第17話、異世界の方が落ち着くの?
アパートに帰ってから、バタン・キューとベッドに。
起きたら、外は真っ暗。服を着たまま爆睡していたのか。
そういえば、ブラック企業に勤めていたときもこんなことがあった。
午前2時に帰ってきて背広のまま寝ていた。朝になり、起きてから着替えもしないで、そのまま出勤したことがあったっけ。
だけど、あのときの世界と今の世界は全く別のような気がする。
自分の考え方や決意、行動によって自分の周りの世界を変えることができるのだろうか。
アパートを出て、探偵事務所に向かった。
駅の構内のそば屋で、夜食の天ぷら玉子ソバを食べる。
駅からタクシーに乗って事務所に到着。中に入ると、健司さんだけが残っていた。
「麻美は家に帰ったよ」
ソファにふんぞり返っている健司さん。
「そうですか」
健司さんと楽しく話すなどということは無理なので、部屋の隅に置いてあった大きなリュックを手に取る。さっさと異世界に行こう。コボルトがどうなったか気になるし、トルティアのことも……。
「なあ、佐藤さん」
彼が立ち上がって近寄ってくる。
「なんでしょう」
「藤堂さんに頼んでくれよ……俺も早く異世界に呼んでくれるようにさあ」
俺はため息をついた。そんなに戦いたいのかよ、この金髪が。
適当にハイハイと言ってリュックを背負う。重いなあ、何が入っているんだろう。
「これも持って行けよ」
健司さんが拳銃ホルダーを俺のベルトに取り付けた。ずしりとベルトが下がる。中身が入っているのか? 1キロくらいあるかな。ピストルって、けっこう重いんだ。
「では、行ってきまーす」
異世界に出発だ。夢と冒険とコボルトと……それにトルティアのいるヤオジの村に。
物欲しそうに俺を見ている健司さんの姿が白い霧に包まれる。そして黒い雲に浸食され、やがて視界がブラック。
*
異世界に到着。目の前には、レンガ作りのトルティアの家。
太陽は頭の上にある。昼前だった。
いつもの転送ホームポジションに立っていた。四つんばいのワンコポーズではない、普通の姿勢でやってきたのは久しぶりかな。
「サトウさん!」
トルティアが駆け寄ってきた。
あの笑顔だった。豊満な体と裏腹に、幼さを多分に残している顔。彼女は胸を揺らしながら走ってくる。
「良かったあ! サトウさん、無事だったんですね」
俺の手を両手で握りしめ、ちょっと涙ぐんでいる。彼女はこんなにも俺のことを心配してくれていたんだ。
ああ、女の子の手は柔らかいんだなあ。トルティアを彼女にすれば、いつでも何度でも、この手を握ることができるんだよな……。
戦って良かった。
もし逃げていたら今頃、ゲームをやりながら暗い部屋で後悔していたに違いない。この晴れやかな気持ちは現実に立ち向かわないと得られないんだろう。
「小屋からコボルトと一緒に転送したようなので心配していたんですよ」
着物のような服で、相変わらず胸元が広く開いている。
「ああ、そうなんですか」
こんな時でもトルティアの胸の谷間に視線が行ってしまう。俺ってオッパイ星人かよ……。
「サトウさんのおかげで助かりました。あなたは私の恩人です」
熱い視線の直撃。女の子に見つめられるなんて、俺の人生で初めてのこと。頭がボワーンとなってきた。
「よお、大丈夫だったようだな」
藤堂さんがやってきた。いつもの自衛隊の服。少し汚れていると思ったら、血痕だった。
「ええ、こちらは健司さんに何とかしてもらいました。それで村はどうなったんですか」
コボルト掃討作戦は成功したんだよなあ。
「バッチリよ、佐藤ちゃーん。私と隊長で、コボルトのワンちゃん達をみーんな退治してやったわあ」
そう言いながら近寄ってきたのは長沢だった。ホモデブの服も汚れている。けっこう激しい戦いだったのか。この、髪を七三分けにしているデブも強かったんだな。
「はい、これ」
背負っていたリュックと拳銃ホルダーを長沢に押しつける。こっち来んなよな、俺はノーマルなんだ、ホモでもないしロリコンでもない。……ロリじゃないよな?
とりあえず家に来いと藤堂さんが言うので付いていく。あれ、トルティアの家に入るんじゃないのか。
それは村の外れ、川の下流に建っていた。
木造だが、土台は石で固められている。古いが、けっこう大きな家だ。
「これは?」
ドアの前で藤堂さんが振り向く。
「村からのプレゼントさ。コボルト退治のお礼ということだ。今は空家になっているから自由に使って良いとさ」
「ああ、そうなんですか」
村人も気前がいいな。というよりも、用心棒として住んで欲しいのか。
中に入るとテーブルや棚などの家具がそろっている。前に住んでいた人が、そのまま引っ越していったらしい。居抜きの一軒家が手に入ったわけだ。
「当分ここに滞在することにしたよ」
「えっ?」
「またモンスターが襲ってきたら迎撃する。その報酬として食料などをいただくつもりだ」
「ここで生活をするつもりなんですか」
うんと言って首を縦に振る。なんか、うれしそう。
「日本での浮気調査や企業情報を盗む仕事より、はるかに有意義だ」
そう言って無邪気に笑っている。この人は根っからの戦闘人間なんだなあ。戦いの中にしか自分の価値を見いだすことができない人間なのだろう。健司さんと同じか。
彼らにとって日本は窮屈な世界ということ。
……確かに制約が多くて狭っ苦しい所かもしれない。
「佐藤さんの部屋もあるぜ」
そう言って案内された。
その部屋は4畳半くらいで、隅にベッドがあり中央に小さなテーブルが置いてある。
商売の起点としては十分かな。
小さな窓からは川と森が見えた。ああ、ゲーム世界のようにローカル。
危機は去った。後は商売、商売でガッツリ稼ぐぞー。
不安は消え、腹の底から熱いものが湧き上がってきた。これが希望というやつか。




