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04 豚伯爵

 

 この世界には電気がなく、夜の灯りと言えば、月明かりかロウソクやランプの灯りだけだった。

 その所為か、この世界での就寝時間は早い。

 深夜ではないが、既に多くの民衆は床に入っている事だろう。

 そんな静かな夜に、レスト、いや、ガストは爆音を撒き散らした。

 撒き散らしたのが爆音だけであるなら、安眠妨害で訴えられるかもしれないが、俺達自身には、然程に大きな影響も無いだろう。

 だが、奴の魔法は、眼前の門を吹き飛ばした上に、地獄の業火で庭の木々を焼き払っているのだ。


「何を遣ってるニャ!」


 思わず、ガストに向けて怒鳴り声を上げると、彼女は小指で耳を穿りながら、小言なら要らないといった感じで顔を背けていた。

 そんな彼女が面倒臭そうな表情で告げてくる。


「そんな小せえこと言うなよ。どうせ、こいつらはお袋の仇だ。みんな纏めてぶっ潰す」


 どうやら、母の仇だという事は、人格は変わってもレストと同じ存在なんだろう。

 この女が魔法使いだったのも驚きだが、そんな事よりもこの大騒ぎを如何するかだ。


 このまま逃走する事を考えていると、ガストはズカズカと門に向かって歩き出す。


 グハっ、俺はとんでもない女の拾ったのかも知れない......

 くそっ、ここまで来たら放置も出来ないじゃないか!

 仕方なく彼女の後に付いて行くが、こんなので本当に上手く行くのだろうか。

 幾らなんでも、これは作戦とは言えないだろ?


「お前の作戦は、これだけかニャ?」


 他にも何かあるのかと思って尋ねてみるが、彼女から返って来た答えは、俺が予想する中でも最悪の部類だった。


「作戦? そんなもん正面突破だ!」


 いや、それは作戦とは言わない......

 ちっ、くそっ、もう成るようになれ。


 殆ど、自棄やけっぱちの状態で門の中に進むと、案の定、警備兵がゾロゾロと出てきた。


 だが、流石に夜だけあって、兵士の数は思ったより少なかった。

 一体何が起こったのか、その理由すら解らずに右往左往している兵士に向かって、ガストは躊躇なく魔法をぶちこむ。


「我が望むのは、業火で焼き尽くす爆炎なり、古の盟約によりその力を我に与えん......爆裂!」


「ぐあ~~~~!」


「がっ!」


「うごっ!」


 ガストが魔法の詠唱をする度に、炸裂音に混ざって兵士達の呻き声や叫び声が聞こえてくる。


 こ、こ、こいつ、悪魔の化身じゃないのか?


 思わず彼女の横顔を見つつそんな事を考えていると、前方から魔法攻撃が飛んできた。

 だが、癒しの女神から特訓を受けた俺に、そんな温い魔法は通用しないのだよ。

 ちょっと横に飛び跳ねるだけで、その魔法を避けていまう。

 どうやら、今のは水属性の氷弾という魔法のようだ。

 この魔法攻撃は、比較的にポピュラーな魔法である筈だ。トアラから得た知識がそう言っている。


 因みに、俺は補助系や癒し系の魔法なら問題なく使えるのだが、攻撃魔法は殆ど使えない。恐らく生態の問題では無く、訓練の問題だと思うのだが、結局、時間が無かったので鍛錬も途中で終了となってしまった。


 そんな事よりもだ。おい、何で膝を突いている?

 

 ガストに視線を遣ると、彼女が膝を突いている姿があった。


 まさかと思うが、敵の魔法が当たったのか?


 心配になってすぐさま彼女の傍に駆け寄り、身体を確認しつつ声を掛ける。


「如何したニャ? まさか魔法攻撃を喰らったのかニャ?」


 俺の問い掛けに、彼女は黙って首を横に振った。


 攻撃を喰らってないとしたら、一体どんな理由がるのだろうか。しかし、直ぐに、その理由を理解した。


「ぐ~~~~~~っ」


 凄い音だった。爆裂魔法とタメを張るかもしれない......

 要は、燃料不足......腹が減ったらしい。

 なんて燃費の悪い女なんだ。エコじゃないぞ!

 仕方がないので、亜空間収納から串焼きを二本取り出して渡す。


「猫! お前は最高だ! オレの婿にしてやるからな。モシャモシャ」


 ゲンキンな彼女は、差し出されだ串焼きを手に取り、求愛してくる。


 殆ど、猫の盛りと変わらね~~~! いや、金が掛かる分、こちらの方がイケてないだろ。


 彼女は一本目の串焼きを瞬殺すると、二本目の串焼きを食べながら、前方から現れた敵に向かって魔法を放った。


「我が望むのは、業火で焼き尽くす爆炎なり、古の盟約によりその力を我に与えん......爆裂!」


「ガスト、お前は他の魔法を知らんのかニャ? 庭が滅茶滅茶ニャ」


 爆裂魔法しか使わないガストに尋ねてみたのだけど、彼女の答えは最悪だった。


「これが一番楽しい。それに綺麗だろ? 爆裂する様が!」


 とんだ破壊者だった。レストの時とは大違い......大食いな処は一緒だが......


 ガストの破壊で粗方片付き、新たな兵士達も出て来なくなった時だった。

 俺達の前に一人の男が現れた。その男は見るからに豚だった。

 その身体は贅沢のお蔭でブクブクと肥えて、まさに豚と形容するに相応しき男であり、この屋敷に一番似つかわしくない人物に思えた。


「儂の屋敷を荒らしておるのは、お前か! ちっ、汚い小娘だ。どこの誰だ!」


 どうやら、俺は数に入っていないらしい。

 まあ、夜だから見えないのかも知れない......いや、猫だからだという理由かな。


「お袋の形見を貸して貰おうか」


 ガストは、豚伯爵の誰何に応えず、己の要望のみを口にした。

 そんな彼女の言葉に、豚伯爵が蔑みの視線を向けてきたかと思うと、臭そうな息を吐き出した。


「あ~ん? 形見とはなんだ。この乞食が!」


「お前が身に着けている腕輪だ! ブタが着けるもんじゃないんだよ!」


 豚伯爵が毒を吐きつけてくるが、ガストは輪を掛けた罵声を浴びせている。


 う~ん、この二人はいい勝負かも知れない......


 そんな事を考えていると、ガストの罵声でワナワナと震え始めた豚伯爵が両腕を構える。

 しかし、その手には何もない。いや、これは!


「この生意気な乞食がーーーー! 死ねーーー!」


 豚伯爵は、俺達に罵声を浴びせながら腕を振り下ろす。


 どうやら、あの腕の振りだけで魔法を発動させたらしい。その証拠に、俺達に向かって、いや、ガストに向かって鎌鼬の魔法が炸裂する。


 ガストは両手でその攻撃から身を守ろうとしているが、抑々がそれでは魔法攻撃からは逃れられない。しかし、彼女は傷ついていなかった。


 その事に彼女も豚伯爵も驚いているが、何も驚く必要はない。

 彼女には、俺がこっそりシールド魔法を掛けていたからだ。


 このシールド魔法はとても便利なのだけど、攻撃を受ける度に防御効果が下がってしまうという欠点があるので、さっさと勝負を決めて欲しいところだ。


 という訳で、ここは爆裂魔法ではなく、詠唱の速い魔法で対応して......


「我が望むのは、業火で焼き尽くす爆炎なり、古の盟約により――」


 アホだ! この女はやっぱりアホなのだ!俺の想いを踏み躙って、爆裂魔法の詠唱を始めやがった。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 となると、攻撃の余裕が生まれた豚伯爵が、喜々として幾度となく腕を振り下ろしている。

 恐らく、かなりの鎌鼬が撃ち出されている筈だ。


 それにしても、何故、奴はあれほどに魔法を素早く撃ち出せるのだろうか。

 俺の場合は、神から分けて貰った力があるので、割と柔軟に使用可能なのだが、人が使う魔法は色々と制約があるはずだ。


「ガスト!」


 豚伯爵の魔法について考えている間に、ガストは奴からの攻撃を受けて、身体のあちこちを切り裂かれて倒れる。


 くそっ、如何する...... ここで人に変身して奴を片付けるか。


 この後の対処を考えていたところで、奴が想像を上回る速度で移動し、ガストの前に立っていた。


 くそっ、豚の癖に速いじゃないか! どんなインチキだ?


 奴は、ガストの頭を掴むと、宙吊りにする。

 そして、嫌らしい笑みを浮かべて、彼女の品定めを始めた。


「ふんっ、汚い乞食だと思っていたが、まあまあ、イイ女じゃないか。殺すのは散々遊んでからだな」


 奴の吐いた台詞は、俺の身の毛が逆立つ程に虫唾の走るものだった。

 そんな奴に向けて、俺が脚を進めた時に、ガストは罵声を吐きながら、力無い蹴りを豚伯爵に喰らわせた。


「うるせ~ブタ野郎が!」


 しかし、悲しいかなその蹴りは、無情にも豚伯爵には全く効いていないようだ。

 如何いう魔法を使っているのかは解らないが、奴はガストの物理攻撃を無効化すると、彼女の身体を放り投げた挙句、地面に横たわる彼女に向けて毒を吐き捨てる。


「躾けのなっていない娘だ! 少し痛い目に遭わせるか! 腕の一本や二本は覚悟しろよ」


 そう言うが早いか、奴は右手を振り上げる。


 ヤバイ! そう感じた俺は、すぐさま豚伯爵へと駆け寄り、奴の顔面に猫パンチを喰らわす。

 ところが、その攻撃は硬い物を叩いたような感触が返ってくるだけで、全く奴にダメージを与えることが出来なかった。

 それ処か、奴は何事も無かったかの様子で、俺に怒りの形相を向けてくる。


「ちっ、猫か! もしかして、こいつの使い魔か!」


 使い魔だと! 無礼なブタ野郎だ!

 なんで、俺がこの破壊者の使い魔なんだよ!


 いやいや、それよりも、今は猫パンチが効かなった事の方が問題だ。

 もしかして、シールド魔法も仕えるのか?

 ちっ、そんなに凄い魔法使いには見えないのだが......


 そんな事を考えている間も、奴の放つ鎌鼬が襲い掛かってくる。


 ふっ、ブタ野郎のチンケな魔法が当たるほど、俺は柔な猫じゃないんだよ。なんたってトアラの穴出身の強化猫だからな。


「くそっ! ちょこまかと! 焼き猫にしてくれるわ!」


 どうやら、風属性魔法が通用しないので、今度は火属性魔法を放つ気のようだ。しかし、そこでガストの放つ擦れた声が聞えた。


「......猫......すまん......爆裂!」


 ちっ! 拙い、ガストの奴は自爆する気か!


 彼女の言葉を聞いて、俺が何とかしようと思った時には、既に詠唱が終わった後だったようだ。

 ガストは勿論のこと、俺とブタ野郎もその爆裂に巻き込まれたのだった。







 焼け焦げる臭いが立ち込める。そんな周囲は炎の障壁で囲まれていた。

 魔法の効果が残っている処を見ると、ガストはまだ生きているようだ。

 俺は体の上に乗った土砂を払い落とし、四本足で立ち上がる。


 まあ、ここで二本足で立つと、それはそれは不気味だもんな。

 てか、猫の姿で二本足で立つのは、結構体力を使うしな......


 それよりもガストが心配だ。俺自身はシールド魔法で無事だったのだが、ガストはそういう訳にはいかないだろう。


「げふっ、げふっ」


 う~む、誠に残念ながらブタ野郎も生きているようだ。

 まあ、何と言っても、俺の猫パンチを喰らって無傷だった奴だ。そう簡単にはくたばるまい。

 いやいや、今は豚なんて如何でもいいのだ。ガスト......レストは何処だ?


 身体に掛かった土や草を払いながら、ブツブツと言っている豚を無視して、周囲を見渡すと、彼女はかなり吹き飛ばされたようで、俺から十メートル先に転がっていた。

 俺は即座に加速の魔法を発動し、横たわる彼女に駆け寄った。


 酷い。それは本当に酷い有様だった。

 その姿は、とてもではないが形容できるものでは無い。

 四肢は全て折れて、有り得ない方向に向いているし、腹部には太い木の枝が刺さっていた。


 これを俺の治癒魔法で全快できるのだろうか。いや、遣るしかない。


 俺はすぐさま彼女の頬を舐める。

 風呂に入っていないこともあり、汗臭いのは知っていたのだが、今や血の臭いすら混じっている。しかし、今は臭いなんて気にしてる場合ではない。


 焦りを感じつつも、即座に治癒魔法を掛けるが、かなりヤバイ状態だ。

 何と言っても、腹に刺さっている太い木の枝が問題だ。

 これを抜くと、大量に出血するだろう。運が悪ければ臓器も一緒に登場するかも知れない。

 いや、兎に角、今は腹に刺さった木は抜かずに、他を治すことにしよう。


 俺が必至になって、彼女に治癒魔法を掛けている時だった。

 腐った豚の声が聞こえてきた。


「糞娘が! はらわた掻っ捌(かっさば)いて犬の餌にしてくれるわ!」


 醜い顔を泥まみれにした豚伯爵が、罵声を吐き出しながらこちらに遣って来る。


 くそっ、こんな忙しい時に......


 罵り声を抑えつつも、ガストに精一杯の治癒魔法を掛けると、その後にシールド魔法を掛ける。

 そのタイミングで、後ろからは鎌鼬の魔法が飛んでくる。

 その攻撃は、先程から一向に威力が落ちないように思える。その事で俺は理解する。奴の魔法がアイテムによる補助を受けているのだと。


「使い魔が生きているという事は、その女はまだ生きているのだな。儂の手で叩き殺してやる!」


 奴の罵声が、かなり近くから聞こえてきた。

 恐らく、奴は直ぐ近くまで遣って来ているのだろう。

 それを理解しつつも、俺は慌てる事無くゆっくりと奴に向き直ると、静かに告げる。


「言い残すことはあるかニャ?」


 きっと、トアラから厳しく怒られる事になるだろう。

 何故なら、彼女は癒しの女神なのだから。

 でも、この男は生かしておけないと感じてしまったのだ。


「猫風情が、使い魔風情が、大口を叩くではないか! 今直ぐ儂が......」


 俺に罵声を浴びせていたブタ野郎の台詞が止まる。


 それも仕方ないだろう。何といっても俺があっという間に人間体へと姿を変えたからだ。

 更に、人間体となった俺の両手には、怪しく鈍い光を湛えた二振りの短剣が収まっている。右手に持つ真紅の短剣は炎帝えんてい、左手に持つ漆黒の短剣は闇帝あんてい

 そう、女神であるトアラから授けられた魔神を封じ込めた短剣だ。


「き、き、貴様は何者だ!」


 人間となった俺を見て、奴は後退りながらも誰何の声をあげた。

 故に、俺も答えてやる事にする。


「俺かニャ? 俺はお前を断罪する者だニャ」


 決まった! 超決まったよな! めっちゃカッコよく決めたよな?

 ちょっと、語尾が気になるけど......格好良く決まったはずだ......


 そんな俺の様相を見て、奴は真面ではないと感じたのだろう。即座に俺に襲い掛かるべく、右手を振り上げようとする。しかし、残念ながらその右腕が動くことは無かった。何故ならは、その腕は地に転がっているからだ。


「ぐおーーーーー! 儂の腕を......どこだ! 奴は何処だ!」


 疾風となった俺が擦れ違う時に、豚伯爵の右腕を切り落とすと、奴は苦痛に呻きながらも俺の行方を捜していた。


「ここに居るニャ」


 俺の声に反応して、奴は振り返り様に左腕を振り下ろそうとするが、その思いも叶わない。そう、左手に持つ闇帝で切り落とした腕が地に転がっている。


「あぎゃ~~~! あぅ、儂の両腕が......ぐあっ~」



 流石に、己の力では敵わないと感じたのか、奴は苦痛に呻きながらも命乞いを始めた。


「わ、わ、儂が悪かった。い、いの、命だけは助けてくれ」


 この豚伯爵は、これまで、同じ様に命乞いする者を何人殺したのだろうか。

 俺が聞き込みで得た情報だと、十や二十どころではない筈だ。

 俺は瞑目し、洞窟に閉じ込められたトアラに謝る。


「トアラ、ごめんニャ!」


 だが、次の瞬間、どうやったのかは解らないが奴は魔法を発動させようとした。

 すると、奴の頭上に巨大な風の塊が浮かび上がるような気配を察して、直ぐに後退る。


「がははは! もう遅いわ! 死ね! 死ね! 死ね! この究極の風魔法でお前は死ぬんだ!」


 魔法を発動させた奴は、気が狂ったように罵声を飛ばしてくると、その強大な魔法を撃ち放ってくる。

 その時だった。焦る俺の気持ちとは裏腹に、俺の左腕が勝手に動いた。

 それは、まさに闇帝によって動かされたかのような感じだった。

 そして無意識に振り下ろされた左手から放たれ、黒き閃光が奴の頭上にある風の塊を消滅させた。いや、それだけでは無く、その下に居た豚伯爵をも消滅させた。


 その結果、風の塊は無に戻り、豚伯爵は元の姿よりも綺麗な砂の山となって鎮座していた。

 そんな光景を眺めながら、何が如何なったのかと悩んだが、そこでトアラの言葉を思い出した。

 そう、炎帝と闇帝は魔神を封じ込めた武器であり、その力は呪いともいえるのだと。

 そして、我に返ってレストの事を思い出す。


 そうだった。何時までも、こうしてはいられないんだった。


 己にそう言い聞かせて、急いでガストの処に戻ると、彼女の前に跪く。


「大丈夫かニャ」


 いや、聞く方が間違っているな。大丈夫な訳がない。

 俺の治癒魔法で、四肢は何とか治っているが、太い枝がお腹に刺さったままなのだから。

 しかし、人間体となっている俺なら何とかなるかもしれない。


 俺は左手で彼女のお腹に刺さっている太枝を握ると、ゆっくりと引き抜く。

 何とか木の枝だけを引き抜く事に成功する。


 良かった~。スプラッタにならなくて......実は苦手なんだよな~~。いやいや、それ処じゃないな。


 慌てて右手に持つ気の枝を放ると、すぐさま両手で治癒魔法を掛ける。


「癒しの女神トアラルア名を持って命じるニャ。この者の命を救い賜えニャ!」


 そう、これはトアラに教えて貰った最高位の癒し魔法であり、どんな病気や大怪我でもたちどころに直せる完全治癒の魔法だ。

 実は魔法の発動に詠唱は必要ないのだが、詠唱した方が効果が高いと聞いていたので、敢えて声に出して詠唱してみた。

 詠唱が終わって魔法が発動すると、腹部の傷はみるみる治って行くのだが、彼女の顔色はどんどん悪くなっていく。


 あれっ!? 傷自体は治っているのに、なんで回復しないんだ?

 くそっ! 治れ、治れ、治れ、回復しろーーーーーーー!


 必死になって彼女に何度も治癒魔法を掛けるが、無情にも、ガスト、いや、レストの顔からは、更に血の気が引いてゆく。


 ぐっ、何とか、彼女を治癒する方法は無いのか。


 その時、俺はトアラの言葉を思い起こす。そして、亜空間収納から小さな布袋を取り出す事になる。


「レスト! 聞こえるか!」


 焦っている俺がレストに呼びかけると、彼女は少しだけ瞼を開いた。

 そんな彼女に、俺は一生懸命に呼びかける。


「お前は、俺に従うと誓えるか?」


 そう、世界樹の実なら恐らく助かるだろう。だが、それは人外になるに等しい。大変申し訳ないことだが、そんな人間を野放しに出来ないのだ。


 彼女は俺の質問が解らなかったようで、青白い顔に疑問の表情を浮かべる。


 しかし、時間がないんだ。くそっ、えいっ、ままよ。


 俺は彼女の口に、世界樹の実を放り込んだ。ただ、食べる気力があるかという問題が残る。しかし、そんな心配は不要のものだったようだ。

 流石は食い意地の張っているレストだったいうオチかもしれない。

 彼女は俺の不安を余所に、すぐさまその実をガツガツと噛み砕くと、ごっくんと嚥下えんかしてしまったのだ。


 でも......まさか、内臓がズタズタで消化できないなんてオチはないよな?


 初めての事ばかりで、不安ばかりが募ってくるが、どうやら問題なく事は進んだらしい。その証拠に、レストが苦言を漏らす程には回復したようだった。


「美味しくないのです......」


 彼女はそう言うと、再び目を瞑ってしまった。


 あ、ヤバっ! そう言えば、俺って人間体だったんだ!


 どうやら、レストの不思議な表情は、俺の姿に見覚えが無かったからだろう。

 ヤバイヤバイということで、即座に猫の姿に戻る。

 その間も、彼女は眼を瞑ったままだから、俺が人間になったなんて夢にも思わないだろう。

 それはそうと、顔色は少しずつ回復しているようだ。


 よし、これなら大丈夫だな。


 レストが一命を取り留めたことで安堵した俺は、スヤスヤと眠るように横たわる彼女を眺めていると。異様な音が響き渡った。


「ぐぅ~~~~~~~~~~っ」


 どうやら、峠は越したらしい......

 すっかり安心した俺は、彼女から視線を外すと、今や砂と化した豚伯爵の所へ向かう。

 そう、レストが探していた腕輪を回収するつもりなのだが......


 一緒に砂になってたら怒るかな? 怒るよな? あぅ......


 一瞬、そんな不安が過ぎったのだが、砂の中に幾つもの宝石を見付ける事に成功した。

 どうやら、衣服とは違い、魔道具などは砂にならなかったようだ。

 てか、こりゃ~凄い量だな。全て魔法アイテムだろうか。


 そんな事を考えながら、見付けたアイテムの一つである指輪を収納しようとして足を置いた時、トアラから貰った金色の腕輪が光始めた。

 何やら、この指輪に秘密があるのかもしれない。

 そう思いながらも、ここで結論が出る訳ではないので、特に調べることも無く亜空間収納に放り込む。


「これで全部ニャ!」


 俺は奴が身に着けていたアイテムを全て収納すると、レストの所へ戻ったのだが、彼女の姿が忽然こつぜんと消えていた。


「レスト?」


 周囲を見回しながら、彼女の名前を口にしてみたが、返事が無いどころか姿形すら見当たらない。

 一体如何した事だろうか...... まあいい、ここは自慢の嗅覚が威力を発揮する時だ。


 レストの臭さといえば、忘れる事の出来ない程の悪臭だ。彼女の臭いを嗅ぎつけるなんて、児戯にも等しいといえるだろう。


 さ~て、クンクン! クンクン! クンクン!


 そして、あっという間にレストを見付けた......のだが......


「きゃーーーーー! ミユキのバカ! スケベ! エッチ! 責任をとるのです!」


 そう、彼女は植木の陰で用を足していたのだ。

 どうやら、暴飲暴食の所為でお腹を壊していた処に、治癒魔法で全快したものだから、お通じが一気に遣って来たようだ。


「す、すまんニャ!」


 俺は透かさずレストに謝りながら、そう言えば、俺って全くトイレに行って無いよな~と、現実逃避を始めるのだった。

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