41 どうしても勝てないの
見渡す限り、何処までも暗い洞窟。
ただ、洞窟とは言っても、内部はかなりの広さがあり、木々も生えていたりする。
そんな薄暗い洞窟には、発光石による明るさがあるとはいえ、やはり天然の明かりが恋しい。
この階層で過ごし始めて何日になるのかも覚えていないの。
ミーシャが光と共に消えてしまい、廃墟となった神殿から脱出を図った時から、既に何カ月も経ったような気がするけど、恐らくはほんの数日なの。
あの神殿の空間からダンジョンに戻れたのは良いのだけど、そこに居た二体の竜を倒すのがやっとだったの。
その後に現れた巨竜とは......疲弊した私達では太刀打ちできないと考え、戦う事無く即座に逃げ出したの。
だって、指輪をしたまま戦える相手じゃないもの。
現に、逃げ回った後に指輪を外して何度か戦ったけど、全く歯が立たなくて逃げ帰るのがやっとだったの。
今はマルラに結界を張って貰って休憩している処なの。
「ねえ、あの巨竜って強過ぎない?」
「この階層のボスかも知れませんね」
疲れ切った様子を見せるマルラの問いに、ルーラルが律儀にも答えてるのだけど、そんな無駄話をしても仕方ないと思うの......
「ちょっと、ミララ、その目は何よ」
ぬぬっ、マルラが腹立たしさを私に向けてきたの。
もしかして、八つ当たりなの? もう、この子はダメダメなの。
とても私よりも年上だとは思えないの。
こんな子にミーシャは渡せないの。
というか、甲冑を着てるから、私の視線なんて見えない筈なの......
「ふん。あなたの考えてそうな事くらい解るのよ」
ぬぬぬっ、なんと、この娘、胸が無い癖にやりよるの。
いやいや、絶対に当てずっぽうなの。
「オン! オン! クゥーーーン!」
はぁ、またレストがお腹が空いたって鳴いてるの。
てか、なんで子犬になってるの?
ルーラルは別として、この子が一番年上なのが一番意味不明なの。
でも、子犬の状態は可愛いから大好きなの。
「レスト、鳴いても食べる物は出てきませんよ」
「クゥ~~~~ン」
ほら、ルーラルに窘められたの。
でも、そのシュンとした処が更に可愛いの。
「レスト、おいでなの」
私がレストをナデナデしようと思って呼んだのだけど、彼女はマルラの膝の上に乗る。
ぬぬぬっ、なんて奴なの。薄情者なの。
「あのね。甲冑に乗っても冷たいだけじゃない」
レストが自分の膝の上に乗った理由をマルラが伝えてくる。
確かに、私は甲冑姿だけど......
「レスト、もうご飯を分けてあげないの」
「クゥ~~~~ン」
偶には釘を刺さないと調子に乗るの。
普段、私があまり話さないから、無口な少女だと思われがちなの。
本当はお喋りなの。でも、上手く話せないから黙ってるだけなの。
そんな事よりも、ここをどうやって抜け出すかの方が一番の問題なの。
「ルーラル、巨竜は如何してるの?」
「完全に階層出口で番をしてますよ」
私の問いにルーラルが直ぐに答えてくれる。
このユニコーンは、とても賢くて優しいの。
私の生まれ育ったあの国の王様や貴族たちに、ルーラルの爪の垢を煎じて呑ませてやりたいの。
流石はミーシャが見込んだだけのことはあるの。
私達のリーダーには打って付けの人材なの。って、人間じゃないのか......
「どうやって倒すの?」
「僕の攻撃なんて、全く効いてないし......」
私の問いに、マルラが悲しそうな表情で告げてくる。
マルラは決して弱くない。でも、大きな相手には相性が悪いの。
ここは、私とルーラルが頑張る必要があるのだけど、私達の攻撃も奴に致命傷を与える程じゃないの。
「やはり、倒すのを諦めて逃げる方が良いと思います」
ルーラルが安全策を提案してくるけど、それが上手く行かないから、こうしてこの階層に留まっているのだけど......
「どうやって逃げるの?」
その方法を尋ねると、ルーラルはゆっくりと頷いてから作戦を説明してくれた。
結局、他に案がないということで、ルーラルの策を実行する事にして、それまでの一時を休息に当てるのだった。
上の階層に上がる通路が見える。
その入り口の大きさは、縦横十メートルくらいで、そこに入ってしまえばあの巨竜は追いかけて来れない筈なの。
だけど、その入り口の前にあの巨竜が立ち塞がっているの。
てか、寝そべっているけど......まあ、同じ事なの。
本当に厄介な巨竜なの。
きっと、その狡賢さは、ミーシャも舌を巻く筈なの。
「準備はいいですか?」
心中で巨竜の悪口を言っていると、ルーラルから作戦準備について最終確認があった。
特に問題もないし、私は突撃役だから、ひたすら突っ込んでぶん殴るだけなの。
そうやって強くなるしかないの。
魔力の少ない私は、力で伸し上がるしかないの。
私は強くなってミーシャの手助けをしたいの。
そんな思いでメイスを握り締める。
「じゃ、行きますよ」
ルーラルの言葉に黙って頷き、私は走り出す。
竜との距離は百メートル、奴の巨体は三十メートルはある。
だから、私が懐に潜る前に攻撃が来る筈だ。
ほら、来たの!
奴は長い尻尾を振り回してくる。
ふんっ! そんな攻撃なんて喰らわないの。
即座に、その尻尾を跳躍で躱して更に近寄ると、奴の喉が膨れる。
炎を吐くつもりなの。ふんっ、好きなだけ吐くがいいの。
奴の攻撃を気にせずに、私はひたすら突っ込む。
すると、奴はその凶暴な牙が並んだ口を開けて、予想通りに炎を吐き出してきた。
だけど、私の前方に巨大な氷の壁が出来上がる。
それはレストが渾身の魔力で作り出した氷の壁。
奴の炎はその氷の壁に遮られ、私の所まで届かない。
でも、それも一瞬だけ。奴の炎はレストの渾身の作を瞬時にして溶かしてしまう。
それでもいいの。その一瞬を利用して、私は奴の目から姿を暗まし奴の後方へと回り込む。
更に、尻尾を駆け上がり、奴の背中に向かって渾身の一撃を喰らわせる。
「ファイナルスマッシャー!」
離れた場所だと、奴の身体が大き過ぎて効果範囲に入らないの。だから、奴によじ登って至近距離で喰らわせてやったの。
「グギャォーーーーーーーーー!」
怒ってる、怒ってる。さあ、追って来るの。
私は巨竜から飛び降りると、レストやマルラが居る場所と反対方向へと走る。
そこにはルーラルが待ち構えていて、次の攻撃の準備をしている。
えっ、なんで追ってこないの?
私達の予想に反して、巨竜は私を追う事無く、レストやマルラに向かって炎を吐き出す。
ちっ、私の攻撃じゃ~物足りないって訳なの?
怒りが込み上げてくる。
歯牙にも掛けられない悔しさに、怒りの炎が胸を焦がす。
だったら、目に物をみせてやるの。
進行方向を巨竜へと変更した処で、隣にルーラルが走り寄って来る。
「あの巨竜、賢過ぎます」
「あいつは絶対に潰すの」
愚痴を溢してくるルーラルに、巨竜に向けた罵声で返す。
「ブレイクスピア!」
私と並走するルーラルが透かさず渾身の一撃を巨竜の側面にぶち込む。
だけど、奴は全く意に介す事無く、レストとマルラへ向けて何度も炎を吐き出している。
流石にマルラとレストの事が心配なの。
初めは氷の壁を発動させていたけど、既にその兆候すら見えないの。
恐らく、マルラが結界を張っていると思うけど、それもミーシャほど強力なものでは無いし、急がないとかなり拙いの。
このタイミングで念話を送っても、答える余裕はなさそうだし、兎に角、急いで奴の気を引かないとなの。
巨竜の背後に回り込んだ私は、さっきと同じ要領で奴の背中に上る。
今度は頭の上にまで登る勢いで駆け上がる。
それでも、奴は全く気にする事無く、マルラ達に攻撃を集中させている。
もしかしたら、これまでの戦いでマルラやレストの方が倒し易いと判断したのかも知れないの。
もしそうなら、初めから逃げる事を選択すれば良かったの......
今や、完全に手の内を読まれているという事だもの。
「喰うの~~~! マッスルアタック!」
奴の頭の上まで登った私は、奴に渾身の一撃を振り下ろす。
しかし、それを察した奴が、メイスが減り込む寸前に頭を振って私を投げ飛ばす。
「ぬぐっ」
私ではミーシャみたいに空中で体勢を立て直すなんて芸当は無理なの。
となれば、地面にぶち当たるしかないの。
それを覚悟したのだけど、私が感じたのは柔らかい衝撃だった。
ただ、それも一瞬の間だけで、直ぐに地に転がった。
その事に疑問を感じた私が視線を巡らすと、直ぐ傍にルーラルが転がっていたの。
どうやら、吹き飛ばされた私を受け止めてくれたみたいなの。
でも、その所為で、彼女は酷いダメージを受けたみたいなの。
呻き声を上げて転がっている様子からして、直ぐには動けそうにないの。
「ルーラル、大丈夫なの?」
「ち、ちょっと無理かもしれません」
苦しそうに呻くルーラルの右腕がおかしな方向に曲がっている。
それから推察できるのは骨折。私を無理に受け止めた所為で、腕を折ってしまったようだ。
それを見た私は焦りを感じる......
直ぐに治療をしたいのだけど、私には治癒魔法の能力が無いの。
『マルラ、そっちは大丈夫なの?』
『な、なんとか結界で、でも、もうそろそろヤバいわ。レストも怪我をして戦える状態じゃないのよ』
念話でマルラに尋ねたのだけど、向こうも大ピンチだという事だった。
『私が突っ込むの。ルーラルが怪我をしているの』
『分かったわ。直ぐに移動する』
『お願いなの』
マルラとの念話を終わらせると、意を決して走り出す。巨竜に向かって走り出す。
勝てる筈がないと知っても逃げる訳にはいかない。
だって、私の後ろには大切な仲間が、唯一の家族が居るのだから。
ねえ、ミーシャ、死ぬことは無いって言ってたけど、それってどうなるの?
このまま突撃して、奴の炎に焼き焦がされたらどうなるの?
こんな鎧なんて溶けちゃうの?
ちょっと、怖いけど、みんなを守る為だもの。
幾らでも勇気が湧き起こってくるの。
際限なく沸き上がってくるの。
さあ、私と一騎打ちの勝負をするの。
巨竜は私の覚悟を察したのか、喉を膨らませた状態でこちらに向き直る。
でも、私は怯まずに走り続ける。
後ろから私の名を呼ぶマルラの声が聞こえるけど、今は構ってあげられないの。
「喰うの!ファイナルスマッシャー!」
届かないと知りつつ、スキルを発動させる。
だって、奴の炎を遮るにはそれしか手が無いから。
だけど、悪手でも時には嵌るものなの。
奴の炎はファイナルスマッシャーの圧力で抑えつけられて、私に届く事は無かった。
じゃ、もう一発いくの。でも、世の中って無情なの。
こんな所で躓くなんて......こんな処でコケてしまうなんて......あとで、みんなに笑われるの......こんな終わりが来るなんて、本当に最低なの。
地面に這いずる私に向けて、巨竜が牙の並んだ口を開ける。
いよいよ、私が消し炭になる時間みたいなの。
今、奴の口から炎は吐き出された。
やっぱり、少しだけ怖いの。だから、瞬間的に目を瞑って彼の名を呼んでしまったの。
「ミーシャーーーーーーー!」
だけど、いつまでたっても熱くならない。
もしかして、私の甲冑って熱を遮るとかなの?
恐る恐る頭を上げて、目の前を見てみたのだけど、そこには信じられない光景があった。
透明の膜に奴の炎が遮られていた。
奴の炎でもビクともしない結界が張られていた。
こんな結界を発動できる者を一人しか知らない。いや、一匹なのかな?
「ミーシャ!」
そう声に出した時、巨竜の身体が吹き飛んだ。
「えっ!?」
その光景に驚いたのは、そこに巨竜と変わらないサイズの白い獣が居たから。
一瞬、メルティかと思った。でも、額の角の本数や形が違う。こっちの獣は額では無く頭から二本のくねった角が前方に伸びていた。
『竜如きがウチに敵う訳がないだギャ~~~』
その白い獣は、私達が手も足も出なかった巨竜の腕に喰い付き、その巨体を無理矢理に押し倒し、その太く硬い腕を噛み千切り、更にその太い首に喰い付いている。
そう、呆気に取られる程に信じられない強さを持った獣だった。
そんな現実離れした光景を唖然と見詰めていると、サバトラ柄の猫ミーシャが私の前に颯爽と走ってきた。
「ミララ、大丈夫かニャ? 遅くなって悪かったニャ」
ああ、ミーシャ、私のミーシャ。嬉しい。本当に嬉しいの。
両目から溢れ出る涙が止まらないの。
ピンチの時には必ず助けてくれるの。
これで何度目か解らないほどに助けて貰ったの
でも、今はそれどころじゃないの。感動している場合じゃないの。
「私は大丈夫なの。レストとルーラルが怪我をしてるの。だから、彼女達の治癒を......」
早く二人をと言ったのだけど、ミーシャはあっという間に治癒魔法を掛けてしまった。
その効果たるや、まるで身体が新品になったような気分なの。
そんな私にニャ~と一鳴きしたかと思うと、疾風のような速さでマルラ達の方へと駆けて行く。
もう、夢でも見ているかのような出来事だった。
「グギャ~~~~~~~ゥ」
突然上がったその雄叫びは、まさに断末魔の様だった。
視線をミーシャから巨竜へと移すと、そこには巨竜の上に四足で立ち、勝利を誇らしげにする白い獣がいた。
『やっつけただギャ~~~~! 勝っただギャ~~~~! 楽勝だギャ~~~~!ご主人様、褒めてだギャ~~~~!』
どうも、ご主人様とはミーシャの事らしいのだけど、何処で捕まえてきたのか......
というか、どう聞いても女の子の声なの。
ちょっと見ない間に、また新しい女を見付けてきたの。
あとで、キツく懲らしめる必要があるの。
私は景気良く立ち上がると、ミーシャやマルラ、レスト、ルーラルの処へ走って行く。
視線の先には元気になったレストやルーラルが見える。
流石はミーシャ。あっという間に治してしまった。
だけど、みんなの傍に近寄った処で、マルラの口から飛び出てきた嫌な言葉を耳にした。
「ミララ、大丈夫? コケタでしょ?」
ぬぐっ、やっぱり見られてたの。
末代までの恥なの。それも、マルラに見られるとは......
「大丈夫なの」
「それならいいけど」
マルラはとても心配そうな表情で問い掛けてきたけど、私が問題無い事を伝えると、少しホッとしたようだった。
まあ、心配してくれるのは嬉しいけど、ミーシャは絶対に渡さないの。
「ミララ、転がってたから怪我をしているかと思ったんだニャ。でも、コケタだけだったみたいニャ」
ぬぐぐぐぐ、どうやらマルラがミーシャに教えたみたいなの。
うううう、めちゃめちゃ恥ずかしいの。
「マルラのバカーーーー! ぺちゃぱいなのーーーーーーー!」
「な、な、な、なんですって~~~~! レストの方がチイパイじゃない!」
「ど、ど、どうしてあたしを引き合いに出すのですか~~~~!」
やっと戦闘が終わったのに、このあと、ルーラルの雷が落ちるまで、内部抗争が続くのだったの。




