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三話 「君がくれたマーマレード」

 小鳥遊美咲は少し変わった人物だった。

 高校二年生という何とも中途半端な今年の春に転入してきた彼女は、自分の名前を読み上げるだけという、大変シンプルな自己紹介を経て俺の席の後ろへとついた。

 可愛い女の子の転校生にクラスは確かに騒めき立っていて、周りの女子達は勿論、席がひとつ前でクラスのムードメーカーという自負をもった自分も、始めのうちは積極的に話し掛けていたのだ。しかし貼り付けたような愛想笑いばかりで会話を続けようとしない彼女に、皆近寄らなくなるのもそう時間はかからなかった。

 小鳥遊自身もそれを望んでいたようで、登校もギリギリ、放課後も居残りせず帰宅部の鑑のように真っ直ぐと帰る様は、まさに取りつく島もないと言ったところだ。一ヶ月もすればその光景も見慣れてきて、彼女のことを気にする者もいなくなっていた。




 それはゴールデンウィークも明けて、所謂、五月病という何をするにも気怠い時期の盛りだったかと思う。

 その日は高校入学当初から仲の良かった女友達に一年越しの想いを打ち明けられて、柔らかくお断りを入れた後に気分転換を共にする男友達も捕まらず、所在なくふらふらと彷徨くばかりの俺はただ暇を持て余していた。行くあてもなく辿り着いたのは快速電車に乗って二駅の場所にある隣町で、しかし、駅から降りて失敗したとは思ったのだ。その駅は地元に住んでいれば誰でも知っている、素行の悪さで名高い工業高校の最寄りだ。興味本位で降り立ったは良いものの、噂どおり自分のような一介の学生が長居して良さそうな雰囲気ではなかった。

 いくら気のままと言っても場所は選ぶべきだろう。パチンコ店や居酒屋がひしめき合う商店街を横目で見つつ、Uターンをしようと片足を上げた、その時だ。


 (うわぁ。見たくなかったー)


 左手直ぐのゲームセンターから出て脇の細暗い路地に連れていかれた女子は、間違いなく我が高校の女生徒が着る制服を纏っていた。女の子一人に対して、件の工業高校の生徒だろう、学ランの男が三人ほどついていったようだ。


 (見なかったこと……には出来ないよなぁ)


 今日はなんて日なのだろう。星座占いでは最下位に間違いない、ラッキーカラーでも見ておくべきだった。

 首を左右に傾けて音を鳴らす。気合を入れて、まずはそっと路地を覗き込む。こんな事になるならば、父さんや兄貴の説教通りちゃんと日頃から道場に通っておけば良かった。そうすれば剣道も柔道も人並み以上には扱えたかも知れないのに。

 そうやって及び腰の、情けない後ろ姿を晒した俺の目に飛び込んできたのは、細身の女の子が二回りも三回りも大きい男をちぎり投げる姿だった。

 軽々と男三人を地面に叩きつけた後、彼女は大きな瞳を瞬かせてこちらを向いた。


 「お仲間ですか?」

 「……助けに……来たつもりでした」


 ゆっくりと両手を挙げて戦う意思のないことを示す。その様を見てくすりと笑った彼女、小鳥遊美咲の初めて見た笑顔に、俺は一目で虜になっていた。








 「悠木くん?聞いてる?」

 「んー、おう。聞いてる。聞いてる。それでなんだっけ」


 まったくもう、と口を尖らせて小鳥遊はコントローラーをベッドで転がる俺に突き出す。何をお求めなのかは知っているが、敢えて分からない振りをした。

 だってここは俺の部屋なのだ。テレビの前に座られてゲーム機を占領されて、部屋主が心ばかりの抵抗を見せたって怒らないで欲しい。


 「やっぱりこの敵倒せないから、ここだけ悠木くんが倒して」

 「そう言って前面のボスも俺がやったじゃん」

 「良いのよ、ストーリーがこのゲームは良いんだから」


 格ゲーはあんなに上手いのになぁ、とコントローラーを受け取って、彼女と交流を深めるキッカケとなった日を思い出す。

 あの日、格闘ゲームに関して全国クラスの腕前を持っている彼女は、ゲーム通の男子生徒に対して無双を繰り広げ、それはもう完膚なきまでに打ちのめして差し上げたらしい。それにキレた相手を返り討ちにしただけ。と彼女は言っていた。どうやら下校した後は真っ直ぐ家に帰っていた訳ではなく、毎日のようにゲーセンに通ってそのゲームをやり込んでいたのだとか。しかも、わざわざ同じ学校の人にバレないよう隣町まで出向いて。

 せっかく自分が通っている高校の最寄駅前にも、隣町より大きなゲームセンターがあるのだからそちらに行けば良いのに。そう言えば、どうやら同居している祖母にバレたくないとの事だった。あの後に他言無用だと随分迫られたので、口の堅い俺は誰にも言っていない。


 「わざわざ俺の家に来て家庭用ゲームやってるなんて、おばあちゃん知ったら泣いちゃうんじゃないの」

 「……買って貰えないんだからしょうがないじゃない。それに最初に誘ってくれたのは悠木くんでしょ」


 だいたい家近いんだから何かあったらすぐ戻れば良いのよ。と三軒隣の大豪邸を指差して彼女は言う。

 確かに隣町に行くのはやめるように勧め、少し不服そうな彼女に、ならばうちでゲームをするよう言ったのは自分だ。けれど、まさか毎日のように家に来るとは。年頃の女の子なのだから、同世代の男子の部屋に入ることにもう少し意識を持って欲しいと思う。

 まぁ、満更でもない自分が居るのも確かだが。


 「なぁ」

 「うん?」


 戦闘が終わったコントローラーを小鳥遊に投げ返す。テレビ画面ではボス撃破後のイベントが始まっていて、勇者が空に剣を掲げているところだった。


 「俺じゃあ、駄目なの?」


 小鳥遊はコントローラーを確かに受け取って、ゆっくりとこちらを見上げた。一緒にベットに上がれば良いのに頑なに床に座るから、どうにも背中側にいる俺を振り向く首はおかしな角度になっていた。


 「…悠木くんは良い友達でしょ」

 「ずっと?」

 「うん、一生涯の親友だわ」

 「そっか」

 「そうよ」


 そうしてまた画面に視線を戻して、その表情はこちらからは伺うことは叶わなかった。テーブルに置いた二杯の麦茶が、氷を溶かしてカラリと鳴る。

 友達、とはなんて甘く残酷な言葉なんだろうか。口の中で噛み締めて、俺らは変わらない絆を夢見て転がす。






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