遭遇
※書き換え前の内容です
隔世遺伝という言葉がある。
ある人物が持つ形質が、孫かそれ以降の代で発現する現象のことだ。
本来の意味とは異なるが、遺伝形質の発現という点では類似している。
どちらにせよ、ハレー彗星が再び接近したあの夜から、高瀬 逸巳の生活は大きく変わってしまった。
1週間前、逸巳は少女と共に現場から逃げた。
情報拡散されれば逸巳達はすぐに特定されてしまう。
あの場に留まるのは危険だと判断した逸巳は人目につかない公園の木陰に隠れた。
少女の名前は参河 彩悠。
隣の高校に通う1年生だ。
部活が終わり徒歩での帰宅中に彗星を見上げたのが事の発端だったらしい。
紫色の彗星を見た途端に身体から電気が出たのだと彩悠は語った。
彩悠同様、逸巳にも変化があった。
見聞きした情報が全て頭の中に入り、スポーツや武術、芸術に至るまであらゆる技術を再現できるようになったのだ。
実に便利な能力だが、何が原因で発現したのかはっきりしないため喜んでばかりもいられない。
明らかにこの変化は異常なのだ。
あの夜以降も彩悠と何度か話し合ったが、手がかりは何も掴めないままだった。
何度も警察の事情聴取を受け、校内でも噂が立ったせいで逸巳は疲弊しきっていた。
他人から奇異の目を向けられるのがこんなに疲れるとは。
なにせ警察が直接学校へ来て名指しで呼び出されたのだ。
周りから見れば犯罪を犯したように思えるだろう。
だが、それは逸巳だけではなさそうだ。
真宮 彩悠も同じような状況のようで学校に居づらいと言っていた。
あの日、逸巳と彩悠は連絡先を交換しておいた。
警察に報告する関係上、口裏合わせは必須だからだ。
体から電気が出たなどとは口が裂けても言えない。
放課後になり、困ったものだとため息をついて廊下を歩いていると、ぴっしりとしたスーツを着た男に声をかけられた。
「高瀬 逸巳君だね?少し話があるんだが、いいかな」
逸巳は男の目をじっと見ていた。
その目はどこか暗さを帯びていて、普通の人間ではないことが逸見にもわかった。
「...警察じゃないみたいですね。ご要件は?」
男は少しだけ口角を上げた。
「君のDNAについて」
やはりそうか、と逸巳は思った。
あれだけ派手に事件を起こせば注目されるのも当然だ。
そして、同時にもう一つの疑問が確信に変わった。
能力者は他にも存在するということだ。
それも一人二人ではない。
これだけ狭い範囲に少なくとも二人いるのだ。
市内だけでも数百、もしかすると数千かもしれない。
「ここで話せる内容でもないですし、場所を変えましょう」
男は「あぁ」と答えて顎で外を示して踵を返した。
逸巳は彩悠の状況が気にかかる。
恐らく既に誰かと接触しているだろう。
男が向かった先には1台の車があった。
マットブラックに塗装された滑らかな線の車体だ。
遮光ガラスのため中の様子を窺うことはできない。
男がこちらを振り向き、顎で乗れと示した。
「いや、乗りませんよ?知らない人の車に乗ったらいけませんって教わりませんでした?」
「何が悲しくて野郎を拉致るんだよ。どうせならこっちだろ」
そう言って男が後部座席のドアを開けた。
「あ...逸巳くーん、やっほー...」
そこには引きつった笑顔で手を振る彩悠がいた。