第2話、悪魔っ娘
「ほんと、笑わせてくれるわよね。おっさんニートは」
青い瞳に大きくて丸い目。長く伸びた黒髪をヘアクリップでツインテールにまとめている。ピンクのエプロンドレス風フリフリ付きのワンピースを来た少女だった。
彼女のヘアクリップは小さな蛇が巻き付いているような形で、その赤い目が俺を見下している。
「あんたは誰だ」
相手は俺の目の高さに浮いているのだ。この幼女は普通ではない。いや、俺の精神がおかしくなったのか。5年も部屋に引きこもっていれば幻が見えても仕方がないか。
「私は悪魔のコパルだわよ。面白そうなオヤジがいたから遊んでみたわけよ」
正常な男にとっては10年後が楽しみで、ロリコンにとっては成長してほしくないと願うような可愛い女の子。
そのコパルと名乗った幼女はフワリと宙を舞って俺の目の前に着地した。四つん這いになっている俺を文字通りに上から目線で、小憎らしく笑ってバカにしているよう。
細い足首に赤いパンプス。白いハイソックスが目に映る。これを他人が見ていたら、下半身丸出しの変態オヤジが幼い女の子と隷属プレイをしていると思うに違いない。
「あんたは俺の妄想だよな……」
「はあ?」
コパルは小首をかしげる。
悪魔なんているはずがない。追い詰められた俺の精神が現実逃避をした結果、生み出された美少女なんだ。そうに違いないさ。
「分かった、分かったよ。俺は家に帰って兄貴に頭を下げる。工場のアルバイトでも何でもやるから消えてくれないか」
「何を言ってんだわよ。このオカマオヤジが」
「オカマ? 俺はホモじゃないぞ」
「だって、ネットゲームの時はいつも巨乳美少女のキャラクターを使っているじゃない」
俺は声を失った。なぜ知っているのだ、この幼女は。
「いや、違う。その……女のキャラだと他のゲーマーが親切にしてくれるから……その……」
「全く仕方のないオヤジだわよ。みっともなくて惨めで孤独で何の取り柄もない、引きこもりドーテーオヤジが」
心のひだを震わせる可愛い声が俺のナイーブなピュアハートに突き刺さる。
「俺の妄想のくせに、そこまで言うかー!」
いたたまれなくなり立ち上がって逃げだそうとした。しかし、すぐに転んでしまう。そうだ、ズボンが下がっていたのを忘れていた。
「ケツ丸出しで地面に張り付いているんじゃないわよ」
上半身を起こすと、彼女は俺の醜態を見てニヤニヤ笑っている。
「さっさとズボンを穿きなさいだわよ」
俺はノロノロと立ち上がって足首に絡みついているパンツとズボンを穿いた。
コパルは右手を上げて宙をかき回す仕草をした。ワンピースのフリルが揺れる。その直後、彼女の右手にはバトンが握られていた。それは銀色のバトンで、先端にはピンクのハートの形をしたパーツが付いている。
魔女っ子かよ、と俺は突っ込みたくなった。
「あたしを楽しませてくれたお礼に、一つだけ願いを叶えてやるだわよ」
美幼女はバトンをクルクル回す。ハートのパーツが薄く光り出した。
これって童話とかでよくある話だよな? 妄想だとしても、とりあえず何か願ってみるか……。
「それならば……大金持ちに……」
言いかけて口を閉じる。対価として魂をとられるとかあるんじゃないか?
「あんたの目的は何だよ」
「別にオヤジをどうにかしようと思っていないわよ。楽しませてくれたお礼だと言っているでしょ。まったく小心者だわよね。ほらー、オヤジの願いは何?」
さらにハートが光り出す。
願い……か? 俺の願い、それはこの世界から逃げ出してゲームの世界にでも行きたいというところかな。
世の中は嫌なやつばかり。この世界は理不尽だ。俺が本気を出せるような環境ではないし、本気を出しても誰も認めてくれない世界だ。
「別の世界に行きたいな……」
俺は愚痴をこぼす。
「はい、分かったわ。じゃ、異世界に行くことができる能力を与えるだわよ」
コパルはバトンを大きく回した。小さな星屑がハートから出て俺に降りかかる。
目の前が光で真っ白になり、そして、すぐに真っ暗になった。