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34 朽ちた神殿


 柱が倒れて砕け散りいる。

 更には、その破片を飛び散って彼方此方に散乱している。

 その所為か、随所ずいしょに施された美しき彫刻が今や見る影もない。

 そう、ここはちた神殿。


 まさかアルラワ王国の王都アルルにあるダンジョンで、こんな事になるとは思ってもみなかったのだが、これは何処か違う場所に転送されたのだろうか。


 そんな事を考えながら周囲を見回す。

 その光景を眺めていて思う事は多々あが、心中ではむなしさだけが湧き起こる。

 それは、まさに過去の栄華えいがが討ち崩れた有様を目の当たりにしたような気分だ。

 恐らくは、ここも闘神の神殿と同様に美しき場所だった筈だ。

 しかし、今や見る影もない状態であり、廃墟はいきょといっても過言では無い姿をていしてる。


「近くで見ると、悲しくなる程に崩れているわね」


 マルラがこの神殿の有様に、寂しそうな表情で感想を述べると、他の者達も口々に己の心情を口にする。


「朽ちた神殿なの。寂しいの」


「元々は綺麗な建物だったのですよね?」


「何があったのでしょうか。この状態からすると、崩れてから相当な年月が経っているようですが」


 マルラやミララの言う通り、朽ちた物はそれはそれの美しさがあるとはいえ、寂しさや悲しさを感じさせられるのも事実だ。

 レストやルーラルが疑問を感じるのも理解できる。恐らく、遠い昔は綺麗な神殿であり、繁栄はんえいを誇ったのだと思えるからだ。

 ただ、それが滅亡した理由は解らない。それに、それを知る必要があるかどうかも分からない。でも、どうやら、知っている者が現れたようだ。


 神殿の有様に感想を述べていると、その崩れ落ちた神殿の中から一人の大男が出てきた。

 その恰好は、ギリシャ神話に出て来るような貫頭衣かんとういをベルトでしばったような様相だ。

 身長は二メートルくらいあり、金髪の巻き毛に豪奢ごうしゃな髭を生やしている。

 手には大鎌を持ち、その腕はヘラクレスを思わすような強靭きょうじんさを感じさせる。

 そんな男が口を開く事無く声を放った。


「良くぞ参った! トアラルアの使徒どもよ。今日この時、積年の恨みを果たそうぞ」


 何故か俺達の事を知っているようだ。いや、唯単にトアラの使徒だという事を見抜いただけか。

 取り敢えず、戦闘を回避できるものならと願いつつ、俺は話し掛ける事にした。


「俺達はあなたと戦う理由がないニャ。どうもトアラを憎んでいるようだが、如何いう理由があるのかニャ」


「クククッ、その身を猫にやつしていてもわれには解るぞ。其方はトアラルアの分身であろう。であれば、我が討つのに何の問題があろうか。我をここに閉じ込めたトアラルアに、今こそ報復し、我が復活するのだ。そして世界を蹂躙じゅうりんするのだ。わはははははは」


 くはっ! 駄目だな。全く話にならないようだな。

 ただ、奴の言葉から解る事は、トアラが奴をここに封じたという事だけだ。

 となると、俺達をここに寄こしたのもトアラの導きなのだろうか。

 まあいい。今はそんな事を考えている場合ではなさそうだしな。

 どうにも、これは完全に戦闘になりそうだから......


『戦闘になるニャ。みんな準備はいいかニャ』


勿論もちろんです。いつでも行けます』


『問題ないの』


『あたしが魔法を喰らわしてやるのですよ』


『私が前面に出ましょう』


 俺の念話に、いつもの三人娘が順に答え、ルーラルが一歩前に出ながら前衛を名乗り出る。

 こうして俺達と魔神の戦闘が開始されるのだった。







 死神が持つような大鎌が振り下ろされる。

 ルーラルがランスの力強い一撃でその攻撃を弾くが、奴は怯む事無く再び両手に持つ大鎌を横降りしてくる。


「大鎌とは......盾では分が悪いですね」


 ルーラルが懸命にランスを操りながら奴の攻撃を必死に防いでいるが、盾は大鎌とかなり相性が悪いようだった。

 盾で受けようにも、大きく反り返った刃は盾を持つ物に届いてしまうのだ。


「これでも喰らうのですよ。氷槍!」


 奴の攻撃を必死に弾き返しているルーラルを援護するように、レストが奴に魔法で氷の槍を撃ちこむ。


「はっーーー!」


 ところが、奴に当たる寸前、奴の放った気合の怒号で氷の槍が砕け散る。


「えっ~~~! あんなの、インチキなのですよ」


「マッスルアタック!」


 レストの愚痴を余所に、魔道具スキルを発動させたミララが奴にメイスを叩き込むが、見えない壁にさえぎられてしまう。


「結界なの?」


 攻撃が無効化されたと知ったミララは、直ぐに後退しつつ攻撃が防がれた原因を口にするが、その横からマルラが飛び出して魔道具スキルを発動させる。


「風刃!」


 マルラがレイピアの一振りから放った鎌鼬かまいたちの一撃は、やはり見えない壁で打ち消されてしまった。


「さっきの気合が結界の発動なのかも」


 体勢を整えながら、マルラは見えない障壁についてそう口にした。

 もしそうなら、俺の出番が遣って来たということだ。


『我が望むのは、全ての盾を打ち消す完全消失の力ニャ。解除ニャ!』


 連携が必要なので、仲間に魔法の発動が解るように念話で詠唱を行う。


「今なの!」


 俺が詠唱した魔法が発動すると、ミララが速攻で動き出す。


「マッスルアタック!」


 彼女のスキル発動は、以前とは違って目にも止まらぬ速さに付け加え、地をも揺るがす力をも有している。

 その証拠に、奴は為す術無く懐へと潜り込まれると、メイスの一撃を喰らって吹き飛ぶ。


「いっけ~~~~、ギロチン!」


 その隙を逃さずにマルラがスキルを発動させると、奴に切れ味が鋭い風の斬撃が無数に降り注いでいる。


「ファイナルスマッシャー!」


 立て続けに攻撃を見舞っているのだが、それでも彼女達は攻撃の手を緩めない。

 何故なら、相手の闘気がおとろえなからだ。

 故に、ミララのスキルが発動するが、レストは構わず魔法をぶち込む。


「焦土!」


 レストも少しは頭を使ったのだろう。いつもなら爆裂を放ちそうなものだが、それだとみんなの攻撃を阻害してしまうと思ったようだ。


「油断は禁物。まだ、奴はこたえてないようです」


 誰よりも前に立つルーラルが全員に戦闘が終わっていない事を告げてくる。

 確かに戦闘は終わってないが、俺は四人の戦いっぷりが一カ月前と比べ物にならないほど成長している事に感動していた。


 ところが、そんな感動が冷めやらぬ内に、ゴウゴウと燃え盛る炎の真ん中で、奴は何事も無かったかの様に立ち上がった。


「なかなか遣りおるわ。だが、この程度では我には勝てぬぞ! ぬん!」


 奴はそう言って気合を入れると黒いオーラを身に纏った。

 更には、その両手に持つ大鎌を横に一振りする。

 すると、俺達と距離があるのにも関わらず、恐ろしい程の衝撃波が襲ってくる。

 その衝撃に吹き飛ばされながらも、宙で体勢を立て直し、仲間の様子を確認するが、全員がバラバラに吹き飛ばされていて、何処に居るやら分からない。


 その事を心配しつつも、俺が無事に地面に着地すると、目の前には真っ黒に染った奴の姿があった。


「師匠!」


「ミーシャ!」


「ミユキ~~~!」


「主様~~~」


 所在は不明だが、仲間達が声を上げている処をみると、どうやら彼女達は無事なようだ。

 四人の娘達が無事であることに安堵しているこの時も、奴の攻撃は止まっていない。

 その大鎌が俺に振り下ろされているのだ。

 しかし、俺は難無くその攻撃を弾き飛ばす。


「なに!」


 奴は驚きの声を上げて、直ぐに間合いを取ると、俺の様相を驚愕の表情でマジマジと見詰めてくる。どうやら、攻撃を防がれた事では無く、俺の見た目に驚いているようだ。


 まあ、それも仕方ないだろうな。

 何故ならば、今の俺は猫では無いのだから。

 そう、人の姿となった俺が左手に持った闇帝を振り下ろした状態で立っているのだ。


「えっ? 師匠? えっ、えっ~~~~~~!」


「ん~~~~! ミーシャなの?」


「あれ? もしかして、ミユキ? ミユキなのですか?」


「ああ、なんて神々しい。私の主に相応しき御方」


 四人の娘達が俺の姿に驚愕している。少しだけ照れるのだが、今はそれ処ではない。


「マルラ、全員に治癒とシールドを」


「は、はい! 師匠!」


 さっさと彼女達の戦闘体勢を整えるために、マルラに治癒と補助魔法を施す事を命じる。

 ところが、魔神は驚いた状態のまま、直ぐに襲ってこなかった。

 いや、襲い掛かるどころか、驚愕に打ち震える魔神が声を漏らす。


「あ、姉上......」


『久しぶりですね。愚かな弟よ。狂乱したお前を妾がいさめることにしましょう』


 姉上って......この魔神は闇帝の弟なのか? めっちゃゴツイんだけど、もしかして、闇帝の素の姿ってマッスルじゃないよな?


 闇帝に対して少し失礼な事を考えていると、今度は炎帝が勝手に話し始める。


『うむ。狂乱するとは情けない。我がお主を葬ろうぞ』


「え、炎帝......地獄の業火......」


 炎帝の登場に、魔神は更におののいた様子で呻き声のような言葉を漏らす。


『炎帝は黙ってなさい。あなたも似たようなものでしょう』


『ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ』


 しかし、偉そうなことを口にした炎帝は、闇帝に叩かれているようだ。その所為で、恐ろしく静かなこの場所に、炎帝の唸り声だけが響き渡る。


 悪いが、痴話ゲンカは他でやってくれないか? てか、お前達も空気を読まないよな......

 さっさと戦闘を終わらせないと、俺には制限時間があるからな。

 唯でさえ、みんなに神力を分け与えたんで、人間体で居られる時間が前よりも短くなってるし......


「たとえ、姉上と炎帝が現れようと、我は屈せぬ。今こそ全てを討ち滅ぼしてみせる」


『愚かな......妾の育て方が悪かったのですね』


「だ、だまれ! この逆賊! トアラルアなどにくみしおって! 我が葬ってくれようぞ」


 そう宣った次の瞬間、魔神はその場から消えた。

 姿を消した魔神は、刹那のうちに俺の横へと現れ、その巨大な大鎌を振るって来るが、俺はそれを闇帝で弾くと、炎帝で奴の左腕を切り裂く。


「ぬお~~~」


 炎帝で切り裂いた腕からは炎が噴き出し、奴はたまらず後ろに下がるが、それを許すほど俺は甘くない。

 奴を追って神速で前進し、今度は奴の足を闇帝で切り裂く。


「ぐお~~~~」


 奴の左足は砂となり、その場に片足立ちとなるが、流石は魔神だと言えよう。奴が膝を突く事はなかった。


「くそっ、流石は姉上と炎帝だ。だが、我は負けぬぞ。絶対に負けぬのだ! ぬあああああああ」


『ぬ! 主様、直ぐに下がってください』


 魔神が憤怒の形相で咆哮をあげると、闇帝が直ぐに退避しろと言ってくる。


「みんな、下がるんだ」


 俺の声を聞いた四人の娘達が慌てて後退する。

 それを確かめてから俺も後ろへと移動するが、その間にも魔神が黒い炎に包まれ、怒号のような呻き声を上げている。

 しかし、俺の耳には別の声が聞こえてきた。


「師匠なのよね。カッコイイ、絶対に私の夫になって貰うわ」


「無理。ミーシャは私の旦那様なの。あの可愛い旦那様を毎晩......うふ」


「ダメなのです。あたしが頂くのです。あの可愛い肢体を食べちゃいたいのですよ」


「こら、不謹慎ですよ。まだ戦闘中なんですから」


 最後にルーラルの諫める声が聞えたが、どうにもあの空気を読めない三人組は、後でお仕置きする必要があるみたいだ。


 その間も、目の前では魔神だったものがいびつうごめく黒い炎にまみれているが、暫くするとその蠢きも収まった。いや、形どったと表現した方が良さそうだ。

 そう、それは人型の黒い炎となって立っていた。


「ぐおああ~~~~」


『既に言葉すら忘れたようですね』


 それを見た闇帝の悲しそうな声が漏れると、炎帝の楽しそうな声が響き渡る。


『ふむ、これが狂乱か! なかなか面白い。主殿、我と同化なされよ』


「お前と同化したら俺が狂乱になるだろうが!」


 そう、こいつを解放すると、俺の心がむしばまれるのだ。

 しかし、俺の返事を炎帝が重みのある声で否定してくる。


「いや、もう大丈夫。主殿は一度我を抑えこんだ故、もう狂乱と化すことはありますまい」


 ほんとかいな~~~、お前等って平気で嘘ばっかり吐くじゃん。


 心中で嘘つき達を信用して良いものかと悩んでいると、闇帝が割って入ってきた。


『主様、弟の始末は妾の手で行いとうございます。何卒、妾との同化をお願いします』


 まあ、姉弟というのなら、その心情を汲んで遣りたいのだが......


「お前と同化して、俺が狂乱となる事は無いよな?」


『はい。炎帝とは違います故』


 本当かな......まあいい。いつも頑張ってくれてるから、ここは意を汲んで遣ろう。


「みんなは下がっていろ。てか、もし俺が狂ったら叩き起こしてくれ」


 俺の言葉に、四人はお互いに顔を見合わせていたが、良く分からないといった表情で頷いてくる。


 ということで、神威開放を始めるのだが......


 だから、詠唱が長いって......


 炎帝を仕舞い、脳裏に浮かんだ詠唱に愚痴を溢しながら、その詠唱を糸を紡ぐように唱える。


『今この時を以て闇の主を解き放つ。今この時を以て冥府の門を解き放つ。来たれ常闇とこやみの黒光よ。ありとあらゆるものを断罪する暗黒の戒めよ。全ての悪しきものを闇に葬れ。神威開放!』


 その途端、俺の中で何もかもがめと凍り付くのが分かった。

 それは身体では無く、心が、感情が、情動が、凍り付いていくのだ。

 何もかもが凍り付く。欲情が凍り、情熱が凍り、愛情が凍り、有と有らゆる正の感情が凍ってゆく。

 闇帝が弟の事を思う気持ちを持っている事が不思議なくらいに、俺の心は凍ってゆく。

 そんな己を感じていると、黒い炎が唐突に襲い掛かってきた。


「グギャゴ~~~ガグ~~~~~!」


 今や俺の心は氷の如く冷めた状態となり、その魔神の成れの果てを見ても何とも思わない。そして、その物体に向かって、黒い刀となった闇帝を神速で振り下ろすだけだ。


「ギャ~~~~ウ~~~~~!」


 そのひと振りは、黒い炎の一部を切り裂き消滅させていく。

 しかし、既に精神までが崩壊したのか、黒い炎は敵わぬことすら理解できずに、再び襲い掛かってくる。

 それに向けて、刀を二度、三度と振るうと、その度に黒い炎は切り裂かれ無と化す。


「ウ~~~~ガウォ~~~~~!」


 それでも、黒い炎は戦いを止めず何度も襲い掛かって来るが、今の俺にとっては脅威には程遠い唯の敵でしかなかった。


 そうして、何度もそんな遣り取りを繰り返し、何時しか黒い炎はバスケットボールサイズとなる。

 俺はそんな消滅寸前の黒い炎を無造作に切り裂こうとした。

 しかし、闘神の時と同様に左腕がそれを止める。


 ああ、殺しては駄目なのだな。


 その左腕の行動を見遣り、冷たい心でそう感じていると、俺の左腕に填められた腕輪から光が放たれてる。

 すると、その光を浴びた黒い炎はゆっくりと長く伸びて行き、最終的には魔神が持っていた大鎌へと姿を変えた。


 その光景を眺めている俺に、炎帝を解放した時の様な殺戮衝動さつりくしょうどうが起こる事はなかったが、何故か心は何時までも冷めたままだった。


 この心を如何すれば良いかも解らない......いや、如何かする必要があるのかすら解らない。


 それでも、俺はゆっくりと前に出ると、大鎌となった魔神を掴む。

 その途端に、魔神の声が響き渡る。


「がははは! 我は負けた。だが、これはわずかかばかりの礼だ。受け取れ! 報復という名の礼をな~~~! わはははははは」


 その声が聞えた次の瞬間、俺の意識は暗転するのだった。


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