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50 晴れのち大雨


 世の中とはおかしなものだ。

 地球では得てして悪い方に転がるというマーフィーの法則を唱えた者もいるが、会いたくない相手ほど会う必要性が生まれるのも、この法則に当てまるのだろうか。


 現在の俺は、旦那、旦那とうるさい白猫ミリアに舐め回されながら、その会いたくない者の前に座っている。


 如何でも良いが、ミリア、お前はロロカとよく似ているな。俺はキャンディじゃないぞ。


 そんなミリアの身体を前足で押しやりながら必死に抵抗するが、俺にしゃぶりつく彼女は、全く動じた風では無い。


 俺としては、抱き付いたまま離れないミリアを野放しにしている目の前のロリババアにも、散々と苦言を申し立てたいのだが、今はそれ処では無いので我慢する事にした。


「じゃ、ロロカを連れて行くからクラリスの保護を頼むと言うのじゃな」


 腕組みをしたまま、難しい表情をしたロリババアことアルラワ王国宮廷魔術師のアーニャが問い質してくる。


「そうだニャ。カルミナ王都には沢山の子供達がいるニャ。向こうは治安を守る者もいないニャ。その所為でいつ不穏な輩が現れるか解ったもんじゃないニャ」


 そう、あの国の王都は、依然いぜんとしてもぬけのカラとなっていて、甘い汁を吸おうとする輩がいつ現れてもおかしくない状態だ。


「それで、ロロカにカルミナ王都を守って貰うと? ロロカとて王都全体を守るなんて不可能じゃぞ?」


 それは御尤ごもっともな意見だが、俺もそんな大それた事を考えている訳では無い。

 財を盗み取ろうとする者は、最終的に王城へと来るだろう。

 俺としては、それさえ防ぐことが出来ればいいと思っているのだ。

 だから、別に王都全てを守る気は無い。


「王城だけ守れたら、それでいいニャ」


 考えの通りに答えたのだが、アーニャは難しい表情をしたまま首を横に振る。


「それでは、恐らく守れなくなるじゃろうな。まあ良い。好きなようにやってみる事じゃ。クラリスの事は妾が責任を持って守るとしよう」


 暫く黙考したあと、彼女は意味深な言葉を残して了承してくれた。

 これで話も相談も終わったし、さっさと戻ろうとした処で、アーニャが声を掛けてくる。


「妾の勝手な考えじゃが、竜退治にはお主一人で行った方が良いと思うぞ」


 その意図をつかめず、アーニャに聞き返したのだが、彼女からは己で考えろと言われた。

 結局、それを最後に、俺は転移のアイテムを使って、ロロカと共にカルミナ王都へと戻るのだった。







 カルミナ王都の王城内は大変な事になっていた。

 小さな子供達が走り回り、猫達が走り回り、至る所で丸くなる猫や一緒に昼寝をしている子供がいたりと、もはや子供と猫の世界となっているのだ。

 その中に年長組は少ない。

 というのも、ルーラルの指示通り、街へ食料や雑貨の調達に出ているのだ。


『あ、パパニャ~~~』


『大きいワンワンがいるニャ~~~』


『あそんでニャ~~~~』


 俺がロロカを引き連れて戻ると、それを目聡く見付けたシロ、クロ、ミケの三匹が走り寄って来る。


『ぬお~~~子猫だギャ。可愛いだギャ~~~!』


 そんな子猫達を見たロロカが大喜びを始めて、子猫達の相手をし始めた。

 子猫達も喜ぶロロカに乗っかったり、飛び掛かったり、胸倉に潜り込んだりしている。

 ロロカと子猫達のどちらも、とても幸せそうで、本当に心和む光景だ。


 どうやら、ロロカはこころよく受け入れられそうだな。


 子猫と戯れるロロカを見遣り、そんな事を考えつつ、仲間達が集まる場所へと足を進める。

 所々で猫達が昼寝する豪奢ごうしゃな廊下を進み、サロンへと向かったのだが、後ろから怪しい気配を感じる。


 見ちゃ駄目だ。見ちゃ駄目だ。見ちゃ駄目だ。見ちゃ駄目だ! そう思えば思う程に、人とは、いや、猫とは見てしまうものだよね。


 チラリと振り向くと、俺の綺麗な長い己の尻尾の後方に、沢山の猫達がゾロゾロと付いて来ていた。


 そうか、ロロカを子猫達のところに置いてきたからな......


 そう、俺の後方にはメス猫達が集まって来ているのだ。

 これはかなりヤバイ。大ピンチだ。とうとう俺の貞操が奪われるかもしれない。


『だ、だ、だ、だれか、助けるニャ~~~~~~!』


 顔を前方へ戻した俺は、一気に走りながら仲間に念話を送る。

 すると、前方の廊下の角からミララが走ってきた。


「ミーシャ、大丈夫?」


 慌てふためくミララの豊満な胸に、俺は躊躇ちゅうちょする事無く飛び込む。


 あっ、断っておくが、豊満な胸が大好きで飛び込んだ訳じゃないよ?


「ぐあっ、出遅れたわ」


 ミララの直ぐ後から遣って来たマルラが無念の表情で悔しがる。


「私の勝ちなの。ミーシャは私と結婚するの」


「だめなのです。ミユキはあたしと結婚するのですよ」


「ダメダメ! 二人共、ダメよ。師匠は僕と結婚するんだから」


『なんニャ~~~この人間の娘、じゃまニャ~~~~』


『彼をちょうだいニャ~~~』


『人間の女より、猫のメスの方がいいニャ~~~』


 勝ち誇るミララに、レストとマルラが反論を投げつけると、メス猫達までもがミララの周りで抗議の声を上げている。


「フフフ。あげないの」


 そんな大騒ぎとなっている状態をミララは楽しそうに見遣りながら、不敵な笑みを残してサロンへと歩き出す。


「ちっ」


「ズルいのです」


 ミララの態度にケチを付けながらも、マルラとレストが続く。

 その後方では、メス猫達のラブコールが何時までもかなでられるのだった。






 今日で邪竜が復活したと聞いてから一週間だ。

 俺達は未だにカルミナ王国に滞在してる。

 本来なら、直ぐにでも飛んで行きたい処なのだが、この王城に居る子供達を見捨てることは出来ない。

 そういった理由で、子供達の生活基盤せいかつきばんを急いで整えているのだ。


「主様、この国の地方貴族が来てますが」


 直ぐに動けない事に焦れている俺に、ルーラルが来訪者の存在を教えてくれた。


 そう、最近解った事だが、ゾンビ化が起こったのはこの王都だけだった。

 だから、王都を除くこの王国の民は健在だったのだ。

 という訳で、王都の異常に感付いた奴等が、ボチボチと現れ始めたのだ。


「どんな感じの奴だニャ?」


「下の下でしょうか」


「じゃ、例のパターンで頼むニャ」


「畏まりました」


 ルーラルとそんな遣り取りをしつつ、俺達は謁見の間へと向かう。

 一応、子供達には謁見の間には入らないように告げているので、子供が遊んでいるなんて事は無いのだが、猫に関してはそういう訳にもいかない。

 至る所で、お昼寝をしたり遊びまわったりしている。

 そんな緊張感のない謁見の間へと入ると、周囲の猫達を忌々し気な目で睨み付ける中年の男がいた。

 そこへ猫を抱いたルーラルが登場すると、行き成りギャアギャアと喚き始める。


「貴様らは誰だ! 王家はどうなった! なんだこの有様は! 早く答えろ女! キルカ卿、これはいったい如何いう事だ」


 うむ、ルーラルが言うように下の下らしい。


 ああ、キルカ卿と言うのは、数日前に現れた地方貴族で、歳は二十代と若い貴族だが、とても礼節れいせつわきまえた心ある男爵だ。


 数日前に訪れたキルカ男爵は、ルーラルの話を聞くと、即座にルーラルに仕えると言い始めた。

 しかし、そんな彼に、ルーラル自身が俺の従者だと告げると、キルカ男爵はその場に平伏し、感動の涙を流し始めたのだった。

 どうも、彼は物語の使徒に憧れていたようで、俺の正体を聞くと、自分も仕えさせてくれと言い始めたのだ。


 そんな彼がギャアギャアと煩い貴族に説明を始めた。


「順を追って話しましょう。この王都は神器によって死人の街となりました。その騒ぎを収め、生き残った者達を助け、ここに集めたられたのが、こちらに居られる使徒様です」


「何を言っておる。神器で死人の街? そんな事が在り得るか」


 キルカの言葉を鼻で笑いながら、全否定の姿勢を見せる貴族だが、キルカは全く気にした様子も無く話を続ける。


「卿は死国の話を知らないのですか? あれは腐王の杖と呼ばれる神器によってされた事ですよ?」


「そんな事は知っておるわ。だが、何故我が王国の王都がそのような目に遭うのだ? そんな戯言ざれごとを信用しろという方が無理であろうが」


「では、街の人間や王城の人間が消えてしまったのは?」


「そんなもの、誰かが殺したに決まっておるじゃないか」


「それこそ不可能ですよ。この王都にどれ程の人間が居たかご存じないと?」


 キルカに遣り込められて、歯ぎしりを始める貴族だが、流石にキルカの言葉を否定できないようだ。


「ぬぬぬ、だったら、儂がこの国を立て直す。卿らは消えるが良いぞ」


 貴族は俺達にそうのたまうと、腰の剣に手を掛け、即座に引き抜いた。


 どうやら、キルカに対話では勝てないと悟ったのか、愚かにも貴族は力で解決する方法を選択したようだ。

 ところが、次の瞬間、その貴族の剣が床に落ちる。


「謁見の間で抜剣とは無粋な。それも使徒様を前にして剣を抜くとは」


 キルカはそう言って己の剣を鞘に仕舞ったが、貴族が連れていた兵士達が直ぐに抜剣する。

 すると、キルカの部下がその貴族とその兵士達を囲った。


「別に命を取ろうと思ってませんよ。大人しく帰って下さい。あなたの様な方にこの国を任すなんてとんでもないことです」


 キルカはその貴族と兵士達に向けて、戦闘の意思が無い事を告げたのだが、その物言いは辛辣しんらつだ。


 それが貴族の感に触ったのだろう。いや、誰でも怒るような台詞だ。

 キルカの物言いに、憤慨ふんがいの表情をあらわにした貴族は、即座に兵士達へ号令を飛ばす。


「ぬう、ゆるさん! かかれ!」


 ところが、それを殺気のこもった声が押し止める。


「死にたいのですか? それなら直ぐにあの世に送って差し上げましょう。大人しく去るなら良し、そうでないなら切って捨てましょう」


 そう、ルーラルが神威全開しんいぜんかいで殺気を飛ばしているのだ。


 この後、ガタガタと震える貴族と兵士達が、大人しく王城から去っていくのを見遣りながら、ルーラルに告げた。


「どうやら、子供の王国という訳にはいかないようだニャ」







 結局、全く身動きが取れず、あれから更に三週間も経ってしまった。

 ただ、城内の様子はかなり様変わりしている。

 と言うのも、噂を聞き付けた貴族が続々とやってきた所為で、子供と猫の居場所を制限する必要が出てきたのだ。

 そこで、子供達や猫達には、王城の敷地にある後宮へと生活環境を移して貰った。

 ただ、現在、王城に居る貴族は、キルカが選別しただけあって、心根の真面な者が多い所為か、誰も子供や猫に苦言を述べる者はいなかった。

 こうして王城の中は、今や貴族や衛兵たちが行き交う普通の環境へと戻っているのだ。


「キルカ、いっそお前が王をやればいいニャ」


「何を仰いますか。私は一生を使徒様に捧げた身です」


 俺の言葉に、キルカが慌ててひざまずいて頭を垂れる。

 それを見た他の貴族達もそれにならう。

 その様は、元平民である俺に取ってドン引きな光景だった。

 まあ、それは良いとして、キルカの気持ちは嬉しいが、俺は何時までもここに居る訳にはいかないのだ。


「いやいや、俺はやるべき事があるニャ。それに邪竜の事も気になるニャ」


 既に邪竜が復活して四週間以上過ぎている。

 流石に、様々な噂が耳に入るようになってきた。


 それによると、邪竜は何処かに飛び立つでもなく、海国を蹂躙じゅうりんしているらしい。

 もう、最悪としか言いようのない展開になっている。

 更に、邪竜の開放についての情報も手に入った。

 どうやら、アフォ勇者が邪竜の封印である神器を引き抜いて逃げたらしい。

 本当に、あいつだけはさっさと始末すれば良かったと後悔するばかりだ。


 アフォ勇者を片付けてしまわなかった事を後悔していると、キルカが遠慮気味に話し掛けてきた。


「私如きが王などと、それに追い返した貴族は結託して、ここを攻めて来るでしょう。私ではそれを退ける力など御座いません」


 まあ、結構な数の貴族を追い返したからなな~~。

 逆に言うと、それだけゴミな貴族が多いという事だが。


「その時は俺達が手伝うニャ。それよりも、俺には使命があるから、キルカが王としてこの国を仕切ってくれると助かるニャ。これは使徒としての願いニャ。みんなもキルカを手伝ってやって欲しいニャ」


 なかなかウンと言わないキルカに、ズルい技を披露する。

 挙句は外堀から埋めるが如く、周囲の貴族にも言い含める。


「使徒様がそこまで申されるのであれば、不肖ふしょうこのキルカ、一命に代えてもこの国を盛り立ててみせます」


 キルカは跪いたまま頭を垂れてそう宣い、後ろで同じように跪いている他の貴族達も承諾しょうだくの声を上げる。


「良かったニャ。俺は何時でもこの国を助けるニャ。だから安心して国の再建に尽くしてほしいニャ」


「「「「「「はは~~~~ぁ」」」」」」


 全員が合意した処で、俺は玉座から飛び降りてサロンに向かう。

 そのついでに、キルカに言葉を付け加えた。


「子供達と猫達の事はくれぐれも頼むニャ」


「勿論ですとも、子供も猫も国の宝ですから」


 キルカは俺の言葉に快く応じてくれた。

 さて、これでこの国の問題は良しとして、海国が大変なことになっているのだ。急いで向かう必要がるだろう。


 こうしてカルミナ王国の事件を片付けたのだが、始めて、始めて、始めて、サバトラ猫は幸福を呼ぶ猫だという噂が生まれるのだった。







 俺はとても満足していた。

 沢山の子供達や猫達を助ける事ができたし、カルミナ王国再建の目途もたった。

 更に、とうとうサバトラ猫の悪評を打ち崩したのだ。

 こんなに気持ち良い事はない。感動で涙が吹き出しそうだ。


 そんな感無量の俺は、仲間と一緒に馬車で海国へと向かって一週間といったところだ。

 ロロカに関しては、守護獣としてカルミナ王都に残してきた。

 本人には申し訳ないが、暫くは子猫達と遊んでいて貰おう。

 と言うのも、あの国は再建に向けて進み始めたが、まだまだ問題が山積みなのだ。


 馬車に揺られながら、カルミナ王国での事を考えていると、マルカの声が耳に届く。


「凄い数ですね」


 俺達と擦れ違う行列を見て、マルラが唖然あぜんとしている。

 未だカルミナ王国領内なのだが、随分と海国に近くなったことから、彼の国から避難する馬車と擦れ違うことが多くなった。

 ただ、ここに来て、その数を増大させているのだ。

 幸い街道の道幅が広い事もあって、こちらの進行が妨げられる事は無いが、俺達の進行方向の反対側は凄い列となっていた。


「全員が海国からの避難者なのですか?」


 その数の多さにレストも驚いている。


『そうでしょうね。家財を捨てて逃げ出す程に大変な事態となっているようですね』


 レストに答えるルーラルの言う通りだろうな。

 それなのに......出足が遅れた事が悔やまれる。

 ただ、それ以上に、その馬車を走らせている者達の表情を見ていると、あのアフォ勇者達の行動に強いいきどおりを感じてしまう。


「あいつ等は許さないの」


 俺を抱くミララが、怒りの表情で決意とも言える言葉を漏らす。


「あ、ルーラル、止まるの」


 そんなミララが突然に、静止の声を掛けた。

 それを不審に思い周囲を見渡すと、一台の馬車がわだちに嵌って動けないでいた。

 何人かの人々が集まって動かそうとしているが、全く抜け出せそうにない。


 ミララは俺をレストに渡すと、即座に馬車から飛び降りて、動けない馬車へと向かう。


 どうやら、助けるつもりのようだ。

 口は悪いが、流石はミララという処だろう。


「また点数稼ぎなのです」


 ただ、その行動を見たレストは、俺とは違う印象を持ったようだ。


 それは良いとして、動けない馬車の方に視線を戻すと、ミララが一人でわだちはまった馬車を押し上げた。

 すると、集まった人たちから一斉に歓声が上がる。

 しかし、ミララはそれに答える事無く、喝采かっさいを上げる人々に告げた。


「周囲から石や土を持って来て埋めるの」


 彼女は、このままだと他の人が同じような事になると言いたいのだろう。

 ところが、喝采を上げていた人々は、その言葉を聞くと蜘蛛くもの子を散らすように居なくなった。

 それを見たミララが怒りの表情で叫ぶ。


「それならいいの」


 次の瞬間、アイテム袋からメイスを取り出し、その轍に向かって全力で打ち付けた。

 その行動によって、地響きが起こり、土が飛び散り、それが止んだ時には、そこに大きな穴が穿うがかれていた。

 更に、その大きな穴の横で仁王立ちをしたミララは、憤怒の様相で声を張り上げた。


「自分だけが助かれば良いと思ってる人達なんて、もう金輪際助けないの」


 その行動に、周囲から怒りの声が上がると思ったのだが、それを見た人々は逡巡しゅんじゅんした後に袋を持って散らばり、彼方此方あちらこちらから石や土を持ってきてその穴を埋め始めた。

 穴を埋める彼等の態度は、怒っているというより、申し訳ないといった様相だ。

 それを見たミララが大きな声で叫ぶ。


「穴を埋めた者達は、ここへ来るの」


 ミララの力が怖いのか、それともミララの行動に感じ入ったのかは知らないが、穴を埋め終わった者達が、おずおずと遣ってくる。


 すると、ミララはアイテム袋から紙をペンを取り出す。

 何やら必死で書いているようだが、何と書いているのかは解らない。

 そんな作業が粛々《しゅくしゅく》と行われ、最後の者がそれを受け取ると、紙とペンを仕舞ったミララが口を開く。


「カルミナ王城へ行くの。そして、その手紙を渡すの。きっと助けになってくれるの。あなた達は正しい心を持っているの。だから報われるべきなの」


 手紙を貰った人々が、何を言われたのか分からない様子で、暫く首を傾げていたが、ミララの傍まで移動したマルラが説明を始めた。


「それを持ってカルミナ王城へ行けば、カルミナ王国があなた達の生活を手助けしてくれると思うわよ」


 マルラの説明を聞いた人々が、訝し気だった表情をたちまち歓喜なものに変える。

 それに続けて、手紙を持った人々が、喜びの声と感謝の声を上げ始める。

 しかし、マルラはそんな人々にパンパンと手を叩きながら告げる。


「それよりも、後ろが詰まって動けないわよ。さあさあ、出発! 出発!」


 その言葉で、我に返った人々が急いで己の馬車へと戻って行く。


 ほんの些細ささいな出来事だったが、これまで胸に渦巻いていた怨讐おんしゅうから解放され、心が温かくなるような気がした。


 そんな自分を感じていると、ミララとマルラが戻ってくる。


『ミララ、なかなか良かったニャ。流石だニャ』


「だって、ミーシャの奥さんだもの」


「ないーーーー! なんで勝手に嫁になってんのよ。なに胸張ってんのよ。僕に対する当てつけ!?」


「ほら、点数稼ぎなのですよ。ミララはいつもズルいのですよ」


『ほらほら、喧嘩している場合ではないですよ。行きますよ』


 俺がミララをたたえると、彼女は自慢げに胸を張る。

 だが、その言動に、マルラは発狂し、レストは不満をぶちまける。

 最終的に、ルーラルの一言で、いつもの喧嘩を始めた三人を乗せて先に進むのだった。






 更に二週間ほど馬車で進み、既に海国の領に入ったのだが、以前と比べて擦れ違う避難者の数がとても少なくなった。

 もしかして、もう逃げる余裕すらないということだろうか。


 ああ、そう言えば馬車での移動について触れて無かったが、恐らくご認識の通りだと思う。

 アーニャに尋ねてみたのだが、虎娘にバラバラにされた空飛ぶ絨毯じゅうたんの修理は不可能で、予備も無いという事だったのだ。

 だから、仕方なく慣れ親しんだ幌馬車で移動している。

 流石に、ルーラルを何時までも馬代わりにするのは心が痛んだのだが、彼女は全く構わないと言うから......というか、逆に自分の楽しみを取るのかと怒られた。

 という訳で、馬車を引くのは未だにルーラルだ。


「非難する人たちがめっきり減りましたね」


「もう壊滅してるの」


 俺と同じ疑問を持ったマルラに、ミララが過激な返事をする。

 ああ、レストは......何故か豆柴の状態で転がっている。ということで、彼女には俺の枕になって貰ってる。

 レストのお腹に頭を乗せたまま、ミララの台詞に、それは幾らなんでもあんまりだと考えながら、身体の姿勢をゴロンと変えているとルーラルから声が掛かった。


『それはそうと、雲行きが怪しくなってきましたし、今日はここまでにしましょうか』


 その言葉に、空を見上げると、いつの間にか真っ黒な雲で埋め尽くされている。

 道理で、さっきから暗いな~と思っていたんだ。


『そうだニャ。この辺りで野宿するかニャ』


『はい』


 ルーラルの問い掛けに返事をすると、今度は御者席に座っているマルラが声を上げる。


「何あれ? 雨のカーテン? ルーラル急いで幌の中に」


「ん? 唯の雨じゃなさそうなの」


 マルラとミララの声に、俺は身体を起して二人が見ている方向へと視線を向けると、そこには異常な光景があった。


 それは、雨のカーテンと言うより、殆ど放水といった勢いでこちらに進んで来ている。

 まるで、天からの滝といった光景だ。


「なんか、物凄い速度でこっちに近付いて来てない?」


「拙いの。直ぐに逃げるの」


 確かに二人の言う通りだけど、あの速度で来られたら逃げようが無い。

 ルーラルが人間体に変身して幌の中へと遣って来る。

 それを見定めて、俺は即座に結界を張る事にした。


『我が求むは、何人なりとも踏み込む事の無い隔離された世界ニャ。結界ニャ!』


「きたきた!」


「早すぎるの」


 マルラとミララがその雨脚あまあしの速さに驚いている。

 しかし、結界を張ったので、もう大丈夫な筈だ。


『見付けたわ!』


 雨が結界に降り注いだ時だった。

 そんな声が聞えてきたかと思うと、一筋の水の流れが結界を突き抜けて馬車の前へと流れ込んできた。


「えっ!? 結界を抜けてきたの?」


「拙いの!」


 驚きに固まるマルラと違い、ミララはすぐさまメイスを取り出して構えた。


「レスト、起きなさい」


 その水の流れに異変を感じたルーラルがレストを呼び起こす。


「クゥ~~~~ン」


 眠そうな豆柴の返事で気が抜けそうになったが、俺はその水の流れから目を放さない。

 すると、その水の流れが一所に集まってかたどられていく。

 暫くすると、それが人の形をしているのが解った。


『久しぶりねトアラって、あら? トアラじゃないの?』


 そんな念話を発して来た時、その水は綺麗な女性に変わっていた。

 髪は流れる水の様であり、その肌は透き通るように真っ白だ。


 ただ、彼女が発した念話からすると、どうやらトアラの事を知っているようだ。一体何者なのだろうか。

 訝し気な視線をその美しき女性に向けていると、彼女は俺達に話し掛けくる。


『ん~~、トアラの薄い香りと強い香りがあるわ。って、これは殆どトアラ自身の様な気がするんだけど。もしかして、あなた達、トアラの使徒なのかしら? ねぇ、猫ちゃん』


 どうやら、俺が発するトアラの匂いが一番強いようだな。


「確かに俺達はトアラの使徒ニャ。それで、あなたは誰かニャ?」


 俺がそう答えると、彼女はとても嬉しそうな表情で答えてきた。


『あは。めっちゃ可愛いわ~~。絶対にトアラの趣味よね~~。ん~決めたわ』


 何を決めたのか知らないが、勝手に一人で盛り上がっている。

 そんな彼女に、未だ不審な者をみる視線を投掛けていると、彼女は和やかな笑顔で俺達に告げるのだった。


『じゃ、戦いましょうか!』


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