06 恐怖の女達
なんでこんな事に......
盗賊のアジトは、とても在り来りの洞窟だった。
そこに居た盗賊の数は二十を超えていたのだが......
この女、全てを吹っ飛ばしやがった。
マジで、この女にあの腕輪は、何とかに刃物だろ。
更に困ったのは、アジトには二人の少女が捕まっていたことだ。
いや、これは助ける事が出来たのを喜ぶべきなのだろうか......
おい! ガスト! 少女達の対応は如何するんだよ!
俺はレストが呼び出した破壊神を心中で罵倒するが、そんな事など知ったこっちゃないガストは、平然と盗賊の様な事を言いやがった。
「猫、お宝を全て頂戴するぞ!」
これじゃ、どっちが盗賊か分かったもんじゃないぞ。
まあ、頂くけどさ。トアラ...... ごめん!
俺は癒しの女神に対して、心中で懺悔を繰り返しながら行動に移った。
こうして盗賊から、在り物の全てを奪うと、ガストが更に告げてくる。
「後は頼むぞ! 猫!」
「ニャ?」
こら! 猫じゃね~~! いや、猫だけど! この少女達を如何するんだよ!
「あ、終わったみたいですね」
くそっ、サクっとレストと入れ替わりやがった。
あの破壊神、いつか酷い目に遭わせて遣る。
結局の処、少女二人を馬車に乗せて、次の街へと向かう事となってしまった。
彼女達は、商品という名目で盗賊の男達に犯される事は無かったが、一緒に居た家族は殺されたらしく、酷く落ち込んでいる。
「さあ、ここはミユキの出番なのですよ」
レストは馬車を操りながら和やかな表情を作ると、さり気なく少女達の対応を俺に押し付けてくる。
どうやら、破壊はガストが担当で、事後処理は俺が担当しなければならないようだ。
しゃ~なしだな。ここは猫の可愛らしさマックスで対応するか。
「ナ~~~~~!」
いつまでも俯いている少女二人の所へ、俺は猫なで声を発しながら近寄る。
まあ、幌馬車の中なので、それほど移動する必要も無いのだが、あまりベタベタと触られるのも好きでは無いし、彼女達の少し手前で転がってみる。
見ろ! 俺のスペシャル癒しゴロにゃん攻撃だ!
「ねこちゃん。慰めてくれないの?」
「お姉ちゃん、この猫、何か、猫らしくない......」
へっ? 可愛いよね? 癒されるよね? あれ?
少女達の前で転がる俺に、姉のマルラリアが不満そうな声を漏らすと、妹のエルカレアが俺の行動に疑問を示した。
な、なぜだ! おれのマックス可愛いポーズが受け入れられないとは......
癒しの女神であるトアラは、この仕草でとても喜んでくれたのに。
何がおかしいんだ? 何処が変なのだ? ああ、この二人の精神が病んでいるせいか。
ところが、姉が俺に鉄槌を打ち付けてくる。
「エルカ、そんな事を言っちゃ駄目よ。ねこちゃんが凍ってるじゃない」
「だって~~~、可愛くないんだもん」
がーーーーーーーーーーん!
やべえ、もう立ち直れないかも......
八歳の少女に、可愛くないと言われた......
猫になってまで、可愛くないと言われたら、俺はもう生きて行けね~~。
俺はトボトボとレストの所に戻って、ゴソゴソと彼女のローブの懐に潜り込む。
そんな俺を見遣り、レストは眉間に皺を寄せて溜息を吐く。
後ろでは、姉のマルラことマルラリアが「ごめんなさい」と謝っていたのだった。
途中で休憩も入れてつつ、ギシッギッシと馬車を走らせているのだが、機嫌の直らない俺は、麦袋の上で丸まっている。というのも、レストの懐は酷く居心地が悪いのだ。
何故なら、頻繁にお腹が「ぐ~ぐ~」と唸り声をあげるからだ。
世界樹の種を食べた筈なのに、あいつの胃は如何なってるんだ?
そういえば食べ物に関してだが、哀れにもガストに逝かされた商人の荷物が穀物や果実だったので、大いに助かっている。
休憩の時には、三人の少女達がリンゴモドキをガシガシと食べていた。
この世界だと、恐らくは無農薬だろうし、人体に対する影響は皆無だろう。
というか、レストなら何でも問題なく消化しそうだけどな。
揺れる馬車の中で、彼女達の食事風景を思い起こしていると、突如として俺の琴線に触れるものがあった。
なぬ! 今、俺を刺激する動きが......
ぐあっ! エルカことエルカレアの奴が、何処からか猫じゃらしを摘んできたのか!
恐らく、道端に生えていたフォックステール草を休憩時に抜いて来たのだろう。
ヤバイ、見てはならぬ! 止めろ! 俺の前でチラつかせるな!
小娘め、俺に何をさせようというのだ。あ、あ、あ、だめだ! そんなに振るんじゃな~~い!
「ニャーーーーー!ニャン!ニャ~~~ン!」
うりゃ! ほりゃ! これでどうだ! フフフ、神の手で作り上げられた強化猫を舐めるなよ!
「え~~! この猫ちゃん速過ぎ! つまんな~い!」
エルカは俺の反応速度に舌を巻き、ブスけた表情となっている。どうやら、俺の動きに脱帽したようだ。いや、絶望している様にも見える。
すると、そんな彼女に姉であるマルラが、慰めの言葉を掛ける。
「いいじゃない。ねこちゃんも喜んでたし」
喜んでね~~~~!
よくよく考えると、八歳の少女に弄ばれてしまったのか......
ぬぐぐぐぐ! 猫の定めとはいえ、こんな少女から簡単にあしらわれるとは、俺も修業が足らんという事か......
「あ、街が見えてきたのです」
自問自答する俺の耳に、レストの声が飛び込んでくる。
どうやら、今夜は宿で寝ることが出来そうだ。
そこは、それほど大きな街では無かったが、宿屋、食堂、洋服屋、道具屋などが揃っていた。
『レスト、これで二人に服とかの必要な物を買ってやってくれニャ』
俺は念話でレストに話し掛けながら、金貨を二枚取り出す。
「金貨なのですよ! 如何したのです?」
レストは念話を苦手としているようで、声に出して答えてくる。
まあ、金貨は豚伯爵から失敬したのが、それよりも、独り言風景を見た姉妹が不思議そうな表情でお前を見ているぞ。
『こら! 声に出しちゃ駄目ニャ! 間違っても買い食いすんニャ!』
レストは両手を口に遣った後、やっちまった事を誤魔化すために、愛想笑いを振り撒いている。
その仕草が更に怪しさを際立たせているとには、全く以て気付いていないようだ。
もう、この娘に期待するのは止めよう......
そんな一件もあったが、姉妹に服や靴などを買い与えて、数カ月は生活できる費用も持たせる。
その行動は全てレストに任せていたのだが、姉妹は首を傾げた状態でレストを眺めている。それに加えて、姉妹の心境を理解できないレストも、固まった笑顔で首を傾げているので、猫の目線で見ると、三人が向かい合う光景が異様なものに映る。
「あの~、これは?」
このままでは埒が明かないと考えたのだろう。首を傾げているレストに向けて、マルラが問い掛ける。
「えっ? えっと~~~~~~」
『これからの生活費だニャ』
「あ、あ、これからの生活費なのです」
返答に窮しているレストに念話で伝えるが、それは誰の台詞だ? って感じになっている。
そんな意味不明の説明の所為で、脳内をはてなマークで埋め尽くしたマルラが、再び確認してくる。
「生活費って、どういう事ですか?」
「えっと、えっと......」
再び答える事が出来ないレストに念話で助言する。
『ずっと一緒に居られないニャ。俺達は世界を回る必要があるんだからニャ』
俺の説明を聞いたレストは、何度か頷いてからマルラに答えた。
「あ、て、手切れ金なのです」
がーーーーーーーーーーん! この女はダメだ! もう最悪だ! どこが手切れ金だよ! なにが手切れ金だよ! 俺に教えてくれよ!
向かい側では、レストのアフォな説明を聞いたマルラが更に首を傾げる。
それはそうだろう。俺は首を傾げ過ぎて、ひっくり返ったわ!
「あの~、手切れ金って、私達をここで捨てるんですか?」
ヤバイわ~~! これはレストと同じ論法だわ~~~!
捨てるも何も、ただ助けただけなのに......てか、自立する考えは無いのか?
この世界って、本当に変な奴ばっかりだな......仕方ね~な~~~~~!
「はぁ~、俺達は世界を回る予定があるニャ。だから、一緒に来ると大変だニャ」
レストでは埒が明かないので、俺が溜息混じりに説明すると、泣きそうな表情でレストを見詰めていた姉妹が凍り付いた。
はいはい! それは凍るよね。魔法以上に凍るよね。
そんな事は解ってるんだが、レストに説明させると、世にも恐ろしい事態となるのが解ったからな。
「お姉ちゃん、猫ちゃんがしゃべった?」
エルカが、真新しいマルラの洋服を引っ張りながら呟いている。
その声で現実に引き戻されたマルラは、耳を小指で穿りながら瞳を瞬かせている。
「マルラ、人前で耳を穿るなんて、淑女の嗜みではないニャ」
俺が再び言葉を発すると、今度はマルラの目が輝いた。それはもう爛々と輝かせたのだよ。
「エルカ! そのねこちゃんを捕まえて! 喋る猫なんて、売ったら一生遊んで暮らせるわよ」
「うん! 分かった!」
なんて恐ろしい思考を持った奴等だ! 恩を仇で返すとは、まさにこの事だ!
追剥のような姉妹から逃亡しつつ、俺はこの世界の闇を恨めしく思うのだった。
結局、マルラとエルカから散々と追い回された俺は、仕方なくレストの懐へ緊急避難する事になった。そこで、レストの発した無情な一言が、予想に反して事態を収束させる事となった。
「売るなんて駄目なのです。ミユキは私の主で、大切な金蔓なのですから!」
おいっ! なんて罰当たりな奴だ!
それにしても、なんて酷い女達なんだ。
思えば、この世界に来てから真面な女性と出会った記憶がない。
ああ、女神様は別だけど。あと、暴漢に襲われていた少女も真面だったな。
暴漢に襲われていた処を助け、その母親の病を治して遣った少女の事である。
彼女が母親と一頻り抱擁し終わってから、俺が居なくなったのを知って、「あ、晩ご飯の材料が居なくなった」と言った事を知らない俺は、彼女を真面な部類と判断していた。
そうして事無きを得た俺はその夜を宿で過ごし、翌朝早くに王都へ向けて出発したのだが......
「ところで、なんでお前等がここに居るニャ?」
馬車を操るレストとは別に、荷台にはマルラとエルカが座っていた。
「だって、お金が欲しいし、妹と二人だと襲われそうだから?」
「猫ちゃんを売るとお金になるから?」
マルラとエルカが本音を隠す事無く、身も蓋も無い台詞をぶちまけてくる。
くそっ、お前等三人とも、いつか動物愛護協会に訴えてやるからな!
そんな罵声を心中に押し止め、仕方なく一緒に旅を続け、ようやく王都ガルドラへと到着する事が出来た。
「すっご~~~~~~い!」
「こんな大きな街は初めてです」
「本当に凄いのです」
年齢順に、エルカ、マルラ、レストが王都を見た感想を述べている。
というか、語彙が少ねぇ~~~~!
まあ、気持ちは解らんでもない。
街の近くまで来ると、街の全貌が視界に収まり切らないのだから。
そんな街の中に、巨大な城が見える。
ここからだと、城までかなりの距離だろう。
それにも拘わらず、これほど巨大に見えるという事は、恐らくは途轍もない大きさなのだろう。
ただ、何時までもここで眺めていても仕方ない。故に、俺は三人娘に告げる。
「そんな事より、先に進むニャ」
いつまでも、大口を開けている三人娘にそう言うと、マルラが俺の言葉に反応した。
「そうですね。でも、門の前は行列になってますよ。というか、最後尾が目の前ですけど......」
確かに、マルラの言う通り、門の前は長蛇の列となっていた。
いや、野宿した形跡すらある。これは一体如何した事だろうか。
仕方がないので、ちょっと、様子を見てくる事にした。
「お前達はここから離れるニャ」
離れるべきなのか、将又離れちゃいけないのか、口にした自分自身が怪しい言語だと思うが、どうやら三人は理解したようだ。
黙って首肯する三人を確認した俺は、馬車から飛び降りて颯爽と門へと向かったのだが......
なんで、こんな処に犬がおるんじゃ!
さっさと戻る事になってしまった......だって、人前で犬を撃退なんてすると、大変な騒ぎになるだろ? しかし、三人娘の印象は違ったようだ。
「情けないのです」
「相手が犬なら仕方ないのでは?」
「カッコ悪い......」
家来であるレストが残念そうに告げると、マルラが一応はフォローしてくれたのだが、エルカが俺をどん底まで突き落とした。
うぐぐぐぐ、人目さえなければ......
結局、エルカをレストに預け、俺とマルラで門へと向かう事になったのだが、まさか、このまま俺を売りに行ったりしないよな?
「フフフ、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。時と場所を選びますから」
てか、時と場所が良ければ、俺を売るんかい!
そんな遣り取りをしながら門まで辿り着くと、大勢の人々が騒ぎ立てていた。
「何時になったら入れるんだ!」
「いい加減にしろ! 荷物が腐るだろうが!」
「なんで封鎖なんてしてるんだ!」
門前に集まっている商人達が口々に罵り声を上げているが、衛兵は槍を構えて首を横に振るだけだ。
「王命だ! 解除されるまでは、何人たりとも通す訳にはいかん! 逆らうなら串刺しにするぞ」
一人の衛兵がそう叫ぶと、槍を商人たちに向けて、突く振りをする。
それは、腰も入っていない突きだが、商人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
「どうやら、王都では何かが起こっているようですね」
マルラがボソボソと話し掛けてくる。
『そうだニャ。理由は解らんが、解除されるまでは、誰も通れそうに無いニャ。兎に角、一旦戻るニャ』
俺が念話でそう伝えた時だった。
「ようよう! ねえちゃん、なかなかいい身体してるじゃね~か。俺達と遊ぼうぜ」
マルラの背後から無粋な声が聞こえてくる。
そう、マルラは十四歳なのに、レストに比べて...... 比べる方が間違いな程にナイスバディなのだ。
そんなマルラが振り向くと、行き成り男の手が彼女に向けて繰り出された。
透かさず、俺はその手を猫パンチで撃退すると、男がその痛みに声を上げた。
「つ~~~~! な、なんだ、なんだこの猫!」
「あははははは! 猫に遣られてやんの!」
「うっせ~~~! ぶっ殺してやる」
左手で右手を抑えた男が罵声を吐き出すと、仲間の男達が嘲りの笑いを投掛けている。
まあ、仕方ないよね。その右手は折れているだろうから。
俺のニヒルな笑みにムカついたのか、それとも仲間の嘲笑にキレたのか、その男は怒りの形相でナイフを抜いた。
『この娘を守り給え! この娘に疾風の力を与え給え!』
男がナイフを抜いた途端、俺はマルラにシールドと俊敏の魔法を掛ける。
即座に視線を男へと戻すと、次の瞬間には折れていない左手に持ったナイフで、俺に突き掛かって来る。だが、驚いて避けるマルラの速度が異常に速い。
マルラ自身も驚いているのだが、それも仕方ないだろう。
『マルラ、お前に障壁と速度増加の魔法を掛けたニャ。さっさと馬車に戻るニャ』
驚愕の眼差しを俺に向けていたマルラが正気に戻ると、黙って相槌を打つ。
そして、奴等の目にも止まらない速度で逃げ出したのだ。
何時までも不逞の輩と遣り合っていても時間の無駄だからな。
それに、こんな所で俺が本気で戦うと大変な事になるからな。
こういう場合は、逃げるが勝ちだ。
そう判断した俺は、マルラと共に馬車へと戻ったのだが、そこにも厄介な連中が集まっていた。
ぐはっ! これは拙いぞ。破壊神が登場したら、この辺りが焼野原になっちまう。
『急ぐニャ!』
その念話を聞き付けたマルラが駆け足で馬車に戻ったのだが、俺は既に遅かったことを知る事となった。
「お前等は死ね~~~~~~!」
そう、既に破壊神が呼び起されていたのだ。そして、王都を目前にして、誰もが振り返る程の爆発音を鳴り響かせるのだった。