第14話、戦うのは誰のため
「佐藤さんには佐藤さんにしかない特殊な能力がある。それを作戦に組み込むことにした」
藤堂さんは冷静で、淡々と話を続ける。
「コボルトには暗視能力があるし、嗅覚や聴覚が優れている。うかつに近づいたら気づかれてしまうのさ」
彼の視線が俺の目に突き刺さっているようで、目をそらすことができない。命令することに慣れているんだろうなあ、元隊長さんは。
「だから、佐藤さんがコボルトの注意を引きつけておいている間に俺と長沢が接近する。前もって、離れた場所に待機していた自衛団が弓矢で攻撃して戦力を削いでから俺達が突撃して接近戦だ」
俺はどうなるの。目でクレームを訴える。自分の足が震えているのが分かる。
「佐藤さんは小屋に逃げ込んで、かんぬきを掛け、後は日本に転送すればいい」
ああ、そういうことか。
「でも、でも……、それって……かなり危険なのでは?」
立ったまま、震える声で言う。
「戦闘に危険はつきものだ。持っている戦闘リソースは全て有効利用する。勝つためには何でもやらなければならない」
この戦闘オヤジはスイッチが入ったようで、戦士の目をしている。体と心が震えて、俺は何も言い返すことができないでいた。
「佐藤さん、あんたも日本男児なんだろう。村を救うためだ、根性を示してみろ。侍の意地を見せるんだ」
日本の男が危険に立ち向かわなければならないのなら、俺は韓国人の船長になって沈没する船から逃げ出したい。でも、藤堂さんの言葉は威圧的で、逆らうことが不可能な圧力を持っていた。
このまま日本に転送してしまおうか……。
事務所に帰ったら、麻美さんに適当なことを言って自分のアパートに逃げ込む。俺の住所と電話番号は知らせていないから連絡は取れないはずだ。後は何も考えずに前のように引きこもってゲームにのめり込んでいればいい……。
現実逃避という誘惑の魔手が俺の心臓を握り始める。
しかし、そうなると村はどうなるのか。藤堂さん達は? それに、それにトルティアはどうなってしまうのだ。ここで逃げたら、もうトルティアに会わせる顔がない。
トルティアの方を見た。
アニメ系アイドルグループの誰かに似ているトルティア。彼女は悲しそうな目で俺を見ている。
「サトウさん。無理をしなくてもいいですよ……」
トルティアの言葉が俺の頭をぶちのめす。少女の哀れみの台詞によって胸が燃え上がった。お前はダメなやつだと俺の心に焼き印を押したのだ。彼女は気遣って言ってくれたのだろうが、急激に肥大した劣等感によって俺のピュアハートがイヤというほど痛めつけられた。
トルティアに嫌われたくない。トルティアに軽蔑されたくない。無視されたくない。さげすんだ目で見られたくない。泣いて欲しくない。
トルティアに頼られたい。トルティアに褒められたい。すがってほしい。あの笑顔を向けてもらいたい。いつもトルティアには笑顔でいて欲しい。
俺は、女の子に頼られる男になりたいのだ! やせ我慢でもなんでも構わない。戦わなければならないのだ。
「分かりました。やります……」
俺は腰の力が抜けたように、ゆっくりとイスに落ちていく。
藤堂さんは口元をほころばせながら「よし」と言った。
*
真っ暗な家畜小屋の中。俺は息を殺して槍を握っていた。
緊張の夜。俺は命がけの作戦を実行する決断をした。
木の棒にナイフをくくりつけた手製の槍。このような武器を手に持ったのは生まれて初めてだ。
小屋の壁には隙間が多くて、そこから外を覗くことができた。運が良いことに月明かりでボンヤリと外の柵が見える。柵の内側では、山羊がメーメーと気楽に鳴いていた。俺の匂いは家畜が消してくれるはず。
「チクショウ。これって現実だよなあ……」
握りしめた槍が震え、棒が汗でぬれる。
ゲームではコボルトなどのモンスターをたくさん殺してきた。その祟りなのだろうか。
「もう、ネットゲームでコボルトは殺しませんから許してください……」
神に祈っても仕方がないことは分かっているんだけど。
昼からは藤堂さんの指示で、コボルトを突き刺す訓練を何度もやった。
暗闇の中の作戦なので、目をつむっても行動できるようにとの反復練習だ。
小屋の扉を開けて外に飛び出し、地面に立てた丸太に槍を突き刺す。そして、すぐに小屋の中に駆け込んでから、かんぬきを掛けて日本に転送する。そのトレーニングをイヤというほど繰り返した。
それ自体は簡単な行為なのだが、本番で一つ失敗すれば殺されてしまう。あんなに真剣になったのは俺の人生で経験したことがない。
山羊が鳴くのをやめた。
柵の外に、いくつかの影が揺れている。本当にコボルトがやってきたのだ。
心臓が激しく鼓動し鼻息が荒くなる。汗が一筋、こめかみから流れた。
急に山羊が激しく鳴き出した。コボルトが柵の中に入ってきて家畜を襲おうとしている。20匹くらいだろうか。
「チクショウ。根性を見せてやるぜ」
群れの中でひときわ大きなコボルトが門の前を通り過ぎる。2メートルを軽く超える巨体。全身が灰色の毛に覆われ、獲物を求めて目を光らせている。狼人間のような姿は凶悪なオーラを振りまいて、俺に鳥肌を立たせていた。これがボスだ、間違いない。
よし、行け!
自分に号令したが、震える足が言うことを聞かないのだ。
あんなに練習したはずなのに、非日常の世界に飛び込むことができない。部屋に引きこもってゲームばかりやっていた、ぬるま湯のような日常が思い出されて、俺の心を引き留めていた。
行け! 行くんだ、行くしかない! このままジッとしても殺されるだけだ。
そうだよな、やるしかないんだよな。自分で自分を納得させた。
震える手で、かんぬきを外す。
「うぁー!」
俺は叫んで外に飛び出した。月明かりに照らされた、自動車のようにデカい野獣。それに向かって槍を突き出す。
「グォー!」
槍はコボルトのケツに突き刺さり、やつは怒号のような咆吼を放った。
肺が震えるような声にビビりまくる俺。コボルトの群れが一斉にこちらを向く。たくさんの光る目が俺を睨んでいた。
「うぎゃー!」
コボルトに負けないような大きな叫び後をあげて小屋の中に逃げ込む。そして何も考えずに、かんぬきを反射的に入れることができた。反復練習の成果というもの。
ドンドンと小屋を叩く音が響く。
地震のように柱が揺れて、今にも崩れそう。震度6くらいかな……。逼迫した状況に合わないイメージが意図せず頭に浮かぶ。
「早く、早く! 日本に帰りたい。帰してくださあい、お願いしますうー!」
切実な願いに応えて、暗い小屋の中が白っぽくなる。
バキッという音とともに扉が壊れて内側に倒れた。そこに立つのは外の薄明かりに浮かび上がる凶悪な野獣。
背中が凍り付き、思考が停止する。
コボルトは、うなり声を上げて俺に襲いかかってきた。
「あー!」
情けない悲鳴をあげた途端に虚無に落ちた。




