それは闇夜の海の底
目的が決まった彼女らがまず初めにすることはいつも決まっている。
乾杯だ。
事の始まりと終わりは酒で、これは彼女らが定めたルールの一つである。
ヒロインにあるまじき振る舞いであるが彼女らはヒロインから弾かれた身である。
なにを躊躇うことがあろうか。
さて。
終わりの乾杯とは違って始まりの乾杯には少々手順がある。
全員の酒を混ぜ、各々一滴づつ血を加えるのだ。
そこにスレプトとガリエルによる魔法がかけられる。
それは原始的な契約魔法、されどそれ故に強固なもの。
名は【血の契り】
契約者は全員。
契りの内容は目的のための絶対的協力。
破った際のペナルティは。
自害。
「……誰も裏切らないのに……」
フードは既に塞がった傷を見つめながら言った。
辺りには薄っすらと血の匂いが漂い、それを塗りつぶす強烈な酒精の香りが席巻していた。
「そんなの分かってる、けれどねこれはケジメなの。何かに裏切られてきた私たちにはこういうものが必要なのよ」
メアが手首を示す。
そこには黒い手錠のような模様が浮かび上がっていた。
それと同じものが人ごとに手首、足首、首に浮かび上がっている。
「……首輪は嫌いだ」
フードは首に。
「あんまり好きじゃありませんね。やっぱり」
オツルは右足に。
「えー?でもカッコよくない?それにお揃いだし!!」
ゴンはフードと同じように首に、ただし首輪というよりもチョーカーに近いだろう。
「ん〜繋がれてても眠れるならそれで良いなあ〜」
スレプトは手首、足首、首、全てに。
「(毎度毎度どうしてそこに出るのか分からないわ)」
ガリエルは両足首に。
「気になんないだよ、そういえばこんな刺青は南の方で見ただな」
アッシュは両手首に。
全員に浮かび上がったのを確認し混合された酒を杯に注ぐ。
その酒は黄金に一筋の紅がたなびいている。
「見た目は本当に綺麗なのだけれど」
「……味は」
「いやー、こんな時じゃなければ絶対飲みたくないですよね」
「これは苦手!」
「ん〜?おいしいじゃな〜い?」
「あなたの味覚は人間とは違うのよ」
「悪い酒じゃねえだ、本当に悪い酒は目が潰れるでな」
全員が杯を掲げた。
「悪夢の女王メア。私は親愛なる友である貴方達を裏切らない」
「……異星の狩人フード。背中を預ける、裏切りはあり得ない。」
「無報恩の鶴オツル。皆さんへの恩は必ず返します裏切りなど論外です」
「頓知狐ゴン。みんなが大好き、裏切るなんて絶対しないよ」
「永遠の眠り姫スレプト。裏切るくらいなら眠った方が得だよね〜」
「泡沫から這い上がった人魚姫ガリエル。裏切りは私の最も嫌う蛮行よ」
「置いてけぼりの灰かぶりのアッシュ。みんなを信じてるだ、裏切りなんて考えもしねえだよ」
それぞれの言葉とともに杯をあおった。
一瞬の静寂。
『う゛っ!?』
「やっぱりおいし〜い」
青ざめた顔する六人と笑顔のスレプト。
これは当然である。
彼らが作った酒は魔女の酒。
魔女以外が飲んで美味い訳がない。
しかしこれで手順は終了である。
次の夜から彼女らの活動が始まる。
ちなみに今晩はどうなるのかというと。
「も〜〜、そんなとこで寝ちゃダメだよ〜〜。仕方ないな〜〜」
スレプト以外が潰れてしまったのでスレプトが各自の場所へと運ぶのだ。
「みんな気持ちよさそうに寝てる〜」
母親のような慈悲深い笑顔を浮かべたスレプトのことをほかの仲間は知らない。
我が子を慈しむが如く全員の頭を撫で子守唄を歌うスレプトを知るものはいない。
「いっそのことみんな眠ったままなら幸せなのかも〜」
いつも光を失った瞳で全員を文字通り永遠の眠りに沈めよう考えていることを仲間が知ることは永劫ない。
「……やっぱりきちゃうんだね〜?」
スレプト以外が潰れた夜。
どこからともなく現れる呪いの塊が殺しに来ることをスレプト以外は知らない。
「はいはい、ご苦労様〜」
その圧倒的な能力をもって呪いを殺す度にスレプトが全員分の呪いを肩代わりしていることを仲間は知らない。
スレプトもそれで良いと思っている。
仲間にとって自分は眠りすぎの眠り姫で良いとたまに起きると便利な仲間で良いと。
【森の魔神】の後継者などという余計なことは知られる必要はない。
自分だけで背負うべき業なのだと。
スレプトはそう結論を出している。
悪夢さまよう可愛らしい女の子にも
美しい混ざり物に成り果てた猟師にも
目的を果たせぬが故に変化した健気な鶴にも
撃たれた心が塞がらぬ愛らしい狐にも
泡になりきれなかった哀しい人魚にも
見捨てられたことに気づかず殺人機械とされた憐れなメイドにも
彼女が話すことはない。
何一つ。