29 違和感
青く透き通るような空が広がる。
小鳥たちが愛を奏でるような、将又、ジャレあうような囁きが響く。
恐らくここ数百年は見る事の出来なかった光景だろう。
そう、ここは死国の王城なのだ。
結局、アフォ勇者達が姿を消したあと、城内を隈なく探したのだが、奴等を見付ける事は出来なかった。
きっと、俺達に敵わないとみて、さっさと逃亡したのだろう。
いや、奴等の目的が神器であったのなら、目的を果たして帰ったと述べた方が良いのかも知れない。
「ダメですね。人っ子一人いないですね」
「悔しいの」
奴等を探していたマルラが誰も居ない事を告げると、ミララも悔しそうな声を漏らす。
それにしても見事なまでの逃げ足だ。
仮に逃げるのが得意だとしても、これだけ要領よく逃げるのは不可能だろう。
俺の勝手な想像からすると、恐らく移動の魔道具があるのだろう。
そうで無ければ、俺達に追いく事ができた説明もつかない。
「恐らく、奴等は転移か何かの魔道具を持ってるんだろうニャ」
「そうですね。逃げ足が速過ぎます。それに私達に追いついた手段も気になりますね」
どうやら、ルーラルも俺と同じことを考えていたようだ。
「ミユキ、これから如何するのですか?」
珍しく長い時間を人の姿で過ごしているレストが、これからについて問掛けてくる。
一応、次の目的地は決まっている。
しかしながら、ここを放置しても良いものだろうか。
不逞な輩が住み付くとも限らないし......
「取り敢えず、財宝は全て頂く事にしましょう」
そんな事を口にしたのは、予想外にもルーラルだった。
「でも、呪いが......」
「オン!......いや、もう呪いは勘弁して欲しいのです」
マルラとレストが拒絶反応を示しているが、ルーラルのいう事も尤もかも知れない。
ここに財宝を残しておいても意味がないし、仮に呪いの道具があったとしても、使用しなければ呪われることも無いだろう。いや、逆に呪いの道具こそ俺が回収すべきかもしれない。
という事で宝物庫へと来たのだが、その有様は散々だった。
奪われたとか、盗まれたとか、そんな事では無く、宝物庫の中には大した物が残って無かったのだ。
想像でしかないが、恐らくは戦をするのに散財したんだと思う。
それでも、六畳一間が埋まるくらいの財宝があったので、それを回収して一旦アルラワ王国へと戻ることにしたのだった。
初めての空間転移は、とてもとても最悪な気分だった。
歩くと未だにフラフラする。
あまり使いたい魔道具ではない事を実体験で知りつつ、アーニャの部屋の中を見回す。
そう、アルラワ王国の転送ポイントはアーニャの執務室なのだ。
本当は別の場所が良かったのだが、アーニャ立っての頼みで、ここに一つ目の転送ポイントを設置したのだ。
という訳で、転移の魔道具でアーニャの部屋へと戻って来たのだが、部屋の主は残念ながら留守のようだ。
まあ、少し休ませて貰うかと、スタッとソファーに飛び上がる。
すると、アーニャの姿は無かったものの、あまり嬉しくない歓迎者がそこにいた。
「ダンニャ~~~~~~~~~ン!」
だから、俺はお前の旦那じゃないって! こら、飛び付いて来るなって!
とはいったものの、あまり邪険にする訳にもいかないし、この白猫にも困ったものなのだ。今や完全に抱き付いて、喉をゴロゴロ鳴らしている。
そんなミリアに抱き付かれていると、入口の方から声が聞えてきた。
「おお、帰ったのじゃな。して、どうであった?」
嬉しそうな笑みを浮かべたアーニャが向かいのソファーに腰を下ろすと、俺はこれまでの事を事細かく説明する。
「ちっ、ウエルーズ王国か......あの国はこの大陸でトルガルデン王国並みの癌じゃな。奴等は何をしようとしておるのじゃ? まあ、直ぐに密偵を送るとしよう。あと、死国の物じゃが、書物は妾の方で貰っても良いか?」
アーニャはウエルーズ王国に対して毒を吐き、それが収まると書物が欲しいと願い出た。
何故、俺の了承を貰おうとするのかは疑問だが、俺には不要なので問題無い事を告げ、転移で担当の者を連れて行く事を約束して城を跡にした。
アルラワ王国から貰った屋敷は、かなりの大きさだ。
元々は貴族の物だったが、前回の謀反の件で国に取り押さえられた物件だ。
だから、屋敷の中も綺麗なものだし、アーニャの独断で侍女や執事まで雇い入れている。
「お帰りなさいませ旦那様」
老紳士が帰宅にした俺に頭を下げて告げてくる。
おいおい、誰が教えたんだ? 猫が主だって。
ゆっくりと仲間に視線を向けると、唯一ルーラルだけが俺と目を合わせなかった。
犯人は~~~~お前だ~~~~~~~~!
こんなのじっちゃんの名に懸けなくても分かるぞ。
ルーラルの暴走に溜息を吐きながら屋敷に入ると、侍女たちが数人集まって来たかと思うと、俺の足を優しく綺麗に拭いてくれた。
その間も侍女たちは、和やかな笑顔で話し掛けてくる。
「主様、お疲れ様でした」
「主様はいつ見てもお綺麗ですね」
「毛並みが最高です」
口々に労ってくれたり、褒め称したりと、もう至れり尽くせりなのは良いが、こういうのは慣れない所為で余りにも居心地が悪い。
『ルーラル、後で話があるニャ』
『はい......』
俺の心情を悟ったのか、ルーラルがやや申し訳なさそうな表情で頷くのだった。
その後も大変だ。何せ、侍女たちが俺と風呂に入りたがるのだ。
「ダメです。師匠は僕が入れるんですから」
侍女たちに牙を剥くマルラ。
「違うの。私が入れるの」
マルラの言葉を否定し、己の仕事だと主張するミララ。
「オン! オン! オン!(あたしも一緒に入るのです)」
いつの間にか豆柴になっているレスト。
「猫ちゃん一緒に入るよね~~」
入らないとどうなるか解ってるわよね。と言いたげな賢者エルカ。
「お腹空いた~~~! 風呂は......」
実はあんまり風呂が好きでないメルティ
「主様の背中は私が流します」
そう、絶対に背中を誰にも譲らないルーラル。
結局、このメンバに追いやられて、残念そうにする侍女達だった。
風呂は最悪だニャ~。
俺の綺麗なサバトラ柄が台無しになるし、マルラとミララが何時もの言い争いを始めるし、でも......眼福である。
「師匠、どうして、ミララやルーラルの胸をプニプニするのに、僕の胸にはしてくれないんですか」
思わず我慢できなくなって、ミララとルーラルのオッパイを肉球でプニプニしていると、マルラが鋭い視線で俺を突き刺しながら苦言を述べてきた。
それに何と答えようかと思案していると、ミララが先に口を開く。
「やり甲斐がないの」
「ミララ! それって、僕の胸が小さいって言いたいの!?」
「事実なの」
「キーーーーーぃ!」
早速始まってしまった......
このままでは、俺はまたバスタブに沈む運命になりそうだ。
故に、助けを求めるかのように、ルーラルへと視線を向ける。
すると、彼女は嬉しそうに頷くと、素早く俺を掻っ攫う。
「あ、ルーラル、ズルい」
俺を奪われたマルラが苦言を述べるが、ルーラルは首を横に振って俺を己の胸に押し付ける。
ニャ~~ん! 幸せニャ~~~!
「このままでは、主様がまた奈落の底に落ちてしまいますから」
てか、今は天国にいるけどニャ~~~!
そんな処へ、ロケット弾が飛来してきた。
「オン! オウ~~~ン!」
「あっ! レスト!」
そう、エルカに身体を洗って貰ったレストが、俺に向かって飛び込んできたのだ。
てか、風呂に入る時くらい人間に戻れよな......
結局、バスタブに沈む事は無かったが、レストの攻撃で頭からお湯を被る事になったのだった。
風呂から上ると、入浴を拒否されて寂しそうにしていた侍女たちが、喜々として俺の濡れた身体を拭いたり、毛並みを整えたりと大活躍する。
「主様、今夜は私が添い寝しましょうね」
「主様、ブラッシングは私が......」
「主様、痒いところは無いですか?」
うむ。良きに計らえニャ
こんな殿様気分で屋敷の一夜を過ごして、翌朝には目的地へと向かうのだった。
誰もいない静かな街。ここは死の街、死の国だ。
再び死の国へと遣ってきた。
そうなのだ。新たな目的地とは死の国にあるのだ。
「さて、行くニャ」
アーニャから命じられた担当者達が恐々と周囲を見回している中、俺は仲間達に次の行動に移る事を告げる。
「魔神の祠ってここから遠いの?」
目的地について尋ねて来たのはエルカだった。
「絨毯で行けば直ぐのはずニャ」
エルカの問いに、アーニャから聞いた話と祠の位置を思い出しながら答える。
アーニャの話では、この国には魔神が眠っていて、その魔神が神器を有しているとの事だった。
ところが、その魔神は恐ろしく強いらしく、誰も手を出せない存在だったと言う。
更に、国自体が死霊化してしまったので、この数百年間、誰も手出しが出来ない状態だったという。
まあ、仮に手出しできても返り討ちに遭っただろうと、アーニャは笑っていたが、それ程の敵と戦って勝てるかの方が問題だな。
「本当に一体もいないわね」
「全て消滅なの」
「オン! オン!(ほんと、ほんと)」
口喧嘩をしつつも相変わらず仲の良いマルラ、ミララ、レストのトリオが声を揃え、ゾンビが全くいなくなった地を、空飛ぶ絨毯の上から眺めて驚きの声を上げている。
いや、レスト、なんで豆柴になってるんだ?
これは、いい加減になんとかする必要があるな。
結局、アーニャにお願いしてマルラとレストの解呪を何度も試したが、この二人の呪いは如何しても解けなかった。
ところが、アーニャ曰く、呪いは解けている筈だという。
では、何故、未だに二人の呪いが残っているのだろうか。
「主様、あれではないですか」
考え事をしていた俺の耳にルーラルの声が届く。
彼女が指差す方向に視線を移すと、だだっ広い場所に小さな築山があり、その岩壁には大きな扉が設置されていた。
それを確認して降下の指示をだそうとマルラに視線を向けた処で、ふと、違和感を持ってしまった。
あれ? なにか変だ......何が? ん~、解んね~。
そこにはメルを抱くエルカが居るだけだ。
俺は一体何に違和感を持ったのだろうか。
「師匠、絨毯を降下させますよ」
「に、にゃあ」
「ぶふ~~~~なの!」
「オン! オン!」
反応の無い俺にマルラが気を利かせて降下することを伝えてきたのだが、違和感について熟考していた所為で可笑しな返事になってしまった。
その返事にミララとレストがウケている。
いつもなら、そんな二人を心中で罵倒するのだが、違和感に囚われている俺はそれ処ではなかった。
未だに笑っているミララとレストに視線を向ける事も無く、横目でチラリとエルカとメルの二人を覗き見る。
多分、彼女達を見て違和感を持った筈なのだ。
だが、何も変わった処は無い。今も澄ました顔で地上を見ているだけだ。
ん? そういえば、マルラって......
「着陸しま~~~す」
思考を張り巡らす俺の耳にマルラの声が聞こえてくる。
到着か......この事は一旦保留にしよう。
まずは魔神から神器を借り受ける必要があるし、最悪は戦闘の可能性もある。
気を引き締めなければ拙い事になりそうだしな。
「すご~~~い!」
「大きな扉ですね~~~~」
「オウ~~~~~~~ン!」
祠の入口にある巨大な扉を見て、エルカ、マルラ、レストが感嘆の声を上げているが、問題はその中なんだよな。
俺は扉を見上げて驚く仲間達を余所に、たったったっと四足で扉に走り寄ると、その前に座って解析魔法を発動させる。
魔法の結果から、この扉には物理的施錠と魔法による結界が張られている事が解った。 そこで、今度は別の魔法を発動させる。
『我が望むのは、何人たりとも妨げざる世界ニャ。解錠ニャ!』
すると、扉は誰かが中から押し開けたかのように、ひとりでに開き始める。
「誰が開けたの?」
「魔法扉なの。ププなの」
勝手に扉が開いた事に驚くマルラが声を漏らすと、ミララがその説明を一言で終わらせた。
そう、この世界には魔法で自動ドアを実現しているので、扉が勝手に開く事を驚くのは、マルラのような田舎の者だけなのだ。
「ミララ、それって僕を田舎者だって言いたい訳?」
「事実なの」
「キーーーーーぃ! 悔しい~~~~!」
「オン! オン! シッシッシッ! (マルラ、田舎者! クックックッ)」
「ちょっと、なんでレストまで僕の事を笑ってるの」
自動扉に驚くマルラをミララとレストが茶化している。
この三人は本当に仲が良いな......俺が絡まない時だけだけど......
「さあ、行きましょう。時間が勿体ないです」
ルーラルは相変わらずブレないな。まるで女教師みたいだ。
現在の状況は見るからに、女教師に引率された学校の生徒達といった風だな。
そんな印象に笑いを堪えながら、俺は洞窟へと侵入するのだった。
洞窟の中はダンジョンと同じようにやや暗くはあるが、明るさが保たれていた。
ダンジョンでの説明で、その明るさが発光石によるものだと教えられた。
その事を思い出しながら視線を巡らせると、この祠にも発光石が至る所に埋まっているのが見て取れた。
まっ、猫の俺としては暗くても気にならないのだが。
「モンスターは出ないんだね」
エルカの言う通り、全くモンスターの気配はない。
それにダンジョンと違って迷路のようになっている訳でもなく、ただただ真っ直ぐに降りる道があるだけだ。
俺達はそんな通路をひたすら進む。
結局、何事も無く行き止まりまで降りてきてしまった。
「今度の扉は厳めしいですね」
「神の門なの」
「クゥ~~~~ン(なんか、こわ~~~~い)」
「お腹空いた~~~~~!」
マルラとミララが行き止まりに存在する扉の感想を述べ、レストはその扉に恐怖感を持ったようだ。
ああ、最後のメルは放置の方向で......
その行き止まりは大きな部屋となっていて、壁の一カ所に豪華というより厳かな様相の扉があった。
また、その扉の両側の壁には、それぞれ一体ずつの三メートルはあろうかという石像が彫り込まれていた。
「確かに、食事はどうかと思いますが、休憩は必要ですよ」
「ええ~~~! ブー! ブー!」
「クゥ~~~~ン!(え~~~~っ)」
メルの言葉にルーラルが半分だけ同意すると、彼女がブーイングを始めた。
更に、その言葉で空腹であることに気付いたのか、レストが悲しい鳴き声を発する。
「てか、なんで豆柴のままなんだニャ! いつ戦闘になるか解らないニャ!」
レストが犬で居る事が当り前になり過ぎて、ここまで全く違和感を持たなかった。
「オウン? クゥ~~~~ン(あれ? そうだった~~~)」
こいつはアホだな。
しかし、今回は俺も気付かなかったし、説教する事無く許すことにした。
という訳で、ここで食事を摂る事にしたのだが、流石にのんびりと料理をする訳にもいかないので、亜空間収納から簡単な食料を取り出してルーラル以外に渡す。
「それにしても、この像の彫刻は凄いわよね」
「感動なの」
「もしかして、動いたりするのですか?」
扉の両サイドにある巨像の彫り物を前にして、マルラがサンドイッチを片手に称賛の声をあげている。
その隣では、甲冑の面とガントレットだけを外したミララがその思いを一言で表し、人の姿に戻ったレストが有り勝ちなパターンについて言及している。
まあ、ラノベの場合だと、絶対に動くパターンだな。
だから触るなよ! って言ってるだろ!
アホレストがサンドイッチを口に銜えたまま、巨像の足をペチペチと叩いている。
「レスト、触るニャ! 今動いたら、ゆっくり食事が出来なくなるニャ!」
レストは「食事が出来なくなる」と聞いて、巨像から慌てて飛び退いた。
それ程までに食事に執着するのか......本当は食べなくても平気な筈なのだが......
結果的に巨像が動く事は無かったので、食事をのんびりと終わらせて、ゆっくり休んでから行動を始めた。
「恐らく、この二体の巨像が襲って来るから、いつでも戦える準備をしておくニャ」
全員にそう警告し、それを聞いた仲間達が頷くのを確認してから解錠の魔法を唱える。
『我が望むのは、何人たりとも妨げざる世界ニャ。解錠ニャ!』
魔法が発動すると、青銅色だった扉の色が新品のような様相に変化していく。
「とても綺麗ですね」
それを見たマルラが感動しているが、今はそれ処では無いのだ。
「マルラ、気を付けるの」
そんなマルラに、俺の心情を察したかのようなミララが注意を促す。
次の瞬間、壁の巨像から震動が起こり、巨像と壁の間から石片や石粒がパラパラと落ちていく。
震動はドンドン強くなり、巨像の身体が少しずつ動き出す。
始めに指の一本ずつ動き、次には腕が動く。
徐々に動き始めた巨像はその大きな足を踏み出して、壁から抜け出てきた。
まるで阿吽像が動き出したかのようだ。
そんな巨像が動き始めるのを静かに見つめながら、俺はこの後の戦いが過酷なものとなる事を予感するのだった。




