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覚醒エデン  作者: 市野 東雲
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プロローグ

1986年2月9日。

76年に1度地球に接近するハレー彗星の飛来と共に微量の暗黒物質が地上へと降り注いだ。

観測することの出来ないその物質は、人間の遺伝形質に変化を与えた。

しかし、形質の変化が公に認知されないまま76年の時が過ぎ、現在は2061年7月28日の昼過ぎだ。

世間が数時間後のハレー彗星の飛来を心待ちにする中、高校2年生の高瀬逸巳(いつみ)は妙な胸騒ぎを覚えていた。

逸巳は下校途中にある行きつけのバッティングセンターで時間を潰して帰るつもりだ。

そもそもハレー彗星を見たいとは思わない。

理由はわからないが、衛星写真の映像が流れる度に胸の奥がチリチリと痛むのだ。

細い田んぼ道を抜けてバッティングセンターの扉を開いた。

カウンターの奥にはおじいさんがぽつんと座っている。

本来は会員証が必要なのだが、昔から通っているので紛失して以来ずっと顔パスだった。

ピッチングマシンの回数券を買い、外へ出てバッターボックスに立つ。

逸巳はバッティングが苦手だ。

練習すれば上手くなるはずだと思っていたが、数年続けてもあまり上達しないままだった。

きっとコツを掴むのが下手なのだろう。

今回も盛大な空振りを繰り返し、いつものことなのであまり気落ちすることもなく店内に戻った。

店主のおじいさんが古いテレビを眺めていた。

世間はハレー彗星の話題で持ちきりなはずだが、流れているのは録画したプロ野球の試合だ。

まだ1回ウラなので終わるまでには時間がかかるが、どうせ暇だからと最後まで観ることにした。


3時間半後、延長を繰り返してようやく試合終了となった。

おじいさんが「名勝負」と一言呟く。

その言葉に逸巳も頷いた。

この試合はヒットの嵐で、両者一歩も引かない白熱の勝負だった。

それだけあって打者も強者ぞろいだ。

逸巳は試合を見ている間、不思議な感覚に囚われていた。

全ての選手の動きを見ている中で、クセやタイミングの計り方、筋肉のバランス等が手に取るようにわかるのだ。

それまでは全くわからなかった情報が一挙に頭の中へと流れ込んでくる。

知恵熱でも出そうな気がするが、頭はいつになく冴えていた。

不思議なものだと首を捻りながら鞄を肩に担ぎ、店主のおじいさんに挨拶をしてバッティングセンターを出た。

既に午後8時を過ぎ、外は月明かりと街灯だけの色になっていた。

帰り道ですれ違う人々は大半が空を見上げている。

またあの胸騒ぎだ。

逸巳の嫌な予感は不思議とよく当たる。

今回はそうでないことを祈って、大きく深呼吸をした―――。


瞬間、轟音。

一瞬景色は真っ白に染まり、目の奥を刺すような激痛で逸巳は目を伏せた。

坂道を下った先にある橋の近くに雷が落ちたのだ。

視力が戻ってきてから空を見上げたが、雨雲があるようには見えない。

不思議に思った逸巳は現場を見に行くことにした。


橋の近くには既に人が集まっていた。

ざわつく人垣の間から雷が落ちた場所を見ると、すぐにその異様さに気付く。

砕けたアスファルトが半径数メートルに散らばり、雷の威力を物語っていた。

何より異様なのは、その中心に1人の少女がいたことである。

少女の服は焦げ、所々裂けていた。

ガタガタと震えているが立ち上がる様子はない。

身体に力が入らないようだった。

雷がどこから落ちてきたのかわからないせいか、近付く者は誰もいない。

また雷が落ちるのではないかと警戒しているようだ。

異様ではあるが、雷が落ちてくるのならどこにいようが関係ない。

そのまま放っておくわけにもいかず、逸巳はゆっくりと少女に近付いた。

「あの、大丈夫ですか?」

震える少女が顔を上げ、目が合う。

その目は紫に染まっていた。

「なんだその目...」

少女は消え入りそうな声で呟いた。

「彗星、見たら...」

空を仰いだ少女につられ、逸巳も目を向ける。

そこには、衛星写真とは似ても似つかない黄色い尾を引く彗星があった。


呼吸が浅くなる。全身が焼けるように熱い。

叫びたいほどの苦痛を振り払うように、逸巳は少女の腕を掴み走った。

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