伸ばした手は届かず
猟師であるフードの朝は早い。
太陽が昇る少し前にはもう活動を開始しているのが常だ。
だが、スレプト以外が撃沈する魔女酒を飲んだ次の日だけは違う。
「……」
「フード姉ちゃんおはよう!!!」
ゴンの元気な声にも反応しない。
「おーはーよー!!」
反応はない。
「おぉおおおはぁああああよぉおおおおお!!!!!!」
肩を揺さぶられながら耳もとで大声を出されても動じない。
なお、余談ではあるが。
フードの耳は四つある、異星の狼擬きと融合した際に生えた頭頂部の獣のものと通常の人間のものだ。
耳の良さがずば抜けているがゆえに大きな音には少々弱い。
「……ゴン……聞こえてる」
真っ青な顔をしたフードのを見てゴンもまた同じ顔色になる。
自分のせいでこうなったことを理解したのだ。
「うわわわわ!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「……良い……気にしないで」
「あわわわ!?山芋?ウナギ?好きなもの盗ってくるから嫌いにならないでぇ!!」
「……落ち着いて……こっちに」
フードがパニック状態のゴンを引き寄せた。
「……大丈夫……大丈夫だから」
「ほんとに……?」
「……ほんとう」
ゴンを腕の中に収めていると少しずつフードの体調は回復していった。
本来であれば毒だろうが何だろうが効きもしない体ではあるが、なぜかあの酒だけは体調を崩すほどの効果がある。
そのことを不思議に思いつつもフードは今日の仕事の計画を立て始めていた。
「……行ってくる」
しばらくして昼になった頃にフードは狩場である森へと向かった。
この世界の森には以前いた森には居ないような不思議な獣が沢山存在していた。
それをこの世界では魔物と呼んでいるがフードにはその違いがよく分からない。
魔物だろうが獣だろうが個性があり習性があり森の中で暮らしている。
そして日々の糧になる。
何の違いもない。
幸いこっちに持ち込んだ銃は魔物にも有効であった。
見た目はアンティークとさえ言える古ぼけた猟銃。
だがその実態は生体兵器である。
フードが狼擬きに喰われて融合した後に出会った謎の超高科学力を持つ存在から下賜された銃である。
【捕食者】と名乗る彼らの試練を突破した際に持て余していた3本目と4本目の腕を素材に作ってもらったものだ。
最大射程は見える範囲全てであり、衛生上に浮かべれば衛生砲台としても運用可能というオーバースペックを誇るがフードはよっぽどのことがない限りただの猟銃以上の能力を使わない。
それは猟師の誇りであり、また獲物への敬意でもあった。
「……?」
手早く獲物の眉間を撃ち抜き仕留めたフードが処理をするべく近づいていく。
だが、その時に違和感を感じた。
素早くその場を飛びのく。
「……誰だ」
小さく問いかけるも聞こえるのは木々のざわめきと獣と魔物の動きだけである。
「……気のせいか……?」
フードは思い出していた。
姿の見えない何者かがいることを、仲間たちで探すことを決めた何かがいることを。
勘ではあるがこれがそうであるという確信があった。
今、何かが自分に起こっていて。
その主が標的であり今は自分が獲物になっている。
それを認識したときフードの口元は弧を描く。滅多に見せない牙をチラつかせながら言う。
「……面白い……私を狩るのか……」
フードの獣の部分が言う。
敵対者を殺せ、殺して糧にしろと。
「……食い合いだ……」
周辺で一番高い木に飛び乗り辺りを見渡す。
幸いここは森の奥地。
万が一にも見られる心配はない。
「……ただの殺し合いに礼儀はいらない」
猟銃の形が変わる。
猟銃からオーバーテクノロジーを隠そうともしない機械的なフォルムへと変貌した。
「……はぁあ……」
フードもまた姿を変えていた。
より獣のように、より異形に、されど美しく。
獣人のように身を変えた。
鋭敏になった感覚はかすかな空気の動きや音の波状果ては分子の動きまでも必要ならば感知する。
当然に異物の存在もまた感知する。
それは小さく、細く、そして嗅ぎ慣れた甘い匂いもした。
異物だと思ったのはこっそりついてきていたゴンだった。
「……」
軽く赤面しながらフードは元の姿へと戻る。
そして自分がいきなりいなくなったことで困惑している可愛いキツネの後ろへと降り立った。
「……なにしてる」
「ひゃわっ!?」
ゴンの耳と尻尾が総毛立つ。
「えへへ、フードの様子が変だったから心配で……」
「まったく……気配を消すのが上手すぎる。敵かと思った……」
「そ、そう?やったー!!フード姉ちゃんに褒められた!!」
「……はぁ……もう狩場には来ないこと。いい?」
「え?う、うん。分かった」
「……じゃあ待ってて。解体するから」
「はーい」
この日の肉の処理は心なしか乱暴だった。