64 犯人はお前か!
そこには、見事に粉砕されたと表現するに相応しき光景があった。
テーブルは壊れて傾き、椅子は足が取れた状態で転がっている。
棚も傾いていて、そこらに置かれていたであろう物が床に転がっている。
更に、何処に置いていたか解らないが、本や花瓶、小物、そんな物が床の表面が見えない程に散乱している。
所謂、足の踏み場もないという状況である。
「本当に有難う御座いました。ささ、どうぞ」
その男は俺達を招待してくれるが、俺と同じことを考えていたであろうマルカは、困った表情で入口から室内を見回している。
というのも、入れと勧められても、様々な物が床に転がっている所為で、足の踏み場がないのだ。
入室を進めた本人も、微動だにしない俺達の反応を見て振り返る。
「うむ。流石にこれでは入れませんか......トット~~、生きてるか~~、少し片付けるぞ」
入れと言われて躊躇する理由を理解したその男は、建物の中へ向けて叫び始める。
おいおい、中に人が居るのかよ! 生きてるのか?
すると、俺の不安を余所に、奥からゴソゴソガサガサという音とが聞えてくる。
この物音は......台所の悪魔か?
怪しげな物音から、最悪な生き物を想像したのだが、まるで残念賞と言わんばかりに年若い女の声が返ってきた。
「なんとか......というか、だから駄目だと言ったではありませんか」
しかし、返ってきた声は苦言から始まった。
「いや、あれで上手くいく筈だったんだが......あっ、いや、今は片付けだ」
「また片付け......」
諦めの言葉と共に出て来たのは、十二、三歳と思われる少女の姿だった。
その少女は小柄で髪を短くした可愛らしい子供だ。
質素な服にエプロンを着け、恰好だけは一人前の主婦みたいな感じだ。
「??? エルロス様、こちらの方々はどちら様ですか?」
ごったがえした室内から出て来た少女は、俺達の存在に気付き、首を傾げて尋ねてくる。
彼女の言葉からすると、どうやら、この男の名前はエルロスというらしい。
エロスでなくて良かったな! 名前の所為で虐められるとかあるからな~。怖い怖い......
それ置いておいて、そのエルロスと呼ばれた男が、トットという少女に説明を始めた。
「ああ、この方達が私に癒しの魔法を掛けて下さったのだ」
「えっ、本当ですか? それは、どうもありがとうございました。それに癒しの魔法なんて、教会でしか受けられないものだとばかり思ってました」
「い、いえ、大したことではないですよ。ちょっと齧った程度の魔法ですから」
エルロスの言葉を聞いて驚くトットは、珍しいものでも見たかのような表情を作ったものの、即座に頭を下げて礼を述べてくる。それにマルラが慌てて対応している。
そんなトットの言動から、彼女がなかなか礼儀正しい少女だと理解することができたのだが、壊れた眼鏡を元の位置に戻しながら、その光景を和やか表情で見ていたエルロスが、何かを思い出した様子で口を開く。
「あっ、掃除だ。片付けだ。お客様が入れないからな。さあ、片づけを始めよう」
「そ、そうですね。てか、いい加減に壊すのも程々にして下さいね。エルロス様。今月も大赤字ですよ?」
「うっ、わ、わ、わかった......」
少女の気迫に押されながら、エルロスは慌てて頭を下げる。
これではどちらが主人か解らない光景だ。
この後、トットとエルロスが室内を片付けるのを眺めながら、面白い人達だと三人の娘達と話していたのだが、その片付けの進み具合からして、待っていると陽が暮れそうだという話になり、結局は片付けの手伝いをする羽目になるのだった。
まだまだ片づけが終わったとは、お世辞にも言えない状況なのだが、壊れた物を部屋の片隅に集め、少なからず人が居られる状態にまで片付けたエルロスとトットは、少しガタついたテーブルへと俺達を案内してくれた。
まあ、半分はウチの娘達が片付けたんだけどな。
彼等から進められて、ミララが心配そうに椅子の具合を確かめながら腰を下ろし、マルラとルーラルもそれに習うようにして椅子に腰かける。
部屋の片隅に視線を向けると、壊れた物が山積みとなっている。その有様から、彼等が無事だったのは幸いだと思えた。
というのも、結構な爆発音と衝撃だったから、人が死んでもおかしくないと感じたのだ。
まあ、何を遣っていたかが解らないから、何とも言えないのだけど、あの爆発はいつもの事らしいから、怪我をしないための対策があるのかも知れない。
爆発の規模から彼等が無事でいるのを不思議に思っていると、エルロスが姿勢を正して感謝の言葉を述べてきた。
「改めて、本当に有難う御座いました」
向かいの席に腰を下ろしたエルロスが深々と頭を下げいる。
その様子に、マルラが慌てた様子で両手を振って声を上げた。
「い、いえ、大した事では無いですから」
「そんな事はないですよ。これ程の治癒魔法を使えるなんて、国に一人いるかどうかですよ」
謙遜するマルラに、エルロスは彼女の能力の高さを絶賛してきた。
それを聞いたマルラがチラリと俺を盗み見るので、無言の頷きで返してやと、困った表情から一転して、嬉しそうな面持ちへと変化する。
その様子からすると、彼女も褒められた事が嬉しいのだろう。
「まだまだなの」
ところが、折角喜んでいるのに、態々水を差すのがミララという存在だ。
その要らぬ一言でマルラの眦が一気に吊り上がる。
またまた一瞬にして喧嘩ムードとなりそうな予感がしたのだが、そこは冷静沈着なルーラルが二人を窘める。
「時と場所を考えなさい」
マルラといい、ミララといい、ルーラルの怖さを知っているので、二人は視線をルーラルへと向けた後、借りて来た猫のように大人しくなった。
そんな処に、うちの仲間達の険悪なムードを払拭するかのような声が掛かる。
「はい、お茶をどうぞ」
トットは幼いながらも元気のあるハキハキとした声でそう告げながら、トレイに乗せたお茶を順番に配っていく。
そのカップは見るからに高級そうな物で、とてもこのお店に似合う代物では無いと感じたのだが、マルラは別の感想を持ったらしい。
「よくあの爆発で、よく割れなかったわね」
それを聞いたトットはクスクスと笑い始めた。
そんなトットの様子を不思議に思ったのだろう。マルカが訳が解らないといった風に首を傾げている。
すると、それを見たトットは慌てて種明かしを始めた。
「実は、爆破事件は日常茶飯事なので、食堂だけは隔離した上に、強固な結界を張っているのです」
マルラは彼女の言葉に納得したように頷いている。しかし、俺が感じたのは別の事だ。
それが何かというと、一般市民が強固な結界なんて、そうそう張れるものではないだろうといものだ。
その事から考えるに、この者達は見た目通りのしがない道具屋ではない。
そう考えた俺は、警戒レベルを少し引き上げる。
しかしながら、エルロスの隣に立つトットは、俺の事など気にせずに話し掛けてきた。
「ところで、使徒様がこんな寂れた道具屋に何の御用でしょうか」
「おいおい、寂れたとは酷いぞ!」
「だって、事実じゃないですか」
「た、確かにそうだが......」
トットの言葉を聞いたエルロスが、聞き捨てならんとばかりに食って掛かるのだが、俺達はそれ処では無い。
そう、トットのその言葉に、仲間の表情が驚きで固まっているのだ。
そんな俺達を余所に、遅ればせながら、向かいに座っているエルロスも驚きを露わにして呆けた声を出した。
「......って、使徒様?」
気付くのが遅いのは置いておいて、驚きの眼で吐き出したエルロスの言葉に、トットはニコニコしながら答えてくる。
「はい。今、街では有名ですよ? 不愛想な猫と可愛い子犬を連れた綺麗な女性達と言えば、それが使徒様だと誰でも解りますよ」
ちょっとまて~~~~~い! その不愛想な猫って俺の事かーーーーー!
なんでだ! レストは可愛い子犬なのに......なんで俺が不愛想な猫なんだ! 異議ありだ!
俺の心の叫びを聞き付けた筈はないのだが、マルラとミララがクスクスと笑っている。
ぬぬぬ、許せん!
そう感じた俺は、即座にマルラの腕の中から飛び出し、ルーラルの胸へと飛び込む。
これは胸が好きだという行動では無く、俺の不満の表れだ。
「あっ、師匠!」
「やはり、私のところが良いのですよね」
驚くというより、ショックを露わにしたマルラを余所に、ルーラルは最高の微笑みで俺を迎えてくれた。
『主様はとても可愛いですよ。私はお慕いしてますから』
更に、念話でルーラルは心温まる言葉を伝えてくれる。
やっぱり、ルーラルが最高ニャ~~~~!
『うううう、もう笑いませんから、戻って来てください』
『ごめんなの、ミーシャ。もう笑わないの』
必死に弁解するマルラとミララに、冷たい眼差しを送った後に、膨よかなルーラルの胸に顔を埋める。
そんな不貞腐れた俺は、更に二人へと捨て台詞を残す。
『どうせ、可愛くないし、不愛想な猫ニャ~』
この時、ルーラルは、私の時代がキターーーー! と、心中で喝采していたらしい。
不機嫌な俺を余所に、エルロスは様々な話をしてくれた。
それで解った事だが、エルロスは八賢会の一つであるフロリアン商会の会長らしい。
それを聞いた時、門へと訪れた各商会の中にフロリアン商会だけが居なかった事を思い出す。
ただ、そのフロリアン商会だが、エルロスは名ばかりの会長で、商会を運営しているのはジェノという女性らしい。
では、会長のエルロスが何をしているかと言うと、趣味の発明ごっこだ。
彼は、商会に全く興味が無いらしく、金を持ち出しては発明を行っていたようで、それがジェノにバレて、この道具屋に隔離されたとのことだった。
その話を聞いて、俺の疑問が晴れる事になる。
だって、抑々が金持ちだらこそ、高価なカップが存在し、強固な結界を張る事が出来たのだろう。
自分の話を終えた処で、エルロスは思い出したように俺達について尋ねてきた。
「ところで、使徒様は何か目的があって、このゴルド商工連合国に来られたのですか?」
その質問をルーラルがサラリと躱す。
「いえ、偶々立ち寄っただけです」
まあ、異常に不自然な回答なのだが、これしか答えようが無いのも確かだな。
ルーラルの言葉に全員が頷いていたのだが、どうやらトットの目は誤魔化せなかったようだ。
「オークションに出品される神器ですよね?」
この娘......爪の垢を煎じてレストに飲ませたい。それ程までに頭の回る少女だと感じた。
いや、この場合は、レストの頭が回らなさ過ぎなだけだけど......
きっと、奴の能力は胃袋に集中したんだな。
それはそうと......
「どうして、そう思われるのですか?」
俺の疑問を代弁者であるルーラルが、サクッとトットに尋ねると、彼女は何でそんな事をとでもいうような表情で答えてくる。
「だって、物語だと使徒様は神器を集めていらっしゃるはずだから」
そう言えばそうだった。すっかり忘れていた。
思い起こせば、みんなが知っている物語の相違点を纏めていた処で、その話が止まっていたのだ。
『ルーラル、彼女の知っている物語の内容を聞いて欲しいニャ』
『そうですね。でも、それはまたでも宜しいのでは?』
確かに、ルーラルの言う通りだ。今はそんな事よりも......あれ? 俺達ってなんでこの店に来たんだっけ? あ~、俺の勘で立ち寄ったのか。じゃ、俺の勘は何に反応したのだろうか。
今更ながらに、そんな事を考えて周囲に視線を巡らせると、このぶっ壊れた部屋の一角に頑丈そうなショーケースが目に入った。
ただ、全く壊れたり傷ついた様子がない処をみると、恐らくは結界が張られているのだろう。
しかし、それよりもその中にある物を見て驚かされる事になる。何故なら、そのショーケースの中身がこの世界に似つかわしく無い物だったからだ。
いや、あること自体が信じられないといった方が良いかもしれない。
そう、それこそは俺の知る物体だった。
そのショーケースに収められた物体に視線を向けたまま、念話を使ってルーラルに尋ねるように頼む。
『ルーラル、あのショーケースの中身の事を聞いて欲しいニャ』
『はい。承知しました。主様』
すると、とてもノリノリな感じで念話が返ってきたのだが、きっと、あの物体に興味があるのではなく、俺が彼女の大きな胸に収まっている事が起因しているのだろう。
「あ、あのう、あのショーケースの中身は何なのでしょうか?」
俺の頼み通りに、ルーラルが即座にそう問いかけると、エルロスが飛び跳ねんばかりに喜び勇んで話し始めた。
「流石は使徒様です。あれこそが私の大発明である魔道転写機です」
魔道転写機......名前が微妙だ。センスが無いな......
まあ、俺の感想は良いとして、エルロスは勢いよくショーケースに向かうと、中の物体を取り出して戻ってきた。
彼は椅子に腰かけると、その物体をテーブルの上に置き、まるで歌を唄うかのようにその物体の説明を始めた。
ただ、俺はその説明を殆ど聞いていない。何故なら、俺はその物体で何が出来るかを即座に理解したからだ。
そう、それは丸いレンズを持つ四角い物体。
俺の世界ではデジタル化によってかなり様を変えてしまったカメラという物だ。
「では、その魔道転写機を使えば、人の肖像画が出来るということですか?」
元々がユニコーンであるルーラルは、真剣にその機能に驚いている様子だ。
「そうです。ただ、少し写画にするのに時間が掛かりますが......あっ、そうだ、昨日撮った物がありますよ」
嬉しそうな表情でエルロスはそう言うと、再び席を立って奥の部屋へと行ってしまった。
それを見たトットが溜息を吐き、次の瞬間に顔を上げたかと思うと、俺に問い掛けてきた。
「使徒様はどうして喋らないのですか? アーニャ様の話だと語尾が可愛いと聞いてますよ?」
がーーーーーーーん! ここにもアーニャの部下がいやがった~~~~~!
「あ、私はアーニャ様に仕えている訳では無いです。偶々知り合いというだけですよ」
どうやら、この娘は何でもかんでも知っているようだ。
てか、今回の件ってアーニャが絡んでいるような気がしてきた......
あ~、無性に子猫達の処へ帰りたくなってきたぞ。
しかし、そうしたい衝動を押し止めて、遣るべき事を済ませることにする。
『アーニャからは何処まで聞いているニャ?』
流石にオープンで話す訳にもいかないので、念話でトットに問い掛ける。
「あっ、これは念話ですか? 凄い」
彼女は問いに答えず、俺から届いた念話に驚いている。
しかし、それでは拙いと思ったのだろう。直ぐに俺の問いに答えようとしたのだが、ニコニコ顔のエルロスが戻って来てしまった。それを見たトットは一旦開いた口を噤む。
そんなことなど露知らず、エルソスはワタワタと席に戻ったかと思うと、自慢げな表情で話し始めた。
「これです。被写体は店の前の風景なんですが、とても綺麗に撮れてますよ。さあ、見てください」
そう言って、彼は丁寧に数枚の写真をテーブルの上に置く。
それを見て俺達は感嘆する。というのも、とても綺麗に撮れているからだ。
写真を知っている俺ですら驚くほど綺麗に撮れているのだ。三人の娘達は驚かない訳がない。
「えっ、これが?まるで実物じゃないですか」
そう言ったマルラは、写真を手に取って見詰めたまま、引っ繰り返りそうな勢いで驚いている。
頼むから、その手に持った写真を破らないでくれよ。
「まるで本物なの」
普段はあまり動じないミララですら、その写真をみて手が震えている。
お前も、なんか破りそうな勢いだよね。力が余ってそうだし......
「こ、これは、凄すぎます」
この写真はユニコーンにとって衝撃的だったのだろう。
ルーラルも写真に写った風景をみて驚いている。
そんな彼女の胸に抱かれる俺は、まだテーブルに置かれたままになっている一枚の写真に惹きつけられる。
そして、その写真に惹き付けられた原因を理解した途端、思わずルーラルの腕の中から飛び出してテーブルの上に乗ってしまった。
『師匠、如何したんですか?』
マルラが俺の行動を疑問に思ったようで、即座に念話で尋ねてくるが、それに答える余裕すら無い。
その後、ミララ、ルーラルも問い掛けてくるが、俺は写真に写っている内容の真偽を確かめるためにジッと凝視する。
間違いない。しかし、なんでこれに写ってるんだ?
そんな疑問を持ちつつも、俺は怪訝な視線を向けてくる三人の娘に告げる。
『この写真を見るニャ』
この場合は、見るなではなく、見ろという意味だからな......くそっ! トアラのアホ~!
三人は写真という言葉に首を傾げていたが、俺の右前脚が指し示す写真を食い入るように見始めた。
「あ、ライラ」
俺が驚いた被写体に気付いたマルラが声を上げると、直ぐにミララも気付いたらしい。
「レストなの」
ただ、同じように気付いたルーラルは、全く別の言葉を発した。
「手に持ってるのは焼肉串ですね。レストも美味しそうに食べてますよ」
険悪な表情をするルーラルだが、流石はと言えるのはこの後だ。
「この写真をいつ撮られたのですか?」
何時までも驚いた表情で写真を見詰めるマルラやミララとは違い、彼女は直ぐにエルロスへと問い掛ける。
「写真? ああ、この写画ですか? これなら昨日の昼に撮った物ですよ」
俺達の驚きを不思議そうに眺めていたエルロスだが、ルーラルの問いにあっさりと答えてくれる。
『これが昨日の昼ということは、姿が見えなくなった後のことニャ』
『そうですね。彼女達はどうなっているのでしょうか』
俺の述べた事実に、ルーラルが疑問の念話を飛ばしてきた。
しかし、マルラが更に付け加えてくる。
『私たちには見えないのに、なんで写真に写るのかしら』
確かにマルラの疑問は尤もだと言える。
その事に思考を費やす俺達へ、ミララがボソリと感想を零した。
「食べ物が無くなる事件の犯人は、ライラとレストだったの」
そう言われると、その通りだ。
以前に、食べ物とレストを結び付けた事を反省していた俺だったが、この事を知って二度と騙されないぞという想いが声となってしまう。
「レスト、ゆるさんニャ~~~」
そんな俺の声を聞いて驚くエルロスを余所に、屋外から「また串焼きが無くなった~~~」と叫ぶ声が俺達の耳に入るのだった。




