第10話、傭兵
アパートに戻ってきたときは朝だった。
冷蔵庫の中の物を食べて、シャワーを浴びてからベッドに入った。異世界を行ったり来たりしていると生活が不規則になる。
起きたのは昼前。
やることは決まっている。こうしている間にも村がコボルトに襲われているかもしれないのだ。
持ってきた砂金をチャック付きのビニール袋に小分けする。およそ10キロを入れて袋を閉じ、ショルダーバッグに入れた。
外出し、デニーズでハンバーグランチを食べてから例の店に向かった。
貴金属買い取りの店は、いつものように客がいない。
カウンターに行き、店主を呼ぶ。
「すんませーん、買い取りお願いしまーす」
しばらくして、いつもの老人が奥から出てきた。
「また、あんたかい。今日も砂金か?」
この店主も愛想がないよな。俺をニートだと思ってバカにしているのか。これで客商売が成り立つんだったら俺も買い取り業者になろうかな。
「どうも、また砂金の買い取りをお願いします」
そう言って砂金の袋をカウンターに置く。
店主がしばらく固まった。量が多いので驚いたのか。やがてチャックを開いて中の粒を拡大鏡で検査し始めた。
「うむ、純金だな……」
拡大鏡を置いて俺の方をじっと見た。
「毎回、これはどこで手に入れるんだ? 入手経路を教えてくれんかなあ」
そう言われてなあ。異世界で手に入れたと説明しても信じないだろうし。
「ええーと、……企業秘密です。教えないと買ってくれないんですか
「そういう訳でもないが……」
店主はビニール袋を持ち上げて計量器の上に乗せる。
「1万1250グラムか……。2000万円だな」
うわー、ちょっと商売しただけで2000万かよ。今まで俺は何をやってきたんだろう。金銭感覚が狂ってくるってばよー。
店主は、少し待っていろと言って店の奥に入っていった。だが、なかなか戻ってこない。
20分ほどボーッとして待っていると、やっと姿を見せた。両手で段ボールを抱えている。
「はい、2000万」
段ボールをカウンターに置く。俺が蓋を開いて中を見ると、札束がぎっしりと詰まっている。100万円の札束が20個。一つ手に取ってパラパラとめくってみた。
「おい、あんた。ここで数えるのはやめてくれ。かかりすぎだよ時間が。ホログラムは偽造できないんだから、それだけ確認して帰ってくれよ」
うなずいて俺は札束をカバンに入れ替えた。カバンがパンパンに膨らむ。そうだ、ここで聞いてみようか。この店主は裏の世界に通じているかも。
「それから、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
奥に引き返そうとした店主が足を止める。
「なんだい」
「ケンカとか争いごとに強い、腕っ節に自信がある人を知りませんか」
「……なんか、トラブルに巻き込まれているのか」
「はい、俺の友達が変なやつに絡まれているんですよ」
「警察に言えよ」
それはそうなんだろうけど、異世界に警察はないんだよな。
「ちょっと訳ありで、内々で片付けたいんですよ」
店主はうさんくさそうに俺を見る。韓国マフィアか何かとトラブっていると思っているのか。
「まあ、知っていることは知っているが、あんたに教える義理はないわな」
かーっ、このジジイは。俺の砂金で儲けているだろうに。
「女の子が困っているんですよ。それに砂金は1万1250グラムでしょ。いつものレートより200万円も少ないじゃないですか。その分をサービスしてくださいよお」
店主はフンと鼻を鳴らした。
「ストーカーにでも付きまとわれているのか」
「ええ、まあ……」
モンスターなんだけど。
「まあ、それも可哀想か……」
店主はポケットから名刺を取り出して裏に何かを書き始める。
「ここに行ってみな」
俺に名刺を差し出す。手に取って裏を見ると『藤堂探偵事務所』と書いてあり、住所と電話番号も書いてあった。
「ありがとうございます」
頭を下げて礼を言う。助かった、本当に感謝感謝。
思いのほか話がスムーズに進んでいる。この分なら割と早く傭兵を異世界に送ることができるかな。
店を出て、名刺に書いてあった住所に向かう。
それは横浜の外れだった。何度か電車を乗り継いで、その探偵事務所の前に着いた。
事務所は商店街にあった。その通りは寂れていて、平日の昼なのにシャッターが閉まっている店が多かった。
こんな場所に依頼者が来るのだろうか。
それはビルの2階にあった。窓ガラスに『藤堂探偵事務所』と書いてある。1階は倉庫のようだが、使用している様子はない。
ドアを開けて薄暗い階段を上る。
短い廊下の突き当たりにドアがあり、横に事務所の看板。
少しためらってからノックする。
「どうぞ」
中から女の声がした。ドアを開けて入ると、思ったより広い事務所だ。
壁際の机に20歳くらいの女が座っている。
こんなへんぴな事務所には似合わない美人だ。トルティアの可愛さとは違う、大人の気品を漂わせている。ちょっと化粧が濃いかな。
応接セットのソファには太った男。迷彩服を着ていて、俺のことをジトッと見ている。
そして、窓際の机にドッカリと座っているのは中年の男だった。50歳くらいだろうか、スポーツ刈りの髪には白い物が混じっている。だが、引き締まって精悍な顔つきだ。体つきもたくましい。ブレザーを着ているが、戦闘服の方が似合うと思う。
「すいません……、仕事を頼みたいんですけど」
「ああ、依頼者様でしたか。どうぞ、どうぞ」
女が俺を応接用のソファに案内した。座ってみるとバネがギシギシと鳴る。この事務所は大丈夫かなあ。
「どんな、ご用ですか。こちらでは浮気調査とかは、やっていないんですけどねえ」
中年の男が俺の対面に座った。なんとなく攻撃的なオーラを放っているようで、精神的なプレッシャーを感じる。店主が紹介したように戦闘のプロなんだろうか。
「あの、何というか……用心棒をお願いしたいんですけど」
「ふーん、ボディガードの依頼か。で、相手はどんなやつだ」
言葉に詰まる。本当のことを言った方が良いのか。
「えーと、すごい強いやつです」
「ボクサーとかレスラー崩れのやつか?」
隠しても、どうせ後で分かることだからなあ。本当のことを言うしかない。
「いえ、コボルトです」
「……あ? 外国人か?」
「いや、あの……、モンスターなんですけど」
ため息をついて男が後ろに反り返る。目を細めて俺を見た。
「いい加減にしろよオッサン。ゲームの話だったらネットでやれよ。俺をからかうと痛い目にあわせるぜ。言っておくがマジだ……」
本当にマジな目をしている。なんちゅう視線だよ、睨まれているだけで腰が抜けそうだ。俺とは次元の違う人間、この人はケンカのプロだ、間違いない。
「いや、本当なんです。これを見てください」
スマホで撮影しておいたコボルトの写真を見せた。男はスマホを手に取ってじっくり見ていたが、やがてスマホを俺に突き返す。
「合成だろ。何のゲームから抜き出してきたんだよ」
信じてもらえないか。そうだよなあ、いきなりモンスターとか言われたら、こいつは変なやつだと思ってしまうよな。どうしたら信用させることができるのか。




