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67 怒髪天


 ゴルド商工国を望む丘の上での戦闘は、想像以上に劣勢を強いられた。

 というのも、マルラ、ミララ、ルーラルが思った以上に成長していた所為で出鼻をくじかれてしまった。

 だけど、なんとか猫ちゃんを封じる事には成功した。

 だから、あとは虎娘のグルアダで片付くと思っていたのに......

 ところが、これはなに? なによこのエロい女達は......


 私の驚きを余所に、ドレスアーマー姿に変身した三人が虎娘とメルを翻弄ほんろうしている。


 聞いてないわよ。こんな事は有り得ないわ。

 どこでこんなインチキな力を手に入れたのよ。

 拙いわ。拙いわ。拙いわ。なんとか手を打たなければ。


『困ってるようね』


 あ、ニルカルア様だわ。


『はい。猫ちゃんを封じる事は出来たのですが、他の娘達が予定に反して成長していて......』


 言い訳とは知りつつも、思わず劣勢な状況をニルカルア様へ知らせる。

 すると、暫く間を置いた後、ニルカルア様から返事が届く。


『解りました。わたしがその結界内に力を注ぎましょう。それで何とかなさい』


『有難う御座います』


 ニルカルア様からもたらされた援助の言葉に、思わず平伏しそうになってしまうけど、今は戦闘中だったわ。


『さあ、頑張りなさい』


「あ、ニルカルア様」


 どうやら、全員にニルカルア様の声が届いたようね。グルアダが思わずニルカルア様の名前を口にする。


 なにこれ! 凄いわ。力がみなぎってくる。

 これなら負けないわ。さあ、ここからが本番よ。猫ちゃん、今日こそは痛い目に遭って貰うわよ。


 視線を虎娘グルアダへと向けると、これまで手を焼いていたマルラとルーラルの二人を押し返している。


 どうやら、一気に形勢逆転といった感じだわ。


 メルもキャサリンと組んで、ミララといい勝負になっているし、ああ......あのエロ勇者は既にグロッキーなのね。一番初めにミララからぶっ飛ばされたみたい。

 あとは......アイリーンは後衛として頑張ってるし、手の空いている私とカルラで、猫ちゃんを甚振いたぶりましょうか。


『カルラ、猫ちゃんを狩るわよ』


『はい!』


 私の念話を聞いたカルラが嬉しそうにしている。さぞや猫ちゃんの皮を剥ぎたいのでしょう。


 さあ、強化した私の魔弾を喰らいなさい。


「ちっ、拙いニャ。なんで急に強くなったニャ。ズルいニャ!」


 バカね~教える訳ないじゃない。ズルいのはあなた達よ! そんなエロい装備なんて知らなかったわ。


 グチグチと負け惜しみを口にする猫ちゃんに向けて魔弾を放つ。

 だけど、猫の癖して、思った以上に動けるみたい。

 猫ちゃんも成長しているという事かしら。本当に厄介な子ね。


「ぐっ」


 呻き声を耳にして視線だけを向けると、そこではルーラルが片膝を突いている。

 どうやら、流れは完全にこっちのものとなったようね。

 そう考えると、レストが居ないのは幸いだったかもしれない。


 それじゃ、あとはジワジワと追い詰める事にしましょう。


「喰らえ!」


 私の魔弾をぶち込むと、猫ちゃんがすばしっこく避けたのだけど、そこを突いたカルラのダガーが、綺麗な毛並みをした身体を切り裂く。


「うっニャ」


「師匠!」


「ミーシャ!」


 まだ活きの良いマルラとミララは、猫ちゃんがダメージを受けたのに気付いて、慌てて戻ろうとするけど......それが隙に繋がる。


 さあ、くたばりなさい。


「きゃ」


「うぐっ」


 虎娘とメルに遣られたマルラとミララが地面に転がる。


 でも、どうやら致命傷には至っていないようだわ。

 恐らく、あの装備の所為ね。本当にどこからあんな厄介な装備を仕入れたのかしら。

 でも、もう終わりだわ。こうなったからには、もはや逆転なんてないもの。あはははは。


「さあ、止めを刺しなさい。猫ちゃんは神器を奪ってからね」


 私がそう告げたると、グルアダとカルラが舌なめずりでもするかのような表情で、それぞれが武器を振り上げる。


 これでジ・エンドね。


 やっとのことでニルカルア様からの命を全うできると思った時だった。

 聞いた事の無い声と記憶に残る鳴き声が耳に届いた。


「ミユキ!」


「ワオーーーーーーーーン!」


 その声に視線を向けると、犬を抱いた少女が黒い壁を引き裂いて入って来る。


 どうやって、ここに入ったの?


 直ぐに視線をタルカロに向けるけど、あの子は驚いた表情で首を横に振っているし...... いえ、そんな事よりも、あれは誰? 何よ! あの神威は!

 駄目よ! 駄目、驚いている場合では無いの。


 そう、焦る私は、後先を考える事無く、透かさず戦闘へと意識を向ける。

 しかし、彼女の存在を知って入れば、この後に起こる惨状を知らずに済んだかもしれない。いえ、恐らく尻尾を巻いてさっさと逃げた事でしょう。でも、当然ながら、そんな事を知らない私達は、無謀にも彼女に挑むのだった。







 何処までも走り続ける。

 何処までも逃げ続ける。

 宛も無く、恐怖から逃げるように走り続ける。いえ、まさに、これは逃亡であり、逃避行とも呼べるかもしれない。


 でも、悲しいかな脚が......脚が短くて速く走れないのです。


 あたしはあの張り紙を見た時に察したのです。

 ミユキは怒っているのです。それも超絶に怒っている筈です。そんな匂いをこの敏感な鼻が嗅ぎ付けたのです。


 何故怒ってるかって? それは盗み食いしているのがバレたからなのです。

 ライラが解らないのを良いことに、散々食べまくったのです。


 あ~、串焼き、美味しかった~~~。あのお店のお菓子も最高だった~~。


 いやいや、今は思い出しながらよだれを垂らしている場合では無いのです。

 早く逃げないと、ミユキに捕まると酷く怒られる筈なのです。

 でも......何処まで逃げればよいのか解らないのです。


「もう。レスト、なんで逃げるの?」


 ああ、早くもライラに追いつかれたのです。

 この鈍足な姿が恨めしい......あれ? そうなのです。 人化すればいいのですよ。

 そう思ったあたしは、即座に人化し......しないのですーーーーーー!


 あれ? あれ? あれ?


 人間の姿に戻れなくなったことに驚き、オロオロとしてしまう。

 そんなあたしを見たライラが首を傾げている。

 も、もしかして、これが天罰というものなのか。

 盗み食いをした罰がこれなのか。そう思い込んだあたしは、街路にバッタリと倒れてしまう。

 そんな力無く横たわるあたしを、ライラがそっと抱き上げる


「如何したの? 逃げ出したかと思ったら、今度は力尽きたりして」


「クゥ~~~~ン」


 心配するライラに言葉を返す気力も無いあたしは、今にも消えそうな鳴き声だけで応える。


 反応の薄いあたしを見遣るライラは、更に首を傾げている。

 そんな時だった。彼女がハッと顔を上げた。そんな彼女の視線の先は、街から見える小高い丘に向いている。

 如何したのかと思ったけど、あたしにも直ぐに分かった。

 ミユキの匂いがする。とても良い香り。数日離れただけで恋しくなる香り。


 でも......素直に謝るのです......


「ミユキーーーー!」


 あたしがそう決めた時には、ライラがミユキの名前を叫んだかと思うと、既に走り出していた。







 何故、急にミユキの匂いがしたのか解らない。

 でも、これは間違いなく彼の匂い。優しく甘い、心を揺らす香り。

 それを感じ取ったライラは、あたしを抱いたまま必死に走っている。でも、息を切らす事もなければ、疲れを全く感じさせる事も無い。

 やはり、彼女は唯の人間では無い。いえ、人間ですらないはず。

 そう、ライラは女神なのだから。


「近くなってきた」


 ライラが走りながら、そう口にする。

 それは、彼女が意図して口にしたのか、それとも思わず零れ落ちたのかは解らない。

 でも、あたしにも解る。どんどん胸が締め付けられる程に恋しい気持ちがつのる。


 現在のあたし達は、既に街の門を抜けて、小高い丘へと向かって街道を進んでいる。

 その先には、間違いなくミユキが居るに違いない。

 そう確信できるほどに、彼の香りを感じる。

 それに、微かだが人の姿がみえる。ここからだとハッキリした事は解らないけど、どうやら、戦闘が始まっているみたいだ。

 それを知ったあたしが焦りを感じていることを、ライラも直ぐに感じ取ったのだろう。

 彼女の移動速度も格段に速くなった。

 しかし、そこで見えない壁があたし達の行く手を阻んだ。


「ふんぎゃ! なにこれ? レスト、大丈夫?」


「オン!(大丈夫なのです!)」


 見えない壁にぶつかって転がったライラが、地面に四足で立つあたしに問い掛けてくる。

 あたしがそれに応えると、彼女は立ち上がって再びあたしを左手で抱き上げ、右手を使って見えない壁を撫でている。


 ミユキ達との距離はもうわずかだというのに......この壁がとても憎らしいのです。


 感情どころか精神すら持たない壁を怨みつつ、丘の上へと視線を向けた時だった。

 突然、ライラが驚愕きょうがくの声を上げた。


「あっ」


 その途端に、彼女の神威が恐ろしい程に膨れ上がる。


 なに? これは何なのですか?


 彼女は驚くほどの神威を放出していた。いえ、もはやオーラを纏っている言っても過言では無い。


 まさか、スーパーライラ人になったのですか?


 そう思える程に、その綺麗な髪が逆立ち、まさに怒髪天どはつてんを具現化させている。

 焦るあたしは、彼女をそこまで怒らせた原因を必死で探す。

 すると、そこには血を流して倒れているミユキの姿があった。

 はっきりとは解らないが、恐らく間違いない。これはミユキの血の匂い。


 ミユキ! 誰? 誰なのです? 許さないのです。ミユキに怪我をさせるなんて、絶対に許さないのです。


 ライラの怒りに驚いていたあたしだったけど、今や彼女に負けないくらいの怒りで燃え盛っている。


 でも、人化できないのです。悔しいのです......


 怒りと悔しさに塗れていたあたしが、尚もミユキに短剣を突き立てようとしている女に怒りの形相を向けた時だった。


「壊れて!」


 ライラはそう言い放つと、右手で触れていた透明な壁に神威を注ぐ。


 すると、メリメリという音が聞こえそうな勢いで、見えない壁が裂けていく。


「ミユキ!」


 それを見た怒髪天状態の彼女は、あたしを抱いたまま、その裂け目の中へと躊躇ちゅうちょなく飛び込む。

 そこには、エルカ、メル、虎娘、アフォ勇者は......既に倒れているけど、その仲間達がいる。


 それを見たあたしは思わず吠えてしまう。


「ワオーーーーーーーーン!」


 すると、不思議な事に、今度は何故か人化が起こる。


「ミユキ! 大丈夫なのですか」


 マルラ、ミララ、ルーラルも倒れているのだけど......でも、ごめんなさいなのです。ミユキが一番気になったのです。


「レストかニャ。どうやってここにニャ~~~~」


 あたしに向けて話し掛けていたミユキを、ライラが物凄い勢いで抱き上げた。


「ミユキ、大丈夫なの? 血が出てる。痛くない? 誰に......あの女に遣られたのね。許さない。わたしのミユキに......」


「あ、ライラ、俺は大丈夫だからニャ」


 ライラの様子を見て、ミユキが慌ててなだめようと試みるけど、全く効果が無いように見える。


「あ、あなたは何者かしら」


 ミユキとライラの遣り取りを見ていたエルカが、やや焦った様子で話し掛けてくる。

 まあ、それも当然だと言えるのです。だって、本物の女神が目の前に現れたのだから。


 ミユキを抱くライラは、そんなエルカの問いに応えず、右腕を突き出した状態で決め言葉を叫んだ。


「吹き飛びなさい」


 あっ! それはあたしの台詞......


 彼女のその言葉が聞えてきた途端、ミユキに短剣を突き刺した犯人であるカルラが弾け飛ぶ。


 彼女は悲鳴を上げる間も無く、後方の木に叩き付けられた。

 それは、もう戦闘と呼べる次元では無いと思えた。

 彼女の想いが形になるのだと、具現化されるのだと、否応いやおなしに認識させられる。


 その力を本能的に知ったのか、メルは尻尾を股の間に入れてブルブルと震えている。

 やはり、獣の本能は馬鹿に出来ないのだと、つくづく感心する思いなのだけど......

 どうやら、同じ獣出身でも、それを理解できない者も居るみたい。


「しゃらくせ~~~!」


 虎娘が大剣を振りかざして、瞬時にライラの前に姿を現した。でも、やはりライラの一言で吹き飛び、地をゴロゴロと転がる羽目になる。


 あたしも直ぐに言霊を唱え、戦える準備を済ませると、マルラ、ミララ、ルーラルを助け起こすために足を進める。

 でも、そんなあたしの前にアフォ勇者の仲間である女騎士が現れ、右手に持った剣で攻撃してくる。


「アイスソード!」


 相手の攻撃を察したあたしが、即座に氷の魔法を放ち、その女騎士を吹き飛ばすと、何とか立ち上がったマルラが話し掛けてくる。いや、粛清しゅくせいしてくるのです......


「レスト、盗み食いの罰が待ってるわよ」


 がーーーーーーん! ピンチから救ってチャラにしようと考えていたのですが、世の中はそれ程に甘くなかったようなのです。


「暫くは断食だんじきなの」


 ミララまで......もうこの世が灰色に見えてきたのです。


「それよりも、主様を......あ、お仕置きを忘れた訳では無いですよ」


 あう~。ルーラル、追加の言葉は要らないのです。


 ルーラルのとどめで、ガックリとしていると、今度は別の悲鳴が聞こえた。


「きゃ」


 視線を向けると、エルカが地を転がっている。

 すると、透かさずマルカが疾風のように移動して、一人の男のを摘まんで戻ってきた。


「逃げたりは出来なわよ」


「あう。僕は命じられただけなんだよ。これ以上酷い事をしないでよ~~」


 その男の子が誰だかはしらないけど、マルラに襟首えりくびつまみ上げられて、バタバタを暴れている。


「さあ、元の世界に戻すの」


 そんな男の子のお尻をミララが平手で叩く。とは言っても、ガントレットをしている上に彼女の馬鹿力だから、半端ない痛さの筈なの。


「うぎゃ~~! 分ったよ。分かったから、もうお尻を叩かないで!」


 その男の子が悲鳴をあげると、即座に周囲が自然な丘へと早変わりする。


 どうやら、この男の子が周囲の状況を変化させていたみたい。

 もしかしたら、あたしとライラの状況もこの子の所為かも。


「ライラ、もういいからニャ。こいつらを始末しても何の意味もないからニャ」


 後方からは、ミユキが必死にライラを宥めている声が聞こえてくる。

 恐らく、これで一件落着なのだろう。

 あとは、どうやってライラの気持ちを落ち着かせるかだけだ。


 というのは、どうやら甘かったようなのです......


「甘いわ」


「甘いのです」


「そうですね。戦いも終わりましたし、そろそろ尋問を始めますか」


 ニルカルアの使徒が転がる小高い丘で、戦闘の終わりに安堵したあたしに、マルラ、ミララ、ルーラルの三人が眉間に皺を寄せて言及してきた。どうやら、新たなる試練が訪れたようなのです。







 おかしな結界の所為で変身できないとか、ニルカルアの臭いが濃くなったら敵が強くなったりとか、ライラが暴走し始めたとか、色々な事が起こった戦いだったけど、何とか戦闘も終わったし、これで一件落着だ。


 髪も元通りの状態となったライラが、俺を抱いたまま周囲を見回している。


「あの人達は誰なの? なんか嫌な臭いがする」


 どうやら、彼女もニルカルアの匂いをこころよく思っていないようだ。


「あれはニルカルアという黒の女神の使徒達だニャ」


「じゃ、ミユキの敵なの? ミユキ達は白の女神の使徒だよね?」


 奴等の説明をしてやると、白の女神の血を引くライラが首を傾げている。

 ああ、血を引くと言っても、それは比喩ひゆであり、恐らく彼女には血が流れていないだろう。


「さて、転がっている使徒達を拘束して、俺達は本来の目的に戻るニャ」


 それは、みんなにそんな指示を出した時だった。


「また、猫ちゃん......」


 突然、目の前にニルカルアが現れた。


 彼女は唐突に話し掛けてきたのだが、その言葉が途中で止まる。いや、驚きの表情で凍り付く。

 どうやら、ライラを一目見て、その異常性に勘付いたのだろう。少し、拙いかもしれない。


「なんで、姉さんがここに居るの? いえ、そんな筈はないわ。その子は誰かしら」


 やはり、トアラとの関係に気付いたか。


「教える必要は無いニャ」


 ニルカルアは険しい表情で尋ねてくるが、当然ながら本当の事を答える気など更々ない。


「あっそ、じゃ~、私も本気を出すわよ」


 ニルカルアはそう言うと、どこからか右手に髑髏どくろの杖を取り出した。

 それを見た俺は驚いたりしない。何故なら、そうなる事を知って反抗的な態度を取っていたのだから。


「あっ、この泥棒猫! 姉さんのしつけが悪すぎるわ。なんて手癖が悪いのかしら。それはお魚じゃないのよ!」


 ニルカルアは怒りの表情で、俺に向けて悪態を吐いてくる。


「あはは。この時を狙ってたんでね。悪いけどこの杖は頂いた。それに、俺はベジタリアンなんだ」


 本当は何も食べないのだが、ニルカルアの発言を皮肉ってやったぜ。フフフ。


 心中でほくそ笑みつつ奪った髑髏の杖を左手に持ち替えて、トアラから授かったリングが光るのを確認した上で、亜空間収納へと仕舞う。

 そう、俺は瞬時に人間体となって、神速の動きでニルカルアから髑髏の杖を奪い取ったのだ。


「ふん。これだから猫は嫌いよ。特にあなたみたいなサバトラ猫なんて最悪。あなたを見ているとミーナを思い出してしまうわ。あれも姉さんにしか懐かない可愛くない猫だったわ」


 ミーナが誰なのかは知らないが、恐らくサバトラ猫だろう。


 てか、可愛く無くて悪かったな! でも、なんでだ......何処に行っても可愛くないといわれるぞ......もう諦めようか......

 それに、どれだけ悪態を吐こうが、罵声を飛ばそうが、憎まれ口を叩こうが、もう遅いのだよ。神器は俺が頂いたのだから。


 何だかんだ言っても収穫に喜ぶ俺を見ていたニルカルアは、もう我慢ならないとった様相で右手を振る。

 すると、一振りする度に、奴の使徒が一人ずつ消えていく。恐らく、何処か違う処に転移させているのだろう。

 神器さえ手に入れれば、奴等なんて用無しだ。何処へとでも連れて行くがいいさ。

 しかし、それが油断となったのか、奴の顔がニヤリとする。


「じゃ、代わりにその子は頂くわ」


 次の瞬間、ライラの姿が消える。


「あっ」


 俺は慌ててニルカルアに襲い掛かるが、少し遅かったようだ。

 彼女の姿は霞となって消えていき、奴の不敵な声だけが、俺を嘲笑うかのように残される。


「髑髏の杖は取られちゃったし、後は猫ちゃんが責任を取りなさい。そうね......八賢会を調べてみることね。では、さようなら! アハハハハハハ」


 ぬぬぬ、なんと憎らしい笑いなんだ。


 これ程までに悔しい想いをしたのは、いつ以来の事だろうか。

 奴の言葉に、俺は歯軋はぎしりをする思いで、地面を蹴り付ける。

 こっちが奴から神器を上手く奪えたと思ったら、ライラをさらわれてしまった。


「主様......」


 イライラする俺の背中に、ルーラルが身体を寄せてくる。


 彼女はきっと俺の心情を察して心配しているのだろう。

 だから、彼女を安心させるために、問題ない事を伝える。


「大丈夫だ。ライラは絶対に助ける」


 すると、マルラとミララが俺の左右の腕を取り、胸を押し付けながら元気に話し掛けてくる。


「そうですよ。師匠」


「絶対に助けるの」


 そんな姿に励まされていると、何故か一人少ない事に気付く。

 視線を周囲に巡らせると、草葉の陰でレストがチロリとこちらの様子を伺っている。

 恐らく、盗み食いの件で怒られる事を懸念けねんしているのだろう。そういう意味では可愛い奴だと思える。だが、怒るに決まっているのだ。


「レスト、出て来い」


「だって、怒るのです」


 俺の声に、レストはモジモジとしている。

 それを見ていると怒る気も失せてくるのが不思議だ。


 ちっ、しょうのない奴。


「もう怒らないから出て来い」


 すると、レストはそそくさと草葉の陰から出てくるのだが、ルーラルが否定的な声を上げる。


「主様、甘いですよ。癖になりますよ」


 それを聞いたマルラとミララも力強く頷いている。


 そんな三人の仲間を見たレストは、一瞬にして豆柴になったかと思うと、俺に飛び付いてくる。

 それを優しく抱いて遣り、頭を撫でてやると嬉しそうにしているのだが、そんなレストを眺めていると、ライラの事を思い出す。

 更に、あの少女が攫われた事を思い出し、己の不甲斐なさに顔をしかめた時だった。

 空気を切り裂く様な音が響いたかと思うと、前方の景色にヒビがはいる。

 それがたちまち広がると、そこからライラが飛び出してくる。


「ライラ!」


「ミユキーーーー!」


 思わずライラの名前を呼ぶと、彼女はレストを抱いたままの俺に抱き付いてくる。

 ただ、身長が低くて俺の腰に纏わり付くような感じだ。


 俺はレストをミララに渡すと、ライラを優しく抱く。

 すると、そこで聞きたくない声が再び響き渡る。


『なんて子かしら。わたしの次元結界を破るなんて。まあいいわ。どの道、最後の神器はわたしが持っているもの。あと、髑髏の杖をあげたのだから、あなたが何とかしなさいね』


 ニルカルアの姿は見えないが、奴の声だけがこの丘の上に響き渡る。

 その声は念話では無く、音声となって俺達に届いてるのだ。


「な、なんだと、それは本当か? いや、俺に何をさせようというんだ?」


「それくらい、自分で考えなさい。まあ、そのうち分るでしょう」


 抑々、奴が神器を持っているという事が本当なのかも怪しい。更には、奴の言っている事の意味が解らない。

 俺がニルカルアの言葉を訝しんでいると、彼女は嫌らしい笑い声の後に、あざけりの言葉を投掛けてきた。


『勉強不足ね。猫ちゃん。神は嘘を言わないのよ』


 うぐっ、それは知らなかった。そう言えば、みんな口をつぐむ事はあっても嘘を言わなかったような気がする。


 例外があるとしたら、竜人くらいだろうか。

 まあいい。それは現時点において必要のない話だ。


 それを最後に、ニルカルアの気配が無くなったことに安堵しつつ、俺達はライラを抱きかかえたまま、彼女の言葉の意味に思考を巡らせるのだった。


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