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58 不思議な少女


 赤土地と砂の大地ばかりが織りなす世界。

 見渡す限り、草も生えてなければ、木も生えていない平地。

 視界を巡らせると、遠くには大きな山が見える。しかし、その山も白と灰色と赤土色に染まって、全く生を感じさせない風景となっている。


 この見渡す限りの更地も、遠い昔は緑の生い茂る大地だったのではないだろうか。

 そう、ここだけが死の世界であるのは、何をどう考えても不自然だと言えるだろう。

 それでも、今現在、ここには死の世界が存在する。いや、生の無い世界といった方が相応しいだろう。

 それは、植物に限らず、昆虫、動物、全ての生物どころか、無機物である土でさえも死に絶えている様に感じるからだ。


 そう、ここは不毛の地。


 この世界において伝えられる話では、この大地が生まれた理由は神々の大戦だという。

 しかし、果たしてその言い伝えが本当なのだろうか。

 それは誰にも解らない。いや、俺の周りにはそれを知る存在がいる。

 その者達は、その大戦の主人公となる神々達だ。

 しかしながら、彼等彼女等は硬く口を閉ざしたまま、決して過去の事を語ろうとしない。

 どんな訳があってそれ程までに頑なになるのかは解らないが、恐らく彼等彼女等にも、そうしなければならない理由があるのだろう。


 不毛の地をガタガタと揺れながら進む馬車の荷台で、そんな想いをしみじみと噛み締めている。


「こら! レスト! 顔を舐めるニャ」


 ユニコーンのルーラルが馬に化けて引く馬車の荷台、丸くなる俺の上に乗るレストが、ハアハアと息を荒くして愛撫あいぶしてくる。


 折角、感慨深かんがいぶかい時をシリアスに過ごしていたのに、よだれたらす豆柴の所為で全てが台無しだ。


 それに、豆柴の状態とは言え、流石に遣り過ぎだぞ。

 完全に夜伽よとぎモードに入ってるじゃないか。

 というか、この状況だと俺が受けになるのか......


「レスト、調子に乗り過ぎなの」


 言葉と共に突き刺さるような視線を投げかけるミララ。

 その攻撃が見事に炸裂して動きの固まるレスト。

 その間に、ゴソゴソと逃げ出す俺。


 何度繰り返したか解らない遣り取りだ。

 そういう意味では、あれだけ成長した二人だが、こういう処は全く進歩がないと言えるだろう。


「レスト、そろそろ交代しなさいよ」


 御者席からマルラの怒りに満ちた声が轟く。

 彼女から発せられる声は不満タップリで、まさに噴火する寸前の火山のようにくすぶっている様子だ。

 ところが、そのマルラの言葉が解呪となり、ミララの刺すような視線で石化していたレストが動き始める。


「オン!(あい!)」


 実は交代で御者席に座る事になっているのだが、レストは豆柴状態で寝過ごす事が多く、彼女が一番その役割を果たしていない。

 ただ、俺が思うには、不毛の地では御者役は必要ないと断言できる。

 何故なら、進行は馬車を引くルーラルに任せてあるので、御者席に座る者は唯の飾りだからだ。

 と言うのも、御者の居ない馬車が勝手に進むのが不自然だから座っているだけで、こんな誰もいない処で、そんな演技をしても仕方ないと思う。

 しかし、そうなるとルーラル一人に大変な想いをさせているような気がするので、敢えてその事を口にしないようにしているのだ。


 マルラの言葉で、レストが特撮映画のように人化すると、彼女はミララの視線から逃げるように御者席に座る。

 すると、疾風となったミララが俺を捕獲ほかくするのだ。


 お前は何処のハンターやねん。


「あ~~ズルい! ミララ、ズルいわよ!」


 御者席から荷台に移動して来たマルラが、俺を拿捕だほしたミララに苦言を申し立てるが、彼女もゆずる気は無いようだ。


「今までレストが占有していたの。今度は私の番なの」


 絶対に渡さないとばかりに物言うミララ。それを見たマルラは腕を組んだ姿勢で鋭い視線を御者席に座るレストへと向ける。

 しかし、マルラの視線の先では、何も聞こえない振りをしたレストが、視線を遠くに向けて口笛を吹いていたりする。


 どうやら、レストは知らぬ振りで押し通すつもりらしいな。


「う~~、師匠、こちらに来て下さいよ」


 完全にスルーしているレストから視線を切り、こちらに向き直したマルラが、今度は俺を泣き落とそうとし始める。

 しかし、残念ながら、この場合において俺の発言権は無に等しい。

 悲しそうにするマルラから満面の笑みをたたえているミララへと視線を移すが、如何見ても代わる気がなさそうなのを理解すると、再びマルラへと視線を戻し、黙って首を横に振るしかない。


「レストのバカ! ミララのバカ! 二人とも晩ご飯は覚悟しなさいよ!」


 その言葉に、素知らぬ顔をするレストが悲鳴をあげ、俺を楽しそうに撫でているミララの動きが凍り付くのだった。







 不毛の地に入ってからの一日目が終わる。

 何も無い、本当に何も無い砂と赤土の大地にテントを設置し、野宿の準備を始めたのだが、テントの中がやたらと騒がしい。

 チラリと覗いてい見ると、未だに怒り冷めやらぬマルラにレストが泣き付いている。

 更に、ミララも何故かマルラの前で両手を合わせている。

 どうやら、二人とも晩飯が食べれない料理になることを恐れているのだろう。

 俺としては、飯を食う必要が無いので、如何でも良い事なのだけど、レストとミララにとっては死活問題なのだろう。

 てか、あの三人も世界樹の種を食べているから、何も食べる必要はないと思うのだが、その辺りが未だに良く解らない。


 テント内の騒ぎの原因も解ったし、俺は再びテントの外でシリアスな時間を過ごすべく、何の気なしに周囲を見渡す。

 すると、視線の先には昨夜の幼女が座っていた。

 いつの間に現れたのか、彼女は距離にして十メートル先に、昨夜と同じような格好で座り込んでいて、やはりうつむいたまま微動びどうだにしなかった。


「主様、お茶でもどうですか? アーニャさんから美味しいお茶の葉を頂いたんですが」


 すると、まるで昨夜の様に後ろからルーラルが声を掛けて来たのだが、今日は振り向くことなく幼女を見据みすえていると、彼女はルーラルの登場と同時にパッと消えてしまったのだ。

 俺は何度も瞬きを繰り返し、幼女の居た場所を確認したのだが、やはり彼女は跡形も無く消えてしまったようだった。


「主様?」


 反応のない俺をいぶかしく感じたのだろう。ルーラルが再び声を掛けてくる。


「あ、ああ、いや、何でもないんだニャ。お茶を貰うとするかニャ」


 いつの間にかルーラルに抱き上げられた俺は、彼女に連れられてテントの中へと入り、彼女に煎れて貰ったお茶を飲んでいたのだが、頭の中はあの幼女の事で埋まっており、そのお茶が美味しいのかどうかすら解らない状態で暫くの時を過ごすことになった。


 猛然と料理を片付ける(たべる)レストを眺めてみると、食事と言うよりゴミ清掃車を連想してしまう。

 その食いっぷりが、料理を食べるという行為ではないような気がするのは、どうやら俺だけでは無いようで、ルーラルもレストの食事風景を険しい表情で見詰めている。


「レスト、いい加減落ち着いて食べたらどうですか?」


 流石に見兼ねたのだろう。ルーラルが彼女をたしなめた。

 しかし、レストは、「なに?」って感じでキョロキョロすると、直ぐに食事に戻る。


 ルーラルがその対応に溜息を吐きながら首を横に振ると、ミララが声を発した。


「ミーシャの妻になるなら、食事のマナーくらは当たり前なの」


 その途端、レストの動きがピタリと止まる。


 それは、完全に石化か硬化の魔法を受けたような状況だ。

 ところが、首だけがギギギッと動き、俺へと視線を向ける。

 俺としては、行儀よくして欲しいという気持ちと元気があっていいじゃないかという両方の気持ちがあるので、どっちが良いとは言えないのだが、レスト以外の者からは何とかしてくれという合図が送られているような気がして、仕方なく口を開く。


「周囲の者が見苦しいと思わない程度のマナーは必要かもニャ」


 その言葉に、口の中の物をごくりと飲み込んだレストは、急に大人しく食事を始めた。


 こうして、騒がしい夕食の時間も終わり、更に騒がしい入浴の時間となるのだが、マルラとミララ、レストから放たれる嫉妬の視線をサラリとかわしたルーラルが俺を洗ってくれることで、魔の入浴タイムを鎮静化ちんせいかさせた。


 俺としては、そんなことよりも気になる事があるのだ。

 そう、あの幼女の事が気になって仕方ないのだ。

 というのも、彼女が人間で無い事は既に理解している。

 もしかしたら、例の悪魔とか、ニルカルアの使徒とか、そんな様々な状況が考えられるのだが、ただ俺の感が邪悪なものでは無いと告げているのだ。

 故に、俺としては、早くあの幼女の事を確かめたかったのだ。

 でも、ルーラルが顔を出した時の事を考えると、恐らく他の者が居る処では、彼女は姿を現さないのではいかと思う。

 だから、早く風呂を済ませて外に出たかったのだ。


 そんな想いで、さっさと風呂を終わらせてテントの外へ出たが、幼女の姿は何処にも無かった。

 その事を残念に思いながらも、何故か彼女はまた現れるだろうという確信を持つのだった。






 景色と言えば、どれだけ進めど砂と赤土の荒野が広がっているばかりだ。

 あれから一週間の時が経つが、鳥一羽、ネズミ一匹の姿すら見掛けない。

 故に、進行については、全くと言って良い程に問題ない。というか、何も無い。


 それはそうと、今回の一件で、俺の感なんて全く当てにならないという事が解った。

 と言うのも、あれから少女が現れることはなく、全く何事も無い一週間が過ぎたのだ。

 しかしながら、それが逆に俺の気を引いてしまうのも事実だった。

 だって、何らかの用があって出てきた筈なのに、急に出て来なくなるのは不自然だ。

 それも、俺にしか姿を現さないのだ。絶対に俺と何かの因果関係がある筈なのだ。


「師匠、如何したんですか?」


 俺を抱く番が回ってきたマルカが、頭を優しく撫でながら尋ねてくる。


「ここ最近、ずっと考え事をしてませんか?」


 どうやら、俺の事は周りに筒抜けのようだな。

 一度、何をもって俺の表情や心情を悟っているのか聞いてみたいものだ。


「大したことはないニャ」


 本当の事を話しても良いのだが、あの幼女の件は実害となっていなし、仲間達を無駄に警戒させるのも悪いと思って、今回は話さない事にした。


「本当ですか? 何でも遠慮しないで言って下さいね。エッチな事でも大丈夫ですからね」


 ぐはっ、エッチな事って、何だ? 俺には全く分からんからな。


「だって、ビアンカから聞きましたよ? 師匠がのぞき趣味があるって」


 あのアマ~~~~~~~~!


「誤解ニャ。俺は覗きなんて興味ないニャ。奴の言う事を信用するニャ」


 思わず、慌てて弁解するが、これではまるで俺が言い訳をしている様に聞こえる。

 てか、マルラはきっとそう思ったのだろう。


「師匠なら......なんでも見せますから......他の人なんて駄目ですよ?」


「だ~か~ら~誤解ニャ~~~~!」


 あう~~~、俺のイメージがドンドン崩れていく......

 めっちゃカッコイイ猫の姿が......


「ミーシャ、エッチなの。私のオッパイも好きなの」


 落ち込む俺を余所よそに、マルラの隣に座るミララが、更に追い打ちを掛けてくる。


 た、た、確かにオッパイは好きだけど......それって、エッチじゃなくて男の本能なんだ......仕方ないんだ~~~~~~!


 心中で悲鳴の如く言い訳をしていると、ミララが両手をこちらに伸ばしてくる。


「ミーシャ、こっちのオッパイは甘いの」


 その途端、マルラの頭から角が生えたかと思った。


「ミララ、それ如何いう意味よ! 僕のオッパイが小さいから辛いって言うの!?」


 一瞬にして鬼神化したマルカが、涼し気な表情をしたミララに食って掛かった。

 すると、ミララは何気ない表情でサラリと追加の攻撃を入れる。


「かなり苦いかも」


「な、な、なんですって~~~~!」


 どうやら、いつものバトルが始まる気がする。

 それは勝手に遣って貰って構わないのだが、俺を間に挟んでおっ始めるのは止めてくれ。

 ミララとマルラのオッパイで挟まれる状況は少なからず天国なのだが、頭上から降ってくる罵声の嵐は地獄すら生温いと思える程なのだ。


『主様、あれは遺跡でしょうか?』


 今まさにマルラとミララによる荷台大戦が始まろうとしていた時、ルーラルから訝し気な念話が届く。


「あっ、師匠~~~」


 その念話を聞いた俺が、すぐさまマルラの腕の中から飛び出すと、マルラから悲しそうな声が飛び出した。

 それを耳にして、申し訳ないと思いながらも、俺は御者台を蹴って馬の姿に変身しているルーラルの背中に飛び乗る。


『あっ、主様、上に乗るのは夜の方が......』


 ルーラルまで何を言ってるんだ?


 背に乗る俺にルーラルが怪しげな台詞を口にするが、それを聞き流して視線を周囲に巡らせる。


 そこには、ルーラルが言う通り遺跡と思える残骸ざんがいが転がっていた。

 と言うのも、既に建物の面影は無く、柱らしき石柱が転がっているだけであり、その石柱もち果てている。

 それでも、それが神殿の柱だと解るのは、これまでに幾つもの神殿を見て来たお蔭だろう。


 俺はルーラルの背から飛び降り、殆ど大地と一体化しそうな朽ちた柱の間を進む。

 すると、沢山の倒れた柱の間に丸みを帯びた石が置かれているのに気付く。

 どこかで見た事があるような石だった。

 自然な物にしては丸い作りで在り、人工的な物にしては歪な形をした石。

 その感想から、その存在の事に辿り着く。

 何故なら、その石はトアラと出会う切っ掛けとなった石と同じに見えたからだ。


 なぜ、これがここにあるんだ?


 あの石がここに在る事を不自然に思いながら、俺はあの時の様にゆっくりと爪を研いでみる。

 しかし、残念ながらトアラの下へと転移する事はなかった。

 転移できなかった事を心が締め付けられる程に苦しく思いながら呟く。


「トアラ、あなたは元気なのかニャ? 寂しくないのかニャ?」


 そして、それが愚問だった事を思い出す。

 そう、寂しくない訳がない。あんな処に一人で居て元気な筈がない。

 今再びその事を思い起こした俺は、上げていた右前足を地面に叩き付ける。

 それにより、物凄い震動が起きるが、今の俺にはそれを気に止める程の余裕も無い。


「ミーシャ、どうして一人で先にいくの」


「師匠、心配しましたよ」


「凄く揺れたの。地震なの」


「今の震動は、主様ですか?」


 後ろから、ミララ、マルラ、レスト、ルーラルが声を掛けてくる。

 恐らく、俺が地面を叩いて起こした震動の所為で、何かの異変と勘違いしたのだろう。


「いや、ちょっと転んだニャ」


 あからさまに嘘と解る返事をするが、誰もそれを聞きとがめる者はいない。

 ただ、四人とも首を傾げて不思議そうにしていた。


 まあ、俺だって時には落ち込む事もあるさ。


「今日は、もういい時間だし、ここで休むとするかニャ」


 その声に歓声を上げたのは、当然ながらレストだ。

 きっと、彼女の脳内は食事の事で埋まっているのだろう。


 その後、いつもの如くテントを取り出し、四人の娘はテントの中へと入るが、俺はゆっくりと周囲を見回す。

 すると、例の幼女が現れた。

 そう、俺の十メートル先に、以前と同じように俯いた状態で座り込んでいる。

 俺は警戒する事無く、ゆっくりと幼女に近付く。

 彼女は、俺が目の前まで来ると、そのか細い両腕を広げる。

 その行動を不審とも思わず、彼女の手の届く範囲に近付くと、広げていた腕をゆっくりと動かし、俺の身体を抱き上げる。


『やっと、やっと会えた。嬉しいわ。本当に嬉しいの』


 俺を抱き上げた幼女はそう言うと、俯けていた顔を上げる。

 そして、その顔を見た俺は凍り付く。何故ならば、その幼女の顔はトアラと瓜二つだったからだ。


『お前は誰ニャ?』


 驚きを押し止め、彼女の正体を聞く俺だが、意識が朦朧もうろうとしてくるのが解る。


「これはどういうことニャ?」


 不審に思う俺が声を出すと、彼女は優しい表情で笑いながら答えてくれる。


『大丈夫。一緒に居たいだけだから。傷付けたりしないよ』


 そんな彼女の答えを最後に、俺の意識は刈り取られてしまうのだった。


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