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71 絶頂きたり


 鋭いレイピアの一撃が空を切る。

 そのタイミングで、素早く身を転じた悪鬼がマルラの背後に回り込もうとするが、瞬時に身体の向きを入れ替えた彼女の攻撃を危うく喰らいそうになって、すぐさま距離をとる。

 しかし、そのタイミングで取り囲んでいた別の悪鬼がマルラの背後から襲い掛かる。


『マルラ! 後ろニャ!』


 その念話を聞き付けたマルラが、即座に宙を蹴って舞い上がり、悪鬼からの攻撃を躱す。

 しかし、悪鬼は背中から生やした蝙蝠のような羽をバタつかせ、直ぐに空中のマルラへと攻撃を仕掛けてきた。


『喰らいなさい! 真空斬しんくうざん!』


 宙にあるマルラを攻撃してきた悪鬼に、彼女は透かさずスキルを発動した。


 すると、その悪鬼はそれを避けたものの、地にあった別の悪鬼がモロに喰らったようだった。


「ぐはっ! ちっ、お前が視界をさえぎるから喰らっちまったじゃね~か! お~いてて!」


 攻撃を喰らった悪鬼は宙にある仲間を罵倒しているが、それほどダメージを受けている様には見えなかった。


 くそっ! 想像以上に硬い奴等だな。


 俺は愚痴を溢しつつも、チラリとミララへと視線を向けると、そちらも悪戦苦闘している姿が目に映った。


「大人しく潰れるの!」


 ミララは罵声を吐き散らしながら、俊敏な動きで向かって来る悪鬼にロングメイスをぶち込むが、ものの見事に避けられている。


「そんな攻撃を喰らうかっつ~の!」


 攻撃を避けた悪鬼がせせら笑いながらそう返してくるのだが、その動きはミララをも上回るかと思う程のものだった。


 想像以上に俊敏な奴等だな......


 唯でさえ人数が少ないところに、これ程の敵と戦うのは流石に拙いと焦り始める。


「スパイラルアタック!」


 マルラとミララの戦闘を見て、焦りを感じ始めていた俺の耳にルーラルの声が届いた。

 彼女は襲い掛かってくる敵に向けてスキルを発動した処だったが、これも簡単に避けられてしまう。

 

 三人の少女達が苦戦している姿に危機感を募らせていると、脳裏にロロカの声が響き渡った。


『悪は滅びるだギャ!』


「ぐぎゃ~~~~」


『ま、不味いだギャ!』


 俺とライラの近くに居たロロカが、こちらに襲い掛かってきた悪鬼の肢体を目にも止まらぬ速さで食い千切ったかと思うと、絶叫をあげる悪鬼を余所にぺっぺと悪鬼の上半身を吐き出していた。


「おいおい! なんだあの白い獣は! 異常に強いぞ!」


「油断しすぎなんだよ」


「いや、あの獣は強いぞ」


「くそっ、邪魔な獣だ」


 悪鬼の一体が遣られたのを目にして、俺達を取り巻く悪鬼の集団から声があがった。


 どうやら、優勢に戦いを進められるのはロロカだけのようだな。マルラ、ミララ、ルーラルは一対一ならまだしも、この敵を複数相手するのは辛そうだ。こんな時に......レスト......あんにゃろ~~~! あとで見てろよ!


 レストが居ない事で、攻撃力が不足している事を恨めしく思いながらも、形勢逆転のチャンスを伺っていると、ミララの攻撃が一体の悪鬼を撲殺ぼくさつした。


「やっと一体目なの」


 他の悪鬼を油断なく見渡しながら、軽く息を吐き出すミララがそう言うと、完全に粉砕された仲間を見た悪鬼たちが口々に声を発した。


「おいおい! また遣られたのか? ちょっと手を抜き過ぎだろ!」


「いやいや、こいつ等、想像以上に強いって!」


「油断するとみんな遣られちまうぞ」


「流石にそれは拙いな」


「くそっ! 本気でやるしかなさそうだな」


「さっきから、何回本気になってるんだ? どこのアニメだよ!」


 気になる台詞もあったが、仲間が二人遣られたことで自分達の考えを改めたようだった。


 いやいや、油断してろよ! 何と言ってもこっちは数が少ないんだ。相手が冷静に対処し始めたらジリ貧になるのが目に見えてるんだ。

 くそっ! 出来ればこのタイミングでは変身したくないんだが......


 この後に控える悪魔との戦いを考えて、人化する事を躊躇ためらっていると、俺の横に立っていたライラが一歩前に出た。


「ミユキ、ここはわたしに任せて」


 強い意思を伺わせる瞳でそう告げてくるライラを見て、俺は已む無く彼女の戦闘参加を許可する事にした。


「ただ、程々にニャ。ロロカ、フォローを頼む」


「ん?」


「勿論だギャ! 任せるだギャ」


 俺の言葉を聞いたライラは、程々にの意味が解らなったようで首を傾げているが、ロロカは尻尾を勢いよく振りながら応じてきた。


 そんな俺達に向かって複数の悪鬼が襲い掛かってくるが、それに向けてライラが右手を伸ばす。


「あんな酷い事、絶対に許せない! 報いを受けよ!」


 彼女がそう言い放った途端、襲い掛かってきたうちの一体が消滅した。

 それは、血を撒き散らす訳でもなく、肉片をバラ撒く訳でもなく、ただ霧散するようにそこから消えて無くなった。


「お、おい! 今のは何だ? マジか!」


「砕け散ったのか? 塵のように?」


「神の力か? この世界の神か?」


「拙いぞ! これは......ぐぎゃ!」


『いい加減、お前等は煩いだギャ!』


 ライラの攻撃を見た他の悪鬼が騒いでいると、それがかんさわったのか、ロロカが罵声と共に悪鬼を食い千切った。


『グギャ! やっぱり不味いだギャ! ぺっぺっ!』


 食い千切ったのは良いのだが、どうも後味が悪いらしい。慌てて吐き出したかと思うと、己の鼻をペロペロと舐めている。


 まるで不味い飯を与えられた猫だな......


 ロロカの仕草にそんな感想を抱いていると、俺の耳にルーラルの声が届いた。


「そこです! 砕け散りなさい」


 その声に視線を向けると、ルーラルのドリルランスが見事に悪鬼を撃ち抜いていた。

 どうやら、ライラとロロカの攻撃に気を取られた敵を打ち砕いたようだ。


 よしよし、この調子なら何とかなりそうだ。


「悪鬼はこの世界から消えなさい!」


 ライラの声が轟けば、悪鬼は事も無く霧散し、それに怯んだところをロロカが追撃する。


『あとで口直しに美味しい物が食べたいだギャ!』


 ああ、たらふく食わせてやるから、今は頑張ってくれ。


 彼女達の強さに感服しながらも、視線を仲間の少女達に移すと、こちらも悪鬼の数が減った事でかなり優勢になっていた。


「これでも喰らえ! 風刃ふうじん


 マルラが鎌鼬のスキルを発動すると、悪鬼たちが次々と細切れになっていく。

 確か、このスキルは当初から使えたものだったが、今の彼女が使うことでその効果が倍増されているようだった。


「これでお終いなの! ギガブレイク!」


 ミララの声が轟くと、彼女が放ったスキルが炸裂して、二体の悪鬼が粉々になって消滅した。


 その攻撃で終わりでは無いのだが、ここまでの戦いで半数の悪鬼を討滅出来たようだ。

 どうやら、ライラとロロカの参戦で、一気に形勢逆転となったようだ。

 そのことでライラとロロカの戦力は半端ないと、今更ながらに思い知る事になるのだが、敵もタダでは終わらせられないと考えたようだ。


「くそっ! つえ~じゃね~か!」


「だから言っただろ!」


「このままじゃ、全員遣られるぞ!」


「拙ったな! どうする?」


「悪魔様に出て頂くしかないかな......」


「おいっ! それって......」


「仕方あるまい......」


「誰が贄になるんだよ」


「それは解らん。悪魔様しだいだな」


「運を天に......魔に任すしかない」


 残った十体の悪鬼が己の意見をそれぞれ口にし、全員が頷いて一気に悪魔像の前まで引いたかと思うと、奴等は良く解らない言葉で呪文らしきものを唱え始めた。


 すると、これまでのように悪魔像の目がギョロリと動いたかと思うと、ギシギシという音が聞こえて来そうな動きでその巨大な脚を踏み出したのだった。







 動き始めてた悪魔像はこれまでの物と比べ、遙かに巨大な物だった。

 その大きさは高さ五メートルはあろうかという巨体であり、人間のような肢体を持てども、その首には大きな角を生やしたヤギの頭が付いていた。


 何度見てもバフォメットを思い起こさせるな......


 右手に巨大な大鎌を持つ悪魔の姿にそんな感想を抱いていると、どうやら悪魔はご立腹だったようで、威圧感のある声をこの部屋に響き渡らせた。


「贄がいつ届くかと思えば、まだ時満ちぬというのに我を呼び出す愚行を侵すか」


「申し訳ございません。バルファルボフ様。ただ、思わぬ邪魔が入りまして......」


 機嫌のわるい悪魔が呼び出した者たちを叱責すると、一体の悪鬼が弁解を始めたのだが、どうやら藪蛇となったようだ。


「喧しいわ! 言い訳など要らぬ! うぬが贄となって償え!」


「それだけは、それだけはご勘弁を......グギャ~~~!」


 憤りを露わにする悪魔が罵声を轟かせると、弁解していた悪鬼を瞬時に掴み取り、悪鬼の絶叫を無視して頭からボリボリと食べ始めた。


 何ともグロテスクな光景だが、それを見ていた他の悪鬼たちは何故か安堵の表情を見せていた。

 恐らく、自分が食べられなくて良かったと思っているのだろう。

 ところが、その悪魔はそんな温い奴等を一言で凍り付かせた。


「う~む。足らぬわ!」


 おいおい、足らぬわって......仲間割れは他でやってくれんかね......


 眼前に立ち並ぶ悪鬼たちを次から次へと貪り食う悪魔を眺めつつ、今の俺に食事という行為が必要ない事を安堵する。

 そんな俺がチラリと娘達を見遣ると、マルラとミララが口を押えて悪魔から目を反らしていた。


 あの様子じゃ、暫く肉は食えないだろうな......


 少女達に哀れみを感じながらも、俺は油断する事無く悪魔の様子を伺っている。

 何故なら、あの悪鬼たちを食い終われば、奴の敵意は俺達に向くのだから。


 奴との戦闘を覚悟していると、あっという間に最後の悪鬼を食い終わり、バルファルボフと呼ばれた悪魔が口を開いた。


「う~む。食い足らぬわ! おっ! 上手そうなメスが居るではないか!」


 奴はそう言うと鋭い視線を此方に向けてくるが、そう簡単に食われて遣る訳にはいかないのだ。


「悪いがお前の食事はそれで終わりニャ。さっさと消えてなくなるニャ」


「ふんっ! 猫如きが......いや、この世界に入り込めぬように張られた結界と同じ臭いがする......お前が結界を施したのか!」


 言っている事が理解できなかったのだが、もしかしたらトアラが何かを施したのか?


 俺の台詞に対して、憤慨した悪魔が声を発したが、その内容が気になってしまう。

 それが俺のミスだと気付いたのは次の瞬間だった。


「死ね!」


 気が付くと、いつの間にか俺の後ろに回り込んだ奴が巨大な鎌を振り下ろしていたのだ。


 ちっ! 巨体の割には速いじゃないか!


 愚痴を溢しつつも即座に避けようとしたのだが、次の瞬間にはロロカが奴の手に噛みついていた。


『させんだギャ!』


「ふんっ! 邪魔な犬コロだ!」


 奴はそう言いつつ、恐ろしく速い攻撃を繰り出したロロカを瞬時に蹴り飛ばした。


『ぐぎゃ!』


 蹴り飛ばされたロロカは呻き声を上げつつも、宙で姿勢を入れ替えて着地する。

 ところが、彼女はその場で吐血したかと思うと、その場にうずくってしまった。


「大丈夫か! ロロカ!」


『ご主人様、お腹が痛いだギャ!』


 どうやら、奴のひと蹴りでロロカの内臓を破壊したようだ。

 その事から察するに、この敵は尋常では無い力を有している事が伺える。


『みんニャ。油断するなよニャ。かなり手強いニャ』


 仲間に注意を喚起しつつ、即座にロロカの下へ移動すると魔法を発動させようとするが、その時には既に奴が俺の後ろに立っていた。


 なんて速いんだ! くそっ! これだとロロカを癒す暇も無いじゃないか!


 焦りを感じつつも奴を退けようとしたのだが、ルーラルとミララが直ぐに牽制してくれた。


『すまんニャ』


「大丈夫。私達に任せるの」


「早くロロカの治療を」


 彼女達に礼を述べると、二人は悪魔を牽制しつつも力強い声で返事を寄こした。

 そんな彼女達に感謝しつつ、俺は即座に治癒魔法を発動させる。


『癒しの女神トアラルア名を持って命じるニャ。この者の命を救い賜えニャ!』


 すると、瞬時に傷が癒えたのか、ロロカが俺の顔を飴のように舐め回す。


『ご主人様。ありがとうだギャ!』


「おいおいニャ! 今はそれ処じゃなんだニャ。早く加勢してやってくれニャ」


『そうだっただギャ』


 ロロカは慌てた様子で俺を離すと、即座にマルラ、ミララ、ルーラルと対峙している悪魔へと向かった。


 ただ、その加勢は一歩遅かったようで、奴が振りぬいた大鎌でルーラルが跳ね飛ばされた処だった。

 どうやら、ドリルランスで鎌の刃は止めていたようで、致命的なダメージにはなっていない様だった。


 それを目にして焦ったのか、ライラが全員に声を掛けた。


「みんな引いて! 悪魔よ! 砕けちれ!」


 全員がライラの声を耳にして即座に退避すると、彼女は理解不能の力を放出させた。

 それは目に見て解るものではないのだが、何故か俺にはその力の出力を感じ取る事が出来た。

 ところが、その力が悪魔に迫った処で、奴は吐き気を催す息を吹きつける。

 すると、奴が吐き出した瘴気がライラの力を遮ったのだ。


「温いわ! その程度の力で我を倒せると思うてか! ガハハハ」


 隔絶した力を持つライラの能力すらも遮る程の敵か......


 高笑いする悪魔を見遣り、その力の慄いていると宙を掛けるマルラがスキルを発動させた。


うるさいのよ! もう消えなさい! 千手斬せんじゅざん!」


「温いわ! この程度の攻撃が我に通じるか!」


 千手観音を思わず様な高速の斬撃をいとも容易く受けきると、奴は宙にあるマルラに大鎌の一撃を喰らわせようとしてきた。

 ところが、そうはさせじとミララが悪魔に攻撃を加える。


「させないの! メガクラッシャー!」


 奴は宙にあるマルラを討つのを諦め、その振り被った鎌をミララにぶち込む。


「きゃ!」


 大鎌の一撃をロングメイスで受け止めたものの、ミララはその勢いに負けて吹き飛ばされる。

 しかし、それを受け止めるようにロロカが回り込んで衝撃を緩和しようとするが、奴に跳ね飛ばされた勢いに負けて二人とも吹き飛ばされてしまった。


 そんな二人に気を取られたのが不味かった。


「こないで! 吹き飛んで!」


 俺の隣に立つライラからの声に視線を戻すと、何を如何したのか知らないが、ライラの攻撃は奴を弾き飛ばす事は無く、奴はいつの間にか俺の眼前に立ち、大鎌を振り上げていた。


 ちっ、油断した......


 まさに後悔先に立たずとはこの事だ。

 すぐさま奴の攻撃を食い止めようと考えたが、如何見てもタイミングが遅すぎたようだ。


「主様!」


 その時、俺と奴の間に割って入ったのがルーラルだった。

 容赦なく振り下ろされた大鎌を盾で弾き飛ばそうとしたようだが、上手くいかずに吹き飛ばされてしまう。


「ルーラル! くそっ! 真空斬しんくうざん!」


 吹き飛ばされたルーラルを気にしつつも、マルラが上から奴に攻撃を喰らわそうとするが、見えない壁に阻まれてしまう。


 ちっ! さっき吐き出した瘴気が障壁となって奴を覆っているのか!これでは手も足も出ないじゃないか! こんなことならさっさと人化すれば良かった......


 心中で愚痴りながらも、即座にライラの前に立ち塞がろうとした時には、マルラまでが吹き飛ばされた処だった。


「ライラ、下がるニャ。ここは俺が何とかするニャ」


「でも......わかった......」


 ここまで人化しなかった事を後悔しつつ、ライラに退避するように伝える。

 彼女はその言葉を聞いても逡巡していたが、あっという間に俺が人化した事で渋々頷きで返してきた。


「ほう! 少しはやりそうな奴が出てきたのう! しからば我も本気を出すとするか」


 おいおい! これまで本気じゃなかったのかよ! こりゃ、骨が折れそうだ......だが、きっちりお返しはさせて貰うとしようか。


 悪魔の台詞がどこまで本当かは解らないが、どうやらこれからが真の戦いとなるようだと己に言い聞かせるのだった。







 俺が人化しても奴は驚く事無く、そのヤギの顔を引き攣らせるかのような笑みを作り出した。


『これが真の悪魔か! 主殿、我の力を呼び覚ますのだ』


『いえ、この場は妾に任せて下さいまし』


『ええい! お前は黙っておれ』


『あなたこそ溜なさい』


 左右の手に握る炎帝と闇帝が我こそと言ってくるのは良いのだが、行き成り夫婦喧嘩は止めて欲しい。レストでも食わんぞ? いや、なんで犬を例えに出すかな~。まあ、猫じゃないからいいか......


『取り敢えず、神威開放は無しで遣ってみる』


 空気を読まないバカ夫婦にそう告げて行動を起こす。


「ぬっ! 速い!」


 俺が即座に背後に回り込んで炎帝を叩き込むと、奴は唸り声をあげつつも大鎌の柄でそれを防いだ。


 本来ならその一撃で奴が炎に包まれる筈だが、やはり瘴気の壁に阻まれたのか、奴が燃え上がる事は無かった。

 それでも、それを気にする事無く俺は続けて闇帝で切り付ける。

 しかし、その攻撃も奴に易々と防がれてしまう。

 無論、闇帝の効果も打ち消されてしまった。


「ちっ! 厄介な!」


 舌打ちしつつも距離を取り、透かさず闇帝の苦言を無視して亜空間収納へ仕舞うと、神威開放しんいかいほうの言霊を唱える。


『今この時を以て炎の主を解き放つ。今この時を以て古の炎を解き放つ。来たれ地獄の業火よ。ありとあらゆるものを断罪する炎の戒めよ。全ての悪しきものを焼き尽くせ。神威開放!』


『ガハハハ! この時を待って居ったぞ! いよいよ悪魔との決戦の時じゃ!』


 神威を解放すると、俺には何も教えてくれない炎帝が、約束の時が来たとばかりに喝采かっさいの声をあげる。


 おいおい! 少しは俺にも教えてくれよ......


 神々の間でどんな約束があるのか、何一つ教えてくれない炎帝に心中で苦言を吐きながらも、燃え上がるような闘志を胸に悪魔へと襲い掛かる。


「ぬおっ! なに! ぐはっ!」


 まるで瞬間移動のような速度で奴の側面に回り込むと、長剣となった炎帝を振るい奴の左腕を切り落とす。


 その攻撃で奴が唸り声をあげるが、それを無視して更に右腕にも炎帝を叩き込む。

 すると、その攻撃はまるで空を斬るような感触を手に伝えてくるが、奴の右腕は見事な程に宙へ舞う。

 それを見定める事無く、止めの一撃をぶち込むために背後へと回り込んだのだが、奴は俺を追う事無く気合の声を轟かせた。


「やりおるな! だが! ぬお~~~~~!」


 何をするつもりかは知らないが、俺は奴の行動を無視して、その首に向けて炎帝を叩き込む。

 ところが、激しい衝撃と共に俺の振るった炎帝(けん)が止められる。

 どうやら、奴の大鎌が止めの一撃を止めたようだ。


 その事を理解すると、瞬時に間合いを取り奴の様子を伺ったのだが、何故か切り落とした筈の両腕が再生されていた。


 ちっ! トカゲの尻尾かよ......これは限がなさそうだな......


「なかなか遣るようだのう。だが、我はこの程度では遣られたりはせぬわ! 今度はこっちの番だ! 喰らえ! 全て腐るがよいぞ!」


 俺が胸中で愚痴を溢していると、奴は俺の力量に感嘆しつつも無数の瘴気の弾を撃ち出した。


 しまった! 無差別攻撃かよ! これじゃ全員を結界で守ろうにも間に合わない。


 散り散りとなっている仲間を全て結界で包もうにも位置が悪いのだ。

 故に、ルーラル、ライラ、ロロカに結界を張り、即座にマルラ、ミララの前に立ち塞がって奴の瘴気攻撃をしのいだのだが、奴の狙いはその行動だったようだ。


 気が付くと奴は俺の眼前に立ち、その大鎌を叩き込んできた。


 その攻撃を避けることは容易い。しかし、避けてしまうと後ろに居るマルラとミララに危険が及ぶ。いや、危険では済まされない事態となるだろう。


 故に、立ち向かう事を選択してその攻撃を炎帝で受けるが、次の瞬間、奴の腹から大蛇のような生き物が飛び出して俺に喰らい付いてきた。


「ぐはっ! くそっ!」


「師匠!」


「ミーシャ!」


 その攻撃を左腕に喰らって呻き声を漏らすと、マルラとミララの悲鳴が上がるが、それを無視して炎帝で左腕に喰らい付く大蛇の首を落とす。

 しかし、既に俺の左腕はだらりとぶら下がり、喰らい千切られる寸前の様相を呈していた。


『二人とも、ライラと合流するんだ』


 奴が喜々として再び大鎌を撃ち込もうとしているのを睨みつつ、マルラとミララにそう告げるが、二人はその言葉を聞き入れなかった。


『師匠、僕も戦う!』


『そうなの。私も戦うの』


『ダメだ! 早くしろ! このままではみんな遣られてしまうぞ』


 振り下ろされた大鎌を炎帝で再び弾き返したが、奴はいつの間にか左手に持った槍を突き込んできた。


 くそっ~~~! これも避けれね~じゃね~か!


 そう、その攻撃を避けると間違いなく後ろのマルラとミララに被害が及ぶのだ。

 その事に悪態を吐きたくなるのだが、二人の少女は涙を流しつつ前に出ようとしていた。


 駄目だっつ~の!


 俺は二人を庇うのがやっとで、奴の槍をどてっぱらに喰らってしまう。


「師匠ーーー!」


「ミーシャーーー!」


「俺は大丈夫だから! 早く!」


「でも、師匠......」


「マルラ! ダメ。私達が脚を引っ張ってるの」


 俺は腹から血を流しながら叫ぶと、自分達が居る事で俺が戦えなくなっている事に気付いたミララがマルラをいさめ、無理矢理引っ張って移動を始める。

 それを見て安堵したのだが、世の中とは無情だ。

 奴は俺に向けてでは無く、マルラを引っ張るミララの前に移動すると、両手に持つ大鎌を振り上げていた。


 こんちくしょう! この傷だと間に合わないじゃないか!


 俺は悪態を吐きながらも、腹に刺さった槍を抜くと無造作に放り投げ、急いで二人の下へと移動しようとするが、流石に深い傷を負った所為か足がもつれてしまう。


 やべ~~! マルラ! ミララ! ちくしょう~~~~!


 離れた場所からライラの攻撃が放たれているが、奴が纏う瘴気の障壁を破ることが出来ないようだった。

 そして、奴の大鎌が振り下ろされる瞬間に、爆発音が響き渡った。


「今のうちなのです」


 爆発音と共に悪魔が吹き飛ばされると、聞き覚えのある声が轟く。


 くそっ! このタイミングでお出ましかよ! レスト!


 結局、危ない処をレストに救われたのは良いが、初めから居てくれたらどれだけ楽だったろうかと考えて、事が終わった暁にはしっかりとお仕置きすることを硬く誓うのだった。







 レストの魔法攻撃の威力は半端なく、悪魔は部屋の端まで吹き飛ばされていた。

 その攻撃力に感嘆する暇も無く、俺は己の身体に治癒魔法を掛ける。

 癒しの力で強引に治癒している俺には、魔法を放つレストの声が心地よく聞こえる。


 だが、許さん! あとで絶対に折檻せっかんしてやる!


 それとこれとは別だと、俺の心が訴えるのだ!

 そう、これは炎帝の神威開放を行っている影響ではあるまい。

 きっと、俺の本心がそう叫んでいるのだろう。


 そんな俺の胸中に蠢く気持ちなど知る事のないレストは、続け様に魔法を放っていた。


「爆裂! 焦土!」


 彼女は悪魔の生死を確認する事無く、ひたすら魔法を叩き込む。

 恐らく、悪魔が死んでいないと考えている訳では無く、後で怒られる事を理解して、必死になって頑張ってるぞアピールをしているのだと思う。


 どれだけ頑張った振りをしても、情状酌量じょうじょうしゃくりょうなんてしないからな!


 それでもマルラとミララがライラ達の下へと辿り着くのを確認して安堵しつつ、これからの戦いに付いて考えを巡らせる。

 何故なら、今のままでは勝てそうにないからだ。

 そう、奴の再生能力を考えると、このまま戦ってもジリ貧になるのが見えているのだ。


「ちっ! どうしたもんかな」


 思わず心中の愚痴が吐露されると、右手の炎帝が溜息と共に進言してきた。


『はぁ~、主殿、闇帝を出してくだされ』


 俺はその言葉を怪訝に思う。

 何故なら、これまで神器開放時は排他で使用してきた筈なのに、何故なにゆえここでその禁を破るのか理解できなかったからだ。

 しかし、炎帝は訝し気にする俺に再び助言してきた。


『今の主殿なら大丈夫であろう』


 その根拠が良く解らないが、言われるがままに亜空間収納から闇帝を取り出すと、何故か彼女が慌てた風の声を上げた。


『ま、まさか、こんな面前で......』


 一体何を焦ってるんだ?


 闇帝の落ち着きの無さを疑問に感じていると、炎帝がとんでもない事を口にした。


『契るぞ!』


 おい! 契るって、聞こえは良いが、まさか......


『だ、ダメです。こんな人前で夜伽など......』


 おいおい! 今、夜伽って言ったか? 何をするつもりなんだ? お前等!


『煩い! 仕方ないのだ! 覚悟を決めろ!』


『あぅ......』


 珍しく亭主関白な姿を見せた炎帝がそう言うと、俺の頭に言霊が浮かび上がる。


 おいおいおい! これを唱えるのかよ! マジか!?


『主殿、我慢してくだされ。これも悪魔を討つためには仕方ないのだ』


 本当か? 唯単にお前がマグワリたかっただけでは?


 溜息を吐きつつも、レストの魔法攻撃から抜け出した悪魔を見て、致し方なく言霊を詠唱する。


『今この時、炎の主と闇の主の契りを以て解き放つ。今この時を以て古の炎と冥府の門が絡み合う。来たれ愛で結ばれし業火と暗黒の化身よ。ありとあらゆるものを溶かし合う淫靡いんびたる力で全ての悪しきものを消滅させよ。炎闇神威開放!』


 てか、ツッコミ処が満載なんだが......まさか愛液で悪しきものを消滅させるのか?


 言霊の内容に呆れながらも、詠唱が終わると俺の心が壊れそうになる。


 やっべ~~! エッチして~~! 超絶エッチしたい気分だなんだが......なんだ、この欲情は......これはさっさと倒さねば......別の意味で危険だ。


 そう、炎闇神威開放を行うと、俺の心が淫乱になるのだった。


 俺は青き炎を纏った大剣を肩に担ぐと、次の瞬間には悪魔の背後にいた。

 まるで実態が無いかのように移動できる。

 その力は素晴らしい。しかし、この冷めやらぬ興奮をどうしてくれよう。


 遣り場のない性欲を抑え込みながら、瞬時に右手の大剣を振るう。

 すると、悪魔が紙吹雪のように細切れになっていく。


「ぐお~~~!」


 おいおい、どこから声が出てんだ? 頭も細切れになってるぞ?


 細切れになった奴に、そんなツッコミを入れようと思ったのだが、次の瞬間には青い炎で燃え尽きてしまう。


 あれ? これで終了? ちょっと簡単すぎない?


 そんな思いに駆られていると、燃え尽きた筈の灰から奴が生まれ出てきた。


「この程度では遣られは......」


 奴は己が不死身だと言おうとしたのだろう。しかし、生れ出た奴の身体が再び燃え始め、身体の端から塵になっていく。


「な、なんだ! この力は......」


 奴は何度も生まれ出ようとしたが、その度に青き炎に包まれて灰に変わっていく。

 そんな奴を眺めていて気付いた。そう、生まれ出る奴の姿がその度に小さくなっていくのだ。

 それを何度も繰り返すうちに、四メートルが三メートルになり、それが二メートルになったかと思うと、更に小さくなっていく。

 その都度、塵は少なくなっていき、最後はネズミ程度に復活した処で全てが燃え尽きて無くなってしまった。


「ふむ。最後は呆気なかったな」


 そんな台詞を口にしたのは良いのだが、そばに寄ってきたのがルーラルだったのが拙かった。

 そう、俺は露出度の高いルーラルの衣装を見た途端、性欲に負けてしまったのだ。


「ルーラル~~~~ん!」


「ああ~主様~~~!」


 傍にやってきた彼女を抱き締めたかと思うと、一気に行為に及ぼうとした処で、左腕に填めたトアラの腕輪からニョキニョキと生え出てきた彼女の左手に、有無も言わせず首を絞めつけられて意識を失う事になる。


『流石に、これはちょっと拙かったわね』


 何が起こったのか理解できない仲間達が見詰める中、首を絞められたことで絶頂を感じつつも、意識を手離す俺の脳裏にトアラのそんな声が響き渡るのだった。


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