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八.五話 「黒衣なんかじゃない」


 「あーあ、ホント使えない」


 緩くふわりと巻かれた髪を肩から払い、人形のような整った顔を歪めてその人は言った。


 「もう少し頭使って動いてくれると思ったんだけど。一応ここ進学校だよ、どうやって入学したの?裏金でも用意した?」


 教卓の前にある机に座って、小首を傾げて彼女は続ける。口元には薄く笑みを貼り付けていて、長い睫毛をたたえた瞳は冷ややかに細めてこちらを見下ろしている。学年という括りではなく、人として下に見ているのだと、まるで全身で語っていた。

 私は、私たちは、ほんの数分前に憧れと信頼をもって接してきた筈の友人に、絶交を言い渡されたばかりだった。そして今、相談をしようと待ち合わせた、今まで助言を貰っていたはずの先輩からは蔑まれ罵倒を浴びせられている。右に立っている友だちは先程から涙が止まらないようだし、左隣の友だちは俯いて放心したままのようだった。


 「まぁ確かに、篠山ちゃんが小鳥遊の肩を持つのは意外だったかな。本当は黙認しててくれるか加勢するかのどっちかだと思ったんだけどなぁ。そうしたら全部あの子の責任になったのに」

 「……!」


 始めからそのような算段を立てていたのかと、恐怖も忘れて睨みつける。学園のアイドルと自他共に認める白鳥麗子の影響力は、深く考えてはひとつだって動けそうになかった。


 「あんたが、白鳥先輩がやれって言ったんじゃないですか!その方がマヤの為だって言うから……!」


 はんっ、と白鳥麗子は鼻で笑った。


 「本気でそれ信じたわけ?少し考えれば分かるじゃない。ウケる。もしかして篠山ちゃんにそのまま言い訳したの?意味ぷって言われなかったー?」

 「……」

 「図星?あはは、マジウケる!少しは無い頭使った方が良いよ、三人揃っても何も考えられないの?」


 怒りと失意で頭が真っ白になる。じゃあ、今まで私たちがやってきたことはなんだったのだろう。いつも世話になってばかりの友人に少しでも笑って欲しくて動いていたはずなのに。その場限りの甘言に呑まれて、結局は何にも残らなかったのか。

 電気の点いていない教室は薄暗くて、まるで私たちの心を表しているようだった。もしくは、目の前で薄ら笑いをしている、見た目だけは綺麗な先輩の闇の一端なのかもしれない。

 今、思い切り叫べば誰かに届くのだろうか。誰かに、助けを。


 「まぁ、ここまで動いてくれたし適当に今回の件は纏めといてあげる。悪いようにはしないから安心して。もちろん、他言無用だよ」

 「……はい」


 誰かに話せばどうなるか分かるよね、そう言外に滲ませて満面の笑みで白鳥麗子は語った。机から降りて立ち上がると、膝より少し丈の短いスカートがふわりと揺れる。紺のソックスが肌の白さを際立たせて、本当に血が通っているのかと見間違うほどだった。


 「……聞いても良いですか」

 「なぁに」

 「マヤに責任を投げて、どうするつもりだったんですか」


 それを聞いた先輩は、始めはきょとんと大きな目で瞬きを繰り返し、かと思うと突然に腹を抱えて笑い始めた。よじれるほど、というのが正しいのだろうか。肩を大きく揺らして、目元には涙さえ浮かべている。

 馬鹿にされているのだと、分かっていても指ひとつ動かすことができなかった。ただ彼女の激情が収まるで立ち尽くして、傾いてきた日に目を細める。


 「誰でも良かったのよ」


 くすくすと落ち着きつつある笑いを交えて返される。


 「あの小鳥遊っていう尻軽に身の程を知らせてくれるなら誰でも良かったの。そこに、偶然あなたたちに目がついたってだけの話。まぁ、当初の予定よりは動いてくれたわ」


 ポケットから黄色い箱を出して、手を出すように促された。お礼だと渡されたそれは、三粒のミルクキャラメルだった。

 もう一粒を取り出すと、それは自身の口に放り込まれる。この味が好きなの、そう呟いた顔は窓の向こうを眺めていて、応えを返すべきかは分からなかった。


 「だって、許せないじゃない。突然現われて、突然奪っていって」

 「……」

 「突然よ。ようやく思い叶って恋人になったっていうのに、『好きな人ができたから別れよう』なんて言われた私の気持ち分かる?!」


 少し前に、時宗くんのお兄さんとこの先輩が付き合っていたことは知っている。学内でも美男美女のカップルだと話題になったのだ。そして一年と経たずに雅親先輩が別れを告げたことも、同様に周知だった。


 「許せないんだから」


 変わらず顔は窓の外を向くばかりだった。その横顔は誰が見ても整っていて、あぁ人形のように美しいのだと、思い直す他になかった。







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