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00  プロローグ

 吾輩は猫である。

 いや、それは嘘だが、いやいや、嘘ではないのだが。

 俺は猫になりました。

 はい。猫です。

 そう、縦から見ても、横から見ても猫です。

 だって、そう願ったのだから。


 死後の世界で転生選択が出来るなんて思ってもみなかった。

 普通に『無』があるのだろうと思っていた。

 いや、無なので、ある事すら感じられないのだろうと思っていた。

 ところがだ。目を覚ますと、そこには可愛い受付のお姉さんがいた。

 これが死ぬ前だったら、是非とも食事に誘った事だろう。

 ......嘘です。そんな勇気はありません。

 俺からすると、それは勇気というより蛮勇と呼べる行為なのですよ。


 ああ、話が逸れて申し訳ない。

 生前に女性との縁が薄くて、いや、髪は薄くないですよ。

 だって、三十四歳にして癌で死んだんだもの。髪が薄くなる暇さえなかったよ。

 という訳で、受付のお姉さんが、カタログを出してきてさ。

 あなたのポイントだと、ここからここまでとか言うものだから、思わず猫を選択したんだ。

 何故かって? そんな事は火を見るよりも明らかだ。

 前世の人生が苦難の日々だったので、もし転生できるのなら、猫になってのんびり暮らしてやると、心に決めていたのだ。

 そして、念願が叶った訳さ。







 俺は四匹兄妹みたいなんだが、どれが妹で、どれが兄か解らない。

 もしかしたら、俺が長男なのかもしれない。

 分かる事は、俺が姉や妹ではないということだけだ。だってオスだもん。


 そんな事より......


「母ちゃん、俺が吸ってるオッパイだけ出が悪くない?」


 そう言ってみたのだが、実は「ミ~!」としか言えてなかったようだ。

 母ちゃんは、そんな俺を気怠そうに見たかと思うと、直ぐに目を細めて寝てしまった。

 ん~、ちょっと妹よ。俺と代わってくれない?

 大人しい妹は兄にオッパイを譲ってくれたのだが、こちらの方が更に出が悪かった......

 結局、妹に謝り、元のオッパイを吸う事にしたのだが、こんな事で俺達は生きて行けるのだろうか。


 それよりも、どうして俺には自我があるのだろうか。

 あ、猫にだって自我くらいはあるだろうが、俺の自我は何方かと言うと人間に近い気がする。

 と言うのも、自分が猫であることが解るからだ。

 だって、兄妹が『み~』と鳴いても何を言ってるのかさっぱり分からん。

 それに、兄妹を見ても可愛い猫だよな~とか思ってしまう。

 因みに、全員がトラ柄ですよ。トラ柄。それもお腹と足だけが真っ白なサバトラですよ。

 栄養が足りてない所為か、幾分貧弱だが......


 それはそうと、離乳が始まった途端に、母ちゃんはオス猫と何処かへ行っちゃった。

 多分、父ちゃんじゃないと思う。柄が全く違ったから。

 実は、母ちゃんって尻軽女だったのかな?

 そんな事より、これだと餓死しちゃうぞ!

 兄妹達も必死で母ちゃんを探してるけど、完全に育児拒否だよな。

 しゃ~ない。ここは俺が一肌脱いでやる。


「ナ~~~!」


「きゃ、可愛い~~~~!」


「ホント、ホント、めっちゃ可愛いわ~」


 ほら釣れた! 猫の威力を見せて遣ったぜ。

 もしかして、猫って楽勝じゃね?


「あ、私、こっちの柄がいい」


 こうして便宜上の妹が売れた。


「ええ~やっぱりこっちよ~」


 こうして便宜上の兄が売れた。


 残るは便宜上の弟と俺だけだ。


「ナ~~~!」


「ママ、猫ちゃん可愛いよ。飼っていい?」


「もう、仕方ないわね。今のルルちゃんも齢だし、一匹だけよ」


 なかなか良い母親を持っているではないか。うちの母ちゃんとは大違いだ。


「この子がいい」


 可愛い女の子が、俺をチョイスしたようだ。

 拙い、弟を残して行くなんて出来ないぞ。

 俺は嫌がる振りをするんだ。


「フ~~~~!」


「ダメよ。その子嫌がってるし、きっと懐かないわよ」


 よし、これで俺以外が全員売れた。

 残るは俺だけだ。


 しかし、待てど暮らせど、それっきり誰も猫を拾う者は現れなかった。

 まあいい、俺は猫にしては知能が高いし、今後の生活は何とでもなるだろう。







 そんな甘い事を考えていた時期もありました。

 いや、猫の事、舐めてたわ。猫が楽勝なんて撤回しますわ。


 実際、自分で猫を遣ってみると、とても大変だった。

 ぶっちゃけ、飯食って寝てるだけだと思ってたんだが......

 これは猫さん達に悪いことしたわ。

 まっ、今は俺が猫なんだけどニャ。


 それはそうと、飯を全く食ってない......

 残飯を漁ろうにも先輩猫に撃退され、人気のない処に行くと縄張り侵犯だと撃墜され、俺にはいく場所もない状態だ。


 良し分かったぞ。アーバンキャットを止めて、ワイルドキャットになるんだ。

 そうだ。野生を目指そう。

 景気良く街を出て来たのだが、野犬に追われて木の上で大人しくするしかない状態が続く。

 くそっ、犬なんて嫌いだ!


 夜になって犬達がやっと退散した処で、俺は木から降りる。

 すると、近くから良い匂いがしてくる。

 これは、野イチゴと呼ばれる食べ物ではないか。

 確か、猫にイチゴは大丈夫だった筈だ。

 こうして二日振りの食事にありつくことが出来た。


 その後も、外敵が出ては木に登り、知らない生き物が出れば木に登り、結局は木登りが上手な猫になってしまった。

 サーカスで雇ってくれんかな......

 そうして一カ月の間、ベジタブルな食事のみで生活した所為か、すっかりスレンダーな猫になってしまった。


 そんなある日の事だ。

 いつもの野イチゴ畑へ向かっている途中に置かれている石が無性に気になるのだ。

 以前から気にはなっていたのだが、今日はどうしても黙って通り過ぎる事が出来なかった。

 その石は、天然にしては丸く、人工にしては歪な石で、既にコケ塗れになっているのだが、俺の遊び心がウズウズと騒ぎ出す。

 駄目だ、あんな石で爪を研ぐなんて、恥を知れ!

 でも、あ、あ、あ、だめ、だめ、だめ、あ~~~~、やっちまった......

 思わず爪を研いでしまった。

 まあ、一回やれば二回も一緒だよな。

 そう思って二回目の爪とぎを始めた処で、俺の手が石に減り込む。

 まさか、転生チートか? 俺の爪は石をも切り裂くのか?

 だが、どうやら違ったようだ。

 何故ならば、俺はそのまま、その石に呑み込まれてしまったからだ......







 気が付くと、そこは洞窟だった。

 と言っても、とても狭い洞窟だ。

 だが、猫はいいよね夜目が利くし、洞窟内の様子が良く分かる。

 でも、きっと目が良く無くても分かっただろうな。

 だって、明るかったから......

 てか、目の前に驚く程の別嬪さんがいた。

 有り得ない程に美人だ。

 年の頃は二十代後半だろうか。恐ろしい程にど真ん中のストライクコースだ。

 ようよう!姉ちゃん俺と遊ばね~~~!


「ナ~~~~~!」


「あらまあ、猫ちゃんが紛れ込んで来たの?」


 その声は、とても綺麗で、いや、神秘的な響きを持っていた。

 この人はぶっちゃけ神じゃね?

 そう思う程に完成された美と美しい声で出来ていた。


「いらっしゃい」


 その女性は腰を下ろし、俺に向けて手を差し伸べる。

 野生で鍛えられた俺の感は安全だと言っているが、油断した処を捕まえられて焼き猫なんかにされては堪らん。

 だから、恐る恐る近付くが、彼女は優しい微笑みで迎えてくれる。

 俺が彼女の下まで辿り着くと、彼女は徐に、俺の両脇に手を刺し込み抱き上げた。


 まさか、焼き猫じゃないよね?


「あら、震えちゃって、そんなに私が怖いかしら」


 どうやら俺の言葉は通じないようだ。

 だが、彼女の柔らかい胸は羽毛布団なんて目じゃないぜ。

 人生最高、いや、猫生最高~~~~!


「それにしても、どうやって入って来たのかしら。誰も入れるはずがないのに。私ですらね」


 俺にとって彼女の台詞は意味不明だった。

 彼女自身が入れないとなると、それは出られないと同義に聞こえるのだが。

 すると、彼女は俺の額に自分の額と合わせ、暫くしてから離した。


「これで大丈夫だわ。何か言ってみて」


「ニャン」


 思わず猫の鳴き真似をしてしまった......


「あはははは。面白いわ、あなた。この数千年間で始めて笑ったわ」


 どうやら、猫の鳴き真似がバレているようだ。

 仕方ないので、真面目に尋ねてみることにした。


「あなたは誰ですニャ?」


 あれ? 何故、語尾が『ニャ』にゃる?


「私はトアラルアよ。気軽にトアラと呼んで頂戴。ところで、あなたのお名前は?」


 トアラは俺の名前を聞いてきたが、猫になっての名前は無い。


「俺に名前は無いですニャ」


 あれ? やっぱり語尾が『ニャ』になるニャ。


「あら、でも、あなたは転生者でしょ?猫になるなんて変わった人」


 楽しそうに微笑むトアラは、俺が転生者だという事を知っているようだ。

 だが、一体どうやってそれを知ったのだろうか。


「ふふ~~ん、猫ちゃん、不思議そうな顔をしてるわね。そうね。私の力で何となく解るのよ。それで転生する前の名前は何かしら?」


三神勇樹みかみゆうきですニャ。てか、なんで語尾がニャになるニャ?」


 俺の名前を聞いたトアラは楽しそうに頷いているが、少し思案するように頭を傾げているかと思うと、直ぐに口を開いた。


「じゃ、ミユキね。語尾は~~~~、ウフフ、その方が可愛いからかな?」


 がーーーーーん! オスにミユキはないだろ! てか、語尾もトアラの所為か!


「あら、不満かしら。折角、私が付けてあげたのに。それに語尾も可愛いニャ?」


 少し頬を膨らましたその顔も、最高に美しいというか、可愛いです。


「納得したみたいね。じゃ、ミユキはなんでこんな所へ?」


 嘘を言う必要も無いので、俺はこれまでの話を正直に伝えた。

 彼女は長い間ここに一人で居たようで、その後も、俺の下らない話を楽しそうに聞いてくれた。


 こうして彼女と俺の生活が始まったのだった。



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