第12話、戦闘は任せます
「それで、どうやって異世界とやらに行くんだ?」
藤堂さんが俺に聞く。もっともな疑問だよね。
「俺が持って行きます……というか、オンブして転送するしかないと思う……」
まさか、お姫様抱っこで筋肉オヤジを持ち上げることは体力的に無理だ。背負うしかない。……嫌だなあ。
「あんたが持って行けるだけしか運べないということか」
うなずくと藤堂さんが困ったような顔。この人は洞察力が深い。自動車とか戦車とかは持って行けないんだよなあ。限られた兵力で戦うしかない。
転送についての細かい設定も教えた。
藤堂さんの方にも準備があるというので、とりあえずアパートに帰ることにした。
電車を乗り継いで自宅に帰ったのは、町が夕暮れに包まれている頃。
シャワーを浴びてからテレビを点けた。冷蔵庫からビールを取り出して、録画してある深夜アニメを見ながらチョコチョコ飲む。体は未成年だと思うが、構わないさ。
「これで何とかなるかな」
藤堂さんなら期待できる。コボルトなんか蹴散らしてくれるだろう。
「俺はスポンサーなんだから、戦闘に参加することはない。戦いはプロにお任せしよう。後方で援助していればいいよね」
自分が危険なことをしなくて済むので気が楽になっていた。
日が沈んで部屋が薄暗くなる。
ジャケットを羽織り、俺が持っている全ての銀貨をウェストポーチに入れた。
外出し、松屋で牛丼を食べてから事務所に向かう。
事務所に入ると藤堂さんは迷彩服を着て準備万端だった。横には大きなリュックが置いてある。
「さあ行こうか」
そう言って迷彩柄の帽子を深くかぶる。少し興奮しているようだ。戦いに際して生き生きしてくる、そういった種類の人間なんだなあ。
「頑張ってね、お兄ちゃん」
激励したのはホモの長沢。……勘弁してくれよな。向こうでは事務係の麻美さんがニヤついて俺達を眺めている。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
俺はしゃがんで両手を後ろに回した。オンブするよ、カモンのポーズ。
ぐっと背中に重量感。
「ぐわっ」
重さで前に潰れてしまった。今は若い体なのだが、それでも耐えられない。
「なんだ、これくらいでダメなのか」
床にひれ伏している体勢で振り向く。藤堂さんは大きな戦闘ナイフを腰に差し、中身が入っているような拳銃ケースを胸に締めている。さらに大きなリュック。それじゃあ、いくら何でも……。
「勘弁してくださいよ。か弱い一般人なんですから、俺は」
ため息をついて藤堂さんがリュックを外した。
「食料とかは現地で調達できるんだよなあ」
うなずくと、彼は拳銃ケースなどの装備を全て外し、ナイフだけを身に付けた状態に。
俺は腰を痛めないように体操をした。上体をグルグルと回して下半身をほぐしておく。
背負った状態で立ち上がるのは不可能だと悟ったので、立ったままで藤堂さんに背中を向ける。
「よし、足腰をしっかりと固定しておけ」
そう言って俺の首に手を回し、ゆっくりと体重をかけてきた。
70キロはあるだろうか。腰に来そうだが、ちょっとの辛抱だ。俺はトルティアの笑顔を思い浮かべた。ケツに藤堂さんのたくましい物が当たっている。ああ、さっさと異世界に飛んでいけー。
薄暗い事務所が白っぽくなり、やがて黒。
前につんのめって潰れたまま異世界に到着。
「サトウさん……?」
目の前にはトルティア。見覚えのあるレンガ作りの家だった。
「こんにちは」
上目づかいで、あいさつをした。彼女は朝日を浴びてキラキラ光っている。だが、いつもの笑顔ではない。
「あのう、どうしたんですか。サトウさん。若返って……ポーションを使ったんですね」
今の俺は四つんばいのワンワンスタイルで、背中にワンワンスタイルの藤堂さんが乗っかっている。
「ああ、用心棒を連れてきたんですよ。戦闘のプロなのでコボルト退治に役立つかと……」
藤堂さんを押しのけて立ち上がる。彼は口を結んで辺りを見回していた。
「そうなんですか! それはありがとうございます」
暗かったトルティアの顔がパッと明るくなる。ああ、良かった。面倒なことをこなした甲斐があるというもの。
「こちらは自衛隊出身の藤堂さん。こちらが前に話をしたトルティアさんです」
双方を紹介する。
「どうぞ、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるトルティア。しかし、藤堂さんは目を細めて俺を見る。
「おい、佐藤さん。この嬢ちゃんの言葉が分からないんだが」
あれ? 通訳の魔法は俺だけに適用しているのか。
「トルティアさん。この人の言葉が分かりますか」
彼女は困ったように首を横に振る。
そうか異世界の言葉と日本語を通訳する必要があるんだ。俺の言葉だけはトルティアの頭の中で異世界の言葉に変換されるというシステムなのかな。
なら、俺が通訳をするしかない。
藤堂さんがコボルトの死体を確認するというので、少し離れた場所にある納屋に行く。
扉を開くと薄暗い中に例のコボルトが横たわっていた。
コボルトの近くにしゃがんで死体を調べまくる藤堂さん。モンスターの現物を見ても冷静だ。
「この筋肉からいって人間の3倍くらいの腕力だろうな」
「はあ、そうなんですか……」
腕に触っただけで分かるものなのか。
「狼に似ている。嗅覚も鋭いんだろう」
彼の言ったことをトルティアに伝える。
「そうです。それに夜目も利くんですよ。いつも夜に群れで襲ってくるので」
それを藤堂さんに言う。通訳は面倒だな。
よし、と言って立ち上がる。藤堂さんはポケットから手帳を取り出して何かを書き始めた。
俺はウェストポーチから銀貨が入った袋を取りだしてトルティアに渡す。それで藤堂さんの寝る場所や食事などを頼んだ。
彼女はうれしそうに受け取る。34歳の小太りオヤジの時と比べて、笑顔に明るさが増しているような。
藤堂さんがメモをピッと切って俺に差し出した。
「これを長沢に渡してくれ」
受け取ってジャケットの内ポケットに入れる。
「あんたは日本に帰ってメモを渡し、長沢を連れてきてくれ」
うなずいた後で嫌な感じになる。あのホモデブをオンブするのか。
「では一度、帰ります」
トルティアに告げると、彼女はすがるような目だった。
「はい……また来てくれるんですよね」
少女に頼られるのも悪くない。
「ええ、来ますとも。すぐに戻ってきますよ」
言葉が分からない異世界で大丈夫なのかなと心配だが、藤堂さんが言うんだから指示に従うしかない。
俺は後ろ髪を引かれる思いで日本のことを思い浮かべる。
日本に帰ってウハウハだぜえ。……ウハウハなのかな。コボルトのことが片付かないと気が落ち着かない。いや、とにかく日本に帰らなければ、そして長沢を連れてきて兵力を増強しなければならないのだ。
トルティアの顔が白くかすんでくる。そして、光りが閉ざされた。




