第21話、異世界で探偵はないよね
異世界で純銀は、よっぽど価値が高いらしい。
貴金属取り扱いの窓口で、10キロの銀を全て買い取ってもらった。
「3132万5325リラになります」
ギルドの男が買い取り値段を言う。
およそ、1リラは日本での1円に相当するから3000万円以上の価格になったということ。
「お客様、クレジットストーンはお持ちですか」
「……持っていないです」
クレジットストーンとは何? トルティアの方を向く。
「それは、この魔法石のことです、サトウさん」
彼女は服の内ポケットから緑色の小さな石を取り出した。
「大金での取引は、ほとんどこのストーンを使っているんですよ」
その四角くて角が丸くなっている半透明の石をどうやって使用するのか。
「お客様がお持ちでないなら、お作りいたしましょうか」
ギルドの男が言ったので、俺はうなずいた。男は奥の机に行って何かをしている。
「サトウさん、クレジットストーンを作ってもらうと10万リラが必要です。でも、使わなくなったら同じ値段で引き取ってもらうことができるんですよ」
それはスイカカードのようにデポジット制なのか。つまり、そのクレジットストーンとやらに銀の価格をチャージするということなのかな? 確かに、3000万リラだと銀貨が3000枚、持ち運ぶには重すぎる。
「では、これをどうぞ。買い取った銀の金額をチャージしておきました」
差し出された緑の石を受け取る。その表面に31225325リラと文字が浮き出ていた。スマホでビットコインを扱っている感覚かな。
「これを使って買い物とか送金とかできるわけ?」
聞くと、トルティアは自分の石を俺のクレジットストーンに近づけた。
「こうやって送金する金額を念じれば相手に移すことができるんです」
「ふーん、じゃあ」
自分から彼女の石にマネーを移すイメージを頭の中で構築した。
俺の石の数字が減って、その分がトルティアにチャージされる。
「サトウさん、こんなに!」
トルティアが石の数字を見て驚く。
「川辺の家の代金ですよ」
彼女のストーンに1000万リラを送金したのだ。
使っていない家だから、そんなにしないですよと言うトルティアに、たいした負担じゃないから構わないですよと笑って答える。村の再建にはお金が必要なはずだ。
これで頼れる男と思ってくれただろう。お金を持っているとカッコいいよな。お金があれば愛も買えそうな気がしてきた。
日本から持ってきた銀を高値で売って大金を得た。それなら、シンヤードに店を構えた方が良いのではないか。いちいちヤオジの村から馬車を使って移動するのも効率が悪いし。
「この町で不動産屋とかあるの?」
トルティアに聞いた。
「ええ、ギルドの他の窓口で扱っていますよ」
異世界ではギルドが重要な役割を担っているようだな。
彼女に連れられて、不動産を担当する窓口に行く。
不動産屋と同じように、応接室に通された。やがてギルドの係員がくる。その男は、やはり黒いコートのような制服を着ている。
「どのような物件をお探しですか」
言い方も日本の不動産屋と同じ。
「物の販売をやりたいので販売店の形態をした家が欲しいんですが」
男はシンヤードの町の地図をテーブルに広げた。
「この辺はいかがでしょう」
見ると、町の外れで川のそばだ。まあ、中央通りに出店するわけにもいかないだろうし、こんなものかな。
「この物件を見せてもらえますか」
男は、分かりましたと言って奥に引っ込んでいった。しばらくして、やってきたのは、先ほどのカリーナだった。
この少女が現地に案内してくれるのかな。
「この家を見せてあげて」
ギルドの男が地図を指さして指示する。彼女はイスに座り、神に願うように手を組んだ。
ブツブツと呪文を唱えている。
すると、家の立体映像が地図の上に浮かび上がった。それはテーブルいっぱいの大きさで、ホログラムのようにボンヤリと透けていて間取りが分かるようになっていた。
「まるでコンピュータグラフィックスのようだな」
テーブルのそばで立っていた藤堂さんが感心して言う。現物を見なくても物件を確認できるようになっているとは魔法世界も便利だなあ。
その家は店舗として設計されているようで、入り口が大きくて道に面した窓には陳列棚が置いてあった。
「この部分を見せてください」
トルティアが1階の売り場を指さす。すると、その部分が拡大した。ゆっくりと回転している。
「売り場としては最適ですよね」
彼女は、やけに興味を持っているような。
2階は住居として利用できるようだ。これで決まりにしても良いか……。
「この家はいくらですか」
聞くとギルドの男は、布でできたメモのような物を開いた。今、気がついたのだが、この世界には紙がないのか。それならば、紙を大量に持ってきて売れば儲かるかな。最近は何でも両売に結びつけて考える。
「ええーと、950万リラになりますね」
日本円で950万くらいか。それくらいが相場だよな。他の人に買われる前に購入してしまおう。
「では、買うことにします」
あっさりと言ったので、男はカリーナが少し驚いている。トルティアと藤堂さん達もビックリしているよう。
俺はクレジットストーンを使って家を購入した。日本と違って保証人や面倒な手続きは必要ない。
「あの、サトウさん……。できれば店の片隅に私の薬局も入れさせてもらっても良いですか」
ああ、それはいいな。まだ異世界のことを良く分かっていないし、商売のやり方も知らない。トルティアと一緒に商売できればありがたい。
「いいよ、トルティア。好きな場所に陣取ってくれて」
「ありがとうございます」
満面の笑みで答えてくれる。
「うむ、探偵事務所の支店は2階に作るかな」
藤堂さんが腕組みして何かを考え込んでいる。
「ちょっと待ってください。探偵事務所って……異世界に探偵事務所を作るんですか」
「ああ、モンスター退治専門の仕事をやろうかと思ってな」
楽しそうに答えるムキムキの戦闘オヤジ。俺が買ったのに、図々しい隊長さんだ。
「トルティア。藤堂探偵事務所シンヤード支店、という看板を書いてくれないかな」
勝手に営業する気になっている。まったく、もう。
「タンテイ? タンテイとは……」
彼女が小首をかしげる。
「探偵という職業は異世界に無いですよ。冒険者事務所でいいでしょう」
俺が突っ込みを入れた。
「分かりました。藤堂冒険者事務所シンヤード支店ですね。では、その下に、私のトルティア薬局という看板を出すことにします」
彼女の目がキラキラしている。新しく商売を始めるということは楽しいことなのだろうか。
「俺の店なんだから、佐藤商会という看板が一番上ですよ」
口をとがらせると、皆が俺の方を見て笑っていた。