69 追跡
月明かりが照らす深夜の街路を三人の黒装束は音も無く直走る。
それを追う俺も、建物の屋根の上を伝っているのだが、間違っても街路を走る訳にはいかない。
何故ならば、そこには魔のメス猫達が乱舞しているからだ。
『ニャ~~! カッコイイニャ~~~!』
『あれって、何処の貴公子ニャ~?』
『わたしを攫ってニャ~!』
『あんた! 子供を産んだばかりニャ!』
『ウチはあなたに会うために生まれたニャ~!』
そんな声が耳に届くのだが、俺はサラリと決める!
『悪いなお嬢さんたちニャ! 今は忙しいんだニャ! またニャ!』
その一声で、メス猫達はその縦割れの瞳をハートマークにしていた。
フフフ。俺も罪作りな男だな。
満更でもない気持ちに、思わず含み笑いが起きてしまうのだが、不審者に気取られる訳にもいかないので、グッと堪えて心中に押し留める。
「今日はやたらと猫が煩いな」
「盛りの時期は終わってる筈だが」
「なんでこんなに猫が騒いでるんだ?」
不審者の三人は騒ぐメス猫の存在に訝し気な表情となるが、まさか猫が後を付けているとは思うまい。
不思議そうにする三人をせせら笑いつつ、俺は屋上からその様子を伺うのだが、それに気付く事のない奴等は、ボソボソと話し合うと再び足を進めた。
「怪しい存在はなさそうだ」
「そうだな。先を急ごう」
「遅くなると、どんな仕打ちをうけるやら」
勿論、怪しい存在はここに居るが、それよりも己の存在が一番怪しいと思わないのかな?
心中でツッコミを入れつつ、奴等の後を音も無く追い駆けるのだった。
暫く追い駆けていると、大きな建物の前に辿り着いた。
それは誰が見ても一目瞭然といえる建物だといえるだろう。
何故なら、それは教会だったからだ。
おいおい! 結局はニルカルア教の建物かよ!
情報源がニルカルアだけに、この状況を皮肉に感じていると、後ろに気配を感じた。
『主様もここに辿り着きましたか』
念話で届いた声は、胸の一番大きな娘......ルーラルのものだった。
主様もという言葉から、ルーラルも後を付けたらここだったのだろう。
その証拠に、建物の前には三人では無く六人の黒装束が集まっていた。
「なんだ。お前等、一人しか攫ってこなかったのか」
「まだストックがあるし、一度に沢山連れて来ても仕方ないだろ」
一人の黒装束が攫ってきた子供の数が少ないと不平を漏らしたが、もう一人の黒装束がその言葉を切って捨てた。
「なんだと!」
「なんだとじゃね~よ! お前は煩いんだよ」
「こら! やんのか?」
「おお、やってやろうじゃね~か」
「おい! こら、いい加減にしろ」
「そうだぞ。それよりも早く生贄を与えないと、こっちが喰われるぞ?」
「くっ! そうだった......」
「兎に角、急ごう」
「ああ、了解だ。でも、他の奴等は?」
「さあ、しらね~よ! 遅れた奴はきっと痛い目に遭うさ」
「そうだな。くわばら、くわばら」
そんな会話を済ませると、奴等はコソコソと教会へと入っていく。
それを見ていたルーラルが今後の行動に付いて話し掛けてきた。
『どうなさいますか?』
『俺は奴等を追うニャ。ルーラルはここで他の面子が来るのを待っていてくれニャ』
『お一人で大丈夫ですか......というのは愚問ですよね』
『ああ、任せておけニャ』
ここ最近、心配性になってきたルーラルを何とか宥めて、俺は透かさず奴等の後を追う。
とはいっても、既に奴等は建物の中へと入り、扉は閉じられてしまったため、魔法で施錠を解除してこっそり中へと侵入する。
すると、奴等はまだ建物の奥へと進んでなかったのか、扉が開いた事に気付いたようだった。
「おい! ちゃんと閉めろよ!」
「あれ? 締めたつもりだったんだが......」
「何やってんだ。鍵も掛けとけよ」
「ん~、鍵も掛けた筈なんだけどな~」
黒装束の集団の最後尾を歩いていた奴が、他の面子から叱責されて頭を捻っていた。
うは~! 危ない危ない。危うくバレる処だった。
侵入した後に透かさず隠れたお蔭で見つかる事は無かったが、一つ間違えば尾行に気付かれる処だ。
物陰に隠れて床に伏せた状態で、掻きもしない冷や汗を感じていたのだが、どうやら事無きを得たようだった。
最後尾の黒装束が改めて俺が開けた扉を閉めると、変だな~と何度も繰り返しながら、先行する仲間の後を追う。
まあ、その不思議に思う気持ちも分かるよ。なんたって俺がこっそり開けたんだからな。
思わず心中でほくそ笑みつつ、頭を傾げている黒装束の後を追うと、奴はニルカルア像が設置されてある祭壇の裏へと入っていく。
ふはっ! ニルカルア像かよ! 見たく無い物を飾ってやがるな......
黒装束の後に続いて像の裏手に回ろうとした時だった。
ぐあっ! 今、ニルカルア像の瞳が動かなかったか? ま、まさか......こっそり覗いているのか?
普通の者なら真っ暗な屋内で像の瞳が動いたなんて解らないだろう。
しかし、俺の目を持ってすれば、暗闇でそれを察知するなど造作も無いことだ。
暫くニルカルア像を見詰めていたのだが、それ以降は何も起こる事は無く、気のせいだと思うことにして先に進もうとした瞬間に、ニルカルア像がニヤリと笑ったような気がした。
ええい! もう、見ていても見て無くてもどうでもいいや!
背筋が凍りそうな程の寒気を感じながら、開きなって奴等の後を追って祭壇の裏手へと入っていくのだった。
星の輝く深夜の空を舞うのはとても気持ちがいい。
この力を得たことで、空を自由に駆け巡る事が出来るようになって、本当に造王には感謝している。
素晴らしい星空だわ! って、あまり余所見をしている訳にもいかないわね。
周囲を警戒しつつ街路を進む黒装束達を空高くから追っているのだ。
奴等はとある民家に侵入すると、透かさず子供を抱えて出てきた。
ただ、不思議なことに誰も騒ぐ者はおらず、ごく当たり前に建物から出てきたのを訝しく思ったが、まずは奴等の隠れ家を見付ける事が先決なので、それについては思考から除外して後を追う事にしたのだ。
あれ? あの建物の屋根から屋根に移動しているのは、どうやらミララのみたいね。
黒装束とは別の移動者を見付けて、その存在を確かめてみると短いスカートを翻すミララである事に気付いた。
どうやら、彼女のも対象を追っているようだけど、この様子だと目的地は同じようね。
黒装束とミララの進行方向が同じであることからそう考えたのだけど、空高く舞う僕には、進行方向の先にある巨大な建物の存在が確認できた。
この進行方向だと、あそこかな? あれって確か......教会だよね? 教会と言えばニルカルア教......うは~~、最悪だわ......
その建物がニルカルア教会であることに当りを付けた僕は、それだけでうんざりとした気分にさせられた。
それでも、黒装束の不審者を見逃す事無く追跡し、建物の近くまで遣ってきた処で聞き慣れた声が頭の中に届いた。
『マルラ、守備は如何ですか?』
その声は、師匠を虜にする憎き巨乳を持つルーラルから発せられた念話だった。
『バッチリだけど......』
『だけど?』
『何でもないよ』
『機嫌が悪そうですが、何かあったのですか?』
『何もないってば』
『それなら良いのですが』
ルーラルの巨乳を思い出し、思わず口籠ってしまったのだが、そんな愚痴を溢しても仕方ない。
故に、白を切り通してみたのだが、最終的にはなし崩し的に話を終わらせた。
だって......ルーラルが巨乳であり、僕が貧乳なのは悔しいけど、別に彼女が悪い訳じゃないからね......
己の心の狭さに自己嫌悪していると、ルーラルが再び念話を飛ばしてきた。
『ミララとレストを見掛けませんでしたか?』
あれ? ミララは見掛けたけど......てか、ルーラルは何処にいるのかな?
『ルーラルは何処に居るの?』
『今はニルカルア教会の近くで隠れて居ます。今ここに居るのは、ライラとロロカですね。主様は既に教会の中へと潜入しました』
えっ!? 師匠はもう潜り込んだの? てか、ミララは見える処に居るけど、レスト......心配だわ......どこかで食べ物でも漁ってたりしないわよね?
心底心配になりつつも、ルーラルに透かさず返事をした。
『ミララはもう直ぐそっちに到着すると思う。レストは見てないけど......大丈夫かな?』
『そうですか......』
僕の返事を聞いたルーラルが心配そうな応答をしてきた。
うんうん! 解るよ。今のルーラルの気持ちは手に取るように解るからね。やはり、あれを単独で行動させるのは問題があったみたいね......
そんな思いに駆られながらも、黒装束の不審者が教会に入るのを見定めてから、ルーラルの居る場所へと降下する。
すると、彼女の立つ茂みの置くからロロカがゴソゴソと現れたのだけど、その背中にはちゃっかりとライラが座っていた。
というか、機嫌の良さそうなロロカの様子からして、彼女も喜んでライラを背中に乗せているのだろう。
「途中で、ロロカがいたの。そしたら背中に乗れって言うから。凄かったぴぃゆ~~~って空を飛んできたの」
ライラはとても嬉しそうにそう言ってきたのだけど、その話からすると、どうやら二人は途中で一緒になり、空を飛んでここまで遣って来たようだ。
『ウチもご主人様を乗せて空を飛べて最高だギャ』
その言葉からするに、ロロカもご満悦といった様子だ。
上機嫌のライラとロロカを眺めていると、後ろから近づく者の気配を感じ取った。
「気付くのが襲いの。そんなことではミーシャの役に立てないの」
その気配は、近付くなり僕を叱責してくる。
「だって、ミララ、思いっきり気配を消してたでしょ!」
言い掛りとも思えるミララの台詞に、ムキになって反発していると、ルーラルが念話で注意を喚起してきた。
『静かに! 恐らく最後の不審者です』
彼女の注意を聞き、ミララに向けて吊り上げていた眦を下げ、口を閉ざして息を殺していると、僕が尾行していた不審者と同じ格好をした三人組が子供を脇に抱えて教会の入口へと走り去っていった。
レスト......
不審者の後にレストが追尾して居なことに首をもたげていると、再びルーラルからの念話が届いた。
『行きましょう』
『えっ!? レストは如何するの?』
ルーラルの念話を聞いて、思わずレストの事を心配してしまったのだけど、彼女は眉間に皺を寄せた状態でサラリと言ってのけた。
『放置します』
『いいの?』
『良くありません。事が終わったらしっかりとお灸を据えます』
再度聞き直したのだけど、ルーラルの怒りはどれ程のものなのだろうか。
ルーラルの形相を目にしたミララが、ブルルっと身震いをしていたのであった。
祭壇の裏に入ると、そこには地下へと続く階段があった。
それはしっかりとした石造りで、それなりの広さを有したものだった。
どうやら、ここから地下に行くようだが、なんか在り来りだな~。
あまりにも有り勝ちなパターンに嵌っているようで、全く新鮮さを感じられない事に残念な気持ちになるのだが、こんな処で愚痴を溢しても仕方ないと己に言い聞かせて、そそくさと階段を降りる事にした。
それはそうと、ここ最近、俺が消息不明となることが多くて、どうもルーラルが情緒不安定というか、過保護というか、本当に困ったもんだ。
抑々、俺の心配よりもレストを単独行動させる方が余程に問題となりそうなんだが......クシュン! うっ......風邪かな~。って、そんな訳ないよな......嫌な予感がしてきたぞ......
何故か背筋に悪寒を感じながら、階段をスタスタと降りて行くのだが、俺に取ってはそれよりも気になる事があった。
それが何かというと、階段が真っ暗なのだ。いや、階段だけでは無い。ここに来るまでに通った教会内部も灯りの一つも無かったのだ。
如何いうことだ? 俺は猫だし、暗闇には強い。ただ、教会内部の様な月明かりが刺し込む場所だと問題ないが、この階段みたいに真っ暗だと、目が慣れるまでは流石に見通しが利かない。それなのに、奴等は明かりも無い階段を進んだのか?
そう、奴等はこの月明かり一つ無い階段を灯りすら点けずに進んだようなのだ。
それは人間としては在り得ない行動なのだ。
もしかしたら......
最悪のケースを考慮しつつ階段を下りきると、そこは通路の左右が鉄格子で仕切られた場所だった。
あれ? 祭壇のある部屋じゃないんだな。いやいや、油断してはダメだ。
その場所が俺の予想していた光景と違った事で、幾分か拍子抜けとなったのだが、気を抜いた己を戒めて鉄格子の中を確認すると、何かが固まっているように見える。
ぐあっ! なんだと!
鉄格子の中で蹲っている物体を確認して、心中で唸り声を上げてしまった。
そう、それは子供達が地面の上で身を寄せ合って眠っている姿だったのだ。
くそっ! 酷いことをしやがる。奴等が言っていたストックとはこのことだったのか......
込み上げてくる怒りを抑えながら鉄格子の中を順々に確認していくと、最後の鉄格子の中では、呆然と立ちすくむ子供達の姿があった。
どうやら、この牢屋に居るのは今夜連れて来られた子供達なんだな。恐らく、まだ呪詛とやらが切れていないのか......
本来なら泣き叫ぶ筈の子供達が呆然と立ちすくんでいる様子から、そう判断しつつ更に脚を進めると、そこには大きな観音開きの扉があった。
なるほど、ここから先が俺の予想していた場所となるらしい。ただ、これから如何するべきか......俺が一人で突入して悪魔を倒すことも可能だと思うけど、恐らくこの後も子供が連れて来られる筈だ。
だったら、それを待って全員を逃がしてから悪魔を倒した方が子供達に対する被害が少ないと思える。
きっと、ルーラルのことだ。張っていた商会から不審者が全員やってくれば、その後から突入してくるだろう。
であるのなら、ライラやロロカあたりに子供達の護衛をさせて、残った面子で悪魔を倒した方がリスクが少ないだろうな。
よし、それでいこう。
そう決断した俺は、身を寄せ合って寝ている子供達の牢屋へと入っていく。
子供が出られないようにするための鉄格子とはいえ、猫が通り抜けられないような代物では無い。
何と言っても、猫である俺は頭さえ通る広さがあれば、大抵の処へ潜り込む事が出来るのだ。
「なに?」
「ナ~」
「猫?」
「ナ~」
そんな訳で、サラリと真っ暗な牢屋に入ったのだが、寄り添って寝ていた子供の一人が侵入した俺に気付いて怯えた声を上げた。
故に、その子供を怯えさせないために、猫なで声で答えると、どうやらその子も猫だと気付いたようだ。
「おいで! おいで!」
それは本来なら可愛らしい少女なのだろう。ただ、幾日も真面な食事を与えて貰っていないのか、痩せ細ったガリガリの腕を差し伸べてきた。
くそっ! なんて酷い......絶対に許さないからな......
メラメラと燃える炎を身の内に秘めながら、座り込んだまま手を伸ばす少女へと擦り寄ると、その子は涙を零しながら俺を抱き締めてきた。
「猫ちゃん、何処から来たの? どこか、抜け道があるの? 私も猫なら自由に出入り出来るのに......帰りたいよ......お父さん、お母さん......助けて......」
絶対に助けてやるからな。何があっても絶対に両親の元へと送り届けるからな。
声には出せないが、心中で彼女にそう誓っていると、誰かが遣ってくる気配を感じ取った。
「あっ、猫ちゃん......」
その気配が奴等であれば暗視が利く筈だ。
だから、猫の姿とて奴等に見られる訳にはいかない。
故に、少女には悪いが通路から見えない処へ身を隠す必要がある。
俺は未だ身を寄せ合って寝ている子供達の陰に隠れて、気配の存在が通り過ぎるのを待つ。
すると、その存在が近付くのに気付いたのか、俺に話し掛けていた少女も怯えた様子で寝ている子供達に身を寄せた。
その少女の様子は完全に恐怖に支配されたそれであり、ここから無事に出られたにしても、恐らく一生消えない傷が心に残るだろうと思えた。
それを感じ取った俺の心が更に燃え盛る。そう、絶対に許してはならない。こんな事をする奴等には天罰を与えるべきだと、俺の良心が幾度となく囁いている。
そんな俺の存在に気付く事無く、その黒装束達は先程の呆然と立ち尽くす子供のいた牢屋へ新たに攫ってきた子供を入れたかと思うと、最奥の観音開きの扉の中へと入っていった。
その様子をこっそりと伺っていると、階段方向から更に気配を感じ、再び子供達の蔭へと身を隠したのだが、黒装束達は次から次へと遣ってきた。
一組三人とすると、今ので六組目だな。となると、あと一組で終わりか。
なんて考えている内に最後の一組が遣って来たかと思うと、同じ手順で子供を牢屋に入れると最奥の扉へと消えて行った。
よし、じゃ~、後は行動に移るのみだな。って、また気配が......まだ居たのか......
新たな気配に、慌てて身を隠したのだが、それはロロカを先頭にやってきた俺の仲間達だった。
『早かったニャ』
彼女達に念話でそう伝えると、すぐさまルーラルからの応答があった。
『主様、ご無事でなによりです。それで、何処に居らっしゃるのですか?』
どうやら、ルーラルは俺の無事な姿を見たいようだ。
本当に過保護になってしまったんだよな~。
彼女の様子にぼやきながらも姿を現すと、夜目が利く彼女は即座に俺を抱き上げた。
『ルーラル、ズルいわ』
『そうなの。それは私の役目なの』
ルーラルの行動を見て、透かさずマルラとミララが苦言を呈してきたが、今はそれ処では無いので、彼女達の言葉を聞き流さて俺の考えを伝える。
『まずは、ここに捕らえられている子供達を救出するニャ。ライラ、ロロカ、悪いけど護衛して遣って貰えないか?』
そう念話で伝えると、全員が首を傾げていた。
あれ? その反応は......みんな如何したんだ?
その態度を訝しく思っていると、俺を抱くルーラルがおずおずと話し掛けてきた。
『主様、それなら転移のフープを使えば良いのでは?』
そうだった......その方法が一番いいよな......
己の思慮の足らなさに、ルーラルの腕の中でグッタリと脱力した俺は、集まった面子の中にレストの姿が無いことを見落としてしまうのだった。




