31 思わぬ伏兵
凝った彫刻が施された石柱や壁、その壁に設けられたアーチ状の窓、ガラスが填められた天井、どれを取っても神殿に相応しい様相だ。
更に、ガラス天井や窓からふんだんに注がれる明かり。
その神殿内の奥までも見渡せる明るさは、地底であるのにも関わらず、地上に居るかのような錯覚を起こさせる。
もし、ここに居る理由が観光であるならば、数日は楽しめる遺跡と言えるのだろうが、現状における状況を鑑みると、その意匠を楽しむ余裕など皆無だと言っておく。
そう、俺は戦いの真っ最中なのだ。オマケにその相手は戦闘狂の魔神ときている。
既に、息を吐く余裕すらない程の戦いとなっているのだ。
この事を考えると、仲間をここに連れて来たのは失敗だと言えるだろう。
とてもでは無いが、彼女達が戦闘に参加できるようなレベルでは無いのだ。
「どうした猫よ! 考え事とは余裕ではないか!」
「煩いニャ。大人しく眠るニャ」
「ガハハハハハ! いいぞ! その調子だ!」
「ちっ、脳筋、戦闘バカニャ!」
どれくらいの時間を戦っているのだろうか、既に二十分以上は打ち合っている筈だ。
いや、今は戦闘に集中しなければ......
奴が左上段から六角棍を振り下ろしてくる。
その打ち下ろしを右の炎帝で叩き落しながら、その反動で横回転しながら闇帝を奴に突き込むが、六角棍の持ち手で弾かれる。
しかし、それでも回転の勢いを止めずに、そのまま右の炎帝を斜め上段から振り下ろす。
奴はその振り下ろしを六角棍で弾いた処で、棍の反対側を横に振って攻撃してくる。
右の打ち下ろしを止められた所為で、幾分か体勢を崩していたこともあり、その攻撃を止めるのがやっとだった。
更に、続けて猛然と突き出される六角棍棒を回避するために、形振り構わずに慌てて距離を取る。
そんな攻防に業を煮やしたのか、炎帝が愚痴を溢す。
『ぐぬっ、この脳筋が、相変わらずしぶとい』
すると、この苦戦の状況に毒で答えるのは闇帝だ。
『くっ、脳筋の癖に戦いだけは一人前だということですね』
距離が開いた事もあり、構え直した魔神が炎帝と闇帝の声に応えてくる。
「ガハハハハハ! 最早、もうろくジジイやしわしわババアがのさばる時代ではないわ!」
その辛辣な物言いに、炎帝と闇帝がキレる。
『何を言うか! このこあっぱが! 即座に燃やし尽くしてくれようぞ』
『なんて失礼な物言い! 毛も生え揃わぬ青二才が、塵に変えてやりましょう』
どうでもいいけど、魔神との揉め事は他で遣ってくれないかな。それに、毛も生え揃ぬって......闇帝、一応お前は女だろ?
思わず心中でツッコミを入れつつも、今更ながらに魔神へと俺の目的を告げてみる。
「魔神よ、俺は神器が必要なだけなんだニャ。悪いけど少し貸してくれないかニャ」
この不毛な戦いに終止符を打つために進言してみるのだが......
「ガハハハハハ! 神器とはこの儂の事だ。故に儂が欲しくば力で従えてみせるがよいぞ!」
なんと、この戦闘狂の魔神自身が神器らしい。
これは厄介極まりないぞ。
「では、いくぞ!」
いくぞ! じゃね~~って! 来るなよ!
奴は俺の不平など知った事かというように、六角棍で鋭い突きを放ってくる。
俺はその攻撃を潜り抜けて、奴の懐に入ると炎帝を振るうが、即座に避けられてしまう。
この魔神、身長が二メートルは有ろうかという巨体の割に、その動きはというと、まるで野生の豹を思わせる程に俊敏なのだ。
それにしても、このままではかなり拙い。
知っての通り、俺の人間化には稼働時間があるのだ。
既に三十分以上は戦っている筈だ。
長くもっても、あと一時間程度で変身が解けてしまうだろう。
そうなると、猫の状態では手も足も出ない。
何か良い方法は無いだろうか。
そんな思考が焦りに変わったのか、奴の打ち下ろしてきた六角棍を躱し損ねる。
「隙ありじゃ~~~!」
うっせ~! ボケっ~~!
体勢を崩した俺に、神速の六角棍が横降りで迫ってくる。
拙い。これは避けれね~~!
直撃を避けるために、炎帝と闇帝をクロスにして六角棍を止めるが、その勢いは驚異的であり、俺は堪らず吹き飛ばされてしまう。
「闇帝よ、今、我の尻を蹴ったろ!」
「妾に言うでない。主様に言っておくれ」
クロスで受けた所為で、二人が内輪揉めをしているが、それ処じゃないんだっつ~~の。
空中の人となった俺は、反射的に身体を立て直して着地するが、その時には、既に奴が眼前に迫っていた。
「これで終わりじゃ~~~~!」
うっせって! 終わってたまるか!
奴のしたり顔にムカついて、思わず反論してみたものの、その一撃は乾いた音と共に俺の骨を砕き、身体を吹き飛ばした。
今度は空中で体勢を整えることも出来ず、綺麗に並んだ太い柱に叩き付けられてしまった。
「ぐほっ」
ヤバイ、叩き付けられた衝撃で、呼吸すら真面にできない。
左腕、肩、脇にかなりのダメージを喰らっている。
立ち上がろうにも、全く身体が動いてくれない。
くそっ、このままでは止めを刺されてしまう。
世界樹の実を食べたお蔭で死ぬことは無い筈だが、戦闘不能になるのは間違いない。
そうなると、仲間の身に危険が迫る事になるだろう。
拙い、拙い、拙い、拙い! 起きろ! 起きろ! 起きろ~~~~~!
ふい~~! 見ろ! 気合と根性で立ち上がったぜ!
「ほう! 儂の一撃を真面に喰らって起き上がるとは、見上げた根性と精神力じゃのう」
「悪いけど、俺も命を懸けてるニャ」
「ガハハハハ! 良きかな! 良きかな! それでこそ使徒というものだ。この儂が止めを刺してやろうぞ」
くそっ、立ってはみたものの、これじゃ遣られるために立ったようなものじゃね~か。
そんな窮地に悪魔の囁きが頭の中で響き渡る。
『主殿、闇帝を仕舞い、我の力を解放するのじゃ』
『いえ、主様、妾の力こそ奴を討つのに必要です』
『黙れ! 闇帝! お前は引っ込んでおれ!』
『何をいうのです。いつもいつも、良い所ばかり持って行って!』
『主殿! 時間がない! 早く!』
炎帝と闇帝が、まるで夫婦喧嘩のような罵り合いをしながら進言してくる。
くそっ、確かに時間が無い。奴は直ぐにでも襲ってくるだろう。
そう判断した俺は、闇帝を亜空間収納へと仕舞う。
『主様~~! そんな、無体な~~~~!』
闇帝の悲痛な叫び声が聞こえて来たが、転生してからこっち、耳を塞ぐのは得意技だ。
俺が闇帝を仕舞うと、直ぐに炎帝が話し掛けてくる。
『我を解放する言霊を唱えてくだされ』
言霊って......ああ、この脳裏に浮かんできた言葉か。
つ~か、これ、なげ~~~よ!
悪態を吐きつつも、慌てて脳裏に浮かんだ言霊を唱えてみる。
『今この時を以て炎の主を解き放つニャ。今この時を以て古の炎を解き放つニャ。来たれ地獄の業火ニャ。ありとあらゆるものを断罪する炎の戒めニャ。全ての悪しきものを焼き尽くすニャ。神威開放ニャ~~~!』
なげ~と思いつつも言霊を宣い終わると、瞬時に周囲が炎に包まれた。
すると、その炎が周囲だけで無い事に気が付く。そう、俺が燃えているのだ。ああ、間違っても萌えている訳ではない。
「な、なんだニャ、これは......ニャニャニャ、にゃんだ、怒りが込み上がってくるニャ。何もかもを焼き尽くしたいニャ。ぬニャァ~~~~~~~!」
「おお~~~! 炎帝を顕現させたか。楽しいではないか! 炎帝の本気と戦えるとは願っても無いことだ」
炎の向こうから、魔神の楽しそうな声が聞こえてくるが、俺はそれ処では無い。
しかし、外部から身体を焼く熱さなんて、カイロを握る程度の熱さにしか感じない。
問題は心の炎なのだ。焼ける。焼ける。焼ける。そして、怒りが心を支配する。
気が付くと折れていた腕も元に戻り、身体も動く、いや、燃えている。
そうなのだ。俺は炎の身体となっているのだ。
次の瞬間、右手に持つ短剣が、あっという間に炎の大剣へと変化し、身体を燃やしていた炎が収束したかと思うと、真っ赤な鎧となって装着されていた。
そんな変化が終わると、今度は周囲の炎が鎮火していく。
周囲の炎が消え去ると、そこには楽しそうな表情で待ち構える魔神の姿があった。
「炎帝よ、待ちくたびれたぞ! 直ぐにでも戦おうぞ!」
「愚か者めが、我に勝てると思うのか? 身の程を知らしめてやろう」
魔神の言葉を受けて、俺は意識せずにそんな文句を口から吐き出した。
あれ? 語尾が治ってる......だが、解るぞ。俺は炎帝と一つになっているんだ。
ただ、炎帝と融合した俺の心は、どうしようもなく燃え滾る憎しみの炎が支配している。
そう、俺は目の前の魔神を焼き尽くしたい。燃えカスすらが残らない程に、灰すら残らぬように、一切合切を焼き払って無にしたいのだ。
「喰らえ~~~~! 炎帝!」
不思議な事に、これまで恐ろしく速いと思っていた奴の攻撃が、まるで児戯のように感じる。
そんな奴から放たれた上段からの攻撃を、右手に持つ炎の大剣で下から上へと弾く。いや、焼き切った。
奴の六角棍をバターのように斬り飛ばす。返す一振りで、受け流そうとした奴の六角棍を腕ごと斬り飛ばし、更に横に一振りした処で魔神の胴が二つに分かれた。
だが......血が出る事は無い。トアラの様に輝く粒子が出る訳でもない。切断面から出るのは業火だ。何もかもを焼き尽くす炎が噴き出している。
「ぐお~~! 熱い! なんて熱さだ! これが炎帝の炎か......これが地獄の業火なのか......」
「未熟者め、ケンカを売る相手を間違えたようだな。我の一撃で燃え尽きるがよい」
炎帝の炎に、その熱さに、その力量に、驚愕の声を上げる魔神に向かって、幕引きの文句を吐き付ける。
この時、俺は炎帝となって魔神を葬る意味を理解していた。
それは、魔神を無に還すものであり、その無とは言葉通りの意味であり、神器もが失われる事を意味している。
ところが、俺は全く気にしていなかった。いや、それどころか、この魔神に限らず、この神殿も、倒れている仲間達も、何もかもを灰にしたいと心の底から感じていた。
故に、俺は躊躇する事無く炎の大剣を振り下ろす事を選択する。
手始めに、魔神から灰にする。次にこの神殿や仲間達、その次は祠の外、そして、最終的にはこの世界の全てを焼き尽くすのだ。
そんな事を考えながら、炎の剣で今まさに魔神を葬ろうとしたその瞬間、左腕が勝手に動き出して右腕を止めた。
「ぬ、なんだ? 何故、勝手に身体が動くのだ?」
不審に感じて視線を左腕に向けると、左手首に嵌った腕輪が輝いている。
その輝きは次第に増していき、左手が見えない程になると声が聞えてきた。
「ミユキ、わたしの可愛い息子よ、正気に戻りなさい。あなたの目的は何かしら?」
その声は間違いなくトアラの声だった。
そう、輝く腕輪からトアラの声が聞えて来たのだ。
更に、声に続いて光の中から真っ白で綺麗な左腕が生え出し、その細いが柔らかい掌で俺の頬を優しく撫でる。
「ああ、ミユキ、久しぶりね。元気にしていたかしら? 頑張ってるかしら? それとも沢山の女の子を侍らして遊んでるのかしら? ウフフフ。まあ、それはいいわ。ミユキ、怒りに突き動かされては駄目、憎しみに囚われては駄目よ。強い信念を持ちなさい。あなたなら出来るわ。だって、わたしのたった一人の息子なのだから。あなたに会える日を楽しみにしているわ。じゃ、元気でね。愛してるわ、ミユキ」
「と、トアラ!」
その声はそれだけを言うと、腕輪の輝きは俺の呼ぶ声に止まる事無く、白い腕と共に消えてしまった。
次の瞬間、俺は気付いた。
何時もの人間体に戻っている事を、右手に持つ炎帝が短剣の姿に戻っている事を。
恐らく、トアラは分かっていたのだ。
俺に炎帝と闇帝を渡すと決めてた時から、彼女の中ではこの事態が予測された事だったのだ。
だから、己の左手を切り落として枷としたのだ。いや、左手を落とす程に俺を心配してくれているのだ。
気が付くと、俺の両頬は滂沱の涙で濡れていた。
それを左腕で拭い、彼女に心から誓う。
必ず、必ず、あの洞窟から連れ出してみせるからな。
誓いを新たにした俺は、視線を魔神に向ける。
その姿は、もはや戦うことの出来る状態ではなさそうだった。
そんな魔神に静かに告げる。
「俺の力に成ってくれ」
「お主の力を認めよう。儂はお主に下ろう。お主の力と成ろう。これは闘神の約束なり」
魔神はそう言うと光り輝く粒子となり、輝きが収まった時には一本の六角棍となって宙に浮いていた。
俺はその六角棍、いや、闘神にゆっくりと手を伸ばす。
そして、それを握りしめた時、後方から声が響き渡った。
「誰かは知らないが、その神器を渡して貰おう」
その声に振り向くと、そこにはアフォ勇者パーティが立っていた。
アフォ勇者...... 名前は忘れた...... あ、アヴァンだっけ? アギャンだっけ?
まあいい。あんなアフォ勇者なんてどうでもいいのだ。
そのアフォの右側には、屈強な身体を持つビキニ女戦士ビアンカがいた。
左側には修道服に胸当てを付けたアイリーンが杖を構えて立ち、その左にはウエルーズ王国騎士のキャサリンが弓を構えている。
正しき盗賊であるカルラが居ない処を見ると、どうやら暗躍していると考えた方が良さそうだ。
「お前は誰だ? こいつらの仲間か? まあいいや、その神器を寄こしな」
アフォ勇者は、何をやっても、何を言ってもアフォなのだろう。
アフォを相手にするつもりはないので、透かさず神器を亜空間収納に仕舞う。
「あ! 寄こせって言ってるだろ! この野郎! ぶっ殺して遣る!」
もう、奴は無視だ。何を言っても無駄だろう。
しかし、アフォ勇者は己の称号に卑劣という文字を追加した。
「寄こさないと、この女の命は無いぞ」
奴は倒れたまま、未だに意識を失っているマルラに剣を突き付けた。
そんな卑劣なアフォ勇者を冷たい視線で射貫きつつ、俺の左手に闇帝を呼び出す。
『ああ~~主様、次は妾を......』
登場した途端、彼女は開放を求めて来たが、それをスルーしてアフォ勇者に告げる。
「一ミリでも動いてみろ、お前を塵に変えて遣る」
語尾に『ニャ』が付かない事に気付いたが、今はそれ処ではないので棚上げして、更に忠告する。
「お前達が奪った髑髏の杖を返せ。あれは人が持つべき物じゃない」
すると、その言葉で気付いたのか、ビアンカが割って入る。
「お前は人ではないのか?」
だが、それには答える義務も無ければ義理も無い。
「直ぐに返せば、何事も無く見逃してやる。だが、返さないと言うのなら、その命は無いと思え」
そう告げた矢先に背後で気配を感じて、瞬時に、その気配に向けて炎帝を振るう。
「きゃ~~~!」
「「「「カルラ!」」」」
炎帝が通り過ぎた後、女の悲鳴が神殿に轟く。それと同時に入口付近に立っている四人から襲撃者を心配する声があがった。
その襲撃者を横目でチラリと確認すると、俺の攻撃で飛び退いたカルラが右腕を左手で押さえている。
そんな彼女の右腕は、既に手首から先が無くなり、炎を吹き出している状態だ。
その苦痛に堪える彼女の瞳は涙を浮かべながらも、憎々し気に俺を睨んでいる。
しかし、彼女の憎悪に歪む顔から視線を元に戻し、残りの四人に告げる。
「自業自得だ。さっさと髑髏の杖を返せ」
「うっせ~~~! カルラを遣りやがって! この女をぶっ殺して遣る!」
カルラが怪我をした事で狂乱と化したアフォ勇者が、マルラに突き付けていた剣を振り被る。
それを見て取った俺は、即座に左手の闇帝を振るう。
だが、瞬時にビアンカがアフォ勇者を押し倒す。
惜しくも、勇者を砂に変える事が叶わなかった闇帝の一撃は、奴等の後ろの壁を砂に変える。
ただ、闇帝の一撃は、その有様を見た奴等の顔色を変える事に成功する。
「これは拙いよ。あたし達じゃ、お手上げだ。いや、逃げる事すら出来ないぞ」
ビアンカが冷静に状況の観察を行った結果を口にする。
始めからそう言っているのに......
「分かったか? お前等の取り得る行動は二つだ。杖を出して逃げるか。ここで死ぬかだ。どちらを選ぶのもお前達の勝手だ」
そう言うと、俺の後ろにいたカルラの気配が無くなる。
何を企んでいるかは知らないが、今の俺に通用するとも思えないから放置で良いだろう。
返事の無い四人に対して、俺は一歩一歩、奴等へと近付いて行く。
「拙い。逃げようにも......」
「転移魔法で逃げましょう」
「いや、そんな時間をくれそうにないな。そんなに甘い奴じゃなさそうだ」
コソコソと遣っているが、実は俺には丸聞こえだ。強化猫の聴力を舐めんなよ! フフフ、よし、更に絶望させてやろう。
「我が求むは、何人なりとも踏み込む事の無い隔絶された世界。結界!」
「ぐあ、結界魔法まで使えるのか!」
「もう、無理ですよ。結界を張られたら転移魔法も使えません」
わざと結界を張った事が解るように、声に出して詠唱して遣ったのだ。
「さっさと杖を出すんだな。それしか生き延びる道はないぞ。これが最後の警告だ。直ぐに杖を出して立ち去れ」
最後通告を冷たい声で吐き出すと、聖職者であるアイリーンが神に祈るポーズで助けを求めた。
「使徒様、何卒、私達を御救い下さい」
おいおい、使徒は俺だっての。祈る相手が違うだろ。
だが、次の瞬間、思いもしない声が聞えてきた。
「ちぇ~~。もう少し隠れて居たかったのに。まあ、最近は猫ちゃんが不審がってたから、潮時なのかもね」
そこに立っていたのは、八歳の少女だった。
それも、とてもよく知っている少女だ。
何度も一緒に風呂に入り、死線を共にしてきた少女だ。
「エルカ......」
「あは! ごめんね、猫ちゃん」
エルカは笑顔で俺に謝ってくるが、その顔は全く悪いと思っている様には見えない。
もしかして、エルカがスパイだったのか。
前回の件もそうだが、今回もこんな所にアフォ勇者が来ること自体がおかしいと思ったのだ。
そう言うカラクリなのか......だが、マルラとは姉妹のはずな......あ、洗脳していたのか! それで、あんな不自然な姉妹関係だったんだな。
「あははは。気付いたみたいね。そうだよ。初めから姉妹なんて嘘っぱちなのよ。マルラには少し嘘の記憶を植え込んだの」
「ずっと騙してたのか」
「ぴんぽーん! あったり~~~! 楽しかったわよ! でもね、私の邪魔をして貰っては困るのよ」
そうか......初めから騙していたのか......でも、何の為に? 何が邪魔なんだ? エルカの目的とは何だ?
「エルカ、いや、お前は何者なんだ?」
俺の質問に、エルカは普段は見せない嫌らしい笑みを浮かべて、視線を俺へと向けてくる。
「うちはね~~、エルカレアだよ? ただ、黒の神ニルカルアの使徒だけどね」
黒の神......トアラと対になる神だった筈だ。
ああ、ニルカルア教って黒の神を崇める宗教なのか。
いや、だからといって、俺の目的とエルカの目的が相反するのだろうか。
「エルカ、何が目的なんだ?」
「ひみつ~! 猫ちゃん、相変わらず馬鹿だよね。教える訳ないわよね。それより、神器を貰えないかしら」
エルカの奴、答える処か、俺をバカにした挙句、物乞いまでしてきやがった。
「悪いが遣る訳にはいかん。いや、絶対にやらん」
「けち~~~! 何度も身体を洗ってあげたのに。イニャ~~ン」
拒否すると、頬を膨らませて、暴露ネタまで出しやがった。くそっ、許せん。
「悪いが、エルカでも俺を妨げるなら容赦しない」
「あははは。それはこっちの台詞だよ」
俺の恫喝に、エルカが笑って答えると後ろに気配を感じた。
即座に左手の闇帝を振るうが避けられたようだ。
その攻撃者をチラ見すると、真っ黒な獣が四足で立っていた。
何処かで見た事があるような動物だ。
ん? もしかして、メルティの真っ黒版か?
『マルラのご飯は最悪ったよ。もう少し練習させてた方がいいよ』
どうやら、メルティの真っ黒版ではなくて、彼女本人のようだ。
オマケに、マルラの飯にケチを付けていた。
まあ、飯については否定できないから、聞かなかった事にしよう。
「メルもお前の仲間だったようだな」
真っ黒なメルティを横目にしながらエルカに問い質すと、彼女は素直に認めてきた。
「そうよ。ちょっと、色は変えたけどね。真っ黒だと怪しまれるしね。じゃ、メル、やっちゃって」
「ぎゃふ~~!」
エルカの掛け声で、メルティが高速の攻撃を仕掛けてくるが、今の俺に通じる筈も無い。
即座に右手に持つ炎帝を振るう。
だが、彼女はそれを紙一重で躱して再び襲ってくる。ただ、その時には既に闇帝が振るわれている。
「ぎゃい~~ん!」
何とか闇帝の一撃を避けようとしたメルティだが、背中の羽の片方にその攻撃を喰らう。
悲鳴と同時に着地したメルティに向けて、次の攻撃を繰り出そうとした時、周囲の様子が変化する。
「くっ、結界を解いたのか」
「メル!」
エルカがメルティを呼ぶと、真っ黒版は速攻で彼女の下へと移動する。
すると、次の瞬間、アフォ勇者達を背にしたエルカが捨て台詞を吐いてきた。
「今日は、これで引き上げてあげわ。でも、次に会った時は本気で狩るからね~」
「それはこっちの台詞だ!」
俺は即座にエルカに向かって炎帝を振るうが、彼女達は霞となって消えて行ったのだった。




