59 お花畑
世界とは大地と水と空気だった。
何処までも続くような地平線と水平線。それと澄み切った空気。
大地には所々に山が連なり、地平線を時折分断している。
海は何処まで続き、それを進み続けると最終的には元の位置に戻る。
わたしが生まれた時には、それしか存在しない世界だった。
それを寂しく想い、様々なものを作り始めのだけど、成功もあれば失敗もあった。
そう、何時からか、わたしは癒しの女神や白の神と呼ばれ始めたけど、実は創造神なのよね。
この世界には様々な生がある。
植物だけでも数えられない程の種類があるし、長い間に進化してその姿や習性を変えたものも沢山あるし、悲しいかな絶滅したものもある。
だけど、この世界で生まれたものは、大きく二種類で分類することが出来る。
一つ目は、この世界自体が造り出したもの。
二つ目は、わたしが造り出したもの。
前者は私を含めた神々であり、後者は、大地、水、空気、神々以外の全てだわ。
とは言っても、今では勝手に増えたり減ったりしているし、人間の手で造られた生もあると思う。
そんなわたしが一番初めに造ったのは、自分の話し相手なのよ。
それも、初めての試みで色々とダメダメだったのよね。
それでも、その子は可愛くて良い子だったわ。
というか、わたし自身をモデルにして造った......いえ、わたしの分身なのよね。
だから、他の神々が生まれた時に、申し訳ないけどわたしの中に戻って貰ったわ。
わたしとしては、その筈だったのだけど......
どうやら、彼女は自分の分身を造っていたようね。
まさか、あんな幼女が現れるとは思ってもみなかったわ。
あっ!? バレちゃいましたか?
実は、ミユキに授けた左前足の腕輪で、彼が何を見ているのかが解るのよね。
わたしは実をいうとズルい女神なのです。
でも、手助けをしてあげる事が出来ないから、とても、もどかしくて仕方ないのよね。
それはそうと、今回の件は丸っきり想定外だわ。
さて、如何なる事やら。でも......
ミユキ、お願いだから優しくしてあげてね。
何処までも続く青空。
地面は不毛の地とは打って変わって、何処までも続くお花畑。
目を覚ますとそんな光景が広がっていた。
しかしながら、その美しい風景を見て何故か涙が出てきそうな気持ちになってしまう。
その理由は自分でも解らない。
ただ、その光景はとても不自然だと感じた。
そう、不毛の地よりも不自然な世界だと、本能的に感じ取ってしまった。
「トアラ、とっても寂しかった」
違和感のある風景に気を取られて、自分の状態を把握できていなかった。
どうやら、俺は例の幼女に抱かれているようだ。
と言うのも、寂しいと言う彼女の声で、あの幼女だと直ぐに理解できたから......いや、彼女の匂いが俺の本能に訴え掛けたのかも知れない。
「俺はトアラじゃないニャ」
そう言いながら、彼女の顔を見上げる。
彼女は首を少し傾げて不思議そうにする。
「でも、ラルカやトアラと同じ匂いがする」
ラルカが誰かは知らないが、彼女は星獣のロロカと同じように、俺の匂いでトアラと誤認識しているようだ。
「俺はトアラの使徒だからニャ」
その言葉に、彼女は俺を抱いたままゆっくりと座り込みながら頭をもたげる。
「使徒って何?」
どうやら、使徒という言葉の意味が解らないのだろう。
どうやって説明したら良いものやら......ん? そうか!
「トアラの子供ニャ」
すると、彼女は一気に表情を明るくして、俺の脇に手を刺し込んで抱え上げる。
「トアラの子供。だからトアラの匂いがする。わたしと同じ」
俺はその言葉に愕然とする。
というのも、トアラに子供がいなんて聞いていないからだ。
しかし、彼女に抱かれている時の安心感や匂いは、間違いなくトアラと類似するものだ。
「君は誰ニャ?」
脇に手を入れられているので、だら~んと伸びきった状態となってしまっている俺が、眼前の幼女に尋ねると、彼女は和やかな表情で答えてくる。
「ライラルア。ライラでいい。あなたは?」
「俺はミユキニャ」
ライラの問いに俺は素直に答えると、彼女は首を傾げている。
「ミユキニャ?」
ぐはっ! トアラのバカ~~~~~~~~~!
心中でトアラを罵り、やや発狂気味な心情で訂正する。
「ミユキという名前ニャ」
彼女は含み笑いをすると、俺の名前を何度も呼び始める。
「ミユキ! ミユキ! ミユキ~! ミユキん! ミユキゃん! ミユンキ~~! ミュータン」
いやいや、どんどん名前が変わってるから......それにミュータントみたいだし......
彼女は散々と俺の名前を連呼していたが、満足したのだろう。
俺を自分の胸に再び収めると、別の問い掛けをしてくる。
「ミユキは見た目が全然違う」
まさかと思うが、もしかして、彼女は猫を知らないのだろうか?
「ライラは猫という動物を知ってるかニャ?」
彼女は再び首を傾げる。
結局、こんな遣り取りから始まり、彼女の存在に行き当たるまでに長い時間を要したのだった。
彼女から色々な話を聞き、俺はぶっ魂消た。
というのも、彼女は原初の存在といっても過言では無い幼女だったらだ。
彼女を造りだしたのはラルカという存在らしいのだが、そのラルカを造ったのがトアラらしい。
オマケに彼女が造られた後、直ぐにラルカがここへ来なくなったらしい。
その所為で彼女は信じられない程の長い間、ここに一人で居たという。
どうやら、彼女が猫の存在を知らなかったのも、それが起因しているようだった。
「じゃ、ライラは外に思念を飛ばしても、何も見えないのかニャ?」
「うん。ミユキの存在だけは解る。だけど......本当はラルカからダメだと言われてる......」
彼女は寂しそうに頷き、俺の前に現れた経緯を話し始めた。
どうも、彼女を造ったラルカという存在は、既にこの世には居ないようだ。
何故なら、炎帝や闇帝に聞いてもラルカの存在を知らないとの事だったからだ。
それよりも、俺が疑問になったのは、彼女の生活だ。
彼女はここで、花の面倒を見ながら悠久の時を過ごしていたようだが、ここから出る事は考えなかったのだろうか。
その事を聞くと、彼女は悲しそうに教えてくれた。
「わたしはここから出られない」
彼女の言葉を聞いて、俺はここが結界の中ではないのかと思い至る。
という事は、俺も出られなくなったという事か? てか、抑々、どうやって俺を引き込んだのだろうか。
「ライラは俺をどうやって連れて来たニャ?」
「解らない。でもミユキは触れられたから連れて来れるような気がした」
もしかしたら、俺の中にあるトアラの力が反応したのかもしれない。
しかし、それも憶測でしかないし、ここから出る方法が解らない。
さて、これは困ったぞ......
「なあ、ここってずっと進むとどうなるニャ?」
広い景色を眺めながら、俺は彼女にそう尋ねると、彼女は暫く首を傾げていたが、尋ねられている事の意味を察したのだろう。ゆっくりとそのか細い右手を振った。
すると、何処までも続くような風景が消えて、半径が十メートルくらいの円状い部屋になった。
そんな部屋に花々が咲き乱れているのだ。
簡単に例えるならば、何処までも続くように見えた花畑は映像だと言った方が良いだろう。
更に、周りを囲む高い壁は白で統一され、頭上にある天井は空の色が映し出されている。
俺はその光景をみて、再び愕然となる。だって、これでは花畑では無く、まるで監獄だからだ。
驚きを悲痛な思いに変えた俺は、ゆっくりとライラに尋ねる。
「ライラはここから出ようと思わなかったのかニャ?」
その言葉を聞いた彼女は、その表情を悲しそうなものにして首を横に振る。
「外の世界には出られない。出たら死ぬってラルカが言ってた。」
そこで気付く、この子は何を食べて生きているのだろうかと。
もしかして、世界樹の種があるのだろうか。
いやいや、創世期からここに居るのだ。もしかしたら世界樹の種すらないかもしれない。
というか、彼女のに聞けば良い事だと遅ればせながら気付く。
「ライラは何を食べて生きてるニャ?」
「何も食べてない」
がーーーーーーーん! もしかして、俺って騙されてたのか......
俺はトアラに騙されていたことに気付く。
神は何も食さなくとも死ぬ事はないようだ。
最終的には、炎帝と闇帝から裏を取ったのだが、考えれば直ぐに解る事だった。
だって、水帝は長い間、何も食わずに邪竜を封印していたのだから。
この時、俺は違和感を感じたのだが、それが何に対してなのか全く解らなかった。
その所為で、その違和感の事を直ぐに忘れる事になってしまう。
「ライラ、ここから出る方法なんて、勿論知らないよニャ?」
確認のために一応聞いてみたのだが、当然ながら彼女は肯定してくる。
更に、彼女は嬉しそうな表情で言葉も返してきた。
「もう一人じゃない。ミユキが一緒にいるから寂しくない」
いやいや、俺には使命があるから、ここにずっといる訳にはいかないんだよ。
というか、あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
四人の娘達が心配してる筈だ。
そこで、まずは四人に俺が無事であることを伝えたいと考えたのだが......
「ライラ、俺と一緒にいた四人の娘は見えるのかニャ?」
すると、ライラは黙って首を横に振る。
ただ、それだとルーラルが話し掛けた時に消えた理由が解らない。
「じゃ、俺の仲間が現れた時に、なんで消えたんだニャ?」
「声が聞えた」
どうやら、姿は見えなくても、声は聞こえるらしい。
だったら、ライラに頼んで声に向かって伝えて貰えればいいのだ。
しかし、彼女にその事を伝えると、またまた否定の反応が返ってきた。
「向こうでは触らないと意思を伝えられない」
どうやら、向こうの世界で俺が彼女と疎通した時は、触れ合っていかたら可能だったみたいだ。
こうなると、向こうに連絡する手段が......あ、手鏡があるんだ。
俺はアイテムボックスから即座に手鏡を取り出し、それでアーニャに連絡しようとしたが、残念ながら全く無反応だった。
どうやら、神殿の時と同じで、違う次元にいる時には使えないということか。
ガックリと肩を落としたところで、ライラが不穏な声を発した。
「また出て来た!」
その声に、ライラを見遣ると彼女は部屋の中を見据えている。
直ぐに、その方向へと視線を向けると、そこには黒いモヤは生まれている。
それが暫く蠢いていたのだが、次第に人の形に収束する。
更に、その黒いモヤが人のような形を形成すると、行き成り襲い掛かって来る。
ところが、ライラは慌てる事無く右手を突き出して光の矢を放つ。
「くるな!」
彼女の声と共に放たれた光の矢は見事に黒い人型に突き刺さり、次の瞬間には再び黒いモヤとなったかと思うと霧散していった。
「ライラ、あれはなんだニャ?」
「知らない。でも、あれは駄目な存在」
俺があの黒いモヤから感じたのは、あの悪魔の存在だった。
恐らく、彼女は本能的に拙いものだと判断して、あの黒いモヤを倒しているのだろう。
「あれは良く出るのかニャ?」
「昔は出なかった。最近はよく出る」
どうやら、彼女が言いたいことは、近年になって出現する事が多くなったという事だろう。
やはり、悪魔の存在は何か悪い事の前触れの様な気がする。いやいや、今はそれよりもここから出る事だ。
その後も、色々と思案したのだが、俺の予想からすると、彼女が外に出ても死ぬ事は無いと思う。
これは飽く迄も俺の感でしかないが、彼女が外に出て死んでしまうというのは、存在が無くなるという事では無く、誰かから狙われるという意味だと思う。
何故ならば、神とも言える存在がこの空間でしか生きれないというのが理解できないことなのだ。
故に、彼女を外に連れ出す事は可能だろう。
しかし、問題となっているのは外に出る方法だ。
「ライラ、俺と一緒にここから出るニャ」
「無理。ここから出ると死ぬ」
いや、訂正しよう。一番の問題は彼女の気持ちなのかもしれない。
「大丈夫ニャ。俺が絶対に守るからニャ」
俺が必死に説得するが、彼女は首を横に振るばかりだ。
「ミユキ、ここで一緒に生きていく」
ぐあっ、こりゃ拙いぞ。彼女は完全にここで俺と暮らすつもりだ。
しかし、次の瞬間、空間に亀裂が入る。
それは徐々の割れ目を大きくしていく。そして、そこから可愛らしい戦乙女が現れた。
それを見たライラが素早く俺を抱き上げる。
「師匠。やっと見つけた......」
「ミーシャ。それは誰なの?」
「あたしのお蔭なのです。って、こんな所で幼女と......」
「その話は後にしましょう」
そんな俺を見たマルラ、ミララ、レストが安堵の表情を一気に険悪なものに変え、言葉を詰まらす。
しかし、そんな三人をルーラルが厳しい表情のまま言い諭して、今度は俺に話し掛けてくる。
「主様、戻りましょう」
どうやって彼女達がここへ入って来れたのかも疑問だが、これで外に出られそうだ。
ところが、そこで問題が発生する。
「ミユキは渡さない。ここでわたしと一緒に暮らす」
俺を力強く抱いているライラが、戦乙女となった四人の娘に右手を向けたのだ。
「駄目ニャ。彼女達は俺の仲間ニャ」
しかし、ライラの目は既に燃え上がっている。
「師匠は渡さないわ」
「ミーシャを返して貰うの」
「抜け駆けは駄目なのです」
「ここは、大人しく主様を渡して貰いましょう」
ヤバイ、ライラも四人娘も完全に遣る気になっている。
そんな俺の不安を余所に、マルラが疾風となって襲い掛かって来る。
おいおい。俺が抱かれて居る事を理解してるのか?
マルラの勢いを見て思わずツッコミを入れそうになったのだが、ライラは慌てる事無く、己の右手を軽く振る。
すると、マルラの動きが一気に失速する。
「えっ!?」
その事に驚くマルラだが、それは彼女だけでは無く、それを見ていた全員が驚愕の表情となる。
何故なら、マルラの戦乙女の装備が解除され、元の普通の服に戻ったからだ。
ライラはそれに驚く俺の仲間達に、次々と手を振っている。
その度に、ミララ、レスト、ルーラルの装備が解除され、更に武器までも消えてしまった。
流石は神と言われる存在だな。この力は半端ないぞ。
何故か、ライラの行動に安堵している俺は、彼女の表情を見上げるのだが、彼女の瞳は未だ炎に燃えたぎったままだ。
「ちょっと、これってどういうこと?」
想定外の攻撃に戸惑うマルラ。
「かなり拙いの」
焦りの表情を見せるミララ。
「強敵なのです」
今にも豆柴に変身して逃げ出しそうなレスト
「こうなれば肉弾戦です」
ガチで殴り合いを始めそうなルーラル。
四人の性格が露わとなる瞬間だった。
「もう帰って。次は倒す」
そんな四人に警告を飛ばすライラだが、そういう訳にもいかないのだ。
だから、俺は猫の姿から人間体へと身体を変化させる。
「あ、ミユキ」
それを見たライラが思わず声を上げるが、俺は構わずに彼女を抱き上げる。
「ライラ、大丈夫だ。お前は外に出ても死んだりしない」
彼女にそう伝えるが、彼女は必死に首を横に振っている。
「あ、主様、急がないと亀裂が......」
ルーラルの声に、視線を彼女達が作った次元の割れ目へと向けると、ゆっくりと元の状態に戻ろうとしている。
「行くぞ! みんな先に行け」
ところが、その言葉に全員が不安そうな表情となる。
恐らく、俺が取り残される事を心配してるのだろう。
「大丈夫だ。兎に角、今は急ぐんだ」
その言葉を聞いた四人が頷くと、瞬時に移動を開始する。
彼女達が作った割れ目に入ると、まるで黒い通路を進むような感じだった。
それはトアラを封印していたあの洞窟から抜け出る時の事を思い起こさせる。
しかし、今回はその空間に捕まりそうになる事は無さそうだ。
これだけ大きな裂け目を誰が作ったのか不思議だったが、今は元の世界に戻る事に意識を向ける。
「大丈夫だ。心配しなくても俺が守ってやる」
ブルブルと震えるライラにそう言うと、彼女は小さく頷いて問い掛けてくる。
「それが本当の姿?」
俺は首を横に振り、彼女の疑問に答えてやる。
「いや、俺の本当の姿は尻尾の綺麗なサバトラ猫さ」
その答えに、クスリと笑ったライラが俺の首に両腕を回してくる。
「ミユキと一緒なら死んでもいい」
いやいや、ライラに死んで欲しくないし、俺も死ぬ訳にはいかないんだよな。
そんな事を考えながら、俺は元の世界へと戻るのだった。




