54 邪竜討伐
剥き出しの山肌。山裾に広がる樹海。
その先には人間の住む街や村が存在し、ここから一望する景色は人の営みを感じさせてくれる。
更に、ここからなら遠く離れた場所にある聖地をも、僅かに望むことも出来る。
そんな場所に造らせた厳かな神殿。
その規模は小さく、決して豪奢ではないが、ワシを崇める者達が汗水流して造り上げたこの神殿を心底気に入っておる。
これを造り上げてくれたのは、この世界に住む人間達だ。
ワシは感謝の意を込めて、この人間達を見守って行こうと思う。
人間、そう人間だ。その人間の本質とは、悲しいかな『悪』だと言えよう。
それは仕方ないとも言える。
何故ならば、人間は神に次ぐ知能と感情を持つ存在でありながら、未だ未熟な存在だからだ。
感情とは、喜を唄い、怒を振り撒き、哀に暮れ、楽に踊り、愛に包まれ、憎に心燃やすものだろう。
だが、この感情は人間に取って重荷となっているようだ。
残念ながら人間は、それを上手く制御し得ないのだと感じる。
愛に包まれた者が喜を唄ったかと思うと、それを奪われた瞬間に、哀の余りに怒が生まれ、容易に憎に転じて争いの炎を燃え上がらせる。
それが神との違いだとも言えるのかも知れない。
しかしながら、そんな『悪』の本質を知り、必死に『善』で在ろうとする人間の姿は、愛おしいとも思える。
それ故に、ワシは人間という生き物が好ましい存在だと感じている。
しかし、人間は弱い、とても脆弱な生き物だ。
簡単に楽へと流れ、己の楽や喜のために、容易く他人に害を為す存在へと成り果ててしまう。
さて、どうやってこの人間達を導けばよかろうか。
何時もの如く、高き禿山の山頂に造られた神殿から眼下の景色を眺め、この世界について考えていると、突然現れた神の気配に気づく。
それは、とても甘く、とても優しい香りを発している。
ワシはこの世界で、この匂いを漂わす者を一人しか知らない。
故に、その者の正体を即座に知る。
「こんな辺鄙な処に、如何したのだ? トアラ」
その存在を見ずとも誰かは解るが、顔を背けたまま話すのは失礼だろうな。
ワシは視線をその美しき癒しの神に向けて話し掛けた。
「久しいですね。元気でしたか?」
その声色は、神や人間に限らず、あらゆるものを癒す美しき音色だと言えるだろう。
久しぶりに聞いたが、その心が癒される声色は健在のようだ。
「久しいと申しても、其方の居る聖地とは目と鼻の先ではないか」
「そうですね。ですが、あなたはちっとも聖地にお越しならないから」
少し拗ねたような表情も、その比類なき美しさを際立たせる素材のように感じる。
流石のワシでもコロッと惚れてしまいそうだ。
いやいや、いかん。この女神に惚れたら大変な事になる。
思わず愛の虜となりそうな自分に喝を入れ、彼女が聖地から態々《わざわざ》訪れたことに触れる。
「して、何用かな。其方がここまで来るとは、余程の事だろう」
その問いに、彼女は輝かしくしていた表情を一気に暗転させ、逡巡した後に粛々《しゅくしゅく》と話し始める。
「本日は、竜神、あなたにお願いがあって参りました」
そうして始まった彼女の話は、容易くワシに驚愕を与える事となった。
だが、彼女の願いを聞き、ワシは快くそれを受け入れる事にした。
こうしてこの世界に邪竜が生まれる事となる。
そう、この時からワシは邪竜として生まれ変わったのだった。
その存在は邪悪。
その存在は凶悪。
その存在は災い。
そんな思いで対峙した邪竜は、思いの外美しき男だった。
やや浅黒い肌ではあるが、整った顔立ち、均整のとれた肢体、美しき白銀の髪、猫と同じような瞳孔を持つ瞳、どれを取っても邪悪とは思えない様相だと言えるだろう。
ただ、悲しいかな思考は単純なようだ。
そんな美しきも強き男が、俺の仲間の攻撃を往なしていた。
「これで!」
右手に光輝くレイピア、左手にシンプルな造りのマンゴーシュを持ったマルラが気合と共に疾風のような刺突を繰り出している。
「ふんっ、まだまだ」
閃光とも思えるマルラの刺突を躱しながら、邪竜人はニヤリとした表情を保ったまま声を上げる。
しかし、避けた先にはミニスカート姿となったミララがロングメイスで打ち掛かっている。
「今なの!」
ミララ、パンツが丸見えニャ......戦闘が終わったら短パンに変更する事を進言しよう。
「ちっ、うりゃ」
隙を突かれた邪竜人だが、舌打ちをしながら右手に持つ大剣で、その力強いロングメイスの一撃を叩き落す。
「はっ!」
邪竜人が大剣を振り下ろした残身を狙って、今度はルーラルがドリルの形状に変化したランスを突き込む。
「こなくそ!」
なんと、邪竜人は気合と共に撃ち出した左のガントレットで、ルーラルのドリルランスを横から殴り飛ばした。
更に、奴はその回転力を利用して横に旋回し、大剣を振るってくる。
「喰らえ!」
怒声と共に振り切られたその剣閃は、直接的な攻撃力だけでは無く、激しい衝撃波をも放ち、近接戦闘で打ち合う三人の娘達に襲い掛かる。
それを見た俺は、すぐさまヤバイと直感する。
何故なら、その一撃は過去に戦ったどの魔神よりも強力な攻撃だと感じたからだ。
「これくらい!」
「問題ないの」
「温いです」
ところが、驚く事に、マルラ、ミララ、ルーラルの三人は、気合と共に己の武器を一閃させ、その衝撃はを打ち砕いた。
「今なのです! 氷槍雨!」
三人の力強さに驚く俺の近くでレストの声が轟く。
次の瞬間、無数に生まれた氷の槍が残身となった邪竜人へと降り注ぐ。
このタイミングなら、味方に被害を与えず範囲攻撃が可能だと判断したのだろう。
攻撃力よりも、その判断力を褒めてやりたい。
てか、これまでの戦闘で、既にレストの説教部屋行きは確定してるけどね。
「ハッ!」
そんなレストの魔法攻撃に向けて、邪竜人は左手を翳して気合を放つ。
すると、半透明の障壁が生まれ、全ての氷雨が弾き飛ばされる。
更に、奴は体勢を整えてニヤリとすると、言葉を放った。
「流石はトアラの使徒だ。だが、この程度ではワシは遣られんぞ」
しかし、それを聞いた四人の娘達が反発する。
「次の攻撃で、その減らず口を黙らせるわ」
「偉そうなことを言う割には冷や汗を流してるの」
「あたしもまだ本気じゃないのですよ」
「あなたに勝機はありません」
豪快に言い放つ邪竜人に向けて、四人の娘達はそれぞれの想いをぶつけ、その気合と共に屈強なその男に挑む。
その力と力がぶつかる光景は、まさに激闘と呼ぶに相応しいものであり、これまでの彼女達ではなし得なかった領域での戦いだった。
それだけでは無い。その戦いの光景は、憎悪によるものでは無く、純粋に己が力を知らしめ合う崇高な闘いに見えた。
その闘いを目の当たりにすることで、俺の中で生まれた疑問が、徐々に大きな疑念となって膨らんでいく。
何故なら、邪竜人から邪念を感じなからだ。
奴は純粋に戦いを楽しんでいるかのように見える。
それは、強き者との戦いに心を躍らせ、己が力でそれを捻じ伏せようとする強い想いを感じさせる事はあっても、決して憎悪や怨讐で相手を亡き者にしようとする邪悪なものを感じさせない。
この邪竜は、一体何を考えて戦っているのだろうか。
そんな疑問に思考を奪われている間にも戦いは続いている。
激しい剣戟が響き渡り、戦闘の衝撃が地を揺るがす。
お互いの力をぶつけ合い、怒声と気合の声が剣戟と混ざり合う。
その闘いは互角に見える。しかし、邪竜人の様子からして、まだまだ力を隠しているような気する。
とはいえ、四人の娘達も恐ろしい程に強くなっている。
今なら、あの虎娘ともタイマンで戦えるのではなかろうか。
俺が四人娘の戦いに感嘆していると、幼女姿の水帝アクアが話し掛けてくる。
『彼女達は強くなったわ。抑々、素質もあったし、その心構えも確かなものだったしね。でも、彼女達の力だけであいつを倒すのは難しそうね。そろそろミユミユが手伝ってあげたら?』
確かに彼女の言う通り、互角の闘いをしているように見えるが、徐々に押され始めている。
しかし、ここで俺が参戦することが望ましいとも思えない。
というのも、俺が出張る事で彼女達の自信と意欲を削ぐような気がするからだ。
だから、敢えて今回は見守る事にしようと思う。
「いや、彼女達だけで何とかしてくれるニャ」
アクアの意見に反発する形となったが、彼女は少し楽しそうな表情をしていた。
『それもそうね。折角だから彼女達に任せましょうか』
彼女が快く俺の意見を受け入れたことで、二人でこれからの戦いを見守ろうと思ったのだが......
次の瞬間、全く予想だにしていなかった事態が発生するのだった。
突然に生まれた台詞は、唐突な攻撃と共に訪れた。
「おじ様、手抜きはダメですよ!」
その声に見覚えがある。ニルカルアだ。いや、現状の問題はその声と共に放たれた黒球の方だ。
声の主であるニルカルアの放った黒球は、四人の娘達では無く、獅子奮迅とばかりに大剣を振るう邪竜人を捉えた。
奴が放った黒球は邪竜人を飲み込むと、その場に気持ちの悪い空気を撒き散らす。
すると、完全に黒球に呑み込まれた筈の邪竜人から、怨嗟の声が上がる。
「ぐお~~~ニルカ~~~~~!」
どうやら、邪竜人はその攻撃を受けたことで、相手がニルカルアだと認識したようだ。
「楽しそうなおじ様なんて詰まんなわ。じゃ~、思いっきり暴れて頂戴ね」
不敵な笑みを浮かべたニルカルアは、そう言って黒い塊となったあと、霧散するように消えていく。
ぬぬぬ、ニルカルアとは相変わらず厄介な存在だな。
綺麗サッパリ消えてしまったニルカルアを罵るが、その間も邪竜人の声が響き渡る。
「ぬぐぉ~~~~~~~~! ぐあっ~~~~~~~~~~!」
しかし、そこに残るのは、ニルカルアの黒球とそれに包まれた邪竜人の怒声だけだ。
それを前にして、俺達は如何する事も出来ずに、ただただその不気味な黒球を息を呑んで見詰めるしかなかった。
何時しか、その怒声も絶叫に変わり、黒球と共に霧散するように消えていく。そして、そこに現れたのは、全く違う存在となった邪竜人だった。いや、その姿は変わっていない。
しかし、身に纏うオーラ、殺気、眼光、そのどれをとっても、今までとは別人のように思える。
『拙いわね。ニルカの所為で邪悪化したわよ。これはミユミユが出張らないと無理かも』
俺の不安を更に掻き立てるような言葉をアクアが伝えてくる。
「気を引き締めるニャ。これまでと全く違うと思って戦うニャ」
その声に、四人の娘達が邪竜人を見据えたまま頷きで返してくる。
恐らく、俺に言われるまでも無く、彼女達もその事を感じ取っているのだろう。
それを示すかのように、彼女達の表情がこれまで以上に厳しいものとなっている。
「がうあぁ~~~~!」
そんな四人の娘に向けて、邪竜人は獣の様な唸り声を上げながら、右手の大剣で襲い掛かって来る。
その攻撃速度は、これまでと打って変わって、目にも止まらぬ速さとなっていた。
「うぐっ」
そんな高速の攻撃を避けきれなかったマルラが、マンゴーシュで弾こうとしたようだが、その威力で吹き飛ばされてしまった。
「マルラ! 許さないの」
吹き飛んだマルラを見遣り、ミララが怒りの形相で邪竜人に殴り掛かる。
しかし、邪竜人は振り切った筈の大剣を瞬時に切り返し、ミララのロングメイスを止めてしまった。
「そこです!」
今度は、そのタイミングを見計らったルーラルがドリルランスを突き込む。
すると、奴は左手を突き出し、衝撃波でルーラルの攻撃のみならず、それを放ったルーラルをも吹き飛ばす。
「ルーラル! アイスソード!」
吹き飛ぶルーラルを心配しつつも、レストが氷の剣を奴に打ち込むが、奴の口から放たれた炎の塊に呑まれて消え去ってまう。
いや、その炎の攻撃はレストのアイスソードを打ち消すだけでは無く、有り余る力で魔法を放った彼女に襲い掛かってくる。
「あうあう」
彼女はその威力と速度を前にして、瞬時に防御を行えないようだ。
「しっかりしろ! レスト! その派手な衣装は飾りか?」
「あ、ミユキ」
俺は透かさず人間体となって、奴の炎を左手に持つ闇帝で切り裂く。そんな俺を見たレストが声を上げる。
「ごめんなさいなのです。次は気を付けるのです」
「ああ、その意気だ」
レストを励ますと、ミララと熾烈な打ち合いをしている奴の下に急いで向かう。
というか、次の瞬間には奴の眼前で右手の炎帝を振るっている。
「はや~~~~!」
後ろから、レストの感嘆する声が聞こえてくるが、今はそれ処ではない。
そう、奴は俺の神速の斬り付けさえ避けてしまったのだから。
「ミーシャ、ごめんなさい」
俺の攻撃で奴が後ろに下がると、俺に気付いたミララが申し訳なさそうな表情で詫びてくる。
しかし、一体何を詫びる必要がるのだろうか、彼女達はとても良く遣っているのだ。
あの邪竜とも互角に戦っているのだから、もっと自信を持っても良いと思う。
「何を言ってる。お前達は強くなった。俺が驚く程に強くなってる。もっと自分の力を信じろ」
その言葉に、瞳を大きく見開いたミララは、直ぐに力強く頷く。
「お前等もだ。恐ろしく強くなったな。だが、戦いは力だけじゃないぞ。強い気持ちが大切なんだ。お前達はもっと自信を持って戦え!」
近くに寄って来たマルラ、ルーラルに視線だけを向けて叱咤する。
「はい! 師匠! 頑張ります!」
「主様、はい。今度こそあなた様の力に!」
マルラが力強い声で応え、ルーラルはウットリと頷いている。
「さあ、みんなで倒すぞ!」
その言葉に、全員が「応」の声を高らかに張り上げる。
「ぎゃうあ~~~~~~~~!」
そんな俺達の前では、自我を失った邪竜人が唸り声を上げている。
すると、その邪竜人の姿を見た炎帝と闇帝が声を発する。
『ちっ、ニルカの悪意で染まっておるわ』
『ああ、なんて悲しい姿、あの竜神が......』
なに、闇帝、今、竜神と言ったか?
その瞬間、即座にアクアを仰ぎ見るが、彼女はそっぽを向いたまま、口笛を吹く様な仕草をしている。
くそっ、こいつらは、いつもいつも大切な事を言おうとしない。
『竜神とはなんだ?』
俺がそう闇帝に尋ねると、彼女では無く旦那の炎帝が口を挟んだ。
『主殿、今は戦う時ですぞ』
ちっ、こういう時だけ嫁を庇うんだな。
まあいい。確かに炎帝の言う通りでもあるからな。
「まずは、俺が突っ込む、その隙を突いていけ」
「「「「はい!」」」」
その返事が聞えてくる前に、俺は一閃の光となって、唸り声を上げる奴の懐へと潜り込む。
更に右手の炎帝を振るうが、奴は即座にバックステップで躱しつつ、大剣を振り下ろしてくる。
しかし、それを左手に持つ闇帝で弾き飛ばすと、奴の右手に向けて炎帝を振り下ろす。
奴はその攻撃を避けられないと察したのだろう。すぐさま左手を俺に向けて衝撃波を放とうとするが、その腕をマルラが斬り付ける。
ところが、その腕を覆うガントレットの硬さは尋常ではないようだった。
マルラの攻撃で奴のガントレットにヒビが入るが、奴の腕に致命傷を与える事は出来なかった。
「かった~~~~い! 手が痺れたよ」
「気を抜かないの」
渋いかをするマルラへ、ミララが叱責の声を飛ばしながら、奴の右腕にロングメイスを撃ち込む。
奴はその攻撃を己の存在を消すが如く避けて、ミララに大剣を撃ち込むが、その隙を逃す俺では無い。
「喰らえ!」
マルラが傷付けた奴の左のガントレットを炎帝で切り裂く。
すると、奴のガントレットが燃え落ちるが、炎帝が放つ炎の刃は奴の腕を切り飛ばす事は無かった。
それが奴の強靭さなのか、炎帝が手を抜いたのかは分らない。
しかし、どちらにしても、今はこの条件で戦うしかなさそうだ。
その後も熾烈な戦いが続くが、四人の娘の強さに俺が加わった事により、戦況は一気に逆転した。
みるみるうちに、奴の鎧は砕かれ、切り裂かれ、次第に動きを鈍らせていく。
しかし、奴の眼光は全く衰えを見える事は無い。
出来れば、殺さずに済ませたいのだが......
当初は討滅するつもりで対峙したのだが、邪竜人の為人や闇帝の漏らした言葉などで気が変わってしまった。
恐らく、この邪竜は何かの考えがあって暴れたのだと思う。
それを知るまでは、奴を倒してはならないと感じたのだ。
しかしながら、その所為で戦いが長引いているのは否めない。
『アクア、奴を倒さずに終わらす方法はあるのか?』
彼是と考えた俺は、アクアの知恵に頼る事にした。ところが、彼女からもたらされた言葉は、更に疑念を生むものだった。
『ないわ。倒しなさい。それがあなたの使命なのよ』
俺はそんな使命なんて受けていないぞ!
彼女にしろ、炎帝にしろ、闇帝にしろ、一体何を知っているのだろうか。
俺の頭の中で様々な情報が錯綜する。
すると、それを消し飛ばすかのように、左手の中に在る闇帝が話し掛けてくる。
『解りました。妾が遣りましょう。主様、神威の開放を』
何を考えたのか、闇帝が名乗りを上げた。
その事に更なる疑問を持ってしまうが、今はそれ処ではないのだ。
「少し奴を引き付けてくれ」
「「「「はい!」」」」
俺の言葉に全員が返事をしたかと思うと、ルーラルとミララが奴に向かって挑みかかる。
それを確認した俺は、右手の炎帝を亜空間収納へと仕舞い、即座に詠唱する。
『今この時を以て闇の主を解き放つ。今この時を以て冥府の門を解き放つ。来たれ常闇の黒光よ。ありとあらゆるものを断罪する暗黒の戒めよ。全ての悪しきものを闇に葬れ。神威開放!』
詠唱を唱え終わった瞬間、俺の神威が異常な程に膨れ上がる。
『流石ね。トアラの力を宿しただけはあるわ』
アクアの念話が届くが、俺の心は既に凍り付いている。
そう、闇帝の神威を解放する時、俺の心は絶対零度ともいえる極寒と化すのだ。
無事に神威を解放した俺が邪竜人へと視線を向けると、奴は、マルラ、ミララ、ルーラルの三人と激しい攻防を繰り返していた。
更に、小さな隙を通すかのようにレストが魔法を撃ち込み、形勢はこちらに有利な状態となっている。
「グギャ、グギャーーーーーーーーーー!」
しかし、奴もまだまだ戦意を失っていない。
激しい唸り声と共に、強烈な火炎を吐き出し、次の瞬間には右手の大剣を一閃させている。
四人の娘達はその攻撃を耐え忍んでいるが、奴の攻撃が放たれた直後の隙を俺が突く。
「悪いな、邪竜」
氷の棘となりそうな声色で、邪竜人に向けて謝罪を発した時、奴の身体は二分されていた。
ところが、次の瞬間、奴の身体は光を放ち始めた。
「みんな、下がれ!」
その声で、前線で戦いっていた三人の少女達が、即座にその場から引く。
「師匠、これは如何いう事でしょうか」
光を放つ奴の身体を見詰めたまま、マルラが問掛けてくるが、それは俺にも解らないことだ。
「あっ、光が収まるの」
「あれは何なのですか?」
「油断してはダメですよ」
変化する邪竜人の様子に、ミララ、レスト、ルーラルが声を発するが、その間にも光は収束し、奴の身体のあった処に、未だ弱々しくも光を放つ紫の珠が転がっていた。
俺はそれを見た時、不思議なことに、その珠が危険なものでは無いと感じ取っていた。故に、透かさずその珠を拾い上げる。
『良くぞワシを倒したのだ。これで約束を果たせる。良かった......』
「何が言いたいんだ? お前は誰と何を約束したんだ?」
邪竜の言葉を聞き、慌てて奴に聞き返すが、返事の無いままその紫の珠は光を失った。
それを見た時、俺は神威開放を解除し、アクアを仰ぎ見る。
更に、アクアに問おうとしたのだが、彼女は黙って首を横に振る。
仕方なく、今度は左手に持つ闇帝に視線を向けるが、やはり何も言う様子は無い。
結局、無事に邪竜を倒したものの、新たな疑念が降り掛かり、全くスッキリしない状況で幕を閉じる事となるのだった。




