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48 悪魔の所業


 それは直ぐに分かった。

 目の前のこいつは異常だ。

 在り得ない。いや、在ってはならない。

 こんな尋常ではない神威しんいを持った使徒なんて、これまで見た事が無い。

 猫の姿の時は、ほんの小さな存在だった。だから、ついつい見過ごして馬鹿にしてしまった。

 だが、こいつの本性を見た時、思わず震えてしまった。

 これは最早使徒では無い。神と同一の存在だ......


 これではどっちが猫か分ったもんじゃね~な。

 いやいや、それよりもヤバいぞ、これは恐ろしくヤバい相手だ。

 更に、あの両手に持っている短剣はなんだ?

 あんな異常な気配を発する武器なんて、これまで見たことも無いぞ。

 ニルカルア様から預かっている髑髏どくろの杖ですら、アレに比べれば子供の玩具おもちゃみたいなものだ。


「どうした? ここにきて怖気づいたのか?」


「うっせ~~! この猫野郎! オレを騙しやがって。絶対に痛い目に遭わせてやる」


 不敵な笑みを見せる猫野郎に罵声を浴びせるが、これは性根を入れて掛からないとオレの方が遣られてしまう。


 よし、ここは先制攻撃だ。

 意気込んで突撃したオレは、即座に猫野郎の側面に回り込んで、速度重視の一撃を放つ。

 だが、奴はそれを左手の短剣で、いとも簡単に弾きやがった。

 

 くそっ、速度重視の攻撃じゃ、奴には通用しそうにないな。さて、どうする?


 今度は後ろを取るように回り込むが、その途中で炎の飛撃を撃ち出してきた。

 くそっ、あの攻撃はなんだ? オレの風撃と同じような攻撃か?

 辛うじてかわすことが出来たが、あれを受けるなと本能が警笛けいてきを鳴らしてきたということは、唯の飛撃では無い筈だ。


「偉そうに言った割には、それで終わりか? 虎って大したことないんだな。同じような柄なのが恥ずかしくなってきたぞ」


 くそっ~~~~! めちゃくちゃ悔しいぜ。なんだ、あの余裕は。オマケにオレを散々コケにしやがって。ちくしょう~~~~!


「うっせ~! 直ぐにその皮をいでやる」


「お前こそ、虎の敷物にならないことだな。いや、剥製はくせいがいいか?」


 オレの罵声を平然と返してきやがる。

 マジで、こりゃドラゴンの尻尾でも踏んだような気分だ。


「流石は師匠だわ。トラ娘がまるで赤子のようね」


「やっぱりミーシャは最強なの」


「ミユキが怒ると怖いのですよ。虎娘は己の軽口を後悔するのですよ」


「あぁ、主様。私の主様は無敵です」


 後ろの方で見学している木っ端どもが、猫野郎の強さに心酔してやがる。

 こういう時に耳がいいのは嫌になるぜ。

 聞きたくも無い台詞を聞かなきゃなんね~。

 いや、それよりも、オレの方が下だと思われている。


「ぬぐ~~~~~! 死ね~~~~!」


 怒りマックスのオレは、形振なりふり構わずにり掛かる。

 だが、奴はどの攻撃も、いとも容易たやすかわして返しの攻撃を繰り出してくる。

 その速さ、強さ、俊敏さ、瞬発力、判断力、どれを取ってもピカイチだ。


 ちっ、どうにか奴のすきを突く方法はないのか?


 オレは周囲に視線を巡らす。

 奴に勝つための方法を探す。

 そして、あるものが視界に入った時、遂にその案に辿り着いた。


 フフフ、見てろよ。皆殺しにしてやる。

 オレは不敵な笑みを残し、地に沈むように消えていくのだった。







 カルミナ王国王都の近くにある丘は、街を一望できる眺めの良さは格別だし、ほおくすってくる風はとても心地よい。

 出来れば、こんな処でのんびりと昼寝をしていたいものだが......世の中は不条理なものだ。

 こんな猫に昼寝どころか、過酷な戦闘を押し付けてくるのだから。


 そんな不平を心中に押し込める俺は、虎娘が放つ鋭い斬撃ざんげきを避けながら奴の隙を伺っていた。

 やはり、虎だけあってかなり強い。


 いや、猫が弱いという意味では無いぞ......


 奴は俺の繰り出す炎帝と闇帝の攻撃を上手く躱しながら、高速の斬撃を叩き込んでくる。

 現在の戦闘を奴がどう考えているかは知らないが、結構ギリギリの戦いだと思う。

 それに俺には、例のハンディがあるからな。

 というのも、恐らくは一時間弱で猫に戻ってしまうからだ。

 だから、早めに勝負を決めたいのだが、奴はなかなか大きな隙を見せてくれない。

 さっきから、わざと挑発して隙を作らせようとしているのだが、奴は怒る程に強さを増しているような気がする。

 どうやら、挑発行為は逆効果だったらしい。


「死ね! 猫!」


 死ね死ねうるさい奴だな。


 奴の斬撃を躱しながら左手に握る闇帝を振り切るが、動物的な動きで躱されてしまう。

 その様子を見ながらも、俺は自分から攻撃していない。

 そう、この段階になっても、奴が諦めて引く事を願っているからだ。

 しかし、その考えが甘い考えてあり、その甘さが裏目となるのは、この直ぐ後だった。


 奴は不敵な笑みをこぼしたかと思った途端、地に溶け込むように消えていく。

 流石の俺も、それで奴が逃げたなんて思った訳では無い。

 直ぐに全神経を研ぎ澄まして警戒する。だが、奴が襲ってくる気配は全くない。

 おかしい。直ぐにそう感じた。

 更に、この時、直感的に不安が湧き起こってくる。

 奴は、俺の隙を作るために何らかの行動に出たのは間違いない。

 しかし、それは俺に対する直接的な攻撃では無いのだと。


『直ぐに逃げろ』


 直感に従って、透かさず仲間へと念話を飛ばす。

 ところが、その時には、既にルーラルが吹き飛ばされたところだった。


 恐らく、マルラがシールド魔法を掛けていたのだろう。大怪我をしている訳ではなさそうだが、かなりの距離を吹き飛ばされていた。


「ルーラルーーーー! 治癒! きゃ!」


 それを見たマルラが直ぐにルーラルへと駆けだし、彼女に治癒を施そうとした処を狙われて吹き飛ばされる。


「ルーラル、マルラ......ミーシャ、後は頼むの」


 倒れるマルラを庇うようにミララが彼女に覆いかぶさるが、そのミララの甲冑が次々と切り裂かれていく。

 レストと言えば、魔法を撃つ訳に行かず、如何して良いのかわかなくなってオロオロとしているが、何を考えたのか切り裂かれるミララの前に飛び出た。


「これ以上はあたしが許さないのです」


 いやいや、流石にそれは無謀むぼうすぎるぞ。


 急いで仲間の処へ向かう俺の前で、レストが無茶な行動にでた。そして、次の瞬間、レストは見えない斬撃に吹き飛ばされてしまった。


「レストーーーーーーー!」


 その光景を目にした時、俺は無意識の叫びを放っていた。

 更に、俺の怒りは瞬時に頂点を突き抜ける。

 そう、もう身の内に抑えきれない程の怒りが爆発したのだ。


 激怒げきどを通り越し、怒りそのものと化した俺は、有り得ない程の速度で移動し、ミララをかばうように立ちはだかる。


「お前はもう許さない」


 無意識に吐いた言葉に、虎娘があざけりの台詞を返してくる。


「お前は強い。だが、弱点はある。後ろで転がっている女達がお前の弱点だ」


 奴は好き勝手な事を言っているが、それは違う。全く違うと断言してやる。


「俺は仲間が居るから強くなれるんだ。今からその事を思い知らせてやる」


『癒しの女神トアラルア名を持って命じる。この者の命を救い賜え!』


 俺の信念を奴にブチ噛ましながら、即座に重傷の四人へ治癒魔法を掛ける。

 ところが、次の瞬間、俺の身体がバラバラになった。

 そう、物の見事に跡形も無くバラバラになったのだ。


「し、し、ししょーーーーーーーー!」


「ミーシャ?ミーシャ?みーしゃーーーーー!」


「ミユキーーーーーーーーーー!」


「主様ーーーーーーーーーーー!」


 バラバラになっても、何故か四人の叫び声が聞こえる。


 心配するな、みんな! 俺はこれくらいでは遣られたりしない!


「あははははははは。何が仲間が居るから強くなるだ。死んだじゃね~か」


 奴は姿を現さないまま、喝采かっさいすると共に嘲りの言葉を吐き出す。

 しかし、嘲笑あざわらう奴を見えない炎が襲う。


「あつ、あつ、ちっ」


 どうやら、俺が施した治癒魔法で復帰したルーラルがランスを地に突き刺し、そのランスを握ったレストが炎の魔法を地面に打ち込んだようだ。

 その攻撃で、地面は燃えずとも灼熱しゃくねつの温度に変わっていた。


 バラバラになって地面に撒き散らされた俺が燃えそうで、ちょっとだけ心配なんだが......


 ただ、地中に潜っていた奴も同様に、その熱さで堪らず地上へと姿を現す。


「ファイナルスマッシャー! ミーシャの仇なの」


 姿を現した奴に、ミララが即座に重力砲をぶち込む。


「ちっ、だが、これくらいじゃ遣られないぜ」


 自由な動きを封じられた虎娘に、こんどはマルラがレイピアを振り下ろす。


「ギロチン!」


 頭上から降り注ぐ無数の刃だが、奴は大剣の一振りで消滅させる。しかし、すぐさまレストの声が響き渡る。


「アイスアロー!」


 奴はたまらずけようとするが、動きを封じられている奴は上手く避ける事ができない。

 しかし、それも奴が大剣を一振りする事で、バラバラに砕かれてしまう。


「悔しいのです」


 あまりの悔しさに、レストがポツリとこぼしていると、ミララの能力が解けた事で自由になった奴は歓喜の表情で叫ぶ。


「かはははははははは。それで終わりか? じゃ、全員始末してやるぜ」


 ところが、奴の動きが、その歓喜の表情が、一瞬で凍り付くことになる。


「いや、お前には無理だ。いや、俺がそれを許さない。お前を絶対に許さない」


 奴が凍り付く気持ちも分かる。


 何と言っても、ハンバーグは無理でもサイコロステーキにはなりそうな程に、バラバラにした筈の俺が立っているのだから。


「お、お前、な、な、なんで生きてるんだ? おかしいだろ。あれで生きている筈がない」


 驚愕に後退る虎娘が、震える声で俺が生きている事に対する不平を漏らす。

 だから、俺はその理由を教えて遣る。


「なんでって、お前を始末するためだが? いや、神の思召おぼしめしだな」


「ちっ、畜生~~~~~!」


 その言葉を聞いた奴は、直ぐに気持ちを切り替えて戦闘態勢に移る。

 しかし、俺は直ぐに襲い掛かったりしない。

 怒りの頂点を突破した俺には、始めの頃のような温い気持ちは欠片も無い。

 そう、奴をこの世界から完全に消滅させる気でいるのだ。

 それ故に発動させる。

 左手の闇帝を仕舞い、驚異の神威を再び呼び起こすのだ。


『今この時を以て炎の主を解き放つ。今この時を以て古の炎を解き放つ。来たれ地獄の業火よ。ありとあらゆるものを断罪する炎の戒めよ。全ての悪しきものを焼き尽くせ。神威開放!』


『おおおおおおお~~~~~~! 主殿、みなぎるぞ! 我は怒りで漲っておるぞ』


 神威開放した途端に、炎帝の喝采かっさいとどろく。

 少しやかましいが、気の良いオヤジだと思えば悪い奴では無い。


「な、な、なんだ、なんだその神威は! そ、それでは、か、神ではないか! お前は使徒じゃないのか! 神なのか!」


 神威開放した俺に驚きの声を投掛ける虎娘だが、既にその相手をして遣るのも面倒だと思える。だから、即座に終わらせる。

 俺は神速で虎娘の側面へと回り込むと、炎の剣となった炎帝を振り下ろす。


「ぐあっ!」


 全く俺の動きについて来れない奴の腕を切り飛ばす。これはルーラルの分だ。

 それを確かめる事無く、直ぐに背後に回り込んで鋭い斬撃を見舞う。


「ぬぐっ、ま、全く動きが見えね~」


 その攻撃で、奴の背中が大きく切り裂かれる。これはマルラが受けた屈辱の分だ。

 更に、そのまま体中を切り裂く。これはミララが感じた怒りの分だ。


「ぐぎゃ」


 その勢いで、奴の両足を切り落とす。これはレストが受けた痛みだ。


「ぎゃぁ、わ、悪かった、オレが悪かった。もうお前達には手を出さねぇ」


 既に一方的な戦いだった。

 涙を流しつつ痛みを堪える奴は、必死に命乞いをしてくる。

 しかし、怒りの化身けしんとなった俺は、この戦いを止める気がない。


「お前は遣り過ぎたんだ。やってはならない事をしたんだ。最後は俺の分だ。バラバラになれ」


 両足を切り落とされ、片腕も無く地に転がる虎娘に非情の一撃を振り下ろす。

 ところが、電光石火の斬撃は空を切る事になった。


「ん?」


 目の前から虎娘が消えたことを疑問に思っていると、やや砕けた口調と威圧感が俺に降り掛かってきた。


「猫ちゃんはちょっと遣りす過ぎよ」


「あ、ニルカルア様」


 そこに現れたのは、トアラと同じ顔を持つ黒髪の女性だった。

 その女性に抱かれた虎娘が、とても嬉しそうな顔で名前を呼ぶ。


 こいつがニルカルアなのか。


 しかしながら、トアラとそっくりなその女が、彼女とは違う存在だと直ぐに分かった。


 その匂いが全く違う。

 その笑みが与える幸福感が全く違う。

 その声の美しさと清らかさが全く違う。

 顔の作りが同じだけで、他の何もかもが違う。


 お前こそが偽物だ!


「お前がニルカルアなんだな」


「あら、猫ちゃん、姉さんの使徒の割には礼儀知らずね」


 今、姉さんと言ったか? そう言えば、この声はどこかで聞いた事がある。

 そうだ。トアラと二人で洞窟に居た時だ。

 トアラが焦って俺を背中に隠した時に聞いた声だ。

 そうか、これがトアラを封じ込めたニルカルアなんだな。

 しかし、それがトアラの妹だとは全く知らなかった。

 いや、今はそんな事は如何でもいいんだ。


「その虎娘の悪戯が過ぎたからな。お仕置きが必要だし、その飼い主には苦情を言うべきだろう?」


「あら、ちょっと姉さんに可愛がられてるからって、調子に乗り過ぎだと思うわよ」


 ニルカルアは二十代後半といった様相だが、その容姿はトアラと同じだけあってとても美しい。

 それでも、その口から出て来る声や言葉に、何故か吐き気を感じる。

 その理由は解らないが、とても不快な感じがするのだ。

 周囲をチラ見すると、仲間達も不快な表情でニルカルアを見ている。


「そうか? ならトアラを出してくれよ。そうしたら礼儀正しい態度で接するぞ」


「それは無理ね。姉さんには荒ぶる神になって貰わないと困るのよ」


 何が困るかは知らんが、荒ぶる神になって貰っては困るんだよ。


「じゃ、ここでお前を倒せばいいんだな」


「あら、強気ね~。でも、猫ちゃんにそれが出来るかしら?」


 その時、瞬時に行動した。

 しかし、それはニルカルアに襲い掛かるための行動では無い。

 即座にその場所から退避したのだ。

 それは嫌な予感に突き動かされた行動だった。


「なかなか感がいいじゃない。流石はか弱き猫だけあって危機回避能力が半端ないわね」


 彼女がそう口にした時には、俺が元いた場所に直径一メートルくらいの黒い弾が浮いていた。

 どんな攻撃かは知らないが、かなりヤバいものだと感じる。


『主殿、やつの黒球に触れてはならんぞ。あれに引き込まれると戻って来れなくなるからのう。戦う時は我で切り裂くのだ』


 どうやら、炎帝はその攻撃を知っているようで、すぐさま俺に助言をしてきた。


「あら、焚火たきびのおじさまじゃない。まだ生きてたのね」


『ぬぬぬぬ。この小娘が! 我の事を焚火だと!』


「あははは、怒りっぽい処も変わってないのね」


『喧しいわ』


 うちの炎のオヤジがニルカルアと言い合いをしているが、俺としてはそれ処では無い。

 ああは言ってみたものの、勝てる気がしないのだ。

 だから、現状としては、この窮地をどう切り抜けるかだ。

 そんな思案をしていると、再び俺に声が掛かる。


「ところで、猫ちゃん。神器は沢山集まったの?」


 そんなもん、答える訳ないだろ。バカちん。


「ふ~~ん。無視するんだ」


 奴はねた表情で指先を動かす。

 次の瞬間、再び黒球が現れるが、それは俺に向かってでは無かった。

 そう、俺の仲間であるマルラ、ミララ、レスト、ルーラルの四人に向けられたものだったのだ。

 それを察知した俺は、即座に移動して炎帝の斬撃でその攻撃を切り裂く。


「ふむ。やるじゃない。しょうがないわね。今日はここで引き上げてあげるわ。あ、グル、例の杖は?」


「は、はい。ここに」


 ニルカルアの問い掛けに、虎娘が唯一残る手で、何処からか取り出した杖を差し出す。

 それを目にした時、俺の不安は最大のものとなる。いや、心臓が凍り付いたといった方が良いかもしれない。

 何故ならば、それは死国で横取りされた髑髏どくろの杖だったからだ。


「な、な、そ、それを如何するつもりだ」


 焦った俺が問い掛けると、ニルカルアは楽しそうな表情で答えてくる。


「どうするって、使うから出したに決まってるじゃない。は~~い。みんなゾンビにな~れ!」


「させるか!」


 即座に炎の剣となった炎帝を振るい、火炎攻撃を奴に向けて放ったが、奴が透明な障壁を出したのだろう。

 炎の飛撃はそれにぶつかって霧散してしまう。

 更に、今度は杖に魔力を込めやがった。


「やめろ~~~~~~~!」


 制止する俺の叫び声が響き渡るが、それは王都から聞こえてきた無残な叫び声にかき消されてしまった。

 王都とはかなりの距離がある筈なのに、恐ろしい程の絶叫が響き渡ってきたのだ。


「な、な、なんてことを」


「ひ、ひどい」


「最悪なの」


「神とて遣って良い事ではないのです」


「あってはならない存在です」


 俺の声に続き、マルラ、ミララ、レスト、ルーラルが怒りといきどおりを口にする。

 そう、それは誰であっても行ってはならない所業なのだ。


「分ったぞ。お前こそがこの世界に不要な者だ」


 憤怒ふんぬの表情で怒りをぶつけると、彼女は大きな声で笑い出す。


「あはははははははは。流石は姉さんの使徒が言いそうな事ね。でも、誰も私を止める事は出来ないわ。あはははははは」


 奴は笑い声を残し、遠くから呻き声が聞えてくる丘から消えてしまった。

 そこには、虎娘の姿も切り落とされた四肢も無く、あたかも何事も無かったのような光景だけが残っている。

 しかし、戦闘の前後では大きな違いがある。

 それは多くの命が失われた事だ。


「くそっ! なんてこった。みすみす奴の所業を許してしまうとは......」


 奴の所業を阻止できなかった事を悔やみつつ、考えを改めさられる事となった。


 これまでトアラを洞窟から解放することだけを考えて神器を探してきたが、今回の件でそれだけでは駄目なのだと感じた。

 故に、これからは率先してニルカルアと敵対する事を念頭に置く。

 そう、当初、えきが無いと考えていたのは大間違いだったのだ。

 しかし、奴等を封じる事は、この世界に取って大きな益となる。

 正直言ってトアラがどう思うかは解らないが、これからはニルカルアと出会えば即座に遣り合う事になるだろう。いや、そうするべきだろう。


 無情にも、未だに呻き声や悲鳴が轟くカルミナ王国の王都を見ながら、ニルカルアを討つ覚悟を決めるのだった。


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