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72 絶叫の一夜


 なんという目覚めの悪さだ。

 何故か悪夢を見ていたような気がする。


 どんな悪夢だって?


 それは、俺が性の信望者となった夢だよ。


 えっ? 夢じゃないって? そんな馬鹿な! あれが現実だったなんて在り得ない......いや、あってはならない事態だ。


 混濁する意識を少しずつ覚醒させながら瞼を開くと、どうやら誰かに抱かれているようだった。


 この弾力......ルーラルやミララでは無いな......いや、これは......いてっ!


 盲パイしていると、頭を軽く小突かれてしまった。


「ミユキ、今、胸で誰かを判断してたよね?」


 ヤバイ、思いっきりバレてる......


 ライラからの言及で焦ってしまうが、ここはスキル『すっとぼけ』を発動させてしのぎ切る事にする。

 なんて考えていたのだが、更にライラからのツッコミが入る。


「ミユキ、顔を見れば解る」


 な、なんでだ! ライラまでが俺の顔色で判断できるんだ! どう考えてもおかしいだろ! 抑々、なんで猫の表情から読めるんだ?


 今更ながらの疑問だが、ライラにまで言われてしまうと、もはや俺の顔に文字が浮かんでいるとしか思えない。

 そんな不可解な事が起きる筈がないと知りつつも、悩まずには居られないのだが、今はそれ処で無い事に気が付いた。


「そういえば、あれからどうなったニャ?」


 周囲を見回しながらそう口にしたのだが、俺の視線の先には正座させられたレストの姿があった。

 どうやら、取り囲んでいるマルラ、ミララ、ルーラルからきつ~い折檻せっかんを喰らっているようだ。


 まあ、今回の場合は怒られるのも仕方ないと考えていると、ライラが懇切丁寧こんせつていねいにこれまでの流れを説明してくれた。


 その話からすると、あの悪夢はどうやら夢では無かったようだ。

 結局、腕輪の力のお蔭で大事には至らなかったが、きっと俺の信用はガタ落ちとなったに違いない。

 その事に項垂れていると、ライラが何処からともなく炎帝と闇帝を取り出した。


「預かってたの。どうも他の人は触ってはダメらしいから......ってこの短剣のオジサンがいってた」


『オジサンでは無い。炎帝だ!』


『言葉を謹みなさい。炎帝! 失礼ですよ』


 ライラの台詞に、思わずという感じで炎帝がツッコミを入れてきたが、すぐさま闇帝がそれをたしなめる。

 どうやら、このエロ夫婦にとってもライラは格上の存在であるようだ。

 まあ、それはそうと、取り敢えず喧しいので速攻で亜空間収納へと放り込んだ。


 お前等の所為で俺の信用は地に落ちたんだぞ!


 当然ながら、胸中ではそんな思いでいっぱいだったのは間違いない。

 エロ夫婦の弁解をサラリと聞き流しつつ仕舞った俺は、ライラの腕の中から飛び出すと、恐る恐る三人の娘に囲まれるレストの処へと向かった。


 ルーラル、怒ってるかな......最低とか言われそうだな......


 そんな思いから、重い脚を引き摺るように何とか進めると、俺の接近に気付いた四人の娘が一斉にこちらへ視線を向けてきた。


 助けを乞うようなレストの視線は置いておいて、やはり他は冷たい視線だな......こりゃ、平謝りするしかなさそうだ......


 覚悟を決めつつも、やや俯き気味に彼女達に近寄ると、厳めしい表情のマルラが行き成り苦言を申し立ててきた。


「どうしてルーラルなんですか!」


 はぁ? それは近くにルーラルが居たから......あとは......胸の大きさ?


 到底言葉には出来ない気持ちを心中で留めると、今度はミララが眦を吊り上げて声を発した。


「次は私なの! もうルーラルのターンは終わりなの」


 もう終わり? はや~~~! って、何の話だ?


 マルラやミララの発言が予想とは違うものだったことでやや混乱していると、ルーラルがミララの発言に反発した。


「まだ何もやってません。あれで私のターンが終わりとか在り得ません。さあ、主様続きをどうぞ!」


 いやいや、どうぞと言われても、はいそうですかとはいかないだろ......


「いや、あれは炎帝と闇帝の所為なんだニャ。だから、もう二度と怒る事はないニャ」


 俺が真実を口にすると、マルラ、ミララ、ルーラルがその場に膝を突いて脱力した。


「ルーラル一人が良い目に遭って......僕だって」


「ルーラルはズルいの。いつも良いとこ取りなの」


「ああ、短い春でした......」


 マルラ、ミララ、ルーラルは脱力しつつ、なげきともとれる言葉を漏らしていたが、俺には何も言う事が出来なかった。

 なにせ、ここで情けをかけてフォローすると、どんな事を要求されるか解ったものではないからだ。


 しかしながら、この状況を一人ほくそ笑む者が居た。

 そう、何を隠そう説教が途中で中断した事に笑みを浮かべたレストだった。

 ところが、その笑みを脱力する三人娘に気付かれてしまったようだ。

 悲しみを怒りの原動力とした三人娘が力強く立ち上がった。


「何がおかしいの? レスト! さあ、言ってみてよ!」


 怪しい笑みを浮かべたマルラがそう言うと、その隣に立つミララが言い放つ。


「まあ、言っても言わなくても半年はご飯抜きなの」


 その言葉で笑んでいた顔が絶望の表情へと変わる。

 しかし、世の中は厳しいのだ。ルーラルが打ち震えるレストへ引導を渡す。


「半年何て温いです。向こう三年間飲食禁止です」


 その言葉を聞いたレストが、愕然とした表情となったままその場に倒れた。

 それを見て助けてやりたいとも思えないところが奴の業だろう。


 最早、生きる屍とかしたレストに、全員が情け容赦なく冷たい視線を浴びせいると、何処からか嫌な笑い声が聞こえてきた。


「あははははは。いつもながら、愉快な人達ね。流石は姉さんの使徒だわ」


 そう。やっとのことで悪魔を葬った祭壇の間に、不快な笑い声を轟かせたのは、この教会で崇められているニルカルア本人だった。







 突然、ニルカルアが搭乗したお蔭で、説教が中断されたレストはホッとした表情で立ち上がった。

 本来ならそれを咎める処だが、今はそれ処ではないので致し方あるまい。

 そんなレストに溜息を吐きたくなりつつも、厳しい眼差しをニルカルアへ向ける。

 すると、彼女はニヤニヤと笑いながら声を発した。


「そんなに睨むと目が潰れるわよ。それよりもあの悪魔を倒すとは、思ったより遣るじゃない。グルドアなんて尻尾を巻いて逃げ来たっていうのに」


 その台詞を聞いた時、これまで疑問に思っていた事の一つを理解した。

 そう、彼女はあの悪魔の存在を知っていて、俺達が戦うように仕向けたのだ。

 あの髑髏の杖も、恐らく態と盗ませたのだろう。


「ニルカルア。お前は一体何を考えているニャ? どうして子供を助けるニャ? いや、如何して大人を皆殺しにするニャ?」


 この際だと思って、これまで疑問に感じていた事を率直に尋ねたのだが、彼女は微笑んだまま一言だけ告げてきた。


「それくらい自分で考えなさい」


 ぐはっ! まるで母親に叱られた子供の心境だ......


 どうやら、ニルカルアも何も教えてくれるつもりが無いようだ。


 如何してこの神々共は何もかも内緒にするかな~。ニルカルアならまだしも、仲間の神々でさえ何も教えてくれないし......はぁ~。


 この世界の神々にウンザリしながら溜息を吐いていると、ニルカルアが嬉しそうな表情で話し掛けてきた。


「いいわね~。猫ちゃんの憂鬱ゆううつな顔。最高だわ。快感になりそう」


 くそっ! なんて趣味の悪い女だ!


「どうせ何も教えるつもりは無いんだニャ。何しに来たのかしらないけど、さっさと消えるニャ」


 あまりの胸糞悪さに悪態を吐くと、ニルカルアはまるでお笑い番組でも見たかのように笑い始めた。


「あはははははははははは。すねちゃって、かわいい~~。姉さんの趣味も悪くないわね」


 ちっ! 大きなお世話だ! さっさと消えろ!


 胸中で悪態を吐くが、ニルカルアは楽しそうに微笑んでいる。

 この態度が逆に奴を楽しませていると考えたのか、マルラが俺に進言してきた。


「師匠。怒ると逆効果です」


 確かにその通りなのかもしれないが、これを怒らずしてなんとするんだ。

 しかし、ミララもマルラと同意見らしく俺を窘めてきた。


「相手にするからつけあがるの」


 そうは言っても知らん顔もできまい。後ろから攻撃されても堪らんし。

 ところが、ルーラルまでが俺をいさめてくる。


「そうです。主様、用事が無いのならこちらが退散しましょう」


 確かにルーラルの言う事も一理あるのだが......いや、もう面倒だからそうしよう。


「じゃ、引き上げるかニャ。じゃ、ニルカルア」


 開き直った俺はニルカルアを放置して帰路に付く事にしたのだが、彼女は笑い過ぎた所為か涙を拭きながら話し掛けてきた。


「イジケないのよ。折角、耳寄りの話を持ってきたのに」


 その言葉に、不覚にも振りむいてしまう。

 そんな俺に向けてニルカルアは和やかな表情のまま告げてきた。


「二週間以内に不毛の地の神殿に来なさい。神器を賭けて戦いましょう」


 奴が何を思ってそんな戦いを挑んできたかは不明だが、これに乗らない手はない。


「それは本気なのニャ?」


 奴が神器を持っているという事が本当なのかも怪しいのだが、この前の台詞では神は嘘を吐けないと言っていた。

 もしそうなら、今回の話は俺達にとって好都合だと言えるだろう。


 気を取り直した俺は、ニヤけた表情を向けてくるニルカルアへ堂々と声を上げる。


「分った。その勝負を受けて立ってやる」


「じゃ、楽しみにしているわ。ああ、それと早くお片付けした方がいいわよ」


 何の片づけかは知らないが、奴はそう告げると瞬時にこの場から消えてなくなる。


 この後、アーニャからのとんでもない知らせを聞き、それの片付けをするために北へ向かうことになるのだが、余計な仕事を増やしたニルカルアに向けて罵声を浴びせ掛けるのだった。







 結局、祭壇で保護した子供達は、フロリアン商会のジェノに任せてそれぞれの家に帰らせた。

 彼女から聞いた話では、子供も親も大層喜んでいたとの事だったので、本当に良かったと安堵した。

 また、エルロスに関してだが、如何も彼が作っていた転移魔道具の誤作動で、ゴルド商工連合から遙離れた場所まで飛ばされていたとの事で、悪鬼に攫われたという話ではなかったようだった。

 よくよく考えてみれば、悪鬼がさらっていたのは年端もいかない子供ばかりだったので、三十にもなろうかという男が攫われるというのもおかしな話だと言えるだろう。


 さて、そんな感じでゴルド商工連合でのトラブルを終わらせた俺達だが、今は懐かしの死国へと遣って来ている。


 本来ならニルカルアとの戦いに備えて作戦会議でも行いたい処なのだが、その事をアーニャに連絡したところ、この死国で争っていたトルガルデン王国とドロレス傭兵国の兵士達が、残らず死人化したという報告を受けたのだ。

 それを聞いた俺達が、転移の魔道具で血相を変えて駆け付けたところなのだ。

 今や髑髏の杖を俺が持っている事を考慮すると、きっとニルカルアがゴルド商工連合へ遣って来る前に仕掛けたに違いあるまい。


 そんな訳で、久しぶりに訪れたこの街には、おぞましいと表現するに相応しき腐臭ふしゅうが漂っていた。

 以前に払拭ふっしょくした筈の臭いが、再び息を吹き返してこの街を覆いつくしているようだ。

 周囲からは呻き声が響き渡り、城や街の至る所に亡者となった人々が徘徊している。

 今この時、呻き声を漏らしながら徘徊している彼等は、何を考えているのだろうか。

 ある日突然、訳も分からないうちに死人化してしまったのだ。

 恐らく、何も考える間もなく、もがき苦しんでいる間に意識を無くしてしまった筈だ。

 故に、何も考えていない筈なのだが、彼等は亡者としての本能に突き動かされて徘徊している。

 あるいは何らかの記憶があって、それを頼りに徘徊しているのだろうか。

 どちらにしても、この惨状は酷いと一言で言い切るには、悲惨過ぎる状況だと言えるだろう。

 いや、今はそんな感傷に浸っている場合ではなさそうだ。


「本当にニルカルアとは厄介な存在ですね」


 ルーラルが周囲を見渡しながら、ポツリとそんなことを口にすると、せきを切ったように次々と仲間の娘達は声を上げる。


「どれだけ死人にすれば気が済むのかしら。例えこの人達がここで争っていたトルガルデン王国とドロレス傭兵国の兵士だったにしても、これはあんまりだわ」


「でも、もう大丈夫なの」


「そうなのですよ。ミユキが杖を手に入れたのです」


 お転婆三人組であるマルラ、ミララ、レストが口々に感想を述べる。

 いつも豆柴状態のレストに関しては、戦闘を考慮して人間体の状態で転移してきたのだ。

 というのも、抑々が人間なのだから少しおかしな話だ。

 ただ、彼女が人間体となっている事もあって、ライラの腕の中には俺が居るのだ。


 ああ、決して胸が無い事を残念に思ったりはしていない。本当だぞ。間違いなくそんな事を考えてなんてないから......


「ここは嫌な感じがする」


 初めて死人を見たライラが、顔をしかめている。

 そんな彼女は、俺を抱く手を微かに震わせているような気がした。

 まあ、唯でさえ敏感な性格をしているのだ。この光景を見て愕然がくぜんとするのも仕方の無いことだ。


「主様、急ぎませんと」


 ライラに気を取られていた俺は、ルーラルの声を聞いて速やかに人間体となり、髑髏の杖を取り出す。


「全ての者よ。安らかに眠り給え」


 そう口にして、髑髏の杖を突き上げると、視界に見える亡者達がたちまち砂となって崩れ落ちる。


 恐らく、城に限らず、城下の街にいる亡者達も砂となって消えた事だろう。

 この事で、トルガルデン王国とドロレス傭兵国では、信じられない程の被害が出ている筈だ。

 それを考えると、ニルカルアの目的が気になって仕方ない。

 運よく俺が杖を奪い取る事に成功したが、ゴルド商工連合での戦いに奴が現れなかったら、もっと多くの地域が死人化させられたかも知れない。

 そう考えると、身の毛がよだってくる。


「さあ、戻りましょうか」


 マルラが戻る事を伝えてくるが......まさかアルルの王城じゃないよな?


「ミーシャ、観念するの」


 怯えたようにビクりとした俺を察したミララが不敵な笑みで告げてくる。


 あう......どうやらアーニャの処へ行くつもりなのだ。


「さあ、行きましょうか」


 すっかり恐怖に憑りつかれた俺にルーラルが死の宣告をしてくるのだった。




 怯える俺を余所に、アルラワ王国の王城にある一室に転移したのだが、そこで何時もの如く飛び掛かってきたミリアは、ロロカを見た途端に空中で凍り付いた。

 そんなミリアは、無情にも誰も助ける者なく、非情にも絨毯の上に転がる事となった。

 哀れにも、誰もミリアの怪我を気にする事無く眺めていると、その飼い主であるアーニャの声が聞えてきた。


「早かったではないか」


「ミユニャ~~!」


「あっ、レーシア、ズルいわ。タイガ、こっちにおいで」


 アーニャは軽く話し掛けて来たのだが、問題はその横にいる二人だ。

 まるでミリアのお株を奪うかのように、レーシアが俺へ飛び付いてくると、車椅子に乗ったクラリスが渋面じゅうめんで苦言を述べつつ、俺に向けて手を差し伸べてくる。

 それを見みて、モテる男も辛いものだな。なんて考えていると、ミララに尻尾を掴まれてしまった。


「ミーシャ、調子に乗り過ぎなの」


 その眼差しは、今にも突き刺すぞと言わんばかりであり、俺の心を凍らせるのには十分な力を備えていた。


 ところが、そんな遣り取りを見兼ねたアーニャからの助言が、このピンチを打開してくれる事となる。


「これこれ、内輪揉めはまた後にするのじゃ。今は時間がないのじゃろ?」


 そうだ。今日は真剣な話があるのだ。流石に何時もの調子でおちゃらけている訳にはいかない。


「それに、そっちがお主の言っておったライラか?」


 ロロカの背中に座ったままのライラを見たアーニャが溜息を吐く。

 そんな彼女の態度を見て、少しいぶかしく感じたのだが、今はそれを口にしない事にした。


「そうニャ。ライラルアニャ」


「こんにちは。ライラです」


 俺がアーニャに紹介すると、見た目はアーニャと大して違わないライラが挨拶する。

 すると、少し難しい表情をしていたアーニャも、温和な表情に変えて挨拶を返してくる。


「妾はアーニャじゃ。よろしくなのじゃ」


 こうして挨拶も済ませ、俺がレーシアやクラリスから解放されてところで、アーニャと重要な話をする事になったのだが、彼女から聞かされる話は絶望と言い換える事が出来る程の内容だった。







 何故だ。

 何故なんだ。トアラ。

 五年あると言ったじゃないか。

 どうしてこんな事になったんだ。

 いや、まだ間に合う。ニルカルアを倒して最後の神器を手に入れることが出来たら、彼女を解放する事が出来るのだ。

 だから、急がねばならない。必ずニルカルアを倒して神器を手に入れるのだ。


 そんな想いに駆られたのには理由が在る。それは、アーニャから聞かされた話だった。


「トアラが間もなく狂乱するのじゃ」


 そう、アーニャが口にした言葉は、そんな衝撃的なものだったのだ。


 彼女は一体どうやってそれを知ったのだろうか。その話は本当なのだろうか。

 本来であれば、そう考えるべき処だ。しかし、アーニャの表情からその話が事実だと察して、それを尋ねることすら忘れてしまう程に動揺どうようしていた。

 故に、クラリスに融合していた神器が分離できたことも、殆ど耳に入らずに呆然としていたのだ。


「ほれ! だからクラリスに治癒魔法を掛けて遣るのじゃ」


「主様?」


「師匠、大丈夫ですか」


「ミーシャ、しっかりするの」


「完全に逝っちゃてるのです」


 アーニャに続き、仲間の四人が必死になって正気に戻そうとしているが、俺の意識ではその声が異様に遠く感じる。


 だって、トアラが、トアラが、トアラが......


「ミユキ。大丈夫」


 誰の声も届かない俺をライラがそう言って優しく抱き上げる。


 すると、何故かライラの声は透き通る言葉となって俺に届いた。

 そんな彼女を見上げてふと気づく事があった。それも今更な話だ。

 そう、ライラとレーシアがよく似ているのだ。

 俺は二人を交互に見るが、まるで姉妹のように似ている。

 その事に気を取られていると、ライラが話し始めた。


「ミユキ。トアラは大丈夫。わたしがなんとかするから心配しないで。だから、今は彼女の足を治してあげて」


 彼女の言葉で我に返ると、クラリスがションボリとしているに気付く。

 それを見た俺の心が酷く痛む。


「クラリス。すまないニャ。今直ぐ治すからなニャ」


 彼女に謝り、即座に治癒魔法を発動させる。


『癒しの女神トアラルア名を持って命じるニャ。この者の命を救い賜えニャ!』


「さあ、終わったニャ。歩いてみるニャ」


 そう言うと、クラリスは心配そうな表情をしたまま、ゆっくりと立ち上がろうとする。

 しかしながら、三年以上も立っていなかったのだ。上手く立てる筈も無い。


「ミト、手伝ってあげるニャ」


「はい」


 その言葉を聞いたミトが元気に返事をすると、彼女がクラリスの介添かいぞえを行う事で、少しだけだが立つことができた。


 恐らく、歩くための筋肉が衰えているから、暫くはリハビリに専念する必要があるが、半年もすればすっかり元通りになるだろう。


 そんな事を考えていると、少しだけ心が和らぐような気がしてくる。


「た、た、立てたわ! わ、わ、私、また歩けるようになるのね」


「良かったです。クラリスお嬢様」


 涙を流しながら喜ぶクラリスを一緒になって泣いているミトが支える。


 本当に良かったと思う。それに、これでクラリスの事は安心だ。


「それじゃ、次の話じゃが」


 聖母の様な眼差しでその光景を見ていたアーニャの表情が一変し、話の続きを始めた。


「ニルカルアとの戦いじゃが、妾も出向こうかと思うのじゃ」


 どうやら、アーニャにも何か考えがあるようだ。


「何か策があるのかニャ?」


 その事に言及すると、彼女は厳しい表情のまま首を横に振る。


「策がないから妾が行くのじゃ」


 うぐっ、本当に仕えない奴だな......


「お主、失礼じゃの~。ミリアと二人で結界に閉じ込めるぞ」


 ぐはっ、それだけは勘弁してくれ。


 てか、相変わらず、この女の読心能力は半端ないぞ。


 ところが、何故か四人の仲間は溜息混じりに首を横に振っている。


 もしかして、みんな読んだのか? 俺の心中は丸見えか?


「師匠、解り易過ぎます」


「ミーシャ、丸裸なの」


「顔に書いてあるのです」


 マルラ、ミララ、レストの三人からダメ出しを喰らってしまった。


 みんな、猫の表情を解析し過ぎだぞ。


「それはそうと、いつ行くのじゃ?」


 みんなに突っ込まれる俺を見て楽しそうにしていたアーニャは、決戦の時を尋ねてくる。

 そんな事は決まっている。今直ぐにでも行くのだ。

 一秒でも早くトアラをあの洞窟から解放するのだ。


「今直ぐ行くニャ」


「それには賛成できんのじゃ」


 しかし、即答する俺の言葉をアーニャが否定してくる。


「もう夜になるのじゃ。夜は奴の真骨頂じゃからの。行くなら明日の朝じゃな」


 どうやら、彼女はニルカルアの事も知っているようだ。

 その癖して俺には全く教えてくれないのだから、本当にとことんケチな奴だ。


「師匠。顔!」


「少し、修行が必要なの」


「いえ、ミユキには無理だと思うのです」


 再び、三人娘からツッコミを受け、ニルカルアとの決戦についての会議を終わらせるのだった。







 その屋敷は俺が貰ったものだが、当初の予想通り殆ど滞在する事の無い状態となっていた。

 そう、現在の俺達は王都アルルにある俺の屋敷に遣って来ている。いや、帰ってきたと言うべきか......更に、今日は珍しくお客さんも来ている。

 いやいや、客と呼びたくない者も一人と一匹程いるし、この面子だと殆どアーニャの居室と変わらない状態だ。


「ダンニャ~~~!」


 早速始まった旦那節を無視しつつ、のんびりと過ごしていたのだが、何故かアーニャに拉致らちされてしまった。

 オマケにおかしな術を掛けられて、全く動けない状態となっている。


「あ、アーニャ、何をするつもりニャ?」


 何故か異様な雰囲気を感じ、俺は思わずアーニャに尋ねるが、彼女はニタニタと笑っているだけで何も口にしない。

 その様が、この場の異様さを爆発的に増幅させている。


『ルーラル! ミララ! マルラ! レスト!』


 俺は必死になって仲間の名前を念話で呼ぶ。


 その順番は決して頼りになる者の順番では無い。

 そう、誤解をまねかないためにも、もう一度言おう。飽く迄も思い付いた順番であって、決してレストが頼りにならないから最後になった訳では無い。

 更に言うなれば、胸の大きい順番で叫んだわけでもない。いや、結果的にはそうなっているが......


「無理なのじゃ。この部屋は今や誰も入れないのじゃ」


 楽しそうな表情で、アーニャが俺ににじり寄ってくる。


 このロリババアは一体何を企んでいるのだろうか。

 もしや、ニルカルアとグルなんてオチはないだろうな。


 身の心配をすると共に、アーニャの企みについて考えると、一気に嫌な予感が倍率ドンと上昇した。

 というのも、耳に届いた声で俺の危機が何であるかを悟ったのだ。


「ダンニャ~、とうとうこの時が来たニャ~~~ン」


 止めろ。止めろ! ミリア、まさか、まさか俺を犯すつもりか! 止めてくれ~~!


 俺は慌てて人間体へと変身しようとするが、何故か上手くいかない。


「ああ、人化はできんぞ。妾がそういう結界を張ったからのう」


 この女は悪魔だ。間違いない。あの祭壇に祭ってあったのはこいつの本性だ。


「ダンニャ~~」


 あうあうあう。ミリア、来るな。いや、来ないでくれ。頼む。頼むから。ああ~神よ! トアラよ! これが俺に課せられた業なのか......


 この夜、アーニャに拉致された部屋で俺の絶叫が響き渡ったのだが、悲しいかなそれは誰にも届く事無く、誰一人として助けに来ることのない一時ひとときを過ごすのだった。


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