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61 異世界の白雪姫


 暗い空間を光に向かって走る。

 それは、まるでトアラが囚われている洞窟から脱出した時と同じ感覚におちいる。

 でも、あの時とは決定的な違いがある。

 それは、前方には必死に走る四人の後ろ姿。更には両腕で抱く幼女の姿。

 そう、今は四人の仲間が居て、囚われの幼女を助ける事もできた。

 過程はどうあれ、今回は願いを叶えることが出来たのだ。

 そのことに安堵あんどし、胸を温かくする。


 喜びに満たされた俺が暗闇のトンネルを抜け、光差す裂け目から元の世界に戻ると、そこはどこかで見たような部屋だった。

 灯りの無い筈の部屋が異様に明るさを保ち、室内であるにもかかわらず、昼間のように明るいその部屋は、つい先日の出来事を思い起こさせる。

 しかしながら、俺の記憶にあるその部屋は、無情にも幼い子供の哀れな姿でひしめき合っていた筈だ。

 いや、俺が浄化したことで、今ではあの子供達の魂も遺骨も残っていない筈だ。


 カルミナ王城地下にあった祭壇の事を思い出し、温かくなっていた心を一気にしぼめてしまったのだが、胸に抱くライラことライラルアに視線を向け、その幼女の顔を見遣り、再び胸を熱くする。


「ライラ、何とも無いだろ?」


 彼女はキョロキョロと興味深そうに周囲を見回していたが、俺の声で視線を戻して自分の手を何度も確かめ、異常が無い事を理解すると、ゆっくりと頷きながら答えてくる。


「大丈夫みたい」


 しかし、どうやら俺の方が大丈夫では無いようだ......


 何故かと言うと、現世に戻った途端に四人の娘から冷たい視線を浴びせ掛けられているからだ。


 そんな四人の中で、尋問の口火を切ったのはマルラだった。


「師匠、僕達が心配してる間に何をしていたのですか?」


 その瞳は鋭く、両腕を組んだ姿は、まさに犯人を問い詰める検察官の姿だった。

 そんなマルラの怒りにひるんでいると、彼女の隣に立つミララが苦言を述べてくる。


「ちょっと目を放すと直ぐに女を捕まえるの」


 ミララは両手を腰にやり、唯でさえ大きな胸を誇示こじするかのような姿勢で責めてくる。


 しかし、そのお蔭でマルラの怒りが、ミララの胸に方向転換したようだ。

 俺に向けられていた鋭い視線の宛先を変更して、ミララの胸を刺し貫いている。

 ところが、今度は珍しく怒りの表情を見せるレストが、俺の事を責め立ててくる。


「油断も隙も無いのです。ミユキは女誑おんなたらしなのです」


 そんな三人からの苦言に、それが全くの事実無根であり、誤解だということを話そうとしたのだが、四人目の娘が大変な事になっていた。


「主様、良かった......本当に良かったです。うううう」


 いつもは冷静沈着れいせいちんちゃくなルーラルが、ボロボロと涙を零しながらうずくまって号泣し始めたのだ。

 

 流石に、これには参った。

 全くもって降参だとしか言いようがない。

 しかし、そのお蔭でマルラ、ミララ、レストからの追及を逃れる事が出来たのは幸いだった。


 結局、ライラを床に降ろしてルーラルを抱き寄せ、彼女の気が済むまで優しく抱きしめて事を収めたのだが、それを見ていたレストがブツブツと呟いている。


「ミユキはああやって飴を与えるのです。でも、その頻度ひんどは限りなく少ないのです」


 その言葉は、高感度の耳を持つ俺にとって、普通に聞き取れるものだったが、全く聞こえていない振りで押し通すのだった。







 四人の仲間から聞いた話では、悪魔が無数にいたとの事だったが、雄ヤギ悪魔を倒したことにより、ここに居た全ての悪魔が消滅したのかも知れない。そのお蔭か、ライラを連れて地上に戻る俺達を阻むものは現れなかった。


「何もない」


 外の光景を楽しみにしていたライラがポツリとこぼす。

 恐らく、彼女は艶やかな世界を期待していたのだろう。だけど、ここは不毛の地だ。右を見ても左を見ても、そこには赤土と砂の世界で埋め尽くされている。


 この風景をみてガックリとしているライラに、マルカが話し掛ける。


「大丈夫よ。この不毛の地を抜ければ緑の沢山ある場所に出るからね」


 あれから、きちんとライラの事を説明したので、仲間の四人娘もライラに同情的だ。

 だって、永劫えいごうと言える年月をあの空間に一人で過ごしてきたのだ。

 真面な精神を持つ者なら、誰だって彼女の辛さを感じ取ることが出来るだろう。


「大丈夫なの。異常なのはこの地域だけなの」


 ミララも優し気な表情でライラに話し掛ける。


「オン! オン!(そう! そう!)」


 ライラの警戒心を解くために一役買っているレストも、豆柴の状態でミララに賛同する。


 現在は猫に戻った俺をルーラルが抱き、豆柴のレストをライラが抱いている。

 と言うのも、ルーラルがやや情緒不安定なのだ。

 俺も彼女がここまで依存しているとは思ってもみなかったので、今回の事を踏まえ、今後については少し考える必要があるだろう。

 そんなルーラルの事を少し心配に思いながら見上げると、彼女は既ににこやかな表情に戻っている。

 それで少し安心したのだが、突然、ライラが抱く豆柴レストから悲鳴が上がる。


「クゥ~~~~ン!(お腹が空いたのです~~)」


 確かに、俺と違って戦闘を繰り返しながら迎えに来てくれた彼女達は、肉体的にも精神的にも疲れているだろう。


「じゃ、テントに戻って食事にするニャ」


「オ~~~~ン!(やった~~~~!)」


 こころよい返事に喜ぶレストは、力強い遠吠えを放つ。

 すると、ライラが一瞬ビックっとするが、直ぐに笑顔を取り戻してレストの頭を撫でる。


「この子、可愛い」


 嬉しそうな表情でそう言うライラは、どうやらレストの事が気に入ったようだ。

 レストも満更では無いのか、ライラの腕の中で大人しくしているが、尻尾は凄い勢いで振られている。

 その光景を見ながら、ライラを連れ出して良かったと心の底から思うのだった。



 別段問題も無くテントに戻ると、マルラが気合を入れて料理を始めた。

 多分、ライラにも食べて貰おうと思っているのだろう。

 しかし、如何いかんせん彼女のレパートリーは少ない......

 それでも、今は割と上手に作れるようになったので、やはり料理とは経験だと思う今日この頃だ。


「ライラ、お茶でも如何ですか?」


「お茶?」


 ルーラルは丁寧に入れたお茶をソファーに座るライラの前に置くが、ライラはお茶という物が何かが解らないようで、不思議な表情をしたまま首を傾げている。

 そんな彼女に、ルーラルは優しく教える。


「こうやって飲むのですよ」


 そう言って自分が実演する事で、お茶が飲み物だという事を彼女に教える。


 それを見たライラも、ルーラルに習ってお茶を口にする。

 しかし、始めて飲んだお茶は思いの外苦く感じたのだろう。ライラは一口飲んで顔をしかめた。


「ルーラル、始めて飲むんだから、砂糖かハチミツでも入れた方が良いニャ」


「そうですね。気が付きませんでした」


 俺がルーラルに助言すると、彼女は手品のように砂糖とハチミツの容器を取り出す。

 と言っても、アイテム袋から出しただけなのだが、その事にライラは驚いている様子だ。

 それも仕方ないだろう。だって、ライラにとっては初めての事だらけなのだから。


「うわ~~~」


 ルーラルから砂糖とハチミツを少しだけ入れて貰ったお茶を、再び口にしたライラが幸せそうな表情で感動している。


「どんな感じですか?」


 驚きと喜びを混ぜたような表情をしているライラに、ルーラルがお茶の感想を聞くと、彼女は嬉しそうに答えてくる。


「ふわふわして、ほっこりする」


 どうやら、食べ物を口にした事の無いライラは『美味しい』という言葉も知らないようだ。


「そういう時は『美味しい』と言うのですよ」


「美味しい?」


「そう、食べ物や飲み物を口にして良い気分になった時は、美味しいと言うのです」


「美味しい。美味しい。美味しい。美味しい~~~!」


 ルーラルに美味しいという言葉を教えて貰ったライラは、嬉しそうに連呼すると一気にお茶を飲み干してしまった。

 その事にルーラルは苦笑しながらも、ゆっくりと手を差し伸べて、ライラに告げる。


「もう一杯飲むのなら『お代わり』と言い、お腹いっぱいなら『ご馳走様』と言います」


 ルーラルは、ライラの様子から知能は高くとも知識が不足していると感じたのだろう。

 ひとつひとつ教えるように話していく。


「まだ飲む。おかわり?」


 自信なさげな表情で、そう言うライラにルーラルは和やかな表情で頷いた。

 すると、ライラの顔が一気に明るくなり、再び声を発する。


「美味しい。おかわり~~~!」


 ルーラルの表情を見て、ライラは即座にお代わりの声を上げた。

 そんなライラを母親の様な眼差しで見詰めながら、ルーラルはお代わりのお茶を入れている。


 こんな感じで、この後もルーラルがライラに付っきりで様々な事を教えたお蔭で、ライラは一気に知識をたくわえていくのだが、時々、「主様は女誑しですから」なんて、おかしなことを吹き込むのは止めて欲しいと切に願うのだった。







 ライラに様々な事を教えながら二週間の時が経ち、不毛の地からゴルド商工連合国の領土に入った。


「すご~~~い! 緑がいっぱい」


 みんなが親身になって色々教えた甲斐もあり、今やライラはあらゆる知識を身に付けた。

 しかし、時折、「ミユキって女誑し」とか「ミユキはオッパイが好き」など、あからさまにおかしな知識を植え込んだ奴が居る。名前は言わないが、後で必ず折檻せっかんしてやる。


 そんな事よりも、現在の俺が頭を悩ましているのが、ライラの今後についてだ。

 と言うのも、俺達と居ると常に戦闘が付きまとう。だから、ロロカの処かアーニャの処に居て欲しいのだ。特にアーニャの処だとレーシアやクラリスもいるので話し相手が居て良いと思うのだが......


「わたしはミユキと一緒に居る」


 そんな感じで、何度説得してもその返事しか出てこないのだ。

 という訳で、如何したものかと悩んでいるのだが、俺の四人の仲間は全く気にした様子がない。いや、それ処か、ルーラルなんて一緒で良いでは無いですかと言ってくる始末だ。

 恐らくだが、四人の仲間はライラと対峙した時の事が忘れられないらしく、彼女の力を信頼しているのだと思う。

 故に、何が起こっても問題ないおt考えているのだろう。


『少し、休憩しましょうか。綺麗な草原ですし、ライラも喜ぶでしょう』


 色々と悩んでいる俺に、ルーラルが進言してくる。


 彼女の言う通り、現在は小高い丘の上で景色は最高だし、草花も沢山咲いている。

 きっと、ライラも気になっているだろう。


「そうするかニャ。少し休憩するニャ」


「やった~~~!」


 その言葉を聞いたライラがとても嬉しそうな表情で馬車の荷台から飛び降りる。


「こら、はしゃぐと危ないニャ」


「は~い」


 注意の言葉を彼女に向けて飛ばすと、軽い返事が聞えてくるが、全く気にしている様子がない。

 何故か、どんどんお転婆になっているような気がするのだが、一体誰が悪の道に誘い込んでるんだ?


「レスト~~!」


「オン! オン!」


 そんな俺の心配なんて知るかというように、草原を走り回るライラが豆柴レストを呼ぶと、レストも喜んで追いかけて行くが、如何せん足が短い事もあり、途中でコケていた。

 そんなレストを見て、ライラはケラケラと笑っている。その笑顔はあの空間では見られなかったものであり、外の世界に連れ出して本当に良かったと思えてくる。


 早くトアラもこんな風に自由になって貰いたい。


 あの狭い洞窟に閉じ込められているトアラの事を考え、少し落ち込んでいるとマルラが話し掛けてくる


「師匠、あれ!」


 マルラの声に、彼女の視線の方向へ顔を向けると、そこには草原に座り込むライラの姿があり、そこへ小鳥たちが集まって来ていた。

 その姿はまるで女神のようだ。いや、彼女は女神なのだ。


 そんな彼女を温かい気持ちで眺めていると、今度はリスのような小動物が集まって来る。


「きゃ、何これ! 可愛い」


 肩に乗る小鳥や掌に乗るリスを見て、ライラはとても嬉しそうにしている。

 すると、何時の間にか人化したルーラルが遣って来て、静かに話し掛けてくる。


「もしかしたら、私達はとんでもない存在を助け出したのかもしれませんね」


 彼女の言う事も分かる。今や小動物だけでは無く、狐ぽい動物や鹿のような大型の動物までもが集まって、まるで白雪姫の一場面を見ているような光景だ。


「ライラは女神なの」


 神秘的な光景に度肝を抜かれていると、今度はミララがポツリと溢す。


 そうだな。ミララが言う通りだろう。あれは如何見ても女神だ。


 そんな俺の視線の先では、様々な動物が輪になってライラの喜びや驚きを楽しそうに眺めているような気がする。

 何故か、そんな中にレストが違和感なく加わっているのが可笑しかった。


 そんな一時を過ごしていたのだが、一瞬にして幸せを振り撒く空気が変化した。

 ライラを囲む動物たちが一斉に同じ方向へと視線を向けたのだ。

 それに気付いたライラも首を傾げながら視線をそちらに向けている。


 その異変に気付いたのは、当然ながら動物だけでは無く、俺の敏感な耳もそれを察知している。


「人が追われているニャ」


 その声を発した途端、マルラとミララが疾風しっぷうとなって現場へと駆けつける。

 ルーラルも直ぐに後を追うとしたのだが、俺が止めて彼女にはライラの護衛を任せた。


「承知しました」


 彼女は不満な表情など全く見せず、直ぐにライラの下へと向かう。

 それを確認した俺は、即座にマルラとミララを追う。

 だって、遣り過ぎないように監督しないと、既に普通の人間と戦うには異常過ぎる能力を持っているのだから。


 以前なら、あっという間に追いつけたのだが、最近では彼女達の能力が向上したことで、猫の身体ではなかなか追いつけなくなってきた。


 まあ、リーチが違うからな~。と、一応弁解してみる。


 愚痴を溢しながらも現場に辿り着くと、既に戦闘が終わっていた。


 うぐっ、俺って役立たずでは?


 鬱になりそうな気分を抑えつけて、現場の状況を確認していく。

 倒れている男は六人。座り込んでいる男が一人。

 倒れている奴等はゴロツキ風ではあるが、如何見ても盗賊には見えない。

 座り込んでいる男は、如何見ても商人風だ。

 それから考えて、恐らく座り込んでいる男が六人の男に追われていたのだろう。

 しかし、色々と違和感を感じるのは如何してなのだろうか。

 それよりも、マルラとミララはと言えば、変身する事無く六人を倒した後、周囲をの様子をうかがっている。

 そんなマルラとミララに向け、俺は念話を飛ばす。


『深入りしたくないニャ。サクッと戻るニャ』


 その言葉を聞いた二人はゆっくりと頷き、座り込んでいる男を構う事無く戻って来る。


「あ、あ、あの、ありがとうございました」


 息を切らせて座り込んでいる男が、慌てて二人に礼を述べてきた。しかし、マルラとミララは軽く応対するだけで、俺の指示通りにそそくさと戻って来る。


「えっ、あ、あ、あの、え~~~~」


 助けて貰った男は、二人の余りにも素っ気ない態度に驚愕きょうがくの声を上げているが、それでもマルラとミララは振り向くことなく歩みを進める。

 それを見た俺は、そそくさと馬車に戻ろうとしたのだが、速攻でミララに捕まってしまった。


「あっ、またミララ! ズルいわよ」


「早い者勝ちなの」


 俺を先取りされた事でマルラが不平を述べているが、ミララは軽くあしらっている。


 そんな状況で、俺はゆっくりと座り込む男を眺めたのだが、その男の呆気に取られていたその顔が歪んでいく。更に、良からぬ事を口走ったのを嫌でも耳にする事になる。


「ちっ、失敗か」


 その男の態度で、奴等の狙いが俺達だという事を理解するが、どうやら俺の情報を殆ど持っていないのだと推察すいさつする。

 何故なら、俺が悪名高きサバトラ猫だというのに、全く物怖じしていなかったからだ。


 それに、不自然な所が処が多過ぎる。

 恐らく、追われていたのも演技なのだろう。こんな所で盗賊でもない者から襲われているなんて胡散臭い過ぎる。


 どうやら、何かの狙いがあって俺達に近付こうとしてるんだな......おかしな事にならなければ良いのだが......


 不安を募らせながらも、絡んできそうな人間が予測する。

 それについては、思い当たる処が多過ぎて的を絞れそうにない。

 ただ、現時点で奴等に聞いても何も答えは出てこないだろう。

 故に、今しばらくは様子を伺う事にしようと考えるのだった。

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