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十五話 「触れる肩」

 まだかまだかと待ちわびる、一人で待つ生徒会の部屋はいやに広く、そして時間は長かった。


 兄貴と篠山が去った後、三浦は自分も残ると強く主張をしていたが、どう考えても残って問題ない様子ではなかった。擦り傷などの外傷はもちろんのこと、そもそも話の限りでは昨日はほとんど寝ていない筈なのだ。何とか説得して保健室に寄り、必ず事の次第を伝えると約束をして、どうにか彼女には帰宅をしてもらった。

 担任には篠山は体調不良による早退だと伝え(あの元気の代名詞のような奴がと非常に怪訝な顔をされた)気もそぞろに一人午後の授業に出席をする。全く内容が頭に入らないまま迎えた放課後は、同級生の誘いも適当にあしらい、誰も来ない生徒会でただひたすらに正面の扉が開くのを睨み待つ。そうしてようやく訪れたのは「ただいまー」と、何とも間延びした声であったのだった。

 未だ慣れない生徒会室の会長席に腰掛けて、雑務もせず携帯も弄らず忠犬ハチ公宜しく座って待っていたというのに部屋に入って来たのはけろりとした顔の篠山一人だ。兄貴も小鳥遊の姿も見えやしない。


 「……小鳥遊は?」

 「いやぁ、男らしかった」

 「うん、そうじゃなくて」


 こちらが聞いているのは彼女の安否であって、あの小事にこだわらない性格のことじゃない。というか、その状況で男らしいとは何事か。

 篠山は応接用の黒いソファに座ると、まるで自宅のように寛いで天井を仰いだ。疲れたのだろうか、体力馬鹿という認識だったが、いつもより更に緊張感が抜けているように見える。だらりと片手だけ背もたれに乗せて、うーん、と低い声で唸った。


 「なんて言えば良いか分かんないんだけどさ」

 「ああ」

 「和解、とはちょっと違うと思うんだけど。でも多分、それぞれ納得して呑み込んだっていう感じかな。とりあえず前向いて進むしかないんだなぁって」

 「……」

 「白鳥先輩はちょっとだけ泣いてたけど」


 あの頭だと冬は寒いんじゃないかなぁ、なんて全く意味の分からない事をぶつぶつと一人頷いて呟いている。

 だから結局何がどうなったのだ。そう大声で叫びたかったが、どこかいつもよりぼんやりとしている篠山を見て、やめた。昼飯もそこそこに小鳥遊を助けるため随分と走って、(そこからどうなったかは分からないが)顛末を見届けて一人ここに帰って来てくれたのだ。どんな体力自慢だって、今は少し休みたい筈だった。


 「そういえば三浦っちは?」

 「帰したよ。残りたがっていたけど、さすがにな」

 「そっかぁ。私も勘違いしてたっぽいから謝りたかったんだけどなぁ。あ、美咲も学校寄らずに帰っちゃった。雅親先輩が送ってった」


 時宗に心配かけてごめんって言ってたよ、そうまるで付け足したように言い加えて、とうとうソファに全身沈み込む。放っておいたらそのまま寝てしまうんじゃないだろうか。労いをまるでおまけか何かのように言われたのは不服だが、そんなものかとも納得して一人苦笑した。いまいち話の中身が掘り出せなくて真を掴めないが、少なくとも小鳥遊は無事のようだし、兄貴が送っていったのであれば心配は無用だろう。きっと白鳥先輩についてもよしなに計らったに違いない。……頭が寒いの意味はあまり考えたくないが。

 詳しい話は後で聞けは良いかと、自身も息をついて椅子に深く座り込んだ。待っているだけ、というのも予想以上に疲れた。寧ろ現場へ共に走っていった方が気はずっと楽だっただろう。張っていた気を緩めてお茶を啜れば、ソファに横たわる芋虫が私も欲しいと懇願してきた。


 「喉乾いたー、甘いの食べたいー」

 「自分で淹れなさい」

 「なんか食べ行こーよ。パンケーキが良い」

 「お前なぁ……」


 けれど確かに篠山の言うこともやぶさかではない。もう放課後に入ってからいい時間が経っていて、今日これから改めて何かをしようとも思わなかった。昼はまともに食べていないし、実際小腹は空いているのだ。夕食までの間にいくらか胃に入れておきたい。

 更にタイミングの良いことに腹の虫が慎ましやかに鳴って、それを聞いた言い出しっぺはケラケラと嬉しそうに笑った。じゃあ決まりね、そう楽しそうに置きっ放しにしていた自身の鞄を手にとって、うんと背筋を伸ばして起き上がる。

 なんだかんだ言って、いつも自分は振り回される立場なのだろう。そっと目を瞑ってみれば、今とさして変わらない未来が見えた気がして、それも満更ではなかった。


 「篠山、」


 何となしに口を突いて出たその名に、彼女は長い蜂蜜色の髪を揺らして振り向いた。ペラペラの何が入っているか分からない学生鞄を肩に乗せ、そこに立っていたのは出会った時から変わらない姿の篠山真矢だった。

 こいつはずっと変わらない。仲良くなって共に遊ぶようになっても、想いを打ち明けられてそれを断ってからも、小鳥遊と親しくなってからも、いつだってマイペースで実直で、今もこれからもきっとずっとこんな調子で共に過ごしていくのだろう。


 「好みを言えばもう少しナチュラルな方が好きなんだけどなぁ」

 「はあ?」

 「でもまぁ、篠山って感じで悪くはない」

 「……喧嘩売ってる?」

 「いや、褒めてる」


 何ソレ、意味分かんない。拗ねたようにそっぽを向いて、でも顔は赤いのかもしれない。垣間見えた片耳は真っ赤で可愛らしかった。分かりやすいのは何よりだ、背中を叩いて部屋を出ようと促せば、思いっきり鞄で殴り返された。中身が入っていなくて良かった。まるでハリセンのような音がして、軽いはずなのにジンジンと痛い。


 「パンケーキ、食いに行こう」


 まずは詳しく何があったのか聞かなければ。三浦にちゃんと伝えるとも約束をしたのだ。

 それから、少し話をしようと思う。今までと、そしてこれからの話。長くなるかも知れないからどうぞ心して聞いてほしい。堪え性のない君だけど、今だけは、こちらを向いて。












 しかしその道中に頭髪の一切を失った白鳥先輩を見かけ、動揺のあまり喫茶店に入ってもしばらく声が出なかったのは、また別の話である。








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