第19話、展望
アパートに着いてから少し眠った。
昼過ぎに起きて、さぼてんで買ったシーフード弁当を食べながら録画アニメの鑑賞。
アニメは量産されているが、心に残るようなものはないなあ。
10キロに小分けした砂金、その一袋をショルダーバッグに入れて家を出た。
駅に着いて電車に乗る。
車内は営業のサラリーマンや乳母車を引いた主婦などで少し混んでいた。
電車で行くのも疲れるよな。車を買った方が良いだろうか。自動車の運転など10年以上もやっていないが、軽自動車で練習すれば、すぐに勘は戻るだろう。
まてよ、乗用車も良いけれど探偵事務所に引っ越した方が早くないか。
また藤堂さんの世話になるかもしれないし、いっそのこと事務所の4階でも借りて住んでしまえば往復する手間が要らない。あの4階建てのビルは事務所の他、誰も使っていないようだし。
しかし、それでも車はあった方が便利だよな。質屋にも行かないとダメだし。
「フェラーリでも買おうか……」
横にトルティアを乗せてドライブしているシーンが頭に浮かんでニヤけてしまう。
彼女に服でも買ってあげようか。日本の服をプレゼントすれば喜ぶかな。でも、女の子の服など知らないから何を買ってよいものやら……。
いや、今は金銭をあげた方が喜ぶだろう。
村はコボルトによって家を壊され家畜を奪われている。ヤオジの村にとって、それにトルティアにとって必要なのはマネーだ。下心丸見えのプレゼントよりも村を立て直すために経済を支えてあげた方が親切というもの。
人の生活には、お金が重要なのだ。
電車のドア付近に立って窓の外を眺める。新宿に向かっているが、まだこの辺は緑が多い。
退屈な時間。自分の商売のことを考えてみた。
異世界との通商で、もっと効率的、直接的に儲ける方法はないだろうか……。
向こうの主要貨幣は銀貨だ。ギルドは銀本位制でやっているらしい。銀貨は純銀ではなく、混じり物が多い合金だ。つまり、銀は貴重なので贅沢に使えないのかな。
金と銀の単価は、異世界と日本で大きく逆転している。
とすれば、日本で銀を仕入れて異世界で砂金と交換する。そして日本に戻り、砂金を売ったお金で、また銀を買えば良いのではないか。
それがうまくいけば、永久かつ無制限に利益を得ることができるだろう。
「これが本当の錬金術というものだな」
少ない労力で莫大な財産を手にすることができる。本当にこれで良いのか。だけど、大金を得る時というのは案外このような感じなのかなあ。しかし、うまくいすぎると不安になってしまう。
外の景色が、ビルなどの町並みに変わっていた。もうすぐ降りる駅だ……。
*
質屋の前に立つ。今まで見ることもなかったが、『質屋 円』と看板を掲げていた。貴金属買い取りもする創業50年の老舗と書いてある。
中に入ってカウンターから店主を呼ぶ。いつもながら店内には客がいない。よくこんなもので商売が成り立つものだ。
「よお、また君か」
その言い方。俺は一応、お得意さんだと思うんだけど。
「砂金を持ってきたので、よろしくお願いします」
カウンター上に、砂金が入ったビニール袋を置く。
店主は、またかというように少し驚いて、胸ポケットから拡大鏡を取り出した。
「ふーむ。純金だな……。こんな純度が高い物をどこで手に入れたんだか」
砂金を手のひらにのせて、じっくりと鑑定している。
検査した砂金を袋に戻すと、おもむろに計量器の上に乗せた。
「1万120グラムだな。訳ありの2000万円でいいよな」
「はい、それでオッケーです」
俺は即答する。砂金は簡単に手に入るから、値段の交渉をする必要はない。
店主は奥に引っ込んで、10分くらい待っていると戻ってきた。
「はい、2000万」
持ってきた段ボールをドシリとカウンターに置く。いつも質屋には現金をまとめて置いてあるのだろうか。
「毎度、どうもー」
中を開けて軽くチェック。
「そういえば、ストーカーに付きまとわれていた女の子はどうなったんだい」
ああ、コボルトのことか。
「はい、おかげさまで解決しました。ありがとうございます」
深く頭を下げる。それについては本当に感謝しているんだ。
「そうかい、あの藤堂も役に立ったか」
そう言って気の良い笑顔を見せる。この人も、そんな笑い顔ができるんだ。
「じゃあ、札束を確認したら帰ってくれ」
老人は店の奥に戻ろうとする。
「あ、そうだ。聞きたいことがあったんです」
「ん?」
振り向いて、けだるそうな表情。
「この店で、銀を扱っていますか」
「まあ、貴金属なら一通り商売しているよ」
店主はカウンターに戻ってきた。
「俺が銀を買うとしたらいくらになりますか」
「その量にもよるが……、訳ありで名前を聞かないという取引なら、キロあたり10万円で売るよ」
やはりゴールドに比べて安いな、シルバーは。
「じゃ、10キロもらえますか」
そう言って俺は段ボールの中から札束を一つ取りだしてカウンターに置く。
「ふーん、……ちょっと待ってな」
店主は奥に入って行った。しばらくすると布袋を持って戻ってきた。
「はい、10キロ」
袋を開いて中を見せる。そこには銀色の板が10枚入っていた。
手に取ると、けっこう重い。これが銀か。
「純銀ですよね」
「ああ、純度100パーセントに近いやつだ。刻印がしてあるだろ」
俺は札束と銀をカバンに入れて店を出た。
駅のコインロッカールームで1000万円分の札束を別の袋に入れる。その袋をロッカーに入れて鍵を閉めた。
松屋でハンバーグ定食を食べてから事務所に。
「こんばんは」
事務所に入ると、麻美さんと健司さんがいた。彼はドッカリとソファにふんぞり返り、軽く手を振ってあいさつする。
健司さんは午後9時だというのに、ゆったりとしている。事務所に泊まり込んでいるのだろうか。
「所長から指示された荷物を用意してい置いたわ」
麻美さんが指さす方を見ると、いつもの大きなリュックが置いてあった。
「また何か買ったんですか」
全く藤堂さんは金遣いが荒いよなあ。どんな金銭感覚をしているんだか。
「事後処理のための追加よ。代金の500万円をよろしくね」
そんなに遣ったのかよ。
「明細を教えてくれませんか」
「武器とか食料、それに食器やらなんやら……。それで300万、後は私の必要経費よ」
そう言ってニッコリと小首をかしげる麻美さん。確かに可愛い感じがする。でも25歳を過ぎていると聞いているが……。
「麻美さんの洋服やアクセサリーは必要経費じゃないでしょ」
俺は300万円だけを机に置いた。
麻美さんはチッと舌打ちをして札束を持って行く。
「おい、佐藤さんよお」
また健司さんか。
「隊長に言ってくれたのかよ。俺も早く異世界に行きたいぜ」
俺の首に腕を巻き付ける。ほっそりとしている割に腕が引き締まって筋肉が固い。
「言いましたよ。でも、コボルトも退治したし、しばらくは待機になると思いますよ」
文句を言いたそうな目をしていたが、やがて離れていく。麻美さんが腕組みをして健司さんを睨んでいた。
「じゃあ、行ってきますね」
リュックを背負い、銀などが入ったショルダーバッグを肩に掛ける。重いが、慣れてきたようで、そんなに負担ではなくなっている。
異世界のことを思い浮かべる。
蛍光灯に照らされた事務所が現実感を失い、白んでくる。やがて消灯されたように暗闇。




