48 嫌な予感
いつぞやも見た光景が眼前に広がる。
これは何度見ても最低最悪な気分にさせられる光景だ。
これが一人の者によって行われた所業だと言って、いったい誰が信用するだろうか。
街からは、言葉も解らない呻き声が、大合唱となって響き渡る。
男も、女も、年寄りも、大人も、沢山の人が呻き声をあげて彷徨っている。
既に彼等彼女等とは呼べないそれらは、ゾンビ化したばかりで、肉が腐り落ちたりといったグロテスク感はないが、虚ろな目となり、表情を無くし、ただただ彷徨い、人を襲うだけの存在と化している。
それはもはや人としての感情どころか生すらも失った存在となっているのだ。
「酷過ぎるわ」
「悪魔の所業なの」
「許せないのですよ」
襲い掛かって来るゾンビを倒しつつ、マルラ、ミララ、レストの三人が、この惨状を目の当たりにし、沈痛な表情と共に感想を述べてくる。
「主様、如何なさいますか」
唯一、悲痛な表情を現しながらも、感想を述べていないルーラルがこれからの対応について尋ねてくるのだが、全てのゾンビを俺達だけで倒すのは困難だろう。いや、街を全て破壊しても良いのなら、レスト一人でも数日で片付けることが出来るかもしれない。
しかし、今回はそういう訳にもいかない事情があった。
「前回は髑髏の杖を持ったゾンビの王様を倒したら、全てのゾンビが消滅したんですよね?」
マルカの言う通り、前回は髑髏の杖を使った王様を倒すことで、全てのゾンビを消し去る事が出来たのだが、今回に限っては発動させたのがニルカルアだ。
恐らくだが、奴を討たない限りは、このゾンビ達が一斉に消える事はないだろう。
「でも、今回は生きている人も居るの」
そうなのだ。ミララが言及するように、今回は何故か王都の全てがゾンビ化した訳では無かった。
その理由は解らない。しかし、生存者が居るという事は、生ある者を助ける必要があるだろう。そして、これが過剰な破壊を行えない理由でもある。
「取り敢えず、ゾンビを倒しながら王城へ行くニャ」
今となっては、この国が敵であろうが、味方であろうが関係ない。
早く人の住むべき世界を取り戻す事が先決なのだ。
仲間に目的地を示すと、すぐさま全員に聖属性付与を行い、それが終わると浄化の魔法を唱える。
『癒しの女神トアラルアの名において命じるニャ。不浄なる者を救い賜えニャ。浄化ニャ!』
その魔法が発動すると、視界に入るゾンビ達が次々と砂となって崩れ落ちる。
「師匠、早くその魔法を教えてください」
「ミーシャ、やっぱり格好いいの」
「あっという間に砂になったのです」
「主様こそ、この世界の救世主です」
マルラの言葉で、彼女に浄化魔法を教えて無かったことに気付いた......それはそうと、ミララとレストは良いとして、ここ最近のルーラルが少しヤバくなってきたな。
まあ、それは棚上げするとして、やはり生存者が居る以上は、この王都を救うのが使徒としての務めだと思う。
ただ、この悲惨な状況を前に不謹慎なのだが、一つだけ喜ばしい事柄を見出す事ができた。
そう、これでアーニャから頼まれている任務を遂行する必要が無くなったことだ。
だって、この状況だと、もはや戦争処では無いだろうからな。
唯一の喜びを原動力として、俺はこの悲惨な王都を救う事を決意したのだった。
正直言って、浄化の魔法を広範囲で使用すると膨大な魔力が必要となる。
戦闘をミララ、レスト、ルーラルに任せ、即興でマルラに教えていたのだが、彼女は浄化魔法を広範囲で使用する事が出来なかった。
「ううう、僕がどれだけ頑張っても、師匠の四分の一以下、オマケに五回も使えば魔力切れなんて......」
「最終手段として取って置くしかないニャ」
落ち込むマルラを慰めつつ周囲を見回すと、ルーラルが二人の子供を保護した処だった。
これで六十二人目なのだが、何故かゾンビ化していないのは子供ばかりだった。
「師匠、もしかしたら、子供はゾンビにならないとか?」
「いや、子供のゾンビもいたニャ」
「あっ、そうだった」
マルラの安易な発想に指摘を入れるが、俺もさっきから気になっている。
何故か、大人の生存者が居ない。いや、子供の生存者しか居ないのだ。
「取り敢えず、アルルの屋敷に送りましょう」
完全に黙考の猫となった俺に、ルーラルが訝し気な表情で進言してくる。
「あっ、そうだったニャ」
彼女の声で我に返り、俺はそそくさと転移アイテムを取り出す。
現状の処、救出した子供達は全てアルラワ王国の王都にある俺の屋敷に転送しているのだ。
更に、子猫のシロ、クロ、ミケも屋敷に転移させた。
そうした理由は、それほど難しいものでは無く、子猫が居たら子供達の心が安らぐのではと考えたからだ。
飽く迄も、俺の安易な発想なので、上手くいくとは限らないけど、仲間達はその案を絶賛してくれた。
まあ、今やアルルの屋敷は大変な事になっているだろう。
一応、アーニャにも事の次第を連絡してあるので、応援を寄こしてくれていると思いたい。
「やっ!えいっ!」
浄化を取得したものの、魔力不足で連発できないマルラは、聖属性を付与したレイピアとマンゴーシュを巧みに操り、群がるゾンビを次々と倒していく。
「安らかに眠るの」
メイスを振り回しながらゾンビを倒すミララも、流石に何時もの元気がない。
甲冑の所為でくぐもる声も、どこか悲しそうな響きを伝えてくる。
「その無念は私達が晴らしてみせます」
おいおい、簡単にそんな約束するなよ~。
確かに、そうして遣りたいのはやまやまだが、そう簡単に成せる事じゃないだろ。
ルーラルの信念に慄いていると、唯一魔法属性を付与できないレストが、突然、指を差して声を張り上げた。
「ミユキ、あそこなのです。あそこ!」
彼女の指差す方向には三階建ての民家があり、建物の周囲には大量のゾンビが集まっていた。
「凄い数ね」
「惨すぎるの」
その光景を見たマルラとミララが感想を述べるが、レストはピョンピョン跳ねながら、必死に違うと言っている。
「そうじゃないのです。あそこなのです」
よく見ると、レストの指先はやや上を差している。
その指が差す方向を全員が見遣ると、そこには大勢の子供が窓から外を眺めていた。
『癒しの女神トアラルアの名において命じるニャ。不浄なる者を救い賜えニャ』
それを見た途端、俺は無意識に魔法を放っていた。
「あ、みんな砂になった」
「えっ、どうなったの?」
「お父さ~~~ん、お母さ~~~ん、え~~~~~ん」
「全部いなくなっちゃった」
瞬く間に砂と変わったゾンビを見た子供達が口々に心境を吐露する。
喜ぶ者、悲しむ者、安堵する者、泣き叫ぶ者、その様相は様々だが、子供達の命を救えた事はとても嬉しい。
「さぁ~、降りておいで」
「もう大丈夫なのですよ」
マルラとレストがすぐさま建物に走り寄って、子供達に声を掛ける。
どうやら、子供が恐れる可能性を考えて、ミララは近寄らない事にしたようだ。
子供達も、始めはおっかなびっくりだったが、俺が姿を現すと、「猫ちゃんだ~~~」と叫びながら出てきた。
ふふふ、俺って人気者だぜ。これが俺の実力さ。
「猫ちゃん、かわいい~~」
「あ~、あたしにも抱かせて」
「うちも抱きたいよ~~」
『うぎゃ~~、尻尾を引っ張るニャ~~! うわ~~、髭を引っ張るニャ~~!』
「師匠、人気者ですね。ククク」
子供達に揉みくちゃにされる俺を見て、マルラが怪しい笑顔で喜んでいる。
ぬぬぬ、こんな人気なんて欲しくないぞ~~~~!
誰に向けるで無く、そんな叫びを心中で轟かしていると、ルーラルが訝し気な表情で話し掛けてくる。
「主様、やはり子供ばかりがゾンビ化してないのは、何か理由が在るのでは?」
確かに、子供のゾンビは居たが、大人の生存者は見ていない。
子供はゾンビにならないという事はないが、大人は全てゾンビになる?
ん~、訳が分からない。
すると、ミララが、子供達から玩具にされている俺を助け出しながら話し掛けてくる。
「ミーシャ、確か、ゾンビって噛まれてもなるの」
あ、そうか。ミララの言葉でやっと理解できた。
『恐らく、ニルカルアの所業で、子供以外がゾンビになったニャ。子供のゾンビは、他のゾンビから感染した者達ニャ』
「それじゃ、この国は......」
俺の発言に、マルラが絶望的な表情で口を開くが、言葉が続かない。
「もう終わったの」
マルラが言えなかった結論をミララが告げる。
そう、この王国は終わったのだ。
仮に王族の子供が生きていたとしても、国を動かす大人が居ないのだ。
もはやこの国は終幕を迎えたと言えるだろう。
しかし、子供達が沢山生き残っているのだ。
何とかして、一人でも多く助けたい。
希望とも願いとも言える目標を定めた処で、再びルーラルが尋ねてくる。
「主様、そうなると、ニルカルアは何を考えて、この王都をゾンビ化させたのでしょうか」
言われて初めて気付いた。
奴は何のためにゾンビ化を行ったんだろうか。
それも大人だけをゾンビ化し、子供を対象外としている。
更に、わざわざ俺達の前でゾンビ化を行ったのだ。
奴の行動が全く読めない。
唯の腹いせなのか、気晴らしなのか、将又なんらかの目的があるのか。
ダメだ。考えれば考えるほど解らなくなってくる。
「僕達の足止めとか」
「それなら、子供だけゾンビにしなかった意味が解らないの」
「でも、あたし達が居る処でやったのですよ」
「そうですね。私達が居る処で発動させた意味はあるのでしょう。子供に関しては解りませんが、全てをゾンビ化しなかった事は、マルラが言うように足止めの意味があるのかも知れませんね」
マルラ、ミララ、レストの意見をルーラルが纏めてくれる。
確かに、彼女達の言う通りだと思う。
しかし、俺達を足止めする理由とは何だ?
「私の感ですが、次の目的地にエルカ達が向かっているのではないでしょうか」
うむ、ルーラルが言う通り、俺達を足止めする理由はそれしかない。
てか、いやいやいやいや、それは拙いぞーーーー!
『拙いニャ。これは大問題ニャ』
「師匠、如何したんですか? 急に慌て始めて」
慌てふためいてバタバタとする俺に、マルラが首を傾げながら問い掛けてくる。
しかし、直ぐに俺の慌てふためく理由を理解したルーラルが口を開く。
「次の目的地の事を考えれば、誰でも解る事ですよ」
「うむ、これは大変なの」
「ん? ん? ん?」
ルーラルの言葉で、ミララは理解したようだが、マルラはまだ気付かないようだ。
「あの~、マルラが解らなくて困ってるのです。素直に教えてあげるのです」
「あのね。レストも分かってない癖して、僕をダシに使わないでよ」
「あは、バレたのです」
上手いこと立ち回ろうとしたレストにマルラが苦言を述べているのだが、この二人は本当に分からないのだろうか。
『いや、解ったところで、どうしようもないニャ。ここの子供達を見捨てる訳にはいかないニャ』
「やはり、主様のその性格を読んで子供を?」
『いや、それは解らんニャ。ミララが言う通り、子供でなくても同じニャ』
「そうですね」
これ以上考えても時間の無駄だと感じた俺達は、子供達を次々とアルルの屋敷に転移させながら、ゾンビの掃討を行うのだった。
色々とアーニャと議論した結果、アルラワ王国から兵を送って貰う事にした。
とは言っても、俺が一旦戻ってから転移アイテムを持つ者を連れてくる必要があるのだが......
あと、その話の中で、アーニャは子供達を受け入れる事に難色を示した。
その理由は定かではないが、現在のアルラワ王国も安定しているとは言えないのだ。
更に、彼女はとんでも無い事を口にした。
『お主がその国を復興させれば良いのじゃ』
俺の使命を知っている筈のアーニャの言葉とは思えない。
ところが、彼女はこうも言っていた。
『トアラなら、それを望む筈じゃ』
とは言っても、そんな決断を直ぐに下す事もできず、この話は棚上げとなったのだが、いずれ考える時が来るかもしれない。
それでも、今は先行させる使命があるのだ。
それを怠れば、この国を復興させる意味すら無くなってしまう。
それよりも、現在の俺達が直面している問題は、子供達を保護する場所が無いといことだ。
アルラワ王国の王都アルルにある俺の屋敷も、既に溢れかえる程の子供で埋もれている。
流石に、執事や侍女達から悲鳴が上がりそうな状態だ。
「師匠、いっそ、この王都の城を乗っ取って、救った子供達を住まわせたらどうですか?」
保護した子供の対応に悩んでいると、名案だとばかりにマルラが小さな胸を張る。
「いっそ、死国の猫も連れてくるの。というか、マルラはその小さい胸をどうかするの」
「な、な、な、なんですって~~~~~!」
何時もの如く始まったマルラ対ミララの戦いを横目に、ルーラルが進言してくる。
「マルラの案は意外と良いかもしれませんね。王城を乗っ取って子供の暮らせる場所にするというのは、とても意味のある事だと思います。それに、このままだと不逞の輩が群がってくるかもしれませんし......」
「そうなのです。ここを拠点にするのですよ」
ルーラルやレストの案は、特別に良いものとは思えないが、現状を考えるとそれしかない様にも思える。
それに、この国の事を聞き付けた者が、荒しに来る可能性もあるからな。
う~む、猫の国の次は子供の国か......
アルラワ王国が引き取ってくれない限り、この案を取るしかない俺達は、そのあと直ぐに王城を抑えた。
更に、王城の宝物庫を俺が封印し直し、勝手に開けられないようにした。
「それにしても、凄い数ですね」
そう、マルラの言う通りだ。
王城に居たゾンビを掃討し、仮の拠点とした俺は、助けた子供達を全て集めた。
総勢で千人以上の子供達だ。
年齢でいうと、下は一歳から上は十三歳くらいだ。
やはり、ある程度齢を取った子供の方が生存率が高かく、赤ちゃんの生存率は異常に低かった。
その中から、八歳以上の子供を集めて、これからの行動について説明する事にする。
説明に関してはルーラルに任せ、俺はその間にこっそりと指導者となり得る存在の吟味をすることにした。
「では、これから班と班長を決めましょう。その後で、各班ごとに役割を決めます」
「「「「「はい!」」」」」
厳しい表情をしたルーラルの言葉に、子供達は真剣な顔で大きな返事をする。
恐らく、子供とはいえ、現在の危機的状況を理解しているのだろう。
「それで、先ず行う事は、街中にある食料を掻き集めなさい。金品なんて最後で良いです。まずは食べることが一番です。お金があっても使う場所がないですからね」
「「「「「はい!」」」」」
こうしてカルミナ王国王都の復興を始める事となった。
この時、俺は次の目的地の事を既に諦めていた。
というのも、俺達を足止めしたくらいだ。
既に、奴等はかなり先行しているだろう。
今更、俺達が急いで向かっても、奴等に先を越されることだろう。
どうせそうなるのなら、今はこの子供達が暮らせる環境を整えた方が有意義だと思う。
なにせ、髑髏の杖は奴等の手の中なのだ。
奴等に奪われる神器が一つだろうが、二つだろうが、大差ないと言える。
ただ、気になるのは、奴等の遣り方だ。
正直言って、海国にある神器の奪取はとても厄介なのだ。
だから、今は奴等が最悪の方法を取らない事を祈るばかりだ。
しかし、その翌日、俺の願いが儚い希望だったことを知る事となる。
『奴等が海国に現れたぞ』
定時連絡でアーニャがそう言う。
聞きたい事は山ほどあるが、俺は息を呑んで彼女の次の言葉を待つ。
『邪竜が復活したようじゃな』
そう、エルカなのか、アフォ勇者なのか、ニルカルアなのかは知らないが、奴等は最悪の方法を取ったようだ。
それを聞いた俺は、絶望的な心境を抑えつけながら、直ぐに海国へと向かう準備を始めるのだった。




