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35 よく解らないけど、どうも猫らしい


 今日も日向ぼっこは気持ち良い。

 ん~、何をしてたんだっけ?

 思い出せない......でも、日向ぼっこは気持ちが良いし、このままでいいか~。


「あ、ママ、猫ちゃん。あの猫ちゃん飼いたい」


「ダメよ。野良猫なんて」


「ええ~~~」


 買い物帰り風の親子が俺を見てなんか言ってる。


 おっ、お嬢ちゃん、中々見る目がるじゃないか。それに比べてこの母親は......って、猫ってどういうこと?

 ん? 俺、なんでこんなへいの上で寝転んでるのかな? 

 てか、手が......手が猫だし......いや、この場合、脚になるのか......ん~~~、まあいいか~~~。

 そういえば、猫に成りと思ってたし。

 ん?、ああ、俺って転生したんだっけ?

 そうだった。猫を選択したんだったよな。

 うむ。それでこの状態なのか......でも、如何見ても子猫じゃないよな。

 転生って普通、新しく生まれるんじゃないか?

 ん~~~~~、まあいっか~~~~! 前世は働き詰めで大変だったし、最後は癌になってあっという間に死んじゃったからね。


 俺を飼いたいと、諦めずに粘っている娘には申し訳ないが、現在の状況も把握できたことだし、のんびりと昼寝でもしようかね。


 本当に、ぽかぽかしていい天気だ。あ~極楽、極楽!







 結構な時間を昼寝に費やし、日差しもやや落ちかかった処で目が覚めた。

 少しずつ覚醒する意識の中で、ふと、疑問が浮かぶ。


 俺の名前は......ん? 名前? わかんね~。


 そらそうだな。猫に転生したんだし、野良猫に名前があろう筈がない。


 まあいいや、取り敢えず昼寝も満喫したし、街の探索でもするか。


 結局、なんの答えも出ないまま、壁からひょいと飛び降りて、人通りの少ない道を歩き始めた。


 ぬぬ、なんか熱い視線を感じる。なんだ、この甘くねっとりと絡みつく視線は。


 街路を歩き出して、して時間も経たない内に、俺に向けられる異様な視線を感じた。

 気になって振り向いてみると、他の猫達が俺を熱い眼差しで見詰めているような気がする。いや、見詰めているのだ。

 いやいや、見詰めてるだけでは飽き足らず、今にも襲い掛かってきそうな勢いだ。


 ヤバイ!


 俺は本能的に察した。

 これは俺の貞操の危機だ。

 すぐさま、その場から走り出すと、熱い叫びを上げながら猫達が追ってきた。


『あ~~ん! 遊んでにゃ~~~ん』


『逃げたにゃ~~、逃がさないにゃ~~~~』


『あたしに子供を授けてにゃ~~~』


 どうやら、追いかけてくるのはメス猫のようだ。


 男冥利に尽きるとは、まさにこの事だな。


 しかし、以前にもこんな事があった様な気がする。いや、今は兎に角逃げる方が先だ。

 しかし、逃げるどころか、走れば走る程に追って来るメス猫が増えているような気がする。

 これでは幾ら走っても限が無い。

 そう感じた俺が視線を巡らすと、果物屋の隣に高く積まれた木箱が目に入る。

 それを見た途端に閃く、あれをよじ登って建物の上を行こうと。


 次の瞬間、俺は木箱に飛び乗り、すたすたと上まで駆け上がる。

 更に、その天辺から建物の屋根に飛び乗る事に成功する。

 後ろを振り返り、追って来た猫の集団を見遣ると、そこではメス猫達が歓声を上げている。


『カッコイイにゃ~~~』


『あのしなやかな走り、力強い跳躍力ちょうやくりょく、最高にイカしてるにゃ~~』


『にゃ~~ん! 逃げちゃダメにゃ~~~ん!』


 これもなんか見た事があるような光景だが、いつの事だったか全く思い出せない。


『猫ちゃん達! あばニャ~~~~~』


『素敵にゃ~~』


『いっちゃいそうにゃ~~』


『私を連れてってにゃ~~』


 決め台詞を吐くと、メス猫達の桃色の声を置き去りにして、俺はすたすたと屋根の上を闊歩し始める。

 途中で足を止めて屋根の上から街の景色を眺めつつ、自分の事を見詰め直す。


 いくら猫だと言っても、この運動能力は異常じゃないか? 他の猫達が全くついて来れなかったぞ。


 自分でも驚く程の跳躍力が不思議で仕方ない。

 それに、メス猫達に追い回される記憶は薄っすらと残っているのに、以前の事は全く覚えてない。


 俺って一体何なのだろうか。そして、ここは何処なのだろうか。


 疑問だらけの状況に、少し不安を感じつつも、再び歩みを進めた俺の視線の先には、大きな屋敷があった。

 まだ、かなりの距離がある筈だが、それでも大きな屋敷だと認識できる程に、広い敷地と立派な建物が存在感を発揮している。


 まあ、目的がある訳でもないし、見物でもしてみるか。


 それがトラブルの始まりになるとは知らずに、俺は意気揚々と足を前に進めるのだった。







 屋根から屋根に伝い、屋敷に向かって足を進める。

 時間で言うと二十分くらいだろうか。

 淡々(たんたん)と飛んだり跳ねたりしながら屋敷の近くまで辿り着く。


 すっげ~~~! めっちゃ広いし、めっちゃデカいわ。


 屋敷の凄さに感嘆かんたんしつつも、俺はさくを越えて中に侵入する。

 本来なら不法侵入で逮捕されるのであろうが、猫にはそんな法律すらない。

 その事に一人でクスクスと笑いながら、屋敷の敷地を歩き回る。


 玄関前はとても広く、道が円を描くように造られており、その道は門から真っ直ぐに伸びた道と繋がっている。

 その周りには大きな植木や綺麗な花などが植えられており、自然あふれる表庭のになっている。


 そこに植えられた花々を眺めながら屋敷の裏手へと進むと、そこは植木に囲まれた場所で、芝生が植えられた広い裏庭となっていた。


「あら? 猫が紛れ込んできたの? 猫ちゃん、おいで」


 裏庭の様子を眺めていると、突然、女性、いや少女のような声が聞えてきた。


 声の出所に頭ごと視線を向けると、芝生の上に置かれた椅子に一人の少女が座っていた。

 その少女は白い服を着て、直射日光避けに大きな帽子を被っているのだが、それが良く似合っていてる。

 帽子に収まり切らない髪は金髪で、瞳の色はここからだと良く分からないが、歳の頃は十四歳くらいだろうか。目鼻立ちがハッキリしたとても可愛い少女だと思う。


 そんな少女の隣にはテーブルがあり、上にはティーカップが置かれている。

 少女の言葉をスルーして状況を観察していると、彼女は少し悲しそうな顔で愚痴を溢した。


「あなたも私を相手にしてくれないのね。みんな自分の事ばかり」


 そんな少女の言葉が気になり、俺はゆっくりと彼女の下へと歩みを進める。

 彼女は俺の接近に気付く事無く、涙ぐんだ瞳を何度もぬぐっている。


「ナ~~~」


 彼女の足元まで辿り着くと、思いっきり優しい声で鳴いてみる。

 すると、彼女はハッとして顔を上げ、俺の事を見詰めたかと思うと、一気ににこやかな笑顔に変身する。


「ん?。もしかして、私の相手をしてくれるの?」


 両手を伸ばした状態で俺を見詰める彼女は、もしかして上がって来いと言っているのだろうか。

 足が汚れているので、彼女の白い服の上には登りたくないのだが......


「おいで! さあ、おいで!」


 仕方がないので、俺はテーブルに飛び乗り、彼女の手が届く範囲でお座りをする。


「きゃ! すっご~い! 今、スパッと飛び乗ったよね。羨ましい」


「にゃ~~~(そ、そうか?)」


 彼女は俺の両脇に両手を刺し込み、まるで高い高いをするような状態で興奮している。

 テーブルに飛び乗ったくらいで、それほど興奮する事は無いと思うのだが。

 でも、一応は一鳴き応えてやるのが礼儀というものだろう。


「猫ちゃん、飼い猫よね? すっごく綺麗な毛並みだもんね。何処から来たの?」


「にゃ~~~(俺にも解らん)」


 その少女は俺を降ろし、胸に抱いて問い掛けてくるが、俺自身が知らない事を答えようも無い。


 てか、抑々、言葉が通じないだろう。しかし、彼女はそれでも俺に話し掛けてくる。


「ねえ、ねえ、君、うちの子にならない? 美味しい物を沢山食べられるよ?」


 その台詞で気付いてしまった。全くお腹が空かない事に。


 そう言えば、全く何も食べていないのだが、全くお腹が空かない。

 どうしてだろう?

 転生して猫になると、そんなものなのだろうか?

 いやいや、幾らなんでもそれは在り得ない。


「クラリス、こんなところに居たのか」


 お腹の具合を気にしていると、突然、男の声が聞えてきた。

 どうやら、この少女はクラリスと言う名前らしい。

 その名を呼んだのは、口ひげが何とも似合わない虚弱きょじゃくそうな中年だが、人は好さそうな感じがする。

 髪の毛の色といい、目の色といい、恐らくはこの少女の父親なのだろう。


「お帰りなさいお父様。お城はどうでしたか」


 クラリスが帰宅の挨拶をした後に城のことを聞く。しかし、その父親は溜息を一つ吐くと首を横に振る。


「話にならんよ。王はどうしてもいくさをしたいようだ」


「えっ! 戦になるんですか?」


「恐らくな......」


「何処に戦争を仕掛けるつもりなのですか?」


「テルランかロートレールだろうな。ゴルドは同盟国だし。恐らくはその二つの国を攻めるのだろう」


 父親は再び溜息を吐きつつ、首を横に振る。

 そんな父親を見詰めながら、クラリスは信じられないという表情で、父親に再び問い掛ける。


「なんてことを......お父様の力でも止められないのでしょうか」


「私の力なんて知れている。反対勢力を集めて抵抗をしているが、じきに何らかの策を打って来るだろう。だが、絶対にお前だけは守るからな」


 父親は力無く言うが、クラリスを守る処だけはとても力強かった。


 うむ。なかなか、大した男のようだ。


 なんて、クラリスの父親の事を褒めてやったのに、恩知らずにもとんでもない事を口走りやがった。


「それはそうと、その猫は如何したんだい? サバトラ柄の猫なんて、縁起が悪いぞ?」


 なんだと! 俺の柄は縁起が悪いのか?


「あら、お父様まであんな噂を信じているのですか? 見て下さい。この子はとても賢そうですよ? 勿論、飼っても良いですよね?」


「ふっ、お前には敵わなんな。そういう処はカトレーヌそっくりだ」


 カトレーヌが誰かと思ったのだが、父親はその事には触れず、俺を抱いたクラリスを抱き上げて、屋敷の中へと戻って行く。

 父親のその行動を不思議に思ったのだが、その後、クラリスが歩けない事を知るのだった。

 故に、俺を見て羨ましがっていたのは、俺が飛んだり跳ねたり出来るからだろう。







 その夜、久しぶりに食事をしたような気がする。

 それも、何故か豪華な食事だった。

 とても猫が食べるようなものでは無かったのだが、この屋敷の者達は俺をVIP扱いする事にしたらしい。

 年若い侍女たちに体中を泡だらけにされ、綺麗に流してくれるのは良いのだが、如何にも身体が濡れるのは気持ち悪い。


 このことで、猫が風呂を嫌がる気持ちが良く分かったニャン。


 その後は、クラリスのベッドの上で色々な話を聞かされて寝る事になった。

 彼女の話では、ここはウエルーズ王国の王都ミルトナという場所らしい。

 彼女の家は伯爵家で、父親は戦争反対派のリーダーを遣ってということだった。


「じゃ、タイガ、そろそろ寝ましょうか。」


 彼女は俺の柄が虎のようだと言って、タイガという名前を付けてくれた。しかし、どうもしっくりこない。

 何か他の名前があるような気がしてならないのだ。

 ただ、その違和感の原因が解らず、結局はタイガという名前を受け入れてしまった。


 といっても、ニャーって鳴いただけだけどね。


「明日も庭で日向ぼっこしましょうね」


「ニャ~~」


 彼女の言葉に返事をした時だった。部屋の扉が勢いよく開かれる。


「クラリス、逃げるぞ!」


 入って来たのは父親だ。しかし、その表情はかなり焦っているように見える。


「お父様、如何してのですか?」


 慌てる父親の行動に動揺したクラリスが尋ねるが、次の瞬間には父親が胸から剣を生やし、己の血をクラリスへと飛び散らせた。


「きゃーーーーー!お、お父様、お父様ーーーーーーーーー!」


 絶叫するクラリスを余所に、父親に剣を突き立てた男がニヤリと笑う。

 何故か、その男の顔に見覚えがあるような気がする。

 しかし、思い出せない。ただ、「嫌な奴だ」や「最低の奴だ」という思いだけが込み上がってくる。


「お父様、お父様、お父様ーーーーーー!」


「うっせ~な~! もう死んでるんだよ! 叫んだって生き返ったりしね~つ~の!」


 混乱して父親の亡骸なきがらを抱き締めるクラリスに、その男は最悪な台詞を吐き捨てた。


 いや、この男の存在が最悪なんだよ!


「やったかい!」


 俺がクラリスの傍らで男を睨んでいると、奴の後ろからビキニアーマーを着たごっつい女が現れ、視線をこちらに向けながら男に問い質す。


「ああ、あとは、この娘を連れて行くだけだ」


「じゃ、さっさとしな。てか、その猫、まさか......」


 男の台詞を聞いたビキニ女が男に返事をした後、俺に気付いて嫌な顔をする。


「あ、ほんとだ。くそ忌々しい面だぜ。だが、奴がこんな所に居る筈がない」


 ビキニ女の言葉で、やっと俺の存在に気付いた男が吐き捨てるが、何の事だが俺にはさっぱり解らない。ただ解ることがある。それは、こいつらが人殺しだという事だ。


「そうだな。少しナーバスになっていたようだ。あとは頼んだぞ」


 ビキニ女は俺をひと睨みした後、男にそう言って部屋から出て行った。

 すると、男は父親に泣きすがるクラリスの腕を無理矢理引っ張り、連れて行こうとするが、心中の怒りが爆発しそうな俺は、奴の行動を許すことが出来なかった。


「逝けニャ」


 気が付くと、発声と共にその男を猫パンチで吹き飛ばしていた。


 なんだこの力は......本能で遣ってしまったけど、自分の中に途轍とてつももない力を感じたぞ?


「タイガ? タイガがやったの?」


 涙で両方の頬を濡らしたクラリスが、唖然とした顔で問い掛けてくる。


「それに、今、喋ったわよね?」


「ニャ~~」


「誤魔化してもダメよ。ちゃんと聞こえたもの」


「ニャ~~」


 喋る猫なんて問題ありだろ!


 俺は必至で誤魔化すが、涙にぬれたクラリスの瞳はだまされないと語っている。

 いや、それよりも、ここから逃げ出す必要がある。

 男は俺の猫パンチでノビているが、クラリスは歩けない。

 どうやって逃げ出せばいいんだ?


「ひぃーー!」


 これからの行動に悩んでいた処へ、一人の侍女が訪れたかと思うと、現場の惨状を目にして驚きでほおを引きらせている。

 

 どうやら、屋敷の者が全員殺された訳では無いようだ。


「ミト、大丈夫だったの?」


 動揺から立ち直ったクラリスが、驚愕きょうがくに打ち震える侍女に声を掛ける。


「は、は、はい。こ、これは、これは如何したのですか」


ぞくです。一人はそこで倒れているけど、他にも居たわ」


「す、直ぐに、人を呼んで参ります」


「待って! それだとあなた達も殺されてしまうわ。悪いけど、私を連れ出して欲しいの。それでいいのよね? タイガ」


「ニャ~~」


 彼女は父親が死んだ悲しみを噛み締めるかのような厳しい表情のまま、俺へと視線を向けながら侍女に指示を出した。だから、俺はそれに鳴き声で答える。


 どうやら、すっかり落ち着きを取り戻したようだな。


 彼女の様子に安堵した処で、俺はこの部屋に近付く足音を察知した。

 すぐさま入口から死角となる場所へと飛び込む。


「貴様は誰だ! あ、あ、アルヴィン! 如何したんだ! 貴様が遣ったのか!」


 それはビキニ女だったのだが、侍女の姿に気付く。

 それに続いて、壁際でぶっ倒れている仲間の男に気付くと、侍女に容赦なく大剣を向ける。

 しかし、そんなビキニ女の後ろから俺が延髄に猫キックを喰らわす。


 ちょっと、卑怯だけど、この場合は仕方ない事にして貰おう。


「タイガ、あなたって何者?」


「ニャ~~」


 その攻撃を目にしたクラリスが、再び驚愕の表情で尋ねてくる。

 そんな彼女に、俺は絨毯の敷かれた床に座って、顔を洗いながら猫らしい鳴き声で誤魔化すのだった。


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