアを転送するときにオンブできないじゃないか。
「それはマズいよなあ……」
「何がマズいんだ?」
「あ、いや、何でもないです」
顔の前で手を振って藤堂さんをごまかす。
「とにかく、ニイチャンよお。頼んでみるだけ頼んでみろよ」
健司さんの言い方はカツアゲのよう。高校の時は、どんな学生生活をしていたんだろう。
そんなに言われたら、やるしかないのかなあ。
「あー、ハイハイ。分かりましたよ。頼んでみますよ」
そう言って俺は席を立ち、部屋の中央に進む。
あまり気が進まない。
大きくため息をつき、大きく深呼吸すると、俺は床の上に正座した。
バンザイをするように両手を天に向かって上げる。そして、上半身を前に傾けると同時に両手も角度を下げ、やがて頭は床に接触し、手のひらは床に密着した。
実に見事な土下座である。自分でも惚れ惚れするような出来映えだぜ。
「コパル様、コパル様。お出ましになってください」
インドの神様に祈るように、何度も上半身を下げたり起こしたりを繰り返す。
トルティアを始め、皆が奇異の目で俺を見ている。なんだよ、あんたらが言ったからやってんだろうが。恥ずかしくて赤面するが、これしか呼び出し方法を知らない。
「しばらくぶりだわよね」
聞き覚えのある声に顔を上げると見覚えのある幼女。魔女娘のコパルだった。
「あ、お久しぶりです。お元気でしたか」
いつものようにピンクのエプロンドレス風ワンピース。半メートルほど床から浮いていて、フリルがフルフルと揺れているのがチャーミングだ。いつもならグッと頭を下げて上目遣いでパンツをチェックしようとするのだが、今はトルティアがいる。
「悪魔なんだから、元気に決まっているでしょ。で、今日は何の用?」
「はい、また同じお願いなんですけど、自分が持てるよりも重い物を異世界に転送できないかと……」
コパルが小さな唇でため息をつく。
「だからそれは、できないと言ったはずだわよね。運動して、そこのムキムキオヤジのように体を鍛えればあ?」
コパルは藤堂さんの方を向いて言った。振り向くと藤堂さんは眉間にしわを寄せて不思議そうな顔をしている。
そうか、コパルの姿は俺にしか見えないし、声も他人には聞こえないんだった。
トルティアや健司さんも可哀想な人間を見るように、床に座り込んで何もない空間と話している俺を細めた目で眺めている。
「そこを何とかできないでしょうか。コパルさまー」
雰囲気的に無理そうだが、あえて頼んでみる。
「それはプログラムが面倒なのよね。一から組み直さないといけないだわよ」
細い腕を組んで小首をかしげている。全く不可能というわけではないのか。
「コパルさまー。お願いいたしますう」
もう一押しかな。
「仕方ないだわよね。それはともかく、別の能力を与えるだわよ」
やはり、重量物はダメなのか。
「別の能力とは……?」
「その前に、あんたにはやってもらいたいことがあるだわよ」
口の端を曲げて小さく笑う悪魔。
「やってもらいたいこと?」
嫌な予感がする。
「例の、勝利の舞を私に奉納するだわよ」
サーと俺の体が青く冷えた。あのダンスを知っていたのか。
「あれをご存じでしたか……」
「知っていただわよ。帰った振りをして大笑いで見物だわよ。あの踊りを見てみたいわ.早くやってちょうだい」
悪魔の目が輝く。あれをやるのか、ここでやるのか。トルティアや皆の前で、あの門外不出の踊りを舞って見せなければならないというのかあ。
「早くやりなさいよ。踊らないのだったら、あんたの能力を取り上げるだわよ」
それはマズい! 転送能力が無くなったら日本に帰ることができなくなる。それに俺の特技はそれしかないのだから、普通の人間に戻ったら商売で稼ぐことができなくなってしまうではないか。
……やるしかない。
人生には決断しなければならない場面が必ずある。それをしなかった人間の末路は後悔であり、不幸なものでしかない。
覚悟を決めた俺は、立ち上がって仁王像のように構えた。
嫌なことだからこそ、前向きに積極的に挑戦しようではないか。
真剣な顔で部屋の壁を見る。部屋の人間は、何事が起こったのかと俺に注視していた。
俺は両手をゆっくりと上昇させる。それに伴い少し腰を下げて下腹の丹田に気力と胆力を練り込めた。
さあ、準備と覚悟は完了。
皆は息をのんで俺を見守っている。部屋の中は、まるで深海のように無音。
やれ!
恐れをなしている自分自身の心に厳命する。俺は大きく息を吸った。
「うひょひょひょひょひょひょ、うひょひょひょひょおー!」
皆が目を見開いて俺の声に驚く。
「うひょひょひょひょ、大金持ち。うひょひょひょひょ、ロリータコパルさまぁバンザイ。うひょひょひょひょ、ざまあ見ろ兄貴。うひょひょひょひょ、俺はロリコンだぜー」
阿波踊りを彷彿とさせる手振りで、そしてドジョウすくいのような足裁きで俺は踊りまくる。ここは俺のワンマンショーだ。
「うひょひょひょひょ、ボロもうけ。うひょひょひょひょ、ブラック企業死ね。うひょひょひょひょ、俺の足を引っ張る後輩はオカマ掘られろ。うひょひょひょひょ、異世界ブラボー。うひょひょひょひょ、アイアムやればできる男だぜー」
渇望しても得られない物を求めるように両手は宙をかき回す。さらに、両足はつま先立ちで、円を描くように右足を前に出したかと思えば、次は左足をあざやかに出す。
そうやって部屋の中を踊りまくった。皆は口を開けたまま動かない。
本当にコパルは存在するのだろうか。
踊りながら不意に考えた。もしかしたら悪魔などはいなくて、魔女娘は俺の妄想ではないのだろうか。転送能力は潜在的に持っていて、空腹と不安で超能力が目覚めたのでは?
だとしたら俺が恥ずかしさをこらえて舞っているのは、すごいバカということ。
「アハハハハハハ!」
しばらく踊った後にコパルが笑い出した。
「アハハハハハ! 相変わらずバカみたいで面白いダンスだわよ」
文字通り腹を抱えて笑っている。
気がつくと藤堂さん達も大爆笑だ。トルティアでさえも、口を押さえて笑いをこらえている。
俺は屈辱のために赤面した顔から汗をしたたらせていた。
「約束通り、能力を追加してあげるだわよ」
息が荒くなっていた俺は、無言でうなずく。
「今までは出発地点に帰っていたけれど、今度からは好きな場所に帰ってくることができるだわよ」
それだけか。……いや、それはけっこう有効な能力だ。例えば、事務所から異世界転送して、帰るときに自宅に転送すれば便利だ。電車を使って移動する手間が省ける。
「ありがとうございます。コパル様」
俺は土下座して感謝を示した。
「まあ、もっと楽しませてくれたら、また別の能力を授けても良いだわよ」
そう言って、いつものように俺の後頭部を踏む。
「よろしくお願いいたします」
次回は重量物転送を願いたい。
「じゃあ、ガンバるだわよ」
後頭部の感触が消えた。顔を上げるとコパルはいない。
立ち上がると、皆が特殊な目で俺を見ている。憐憫と不安と嘲笑と、さらに戸惑いが混濁しているような視線だった。




