75 狂神トアラルア
唯でさえ生を感じさせることの無い不毛の地は、今や神さえも立ち入る事が憚られる世界へと塗り替えられつつある。
そんな世界に一人の女神だった者が立ち、荒れ狂う神威を撒き散らしている。
それは、本来ならば生あるものを慈しみ、愛し、癒す存在である筈なのだが、今や何もかもを消滅させる狂神としてそこに在った。
更に、その姿は癒しの女神トアラルアと同じであり、その力はトアラルアを遙に超えるかのように思えた。
狂神トアラルアの憎悪の表情は、俺の知る彼女の優しい笑顔とは違う。
狂神トアラルアの放つ神威は、俺の知る彼女の温かく何もかもを包むような力とは違う。
そこに在る彼女は、俺が出会った当初の彼女と同じ姿であるのにも拘わらず、その全てが俺の知る素晴らしき女神と正反対の存在となっていた。
そんな彼女を見ていると、胸を裂かれるかのように悲しく、胸を刺し貫かれたような痛みが湧き起こってくる。
彼女は、何を思ってこんな計画を立てたのだろうか。
この計画のために、どれだけ己を傷つけてきたのだろうか。
俺の知らない何かを達成するために、どれだけ心をすり潰したのだろうか。
それを想うだけで、涙が止まらない。だが、戦いを止める事も出来ないのだ。
何故なら、それがトアラの願いだから。
そうであるのなら、せめて彼女の願いを叶えてあげたい。
だから、俺は戦う。彼女の願いを叶えるために。俺の家族を守る為に。心を鬼にして戦う事にしよう。
「師匠! もう、これ以上は......」
結界を限りなく張り続けていたマルラが、限界だと弱音を吐き出した。
「すまなかった。俺の心が弱いばかりに......だが、もう安心してくれ。神聖結界!」
マルラに謝りながら、ライラの力で強化された結界を張る。
その力は強大で、狂神トアラの神威さえをも完全に遮ってしまう。
「ミーシャ、もう大丈夫なの?」
神威の衝撃波を遮ると、これまで耐えていたミララが急いでやってくると、心配そうな顔で尋ねてくる。
「ああ、悪かったな。お前達に無理をさせてしまった」
「大丈夫。これが私達の務めなの」
そんな彼女に謝罪の言葉を投掛けると、笑顔で問題ないと首を横に振ってみせた。
すると、今度はレストが傍に遣って来て、行き成り俺の腕を取る。
「ミユキ。すっごく成長したのです。めっちゃカッコイイのです」
頬を染めたレストがまるで豆柴のようにジャレついてきた。
だから、豆柴の時のように頭を撫でてやると、とても嬉しそうに眼を細めている。
「主様、お待ちしておりました」
「ルーラル、すまなかった。苦労を掛けたな」
「いえ、主様を守り助ける事こそが、私の役割ですから」
本当に嬉しそうにするルーラルに謝ると、彼女はそれを完全に否定してくる。いや、それ処か、それこそが己が望みだと言い出す始末だ。
そんなルーラルを優しく抱いたあと、名残惜しそうにする彼女を離し、みんなに視線を向ける。そして、改めて皆に謝る。
「ありがとう。そして、すまなかった。お前達の事を失念していた。許してくれ」
「師匠、大丈夫ですよ。僕達は家族ですから」
「そうなの。誰でも悲しい時があるの。だから気にしなくていいの」
「そうなのです。みんなで助け合うのです」
「気にする必要はないのです。私達が主様の支えになりますから」
俺の言葉に、マルラ、ミララ、レスト、ルーラルが微笑みながら答えてくれる。
そうだな。俺にはこんなに最高な家族が居るんだ。いつまでも落ち込んではいられないよな。
「お前達は最高だ。最高の仲間で、最高の家族だ」
胸いっぱいに温かい気持ちを受け取った俺が笑顔でみんなにそう告げると、彼女達も涙をいっぱいに溜めた瞳で頷き返してくる。しかし、いつまでもこうしては居られない。
そう、あの狂神を倒さねばならないのだ。
「主様、あの神の力は異常です。最早私達の力では......」
俺の表情から戦い決意を察したルーラルが進言してくる。
恐らくはこれまでの防御で自分達の力が及ばない事を知ったのだろう。
先程の笑顔を一瞬にして悲痛な表情に変えたルーラルは、とても寂しそうに見える。いや、彼女だけでは無い。マルラ、ミララ、レストの三人も悔しそうな表情をしていた。
しかしながら、俺はそんな彼女達を励ますことが出来るのだ。それが俺の力なのだから。
「そんな悲しそうな顔をするな。大丈夫だ。お前達も戦えるぞ!」
その言葉に驚く四人の娘を余所に、俺は新たなる魔法を発動させる。
「真白の女神ライラルアの名において命じる。この者達に聖なる力を分け与え賜え! 真聖付与!」
ライラから授かった新たなる力を発動させ、みんなに神の力を分け与える。
すると、彼女達の身体が目を開けられない程の眩い白光に包まれる。
「師匠......これは......凄い神威......」
マルラが白く輝く己の身体を不思議そうに確かめながら、その驚きを声にする。
「これなら戦えるの。力が漲るの」
己の手を何度も開いたり握ったりしながら、ミララは力強い声で戦える喜びを伝えてくる。
「あたしもこれなら何でも吹き飛ばせるのです」
もはや無敵だとでもいうように、レストは右手に持つ杖を振りながら感動している。
「これで主様の足手纏いになる事は無いのですね」
戦える事に喜びを感じたのか、綺麗な瞳からポロポロと涙を溢しながら、ルーラルが力強く一歩前に出る。
「さあ、行くぞ! これは俺達にしか成し得ない事だ。アーニャでも無ければ、ロロカでもない、俺達だけにしか出来ない事だ。気合を入れていくぞ!」
「「「「はい!!!!」」」」
狂神の衝撃波が渦巻く不毛の地に、全員の戦意が高らかな声となって舞い上がる。
そう、ここから俺達の本当の戦いが始めるのだ。
神威の圧力が猛威を振るう不毛の地を眺めると、もはや人類の終わりが遣って来たと言っても過言ではないと思えるわ。
だって、姉さんが狂乱してしまったら、わたしですら倒すことが出来ないのだから。
それよりも、なんだってこんな面倒な小細工をしたのかしら。
この計画の話は聞かされていたけど、それを成す目的は聞かされていないのよね。
まあ、わたしだって姉さんが狂乱するのなんて嫌なんだけど、約束させられちゃったから、それに従うしかないのよ。
でも、結局は失敗に終わったみたいね......
「アーニャ。姉さんから何を聞いてるの? どうしてあのミーナと瓜二つの猫に、こんな事を任せたの?」
隣にいる永遠の幼女に尋ねてみるけど、恐らく彼女も詳しい理由は知らないでしょうね。
「さあ、妾にも解らんのじゃ。トアラに聞くしかないようじゃな。と言っても、もはや話せる状態ではなさそうじゃ」
そうね。あれだけ狂乱していると、以前の記憶なんてぶっ飛んでるのではないかしら。
いえ、そんな事よりも、この後始末をどうするかの方が問題だわ。
だって、当てにしていた猫ちゃんは壊れちゃったし......最強の戦神なんて言ってた癖に......まあ、それ程までに姉さんを慕っていたってことなのでしょうね。
さ~て、如何したものかしら......
「アーニャ。如何するのよ。猫ちゃんは壊れたわよ。誰が狂神を倒すのよ」
焦るわたしに、アーニャは含み笑いを漏らしてくる。
「ニルカ。壊れたと思うのは早計じゃ。なにしろ向こうにはライラがおるからの」
そうよ。あの少女は何なのよ。まるで姉さんの生き写しだわ。
「あのライラという娘は何なの?」
「妾にも良く解らんのじゃ。ただ、トアラは妾と出会う前にラルカルアという存在を造りだした事は聞き及んでおったのじゃ。ただ、その存在は吸収したと聞いておる。その事から察するに、そのラルカと同じような存在なのではないかと思うのじゃ」
その話は初耳だという以前に、信じられないと感じてしまう。
何故なら、幾ら神とて神を造りだすことは出来ないのだから。
この世界の生物と違い、神はこの世界が造りだしたものであって、神が造りだしたものではないのだから。
故に、思わずアーニャの言葉を否定してしまう。
「流石の姉さんでもそれは不可能でしょ?」
しかし、アーニャの答えは、わたしを更に驚かす言葉だった。
「お主は知らぬのか? トアラは創造神であるがゆえ、なんでも造りだせるのじゃ」
なんですって~~~! あのバカ姉さんは、どこまで妹に内緒ごとをするのよ!
姉さんの秘密主義に憤慨していると、今度はニヤニヤしたアーニャが話し掛けてきた。
「どうやら、復活したようじゃぞ」
そう言う彼女の視線を追って、壊れた猫ちゃんを必死に守っていた娘達の方へ視線を向けると、そこには真っ白なドームが出来上がっていた。
でも、あれって......
「ライラという娘が遣ったんじゃないの?」
「いや、あの神威はミユキのものじゃ」
まさか、あの状態から復活したの?
だって、あの猫ちゃんって姉さんが凄く可愛がっていたから、完全に姉さんに執心しているものと思っていたのだけど......だから、復活なんて在り得ないと考えたのに......わたしの勘が狂ったのかしら。
「ほう。物凄い神威じゃ。最早、神と対等だと吹聴しても戯言とは言えぬのじゃろうな」
何を言ってるのよ。あれは神を超えてるわ。わたしよりも強い神威を放ってるじゃない。
それを知った時、わたしにはピンとくるものがあった。
「もしかして、これを狙っていたの?」
しかし、やはりこのロリババアは煮ても焼いても食えない女だわ。
「妾も知らぬのじゃ。妾もトアラとの約束を守っておるだけじゃ」
嘘つけ! いけしゃあしゃあと、どの口がそんな戯言を吐くのかしら。
本当に食えないロリババアだわ。って、わたしもあまり人の事は言えないけど......
それもだけど、後ろに居る星獣姉妹が少し騒がしいわ。どうにかならないのかしら。
エルカのように、少し大人しくして欲しいのだけど。
それに、アーニャが連れている幼女も気になる。
アーニャは一体何を企んでいるのかしら。
まあいいわ。わたしも目的は知らないけど、ここまで来たら結末くらいは見定めさせて貰うわ。
さあ、猫ちゃん、姉さんの期待に応えて頑張るのよ。そう、姉さんが命懸けで計画した事なんだから、しくじったらわたしのペットにするわよ。
周囲に視線を巡らせると、俺達とは別の結界が張られているのに気付いた。
黒い結界でない事から、恐らくアーニャのものだと判断できる。
となると、レーシアやロロカも無事だという事だろう。
そうやって状況を確認する俺の前では、狂神が放つ神威の嵐を物ともせずに四人の娘達が突き進み、今まさに荒れ狂う女神へと襲い掛かっている処だった。
「いっけーーー! 真空斬!」
空中を進むマルラから、地に立つ狂神に向けて真空の刃が放たれる。
しかし、無情にも彼女の攻撃は、狂神の腕の一振りで霧散してしまう。
「まだまだなの! メガクラッシャー!」
勇敢にも狂神の正面からロングメイスによる攻撃を仕掛けるミララ。
唯の人であれば、一瞬で消し飛んでしまうような神威の中で、それを放つ者へと向かって行くその勇気は、いったい如何程のものだろうか。
しかし、勇気と渾身の力を振り絞って放たれたミララの攻撃は、無情にも狂神の右手に生まれた光の剣で遮られてしまう。
「神を恐れぬ愚か者よ! 滅せよ!」
攻撃を無効化した狂神は、怒りの形相を露わにして、光剣を握った右腕を振り上げる。
その様は、まさに戦神といっても過言ではない程の脅威を放っている。
そんな狂神の攻撃を阻むべく、レストが透かさず魔法を放つ。
「させないのです。サンダーストーム!」
神威と砂嵐が吹き荒れる中、レストの声が高らかと轟く。
次の瞬間には、天空から巨大な稲妻が地上へと舞い降りてくる。
その稲妻が空気を引き裂く音と薄暗い景色を一瞬にして照らす輝きは、まさに天罰を下す神の力のように思えた。
「やった!?」
渾身の魔法を撃ち込んだレストが、思わずフラグを立てる。
こらこら、その台詞は終わらない事を意味するから止めなさい。
心中でレストのフラグを折るには如何するべきかと場違いな事を考えつつも、ことの行方を確認するが、案の定とも言える結果が現れた。
そう、全く無傷と思える狂神が、掲げた右腕の光剣を振り下ろしてきたのだ。
「やらせません! 聖障壁!」
狂神が振り翳す光剣から放たれた衝撃波を、全員の前に飛び出したルーラルが光の盾で押し留める。
彼女の作った光の盾は、狂神が放つ膨大な神威の波動に負ける事無く、見事に受けきっていた。
その力は、もはや使徒を超えるものであり、彼女達も既に神の一員だと言わしめる程のものだった。
そんな彼女達を横目に見つつ、俺は別方向から狂神に光の矢を射ち放つが、その攻撃も彼女へと届く寸前に、見えない障壁に阻まれて霧散してしまう。
それを確認した俺は、即座に炎帝と闇帝を取り出すが、彼等は未だにウンともスンとも言わない。その事を訝しく思いながらも、決定打の無い自分達の攻撃にヤキモキとしていた。
それでも、四人の娘達は己の攻撃が通用しないことを知っても、落ち込む事無く戦い続けている。
そんな彼女達を見て、感心してしまうどころか尊敬してしまうのだ。
そう、彼女達は既に一人前の戦乙女へと成長し、俺には勿体ない程の仲間となって戦ってくれているのだ。だから、ここで俺が諦める訳にはいかない。
そんな処に、忘れていた人物が現れる。
『ほら、大切なものを忘れているわよ』
その声の主は水帝であり、自称アクアと名乗る我儘女神のご登場と言う訳だ。
更に、彼女は両手で古惚けたツルハシを持っており、きっとそれを忘れていた事を咎めているのだろう。
しかしながら、今更もって神器などあっても何の役にも立たないのだ。それこそ、普段使っている炎帝や闇帝すら使い物になっていない。故に全く思考の外の存在となっていたのだが、どうやら彼女はそう思っていないようだ。
そう、彼女は俺と違う結論を持っているのだろう。それを証明するかのように、和やかな表情で告げてくる。
『さあ、時が来たのよ。全ての神器を出しなさい』
神器がなんの役目を果たすのか、それすら知らない俺は、その言葉が意味する処を理解できずに戸惑うのだが、笑顔で頷くアクアを見て仕方なく言う通りにする。
彼女に言われ、即座に亜空間収納から神器を取り出したのだが、その十一の神器は取出した途端に、己が意思でもあるかのように宙を舞い始めた。
更に、宙を飛び交う神器達は、暫くすると俺を囲むように宙に静止した。
それを見たアクアが両手に持つ古惚けたツルハシを放るように手放すと、そのツルハシも同じように宙を舞った後、他の神器の輪に参加して静止する。
『さあ、言霊を唱えなさい』
周囲に浮かぶ神器を不思議な気持ちで眺めていると、アクアが詠唱を促してくると、それを口にした彼女も光に包まれ、一本の綺麗な鉾に変わって俺を囲む輪に並ぶ。
それを不思議な気持ちで眺めていると、俺の中に言霊が聞えてきた。いや、まるで全ての神々が合唱するかのように言霊を伝えてくるのだ。
その中には、炎帝や闇帝、闘神や竜神、水帝アクアの声も混ざっている。
そんな彼等彼女等から伝わってくる言霊が、早く開放せよと催促しているように感じるのは、決して俺の思い込みでは無いだろう。
故に、俺は理解する。このために神器を集めていたのだと。この力を持って狂った己を倒すことこそがトアラの望みなのだと。
解ったよ。トアラ。俺はこの力を以てお前を鎮めよう。それがお前を砕く事になったとしても......
俺はもう迷わない。お前の願いを叶えてみせるぞ。
目を瞑り、今は無き美しきトアラの姿を思い浮かべ、優しかった彼女に誓う。
さあ、神器よ。俺に力を!
『今この時を以て、十三の神を解き放つ。今この時を以て、真なる神の力を解き放つ。来たれこの世を造りし神々よ。この世の災いを拭い去る天神の力を以て、全ての悪しきものを祓い賜え......神器開放!』
厳かに且つ力強く、己の祈りを、己の願いを、己の望みを、その全てを注ぎ込んで言霊を唱える。
次の瞬間、俺を囲んでいた神器が目まぐるしく回転し始めたかと思うと、眩い光を発して一つの武器となって宙に留まっていた。
その有様を驚く事無く眺めていると、宙に留まった神器がゆっくりと俺の眼前へと降りてくる。
それは、神々しくだけでは無く、この世に形容する言葉が見当たらない程に美しい槍だった。
その姿は歪な形をしながらも、洗練された美しさを醸し出し、凡そ人の手では作り得ないと思える程に優美な槍だった。
「さあ、共に戦おう。俺に力を貸してくれ」
眼前に浮かぶその美しき槍に、いや、槍に宿る神々に声を掛けると、その槍は一旦消えたかと思うと、俺の手に収まるのが当り前だというように右手の中で再生した。
次の瞬間、例外なく全ての神々からの気持ちが伝わってきた。
そう、願いを叶えろと、そのために力を振り絞れと、十三の神々が呼応してくる。
そんな彼等彼女等に勇気づけられ、己に沸き上がる神威を解放する。
これは、まさに超神化と言えば良いのだろうか。
これまでにない程の神威が俺を取り巻くように渦巻き、更にそれが周囲へと広がっていくと、俺達の周囲で猛威を振るっていた狂神の神威を一気に吹き飛ばした。
その光景を眺めつつ、生まれ変わった気分で周囲に視線を向けると、必死に戦いながらも仲間の娘達がこちらに視線を向けてきた。
それでも彼女達が遣られる事はない。何しろ、狂神自体が俺に意識を向けているからだ。
『みんな、離れていろ。少し暴れるぞ』
神威全開の俺は、念話で全員に退避を告げる。
そうしなければ、この神威だと巻き込まれる可能性があるからだ。
『師匠、超絶カッコイイです』
光輝くような神威を纏った俺に、マルラが惚れ直したと言わんばかりの表情で告げてくる。
『でも、マルラにはあげないの』
そんなマルラに、ミララがいつものツッコミを入れる。
『クスクス』
更に、レストが笑い声が聞こえてくる。
本当に、困った奴等だ......少しは空気を読んで欲しいのだが......まあ、これはこれでありか。アハハハ!
この大一番の場面で、そんな何時もの調子を炸裂させている三人娘によって、緊張が解されていくような気がした。
『主様、後はお任せしました。私は主様を信じております』
緊張感の薄い三人娘と打って変わって、一人だけ心配そうな表情をしたルーラルが、真面目な声で念話を飛ばしてくる。
恐らく、心配で仕方ないのだろうな。少しは安心させてやる必要がありそうだ。
『大丈夫だ。俺は不死身だぞ。決着をつけて戻ってくる』
そういうと、ルーラルは表情を明るいものに変えて頷いている。
それを見て安堵した俺は、気合を入れ直して声を上げる。
『じゃ、行ってくるぞ!』
仲間の返事が聞えてくる中、俺は神威を全開にして狂神の前へと踊り出る。
最早、このレベルの戦いは一瞬だ。故に、俺は右手に持つ十三神器の槍を渾身の力で突き出す。
それを迎える狂神は、恐怖の表情を作る事も無く、己の光剣を突き出してくる。
その決着は、瞬き一つの間につくことになった。
ズルいぞ、トアラ......
俺の突き出した十三神器の槍は狂神の胸の寸前で止まり、無情にも彼女の光剣は俺の胸を貫いていた。
胸を貫かれた俺は、口から血を吐き出しながら、思わず愚痴を溢してしまった。
「ここで、それはないだろう......」
そう、間違いなく俺の槍の方が速かった。そのまま行けば問題なく俺が勝てたであろう。
ところが、今まさに狂神の胸を貫かんとした瞬間、彼女は怒りの表情を穏やかなものに変えて想いを漏らしたのだ。
それが意図したものか、それとも作戦なのかは解らない。だけど、彼女は間違いなく口にしたのだ。
「ミユキ。愛してるわ」
その言葉を聞いた時、反射的に槍を突き出すのを止めてしまった。
その結果、俺が討たれる結末となったという訳だ。
後方からは、俺の名を叫ぶ仲間達の声が聞こえてくる。
それに答えようとするが、気が付くと人間体が解除されて猫の姿に戻り、あれだけ周囲に発散していた神威が虚無となったが如く霧散していた。
そんな唯の猫と化した俺は、刺し貫いた光剣を持つ狂神トアラの姿を力無く見詰めている状態だ。
「ちぇっ、格好良く勝つ予定だったのにニャ......トアラには最後まで騙されっぱなしだったなニャ」
そんな愚痴を無表情となっている狂神に向かって溢していると、俺の左前脚に填められたトアラからの贈り物が眩いばかりの光となって後方へと飛んでいく。
どうやら、腕輪にも見放されたようだ......
みんな、ごめん。俺の心が弱いばかりに......
俺の最後って、何時も締まらないんだよな~~~。
残された仲間......いや、家族に胸中で謝罪していると、俺を突き刺していた狂神トアラがその膨よかな胸から光を放出させていた。
その有様を目の当たりにして、何が起こったのかとその原因へ視線を向けると、そこには輝くレーシアが十三神器の槍を持ち、狂神トアラの胸にそれを突き立てている姿があった。
一体、何が起こってるんだ?
そんな事を考えていたのだが、少しずつ意識が遠のいていく。
ふと、自分の身体を見ると、身体の端から光の粒となって霧散している。
あれ? もしかしたら、世界樹の実を食べても神同士の戦いでは意味がないのかな......
家族が放った絶叫を最後に、残りの意識も霧散していくのだった。




