76 新たなる旅立ち
何も無い世界を漂っていたような気がする。
でも、その記憶すら何処にも無い。
ただ、感じるのは懐かしい匂いだけだ。
しかし、それはトアラの匂いでは無いように思う。
ああ、そういえば、狂神トアラとの戦いで死んでしまったのだった。
そう考えると、マルラ、ミララ、レスト、ルーラル、ライラ、彼女達に悪いことをしてしまったという想いで心が張り裂けそうだ。
いや、一番申し訳ないのはトアラに対してだろう。
彼女が命を賭して試みた計画を俺がオジャンにしてしまった筈だ。
そう思うと本当に申し訳ない限りだ。どうやって謝れば良いのかも解らない。
というか、もう謝る事すら出来ないのか......
そんな風に考えられる事自体がおかしな話だと気付く事も無く、ただただ無の中で彷徨っていた。
しかし、頻りに聞こえてくる声や懐かしい匂いに違和感を持った時、俺の視界が開けた。
そこには、白い毛が見えた。しかし、ロロカの様なフサフサな毛並みでは無い。
それでも、何処かで見たことがあるような気がする。
「ミィ~」
直ぐ傍から聞こえる声に視線をやると、真っ白な子猫がヨタヨタと俺に絡んでくる。
その様は、まるで旦那節を唄うミリアのようだ。
えっ!? ミリア......
そこでこの匂いの正体に気付く。
そう、これはミリアの匂いだ。
そう思って視線を巡らすと、気怠そうに横たわるミリアの顔が見えた。
えっ、これは如何いう事だ?
横になるミリアの胸に、俺に絡んでいた白い子猫が吸い付く。
これでは、まるでミリアが母親のようではないか。
そんな疑念に襲われて自分の身体を確かめると、乳を飲んでいる子猫と違い、俺はサバトラ柄の猫だった。いや、それは当たり前のことだ。俺はサバトラ猫としてこの世界に転生したのだから。
ところが、どうも見ても身体が小さいことに気付く。
これじゃ子猫だよな......
己の身体を確かめていると、誰かに抱え上げられた。
すると、ミリアが顔を上げ威嚇し始める。
『私の子供になにするのよ! 彼との愛の結晶なのよ!』
それはとても耳を塞ぎたくなる念話だった。
「ごめんね。ミリア、ちょっとだけ」
その声は何処か懐かしい感じがした。
そう思いつつ顔を上げると、俺を抱き上げたのはレーシアだった。
「ミユキ。辛い目に合わせて、ごめんなさいね」
レーシアだった筈なのだが、異様に懐かしい感じがする。
「あら? まだ気付かないのかしら」
彼女は俺の頭を優しく撫でながら、首を傾げて問い掛けてくる。
そんな彼女の優しい神威から、彼女の存在に気付く。
「トアラ......トアラなのかニャ?」
「そうよ。寝坊助さん」
そう、その優し気な視線を向けてくるのは、レーシアに見えてレーシアではなかった。
それに、その優しいオーラ、香しい匂い、間違いなくあのトアラルアだ。
それは、間違いなく俺の知るトアラルアなのだ。
「正確に言うと、レーシアの身体を借りているの。でも、この方が楽しいからずっとこのままで居ようかしら。でも、それではレーシアに悪いわね」
微笑みながら告げてくる彼女の言葉を聞き、沢山の疑問が一気に溢れ出してくる。
そう、その体の事も、ライラの事も、いや、何よりも神器の一件の事が聞きたい。
「トアラ、俺は......」
「ごめんなさいね。わたしの我儘に付き合わせちゃって。恐らく疑問な事ばかりだったでしょ? これから少し説明するわね」
俺の言葉を《さえぎ》遮り、彼女は事の次第を説明してくれると言う。
そんな彼女は少し真面目な表情をしたかと思うと、ゆっくりと話を続けてきた。
「長くなるから簡単に纏める事にしましょうね」
こうして彼女の説明が始まったのだが......
その内容は驚くべき事態であり、想像を遙に超えるものだったのだが、俺に課せられた使命だと聞き、絶望的な気持ちが生まれる事となった。
トアラには予知夢の力があり、それによると、この世界へ神に敵対する悪魔が誕生するらしい。
その存在は、個々の神々をも超える力を有しているという。
その事を知ったトアラは、とある計画を立てたというのだ。
そう、それが最強戦士育成計画であり、その育成対象が俺であり、マルラであり、ミララであり、レストであり、ルーラルだったのだ。
要は、全てが仕組まれた事だったという訳だ。
あの使徒物語もその一つで、この事を計画したトアラが伝承として残したものらしい。
ただ、彼女の話で気になった事があった。
「トアラは俺が訪れるのを何で知ってたかニャ?」
「だって、夢で見たもの」
どうやら、全てが彼女の掌の上だということか......
「でも、計画は半分失敗したわ。だって、ミユキが途中で槍を止めちゃうんだもの」
いや、あれは......トアラの卑怯な手に掛かって......
少し頬を膨らませたトアラに対して何も言えず、胸中で弁解してみる。
すると、彼女はクスッと笑い、頭を優しく撫でてくれた。
そんな彼女に再び問い掛ける。
「でも、半分は成功したのかニャ?」
「そうね。四人の娘達は思った以上に強く逞しくなったし、あなたもこの世界最強の戦神と呼べるほどに力を付けたわ。まあ、ライラの件は少し誤算だったけど」
そう、ライラだ。彼女の存在も気になっていたのだ。
「彼女はもう人のわたし。誰も居ないこの世界で造りだしたもう一人のわたしが、勝手に作って隠してたのよ。だから、もう一人のわたしなの」
何となく、そうでは無いかと思っていたが、そんな事の出来るトアラを今更ながら凄い存在だと感じる。
「彼女を如何するニャ?」
ライラの進退について尋ねると、彼女は少し悩んでいる様子だった。
「本当はわたしの中に戻って欲しいのだけど、恐らく彼女は嫌がるわよね。それに今回の件ではとても活躍したから、ご褒美をあげなきゃね」
そう言ったまま、トアラは黙り込んでしまう。
しかし、暫くすると、彼女は俺に視線を戻して鼻先を指でツンツンと突いてくる。
「や、止めるニャ~!」
「だめ。お仕置きよ。最後に手を抜いた所為で失敗する処だったんだから。保険としてレーシアにわたしの因子を封じておいて正解だったわ」
彼女の話では、もしものための保険として、レーシアと俺に渡した腕輪の力でトアラの存在を複製できるようにしてあったとの事だった。
では、あの狂乱したトアラは何だったのかと思うが、彼女も間違いなくトアラであり、今はレーシアに宿っているトアラが、その全てを吸収したらしい。
故に、現在のトアラは彼方此方にバラ撒いた自分の存在を取り戻した状態となっているとの事だ。勿論、ライラは吸収されていないが。
そう考えると、レーシアという存在がとても気になってくる。
「ということは、レーシアは唯の少女じゃないという事かニャ」
「あら、気付いてなかったの? わたしの因子を持って生まれているから、わたしと同じ神威や香りを感じた筈だけど?」
そうか、レーシアと始めて会った時に感じたトアラとの類似はその所為だったのか......
レーシアとの出会いを思い起こしていると、トアラが再び話し掛けてくる。
「じゃ、ミユキは早く大きくなって悪魔どもを倒してね」
「あぅ......のんびり暮らしたいニャ~~」
これだと猫に転生した意味が全くない。
それに、このこき使いっぷりは......神とはブラック企業の上司が転生した姿だとしか思えなくなってくる。
「駄目よ~! さあ、食べなさい」
まるで嫌がる子供に薬を飲ませる看護師さんのように、トアラは俺に世界樹の種を食べさせる。
相変わらず、美味しくも無ければ、不味くも無い食べ物だ。いや、抑々食べ物では無いのだろう。
『うちの子供に何を食べさせてるの!』
トアラの行動を見たミリアが、妹らしき猫を放置して立ち上がる。
「あらあら、ごめんなさいね。はい。可愛い子猫ちゃんをお返ししますよ」
威嚇してくるミリアに子猫である俺を渡すと、彼女は悪態を吐きながらも、俺の首を銜えて寝床へと戻っていく。
「じゃ、ミユキ、またね」
俺を連れ去るミリアを眺めながら、レーシアの姿をしたトアラはこの部屋を後にする。
それを横目に見ながら、ミリアは恐ろしい程の愛を奏でていた......
『あなたは私とミユキの愛の結晶なんだから。おかしな女なんかに渡さないわ』
うぐっ......くそっ、アーニャめ......
そう、あのニルカルアとの決戦前夜に起こった拉致事件で、アーニャとミリアに襲われた俺は、不本意ながら魔法による人工授精の片棒を担ぐことになった。
だから、ミリアとは交尾を行った訳ではないのだが、彼女は俺の子供を宿したようなのだ。
てか、その子供が俺なのだが......
ペロペロと俺の毛繕いをするミリアを余所に、悪態を吐きながら隣を見ると、白い子猫が鳴きながらゴロゴロと転がっている。
おい、ミリア。俺は良いから、あの子の相手をしてやれよ。
彼女に直接話し掛けると大変な事になりそうなので、切れ味鋭い眼光で訴えてみたのだが、彼女からすると白い子猫の方は全く眼中にないようだ。
それを哀れに思った俺は、仕方なく白い子猫の相手をして遣る事にしたのだった。
あれから数日の時が流れる。
俺は既に頼りなさげだが、自分で歩く事も出来るようになった。
というのも、俺の意識が回復したのは、生後から数日経っていたからだ。
『どこに行くの! ここに居なさい』
まあ、ミリアの溺愛振りが半端なく、少しでも離れるとすぐさま連れ戻されるのだ。
しかし、何故かそれは俺だけで、姉か妹か解らないが、ミリアそっくりの白い子猫は放置されている。
それが可哀想で、俺が手厚く相手をしてやっているのだ。
最早、母代わりだと言っても過言ではないだろう。
その所為もあって、白い子猫はいつも俺を呼んでいる。
『ミィ~! ミィ~!(にいたん!にいたん!)』
これはこれで、めっちゃ可愛い。
だから、彼女を優しく舐めてやると、目を細めて気持ち良さそうにしている。
そんな時だった。その嵐は突然やってきた。
「師匠~~~~~~~~~~~!」
部屋の扉が勢いよく開いたかと思うと、マルラが駆け込んでくる。
「師匠! ずっと探してたんですよ~~~。ああ、こんな可愛い姿になっちゃって」
マルラは涙を溢しながら俺を抱き上げようとするが、透かさずミリアが立ち塞がって、彼女に対して威嚇を始める。
「ニャニするニャーーーー!」
それに気圧されたマルラの隙を突き、ミララが素早く俺を抱き上げる。
「ミーシャ。最高に可愛いの。だけど、とっても心配してたの」
やはり、涙を流すミララが、頬擦りをしながら訴えかけてくる。
「ミユキ。みんなでずっと探してたのです。心配を掛け過ぎなのです。でも、めちゃめちゃ可愛いので許すのです」
頬を滂沱の涙で濡らしたレストが、ミララの横からグチグチと苦言を述べてくる。
そんな彼女の隣から現れたルーラルが、物凄い勢いでミララから俺を奪い取ると、己の胸に埋める。
「主様。本当に良かったです。あなたが居なくなったかと思い、私は発狂寸前でした。本当に良かった。ああ、本当に......」
彼女は俺の頭の上にぽたぽたと涙を落としながら、安堵の表情を向けてくる。
「心配を掛けてすまなかったニャ」
全員を見遣った後に、ゆっくりと謝罪を始めた。
すると、もう一人の存在がそれを非難してくる。
「そうです。みんな、本当に心配していたのですよ」
そこに居たのは、トアラとよく似た存在。そう、ライラだった。
彼女は少し怒った表情で、俺の鼻を突いてくる。その仕草もトアラとそっくりだ。
「本当に悪かったニャ。俺の心が弱いばかりに......」
頭を下げつつ再び詫びていると、俺を横取りされたことで頬を膨らませたマルラが元気な声を発した。
「気にする必要はないですよ。僕達はみんなで助け合う家族なんですから」
すると、それに呼応したミララが声を上げる。
「そう、私達は足らない部分を補う存在なの。誰も一人では生きていけないの」
力強く頷きながら、ミララが己の気持ちを吐露する。
更に、その横に立つレストが付け加えてくる。
「そうなのです。私達には足らないものばかりなのです。それにはミユキも含まれていて、あなたが居ないと私達はダメなのです」
涙を拭いながらレストが主張すると、幸せな表情となったルーラルが締め括る。
「誰しも一人では生きられないし、完全な者などいないのです。それに主様のその優しさこそが私達にとっての救いなのですから。謝らないでください」
ルーラルの言葉を噛み締めながら、確かにその通りだと思った。
一人で生きていける人間なんて居ないのだ。
間違いを犯さない人間なんて居ないのだ。
完全な心を持っている人間なんていないのだ。
だから、人は助け合って生きていくのだ。
自分の大切な者と共に、様々なものを共有し、時には叱り、時には褒め、時には共に喜び、時には共に悲しみ、そうやって生きていくのだ。
今更ながらに人の在り方について考えていると、嬉しそうな表情でライラが声を掛けてきた。
「話はトアラから聞きました。さあ、出発しましょう。悪魔退治です」
彼女の言葉に、全員が力強く返事をする。
その流れで俺をそのまま連れて行こうとすると、後ろでミリアが発狂し始める。
「私の最愛の息子を何処へ連れて行くの! 許さない! 返しなさい!」
ああ、完全に我を忘れているようだ。最早、体裁を作ろう事無く喋り始めてやがる。
そんなミリアの言葉を聞いた娘達は、ミリアが言葉を話した事を驚く訳でもなく、少し申し訳なさそうにしたマルラが代表して謝罪した。
「ごめんね。ミリア。でも大切な使命があるのよ。偶には戻ってくるからね」
その言葉を聞いたミリアは、俺を抱くルーラルに飛び掛かるが、恐ろしく速い動きで避けられてしまう。
そんな自我を失いそうなミリアを見て、俺がとても気になったのは、妹である白い子猫の存在だ。
こんな有様で、俺が居なくなったあと、彼女はミリアに可愛がって貰えるのだろうか。
まさか、前回の母ちゃんみたいに育児放棄なんてないよな?
それを考えると、連れて行きたい気もするが、一気に子供が二匹とも居なくなると、ミリアが狂い死にしてしまうかもしれない。
仕方ない......
諦めた俺はミリアに告げる事にした。
「ミリア。悪いけど、俺には役目があるニャ。だから、あの子を可愛がってやってくれ」
その声を聞いたミリアの動きが止まる。
「ダンニャ? もしかして、ダンニャにゃの?」
「ああ、どうやら、お前の子供として生まれ変わったみたいだニャ」
「ニャ~~~、ダンニャ~~~~! ダンニャ~~~~!」
想像した通り、早速とばかりに旦那節が始まった。
そんな彼女に少し可哀想だがお灸を据える事にした。
「ミリア。その子の名前はカーリアにするニャ。俺の娘でもあり、妹でもある子供ニャ。だから、大切に育てないと怒るからニャ」
それを聞いたミリアはハッとするが、視線を白子猫カーリアへと向ける。
そんな視線の先では、カーリアが誰も居なくなったベッドでミーミーと一匹で鳴いている。
恐らくは寂しくて俺やミリアを恋しがっているのだろう。
それを見たミリアはゆっくりとベッドに戻ると、カーリアを抱き毛繕いを始めた。
その行動からすると、どうやら分ってくれたようだ。
それに安堵して、出立を促そうとした処へミリアの念話が届く。
『偶には返ってきてニャ』
何処か寂しそうな彼女の声に、申し訳ないと感じつつも、使命を果たさねばならない俺は、優しく答える事しか出来ない。
『ああ、勿論だニャ。お前にも、カーリアにも会いにくるからニャ』
『約束よ? カーリアも立派な女の子に育てるから、絶対に戻って来てね』
『ああ。約束するニャ』
ミリアやカーリアを見遣り、少し遣る瀬無い気持ちになりながらも、悪魔の討伐に向けて出発する事にした。
「さっさと終わらせて、カルミナ王国かアルルの屋敷でのんびりしましょう」
沈んだ気持ちを払拭させようとしての言葉なのか、それとも本音なのかは知らないが、マルラが元気の良い声をあげる。
「そうなの。次は私がミユキの子供を産むの」
ルーラルに抱かれる俺に視線を向けながら、ミララは己の願望を口にする。
すると、それにレストが異を唱える。
「駄目なのです。次はあたしなのです」
そこへマルラが乱入するのだが、ルーラルの一言で全員が俺に注目する。
「ところで主様。いつの間にミリアと交尾をなさったのですか?」
いやいや、交尾してないから......そんなエッチな事はしてないから......
全員が半眼の視線を向ける中、必死になって弁解しながら悪魔を討伐する旅に出かけるのであった。
いつも読んで頂いて、本当に有難う御座います。m(_ _)m
大変恐縮ではありますが、本作品においては、これで完結となります。
これまで、読んで頂いた読者様には、心から感謝しております。
本当に有難う御座いました。
さて、この後のお話ですが、ミユキ達は悪魔の討伐に向かいます。
その話については、いずれ続編として書かせて頂くことも考えておりますが、神器集めの話が完了しましたので、一旦は完結とさせて頂きます。
また、続編を含め今後も作品を掲載していくつもりですので、是非とも宜しくお願い致します。
それでは、次回作でまたお会いしましょう。(*^-^*)ノシ




