表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生、おっさんニートの成功物語  作者: 佐藤コウキ
第1章、異世界転送
18/68

第18話、戦いの後


 昼になったので食事を作ることになった。

 長沢は、リュックから飯ごうを取り出してお米を入れた。

 生活用水は外の大きな樽に入っているので、そこから汲んでくる。

 入り口の横にかまどがあり、ライターで火を付けて3個の飯ごうを吊り下げた。


 使い慣れたと思われる古い飯ごうだった。自衛隊にいたとき使っていたものらしい。豆のような形をした容器、そんな物でご飯が炊けるのだろうか。

 しばらくすると飯ごうの蓋の隙間から蒸気が吹き出してきた。

「大丈夫なんですか」

 キャンプとかに行ったことがないので家電製品を使わずに炊飯するのを知らない。

「ああ、まだまだ」

 藤堂さんが腕を組んでジッと見つめている。

 やがて蒸気が止まり、しばらく待ってから居間のテーブルに運んだ。

 飯ごうの蓋を開けると、湯気が立っている旨そうなご飯だった。このまま食べるのか。

 おかずは魚の缶詰など。3人でテーブルに座って昼食を食べた。こんな食事は初めてだった。


 昼からは、トルティア達と一緒にシンヤードの町に行くことになった。

 村の外れに行くと荷馬車が3台あって、それにコボルトの死骸が積んである。

「あれが村を襲ったコボルト達なんですか」

 20匹以上の血まみれのコボルト。あれは藤堂さんと長沢がナイフだけで片付けたものなのか……。見ると、ひときわ大きな野獣が横たわっていた。俺がケツに槍を突き刺したコボルトの親分か。

「ああ、けっこう苦労したが、レンジャーの訓練と比較すれば大したことはなかったな」

 藤堂さんは満足そうに見ている。やはり、物騒な人なんだ。

 馬車の近くにいたトルティアがやってきた。

「では藤堂さん、行きましょうか」

 ジェスチャーとともに藤堂さんに語りかける。それに対して、やはり身振り手振りで「行こう」と返答する藤堂さん。

「このコボルトはどうするの」

「はい、これは町のギルドに売るんですよ」

 コボルトを買ってくれるのか。日本でも異世界でもモンスターは商品になるようだ。トルティアに聞くと、皮を使って服を作るという。そんな毛皮は着たくねー。

「それに賞金も出ますしね」

 屈託のない笑顔の彼女。麻美さんといい、たくましいな女は。

 1匹のコボルト退治すると、3万リラがもらえるそうだ。命がけの代金としては少ないような感じだが。


 馬車の座席に座ってシンヤードの町に向かう。隣には楽しそうなトルティア。彼女も俺もピクニック気分のよう。

「サトウさん、どのような所なんですか日本って」

「うーん……」

 なんと言えば良いのだろう。俺にとっても藤堂さんにとっても、そんなに楽しい場所ではない。

「平和な国かな」

 そうですか、と言って考え込んでいる。彼女の頭にはユートピアのような世界が広がっているのだろうか。

「日本に行ってみたいな」

 ねだるような笑顔。チクショウ、反則的に可愛いぜ、可愛さが半端ねー。

 そんな良い所ではないよ、と言おうとして俺は口を閉じた。

 トルティアを連れて、東京見物もいいかな。第一、転送するためにはオンブしなければならない。それがダメなら、お姫様抱っこだ。それってどんなご褒美だよ。

「いいよ、今回の件が一段落してトルティアが暇になったら一緒に行こうよ」

「うれしい、約束ですよ。絶対に連れて行ってくださいね」

 うんうんと俺は力強く頭を上下させる。こっちがお願いしたい。


 まてよ……。俺の頭にひらめくものがあった。

 前に聞いたが、トルティアには人の病気を関知して、その特効薬を作るという能力があった。それを日本で商売にできないだろうか。まさか公表するわけにはいかないだろうから、薬事法違反の闇薬局として、コッソリ売ることになるだろうが。

 まあ、人のためになるんだから構わないよなあ……。


 1時間以上も走って、ようやくシンヤードの町に到着した。

 町の中央に、ひときわ高く建っているギルドの支部。

 馬車はその裏に止まり、村の自衛団の男が中に入っていく。

 しばらく待っていると、ギルドの制服を着た係員がやってきてコボルトの状態を確かめた。ダブルの黒いコートのような服だ。見るからに暑そうだが。

 ギルドの男もこちらを不思議そうな顔で見ている。服装を奇異に思われるのは、こちらも同じか。

 係員のチェックが終わったようで、カバンから銀貨を取り出して村の男に渡す。

「63万リラもいただきましたよ」

 トルティアがやってきて、うれしそうに話す。それは村の諸費用になるそうだ。

 確認を終えたコボルトは、近くで店を構えている業者に売ると言う。


「では俺は帰りますけど、藤堂さん達は本当に帰らないんですよね」

 藤堂さんに聞くが、きっぱりと首を振る。

「ここが俺達の性に合っている。週に2回くらい、佐藤さんの都合の良いときに来てくれれば良いさ」

 そう言って、麻美さんへの伝言メモを渡された。この戦闘オヤジは異世界に永住するつもりなのか。

 探偵事務所の運営は麻美さんに任せているので、しばらく所長が留守にしても問題ないそうだ。まったく、どんな経営をしているんだよ。

 トルティアに別れのあいさつをした。彼女は、また来てくださいねと言ってくれた。

 ええ、また来ますとも。すぐに会いに参ります。


 以前、砂金を隠しておいた茂みを探す。

 ようやく見つけて、砂金が入った布袋を持ち上げた。50キロくらいかな。重いけどホモデブほどではない。

 さて、日本に帰ろう。

 俺の本業は日本と異世界の交易。それで稼ぎまくることが俺の本分なのだ。コボルトの件でゴタゴタしたが、これで本格的に商売ができる。

「よーし、ドカーンと儲けまくるぞー」

 目の前に希望がぶら下がっている。落ちている大金を拾うくらいに簡単な商売だ。

 夕方前の日差しに照らされたシンヤードの町並み。それが輝きを増し、光でいっぱいになる。

「俺の商売はこれからだー!」

 やがて光は収束して日本に転送。


   *


 事務所に着くと真っ暗。

 チプカシ腕時計を見ると朝の5時前。ブラインドは閉まっていて、ソファに健司さんが寝ている。荒らされた室内は、あらかた片付いていた。

 起こすと面倒なので藤堂さんからのメモを麻美さんの机に置き、バッグを持ってコッソリと事務所を抜け出した。


 駅前のドトールでモーニングセットを食べる。

 喫茶店の中は出勤前の会社員で混んでいた。


 この人達は、これから会社に行って働かなければならないのか。俺も前はブラック企業に務めていて毎日のようにこき使われていた。将来のことなど何も考えられずに社畜として突っ走って働いていたんだよな。

 俺は今まで何をしてきたのだろう。何のために生きてきたのか。

 もうすぐ35歳。馬齢を重ね、何も成していない。この前まで子供だと思っていたが、いつの間にか34歳のオヤジになっている。人生って短いよな。

 目の前のコーヒーを飲み干す。


 異世界転送していなければゲーム三昧で人生を浪費していたのだろう。老人になってから、あのとき冒険していれば良かったと後悔する人生。

 あっという間に過ぎていく一生。一度しかない人生。失敗しても構わない、やらずに後悔するよりも、やって後悔した方が良い。人は生き急ぐ必要があると思う。

 お金儲けでもいいし、藤堂さんのように戦うことでも良い。ダンスを習うのでも良いし、小説を書くことでも良い。とにかく、自分が納得する人生を送る努力をしなければ。

 俺は立ち上がり、混雑する店内から出て歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ