30 地下神殿
そこは、薄暗い洞窟の中に人工的に造られたような広間だった。
その広さはバスケットコート二面分はあろうか。
そんな場所で俺達と対峙する二体の巨像。
三メートルくらいありそうな巨像の一体は、両手にそれぞれ異なる形の剣を持ち、もう一体は長く太い六角棍を構えている。
その二体の巨像との戦闘は、何処から発したのかも解らない巨像の声で始まった。
「羽虫の如き者達よ。己の弱さを思い知るがよい」
「地を這う者達よ。己の弱さを悔いるがよい」
そんな無情な言葉が耳に届いた途端、両手に剣を持った巨像が突進したかと思うと、両方の剣を同時に振り下ろしてきた。
その場に居たマルラとルーラルが慌てて散開し、体勢を整えてから攻撃に移る。
あの動きは、完全に人とは違うようだ。
力の反動とか、筋肉の反発とかは関係ないらしい。
そんな事を考えていると、今度は俺とミララに向かって、もう一方の巨像から六角棍が振り下ろされる。
その動きは決して速いとは言えないのだが、威力と迫力が半端ないのは間違いない。
だが、当たらなければ、如何という事は無いさ。てか、遅い!
その力だけの攻撃を、俺とミララは難なく躱してしまう。
「喰らうニャ」
更に、棍を振り下ろした体勢の巨像へ、透かさず俺がジャンピング猫パンチを喰らわす。しかし、その攻撃は、全く以て意味を成さない行為のようだった。
猫パンチの反動で地に降りた俺は、思わず愚痴を溢してしまう。
「ビクともしないニャ」
「それならこれなのです、爆裂!」
その愚痴を聞いたレストが、巨像に杖を向けて得意の爆裂魔法をぶち込む。
巨像は見事に吹っ飛んだものの、ゆっくりとその巨体を起して立ち上がる。
「え~~っ! 全然効かないのですか?」
レストが驚愕しているが、それも無理からぬことだ。
だって、巨像は全くの無傷なのだから。
「じゃ~、魔弾をくらえ~~~!」
起き上がる巨像にエルカが魔弾を撃ち込むと、奴の身体で爆発が起こり濛々と煙が上がる。
「やった~~~~~! えっ!?」
巨像を吹き飛ばしたとばかりに喜んでいたエルカだが、煙が収まり巨像が無傷だと知ると喜びの声が絶句に変わった。
しかし、巨像の動きが一瞬止まった隙をミララは見逃さなかった。
「マッスルアタ~~~~ック!」
彼女は甲冑に秘められた能力を発動して渾身の一撃を叩き込む。
そのメイスの一撃は巨像の腕に防がれたが、その腕に大きな亀裂を入れる事に成功する。
それに気を良くしたミララは立て続けに殴りつけるが、それ以上の効果は無く敵の一振りで吹き飛ばされてしまった。
「ミララ!」
即座に吹き飛ばされたミララの傍に駆け寄り癒しの魔法を掛ける。
「ごんなの。油断したの」
「あまり無茶するニャ」
現在はレストが爆裂で牽制しているので巨像が近寄る事ができずにいるようだ。
それを確認しながら、ミララに掛けているシールドの魔法を掛け直す。
「それにしても厄介だニャ」
マルラ、ルーラル、メルティの戦いを確認しながら、現在の劣勢な状況にボソリと愚痴が零れてしまう。
どうやら、ルーラルの一撃で巨像の胴体に穴を穿つ事に成功しているが、巨像はその傷に構う事無く戦っている。
ただ、マルラとメルの攻撃は全く効き目が無いようで、牽制の役割しか果たしていない状況だ。
「ミララ、悪いがマルラと交代するニャ。先にあっちを倒すニャ」
その言葉に、ミララは現在戦っているマルラ達を見遣り、力強く頷いて立ち上がる。
「うん。分かったの」
そんなミララを見送り、俺は急いでレスト達の方へ戻って声を掛ける。
「こっちは無理しなくていいニャ。足止め出来れば問題ないニャ。レストは爆裂で奴の足を止めるニャ」
「はいなのです! 爆裂!」
レストの魔法が炸裂して、巨像が吹き飛ぶ。
そのタイミングでミララと入れ替わったマルラが俺に謝ってくる。
「師匠、ごめんなさい。僕の力が足らないばかりに......」
「気にするニャ。相性の問題ニャ。兎に角、向こうが巨像を倒すまで、こっちの足止めを頼むニャ」
「はい!」
ションボリとしたマルラを慰めながら、こちらの目的を伝えると、彼女は笑顔で元気に返事をしてきた。
どうやら、精神的にも持ち直したようだ。これなら何とかなるだろう。
そんな俺の想いを叶えるように、彼女達は程なく結果を出してくれた。
地を打つような轟音が響き渡ると、濛々とした土埃が舞い上がっている。
うむ、ルーラル組が剣巨像を倒したようだな。
彼女達は巨像を倒した事に喜ぶ事無く、即座にこちらへと駆け寄って来る。
そう、もう一体を倒すべく全員が一丸となって戦いに挑むのだ。
こうなった時の彼女達は強い。
最早、巨像を倒すのは時間の問題だろう。
あとは、みんなが怪我をせずに終わらせる事を祈るだけだ。
結局、残りの一体を倒すのに三十分くらいの時間を要したが、誰も負傷する事無く戦闘を無事に終わらせる事ができた。
「みんな、良く頑張ったニャ」
みんなを褒め称えながら、アイテムボックスから飲み物を出して渡していく。
まるで、スポーツチームのコーチのようだ。
「流石に今回はしんどかったですよ」
「もっと鍛錬する必要があるの」
「あたしも魔力がヤバいのです」
何時ものマルラ、ミララ、レストのトリオが地面に座り込んで泣きを入れている。
まあ、今回の敵は格別だったから、彼女達の気持ちは解らんでもない。
ただ、このままここに居ても巨像は復活したりしないのだろうか。
彼女達の疲労もある。だから、少し休憩を取りたい。
そう考えて、巨像の残骸をアイテムボックスに収容しようとしたのだが、如何しても収納できなかった。
「これから如何しますか」
巨像の破片を前足で転がしながら、収納できない理由を考えていた俺に、ルーラルが尋ねてくる。
そうなんだよな~~~。この扉の奥に行く必要があるんだけど、今の状態だと倒されに行くようなものだな。だって、みんな疲弊しきっているし......
「ここで休んでいても平気かニャ?」
「こんな所では、おちおち休めませんよ?」
俺の言葉にルーラルが正鵠を得た解答を投掛けてくる。
そんな彼女の向こう側では、トリオが何か揉めているようだが、いつもの事なので放置するしかない。あれは、あいつ等のスキンシップなのだ。
あれ? また何が違和感が......何を見て感じたのだろうか。
視界を巡らすと、トリオがジャレ合っている以外は、エルカが腰を下ろしてメルティを膝の上に座らせているだけだ。
「主様、主様」
「あ、ああ......」
返事の無い俺をルーラルが訝しんで何度も呼んでいたようだ。
「如何したのですか?」
「いや、この処、ずっと違和感を持ってしまうニャ。何が原因なのかは解らないけどニャ」
「違和感ですか......」
ルーラルは俺の言葉を聞いて、思い当たる節がないか考えているようだ。
ああ、何となく解ってきた。そうか、気が付くとおかしなところが多いな。
『ルーラル。お前に姉妹っているかニャ?』
俺は念話でルーラルだけに問い掛ける。
『兄が居ますが......この前の......でも、姉妹はいません』
ああ、あのユニコーンは兄だったな。
『俺も兄弟っていない......あ、猫の兄弟ならいるけど、猫だしニャ......なあ、姉妹って結構話をしたりするもんじゃないのかニャ?』
そう、俺は前世には兄弟がおらず、現世では猫なので良く分からないのだ。
そんな俺にルーラルが自分の例を話してくれた。
『姉妹はいませんが、兄嫁とは仲が良くて、色んな話で盛り上がりましたね』
普通そうだよな。だけど、マルラとエルカが真面に会話しているのを見た事が無いんだ。
確かに、時々は会話をするが、二人で仲良く居る場面を見た事が無い。
マルラの話し相手といえば、いつもミララかレストだ。
メルティも殆ど会話には参加せず、話す言葉といえば「腹減った」ばかりだ。
だが、エルカとメルティは大抵一緒にいるんだよな。
実は、あの姉妹は仲が悪いのだろうか。
『ルーラル、マルラとエルカが仲良く話している場面って、見たことが有るかニャ?』
『ん~~、そう言われると無いですね。見た感じですと、仲が悪いとも思えませんけど』
そうなんだよな~~。
「ぎゃ~~~~~~!」
違和感の原因についてルーラルと話していると、突然、レストの叫び声が轟いた。
「如何したニャ!」
直ぐに視線をレストに向けると、彼女の足元にあった巨像の破片が輝いている。
「直ぐに離れるニャ」
その指示で、全員がこの広間の隅へと移動し、息を呑んで光る破片を見詰めていると、その光が広がって行く。
そう、バラバラになった破片が次々に輝き出しているのだ。
「師匠~~~。もしかして、元に戻って襲って来るんですか」
マルラが俺を抱き上げて、泣きそうな声で訴えかけてくる。
「マルラ、ビビり過ぎなの」
「きゃはははははは」
怯えているマルラをミララが揶揄う。
その言葉を聞いたレストは、お腹を抱えて笑い始めた。
まあ、本気で虐めている訳じゃないだろう。きっと、揶揄って場の空気を和らげようとしてるのだと思う。
しかし、マルラはミララに食って掛かる。
「ミララは鎧を着てるからいいけど、僕は生身なんだよ」
「あれ? あたしも生身なのです」
「くすくすなの」
「レストーーーーー! ごはん抜きだからね」
「ええ~~、それだけは勘弁して欲しいのです」
マルラの言い訳にレストが突っ込むと、ミララがクスクスと言っている。
まあ、クスクスといっても、実際に笑っている訳ではない。
そんな仕打ちに遭ったマルラは、レストに飯抜きの刑を申し渡していたりする。
場が和むのは良いが、全く緊張感の無い奴等だな。
「主様!」
空気を読まないトリオを眺めていたら、ルーラルからの注意を喚起する声が上がった。
直ぐに視線を巨像の破片へと戻すと、光る破片が集まって巨像の形へと戻って行く。
それを拙いと感じ、直ぐに戦闘態勢へと移行しようとしたのだが、その巨像は動く前と同じように壁面に嵌り込んだ。
「あれ? 襲ってこないわね」
巨像が壁に収まると、マルラが襲ってこない事を不思議にそうに語る。
その言葉にミララとレストが自慢げに胸を張って、自分達の実力だと述べてくる。
「思い知ったの」
「あたし達の力に観念したのですよ」
「どちらにしろ、直ぐに戦わなくて済んで良かったですね。あなた達も直ぐには戦えないでしょう?」
最後にルーラルが不戦を喜ぶのだが、その言葉は辛辣だった。
三バカトリオはルーラルの言葉で、ショボーンとなって口を閉ざすのだった。
結論から言うと、何事も無く扉を通過できた。
俺達は扉の前で休憩した後に、再び意を決して戦いに挑んだのだが巨像が動く事は無かった。
恐らくだが、一旦倒すと一定時間は通過させてくれるのだろう。
でも、それを考えると、ゆっくりと休んでいたのは間違いだったようだ。
まあ、結果的に問題なく扉を開くことが出来たから良いとしよう。
てか、開いた扉が閉じないのだが......一旦開くと解禁? いや、帰る事を考えれば開いたままの方が都合がいいので深く考えるのは止そう。
「凄いです! まるで神殿みたいなのです」
「私の家にしたいわ」
「こんな家いらないの」
「なによ! ミララ、さっきから私ばかり攻撃して!」
「きゃはははは」
珍しくマルラではなく、レストの感嘆からスタートしたかと思えば、マルラがアフォな事をぬかして、ミララに突っ込まれ、逆上した処をレストに笑われている。
本当に仲の良い三バカトリオだ。てか、緊張感が足らなくないか?
空気を読めないトリオに溜息を吐きながら、横目でエルカとメルをそっと観察するが、やはり笑う事無く真面目な顔で前を見ている。
『主様!』
ああそうだった。
ルーラルの言葉で視線を先へと向けると、そこにはレストの言葉通りの神殿があった。
文字通り神殿だ。それも豪華というより、荘厳と言った方が似合う様相だ。
この雰囲気をどう表現すると良いだろうか。ああ、パルテノン神殿と表現すれば解り易いのだろう。
そう、まるで古代ギリシャに来たような錯覚に陥る光景だ。
「気を引き締めるニャ」
全員に油断なく進むことを促し、俺は先頭を歩き始める。
暫く歩くと、まさに王者の間というに相応しい部屋に辿り着く。
そこには一段高くなった玉座があり、左右には幾本もの巨大な柱が並び、更にその横にあるアーチ状の窓から明かりが入って来る。
う~む、地下である筈なのに、この神殿は明るさ何を光源としてるのかな?
そんな疑問を持ちつつも先へと進むと、玉座に腰掛ける者の姿が目に留まった。
その者を見付けた事で、俺が足を止めると仲間達も全員が後ろで立ち止まる。
すると、次の瞬間、玉座に坐する者から声が力強い放たれる。
「良くぞ我が神殿に参った。では戦おうぞ」
こいつ、頭がイカれているらしい。行き成り戦うときたぞ。
「待つニャ。俺達は戦いに来た訳じゃないニャ」
「うむ。だが、それは戦った後に聞こう」
俺としては、戦いをせずに事を収める方向で進めたいのだが、どうやら、こいつの脳は戦いで埋め尽くされているのだろう。
「では、参るぞ!」
この戦闘狂は、俺の言葉を無視して行き成り攻撃を繰り出してきた。
奴の放ったその槍の一振りは、物凄い圧力で俺達を吹き飛ばす。
俺は空中で身を反転させ、石柱を蹴って床に戻ったのだが、仲間達は全員が為す術も無く吹き飛ばされて、石柱にぶつかり意識を失ったようだった。
「あっ、みんな! 大丈夫か!」
思わず、仲間の無事を確認するが、誰一人返事をする者はいない。しかし......
くそっ! 返事は無いが、多分、あれくらいの攻撃なら死ぬ事は無いだろう。
てか、今回の戦闘は、どうも彼女達には荷が重いようだな。
まあ、相手は魔神だし、それも仕方ないとか......
そう判断した俺は、即座に人間体へと変身する。更に、右手に炎帝、左手に闇帝を持って構えを取る。
「ほう。門番を倒す者達だ。かなりの力量だと思っていたが、これはこれは、使徒の登場か。それもトアラルアの使徒とはな。愉快になって来たではないか」
この魔神は、変身した俺を見て即座に看破しやがった。
てか、トアラの名前をも知っているとは。一体何者なのだろうか。
しかし、その答えを得る前に、話に割って入る声があった。
『相変わらずの戦闘バカだのう』
『相変わらず、頭が膿んでますね』
「ぬぬ、その声は、炎帝と闇帝か! かははははは! これはよい! 楽しいぞ! 良きかな、良きかな!」
突然、炎帝と闇帝だが割って入ったのだが、その言葉は辛辣だった。
しかし、魔神はその声の主に驚けど、途端に笑い出したかと思うと、歓喜の声を上げた。
「では、改めて参るとしよう。炎帝と闇帝の主よ」
『主殿よ。この戦闘脳筋に目に物を見せてやってくれ』
『主様、この知恵足らずにお仕置きをお願いします』
魔神の宣言に対して、炎帝と闇帝からの要求が出される中、両手に握りしめた短剣と目の前の相手に、「俺を巻き込むなよ」という不満を持つのだった。




