53 戦いの始まり
街は燃え上がり、建物の多くが焼け落ちている。
石やレンガで造られた家が多いとはいえ、全く焼け落ちないという訳では無い。
況してや木造の建物なんて、もはや消し炭と化している。
そこでは、沢山の者が瓦礫の下敷きになり、炎に焼かれ、無残な骸となっていると思う。
さぞ痛かったろう。さぞ熱かったろう。さぞ恐ろしかったろう。さぞ無念だったろう。
そう思うと、意識せずとも怒りが込み上げてくる。
その怒りを生み出している対象は、今も前方の王城の上で、凶悪な牙の並んだ口から何もかもを焼き尽くす炎を吐き出している。
その存在は、人々が恐れおののく程に邪悪だ。
その存在は、あまりにも巨大だ。
その存在は、為すこと全てが凶悪だ。
僕は、その存在を否定する気は無い。
ただ......ただ、他の生あるものに対して害を為すのなら、僕はあの巨大な竜を討つ。
力で力を抑えるのは滑稽な話かも知れない。
でも、これ以上の犠牲を増やす訳にはいかないのだ。
さあ、造王から授かった力を解放しよう。
今こそ新たな力を発揮する時だ。
「造王の名を以て命ずる。旋風の衣よ!」
右手のレイピアを天に向けて掲げ、約束の言霊を高らかに叫ぶ。
すると、その契りに則って僕の身体が眩い輝きに包まれ、それが収まると新たなる力が具現化された。
そう、それは造王に作って貰った僕の新たなる力。
ちょっと恥ずかしいけど、僕の身体がドレスアーマーで彩られる。
ドレスアーマーと言っても豪奢なドレスという感じではないのよね。
それに、少し露出が多くない? もしかして、造王の好みなのかも?
そんな僕の恰好は、肩当、胸当、肘当が施されたドレスで、スカートがとても短い代わりに、下はショートパンツとなってる。
それ以外にも緑と白を基調としたヒラヒラの布が彼方此方に施されている。
これって何か意味があるのかな?
唯のファッションのような気がするけど......
まあいいわ。これで僕は風になったのだから。
ミララ、レスト、ルーラルの三人も変身を終え、新たな姿で敵に向かっている。
僕も遅れをとる訳にはいかない。
「天駆!」
出遅れた僕は、即座にスキルを発動させる。
次の瞬間、僕は本当の風になる。
右足を宙に踏み出すと、何も無い宙に足が掛かる。
恐れる事無く、そのまま駆け上がる。
そう、何も無い宙を天高く疾風のように駆け上がる。
凄い! 思ったより、いや、思った以上に自由に動けるわ。
そのまま一番乗りで巨大な邪竜へと向かうと、奴は僕に気付いて炎を吐き出してきた。
だけど、風となった今の僕には、その攻撃を避ける事も容易い。
奴の火炎を避けると、即座にこちらからも攻撃を繰り出す。
「真空斬!」
これも新しく手に入れた力。
その真空の刃は、どんな強固な物でも切り裂けると言っていた。
まあ、その真価は僕の力次第なんだろうけど......
それでも、僕の攻撃は邪竜を切り裂いた。
残念ながら、致命傷と言えるような傷では無いけど、これまで力不足を痛感していた僕にとって、感激の一瞬だった。
その事で気を良くした僕は、更に戦闘意欲を上昇させる。そう、この空高く舞い上がった己のように。
「ミララ、もう貧弱なんて言わせないんだからね!」
さあ、この調子で邪竜を倒して見せるわ。
ずっと感じていたの。
私はミーシャから負んぶに抱っこで助けられているのだと。
それが悔しかったの。
別に、ミーシャに助けられることが嫌な訳では無いの。
彼に助けられる事も嬉しかったの。
でも、役立たずは嫌なの。彼の力に成りたいの。
彼は大きな使命を持って、過酷な状況で戦い続けているの。
だから、今度は私が彼の力になりたいの。
そして、とうとう私はその力を手に入れたの。
この力でミーシャや家族を守るの。
「造王の名を以て命ずるの。屈強の衣なの!」
造王から貰った新しい力。
でも、それは唯の力でしかないの。
力自体に何の意味も無く、それは唯の手段でしかないの。
それを正しく使って始めて大いなる成果が生まれるの。
だから、今はあの忌まわしき邪竜を倒すの。
何故かって?
そんなものは一目瞭然なの。
奴を倒す理由は、この光景を見ただけで決定事項となったの。
もしかしたら、まだ生きている者も居るかもしれない。だけど、その者を助け出すためにも、今はあの邪竜を倒すの。
黒と紫を基調としたミニスカートのドレスアーマー。
胸当てが少しキツイけど、それを口にするとマルラが発狂から黙っているの。
ただ、何故ミニスカートなのかは未だに意味不明なの。
これだと、ミーシャが見上げたら、パンツが丸見えなの。
まあ、それもいいかもなの。ミーシャはきっと喜ぶの。フフフ。
でも、今はそんな事に気を回している暇はない。
折角、マルラが空中で邪竜の気を引いているのだから、私達はこの間に奴に強力な一撃を喰らわすの。
空中のマルラが邪竜を攻撃している間に、奴の足元に辿り着いた私は、凶悪な様相となった右のガントレットに持つメイスを振り被る。
すると、メイスが見るからに歪な形のロングメイスに変わる。
それを瞬時に確認し、私は渾身の力でスキルを発動させる。
「喰らうの~~~~~! メガクラッシャーーーーー!」
奴に負けない程の雄叫びとも言える声を張り上げ、ロングメイスを奴の右足へと叩き込む。
「グギャ~~~~~ォ~~~~~」
すると、奴が悲鳴のような咆哮を上げる。
フフフ、当り処が良かったの。
私の攻撃は、奴の足の小指を粉砕したの。
あれは、かなり痛い筈なの。
きっと、涙する程に痛い筈なの。
でも、今のは挨拶代わりなの。
そう、これからが本番なんだから。
覚悟するの。邪竜よ、お前は私達が絶対に倒すの!
邪竜さん、あたしは正直言ってあなたを責められないのです。
何故なら、あたしも沢山燃やしたのです。爆破したのです。
だから、あなたの遣っている事は、規模は違えどあたしの遣った事と同じなのです。
でも、ごめんなさい。流石に、これは許せないのですよ。
汚い大人、傲慢な貴族、国を食い物にする王族、そんな者が幾ら燃えようが、潰れようが、吹き飛ぼうが、それは良いのです。逆に手を叩いて応援したい程なのです。
だけど、優しい人々、力無き子供、弱き女達、そんな守られるべき者達をも無差別に死に至らしめるその行為は、看過できないのです。
だから、あたしは己の事を棚上げして、全力を以てあなたを討とうと思うのです。
そう、新しく得たこの力で、あなたを討滅するのです。
「造王の名を以て命ずるのです。魔女の法衣なのです」
新しく得た力、それはあたしを最強の魔女に仕立て上げてしまったのです。
この黒と赤を基調とした意匠がその証なのですよ。
本当は黒一色が良かったのだけど、ガストさんが情熱の赤だって言うから、黒と赤の組み合わせになってしまったのです。うううう、残念なのです。
それに、ゴスロリのイメージを造王さんに伝えた筈なのに、これではネトゲ―のエロキャラなのですよ。
ハッキリ言って、造王さんのセンスは厨房並みなのです。
抑々、魔法職のあたしがミニスカートになる意味が何処にあるのか疑問なのです。
オマケに、貧乳化したマルラより胸が小さいのに、なんでこんな胸を強調した衣装なのでしょうか?
戦闘が終わったら、みっちりと問い詰める必要があるのです。
ああ、不味いのです。マルラとミララが早くも戦闘に入ったのです。
遅れると、後でお仕置きや飯抜きにされるのです。
という訳で、早速やらせて貰うのです。
「メテオ!」
あたしが憧れて止まなかった魔法。
とうとう得てしまったのですよ。禁忌の魔法を!
あたしがその魔法を発動させると、空から火の玉が沢山振って来たのです。
それは、とても綺麗な光景なのですよ。
「こら~~~~!レスト!何を考えてそんな魔法をぶち込んでるニャ!」
やっば~~~、これはやっぱり遣り過ぎだったようなのです。
ミユキがカンカンになって怒ってるのです。
『レスト、今夜の夕食は抜きよ!』
『後でお仕置きなの』
ぐあっ、マルラとミララも怒ってるのです。
今夜は空腹と恐怖で寝られないかも知れないのです。
でも、あたしはめげないのですよ。
さあ、次を喰らいなさいなのです。
「サンダーストーム!」
『きゃ! ぬぬぬ~~~、レスト~~~~! 僕を殺す気?』
邪竜を討ち付けた巨大な雷撃が、宙を掛けるマルラにも飛び散ったみたいなのです。
あうあうあう、じゃ~これで!
「アーススパイク!」
『レスト、あとで話があるの』
うは! 地面から飛び出た巨大な石の槍の上で、ミララが超絶怒っているのです。
てか、その石槍に乗った勢いで邪竜に打ち掛かってるから、役に立ってるのですよ?
『主様、レストを拘束して下さい。こっちの身がもちません』
がーーーーーーん! とうとうルーラルまで怒り始めたのです。
大陸最強の魔女になって喜んでいたのですが、最強の肩書を持つのも、なかなか大変なのです。
日頃から騒がしい三人娘が主様を取り合ってますが、ハッキリ言いましょう。主様を慕う気持ちは私が一番なのです。
あんな小娘共には負ける気はありません。
そんな私は、常日頃から自分の不甲斐なさに苛まされていました。
主様の力に成るつもりが、いつも助けられる側になっていて、どう考えても唯の足手纏いでしかない自分を非難する毎日でした。
そこに現れたアクア様と造王様が、私に新たなる力を与えてくれると言うのです。それはもう神にも縋る思いでした。
そこで私は誓ったのです。
主様の剣となり、盾となって、この身を主様に捧げると。
そして、私はとうとう得たのです。神とでも戦える力を......
さあ、今こそ、その力を解放する時です。
この悲惨な状況に胸を痛める主様の手となり足となり、邪悪な存在を滅ぼすのです。
「造王の名を以て命じます。不屈の衣よ。来なさい!」
眩い輝きが収まると、私は戦乙女に早変わりです。
でも、これは......造王様、私はあなたを怨みますからね。
そう、私の恰好は白を基調とした装いで、彼方此方を金色で縁取られた厳かなものなのですが......ちょっと、いえ、かなり衣装の面積が小さ過ぎます。
これでは完全にビキニアーマーではないですか!
胸なんて半分しか隠れていないし、下半身も下着の様なパンツだけだし、身体を覆う布もそれを隠す物ではないし、これでは男が眼福になるだけでは?
でも、主様がこれで眼福になるのなら、こんな破廉恥な様相も甘んじて受け入れましょう。
さて、そんな事よりも、目の前の邪竜ですね。
抑々、私は人では無くユニコーンなので、人の生き死にを悲しく思う事はあまりないのですが、流石にこの光景は見過ごすことが出来ません。
それに、今では多くの人間と知り合い、人間の良さも沢山知りました。
ハッキリ言って人とは愚かな生き物です。ですが、素晴らしい処も沢山あると思うのです。そんな人間を無差別に虐げるこの邪竜に嫌悪と憎悪を感じます。
故に、討伐されるのに相応しき邪竜を相手に、私はこの槍を全力で振るう事にしましょう。
空からはマルラが邪竜の気を引き、地からはミララが強大な力で打ちのめしている。
更に、レストの凶悪な魔法が、邪竜のみならず私達をも飲み込む勢いで撃ち込まれている。
なんて凶悪な娘なの! レスト、少し行儀よくなさい。
これは後で躾の必要がありますね。
レストの凶悪な魔法に、そんな感想を抱きながら、私は邪竜の正面から新しく得た力を振るう。
「スパイラルアタック!」
造王様の力により螺旋状のランスとなった凶悪な槍を突き出す。
すると、渦巻く様な衝撃波が邪竜の腹を穿つ。
恐ろしく強力な攻撃だけど、邪竜の硬さはそれ以上のようですね。
それでも、大きな傷を与えることが出来ました。
しかしながら、まだまだこれからです。これからが本気の戦いなのですから。
煩い虫共が集まって来たと思ったが、この匂いからすると、どうやらトアラの使徒のようだな。
奴等が放つ攻撃力は、貧弱な人間の無様な抵抗ではなさそうだ。
ぬう、あれに見えるは水帝か?
あはははははは、可愛らしい姿になったものよ。
ワシを縫い付けていたあの者も、かなり衰退したと見える。
くくくっ、あはははは、全てがお前の計算通りか。トアラよ!
まあいい。これが約束の時だと言うのなら、見事ワシを倒して見せよ。
さすれば、ワシは大人しく従おうぞ。
いてっ! ちっ、ハエのようにブンブンと飛び回りおって、ワシの大事な身体に傷が出来たではないか!
いて~~~~っ! ぬ、ワシの足の小指を潰しよって、許さん。って、マジ痛いぞ!
あちっ! くそっ、ワシよりも熱い炎の攻撃だと?
ぐお~~~~~っ! 誰がワシの腹に穴を穿けといった!
うぬ、でも、その恰好は眼福だぞい。
それにしても、思ったよりも遣るようだな。
だが、これしきで屈服するワシではないわ。
ワシの尻尾でも喰らえ!
ぬっ、ワシの驚異的な攻撃を躱すだと?
これは拙いな。このままでは不利だ。
ん~、どうも竜の身体のままでは、小回りが利かないせいで不利なようだな。
ならば、これでどうだ!?
「あんぎゃ~~~~!(へんし~~~ん!)」
四人の戦いは、これまでと違って驚異的なものだった。
マルラは自由に空を駆けまわり、邪竜に攻撃を与えていく。
ミララは強靭な攻撃で相手の嫌な処を潰していく。
レストは味方をも灰塵にさせるかのような強力な魔法で邪竜を翻弄する。
ルーラルは強烈な攻撃を放ち、邪竜に深手を負わせていく。
その光景は、邪竜って本当に強いのか? と思わせるようなものであり、それ程に四人の娘達が強くなったことを示していた。
ところが、ここに来て邪竜の咆哮があがると、新たなる変化が見え始めた。
そう、邪竜が真っ黒な煙に包まれたのだ。
『いよいよ本気という事かしら』
その光景を目にした水帝アクアが伝えてくる。
「それは如何いう事ニャ?」
『直ぐに分かるわよ』
俺の問いに、アクアは一言だけ返してくる。
それを訝し気に思いながら、視線を煙となった邪竜に向けていると、その煙が一瞬にして消え去った。
すると、そこに居た筈の巨大な邪竜の姿も無くなる。
まさかと思うが、逃げたという事は無いよな?
「やるじゃね~か。ワシをここまで本気にさせるとは」
突然湧いたその台詞は、俺の直ぐ後ろから聞こえてきた。
すぐさま振り向くと、そこには黒い鎧を纏った色黒の屈強な男が立っている。
『あら、久しぶりね』
「ふんっ、お前は嫌いなんだよ! いの一番に始末してくれよぞ」
俺の傍らに立つ幼女姿のアクアがそう告げると、その男は忌々《いまいま》しいとでもいうような表情でアクアに怨讐の声を吐き付ける。
しかし、彼女はその男の罵声を涼しい顔で軽く躱す。
『あらあら、そんなに恨みを買うような事をしたかしら?』
「なんだとーーーーーーーーーー!」
どうやら、その言葉が癇に障ったようだ。その男が叫び声を上げ、右手の大剣を振り下ろしてくる。しかし、その攻撃は甲高い音と共に防がれる。
「好きにはさせません」
いつの間にか戻って来たルーラルが、その大剣の攻撃を左に持つ盾で防いでいた。
「これがあの邪竜なの?」
『そうよ。これこそが、あの邪竜が本気になった姿よ』
ルーラルと共に急いで戻って来たミララが、誰とも無くそう尋ねると、アクアが何時のも軽い調子で答えてくる。
「なら、僕が蹴散らす」
一番最後となったが、空を急いで駆けて来たマルラがレイピアを振るう。
「おっと、今度はそう簡単に喰らって遣る訳にはいかんのでな」
人間化した邪竜が軽口を叩きながら、マルラの攻撃を避ける。
どうやら、これからが本気の戦いとなるようだが、その前に、意思疎通が出来るのなら聞きたい事があるのだ。
「何故、この街を滅ぼしたニャ?」
何が可笑しいのか、邪竜人はその問いを聞いて笑い始めた。
「クククッ、アハハハハハ。愚問だ! 猫! 愚かな人間を滅ぼしただけだ」
笑いながらも、邪竜人は答えてくる。しかし、その答えに疑問を感じる。
その事を考えるより本人に聞くのが一番だ。故に、俺はそれを素直に尋ねる。
「何を以て人間を愚かだとするニャ?」
その言葉に、邪竜人は笑い声を収め、途端に凶悪な表情で睨んでくる。
「存在そのものが愚かなのだ」
もっと、具体的な根拠があるのかと思ったが、どうやら、この男の感情論だったようだ。
そうであるならば、一番愚かなのは邪竜という事になるのだが。
「では、邪竜よ、お前は愚かじゃないのかニャ?」
「ぬぐっ」
俺の問いに、今度は声を詰まらせるが、怒りの形相を露わにして吠え始めた。
「口ばかり達者な猫だ! 今直ぐノシ猫にしてやるぞ」
『えっと、この男は頭が悪いから、話しても無駄よ。ミユミユ」
どうも、最後に補足してきたアクアの言葉が一番的確だったようだ。
アクアの話で脳筋と判定された邪竜人は、怒りに任せて右手に持つ大剣を振り抜いてくる。
「させないの」
しかし、直ぐにミララがその攻撃を歪な様相となったロングメイスで撃ち落とす。
「やるじゃないか。だが、本当の戦いはこれからだ」
ニヤリとする邪竜人の台詞が戦闘の開始を告げるかのように、俺達と邪竜の熾烈な戦いがここから始まったのだった。




