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22 救出作戦


 屋敷の中は台風でも通り過ぎた後の様だった。

 折角、女中達が片付けたのに、再度の戦闘で酷い事になっている。


 しかし、女性とは驚く程に強いものだな~。本当に感服するぞ。


 というのも、女中達は酷い有様となった部屋を文句も言わずに再び片付けている。

 俺が戻った時に、号泣の様相で救出を懇願こんがんし、泣き崩れていたリリアも一緒になって片づけをしている。


 そんな彼女を悲しそうな表情で見遣りながらルーラルが俺に声を掛けてくる。


「主様、こちらです」


 そう、レストが酷い怪我を負ったらしい。

 話によると、レーシアを庇って敵に斬られたという事だった。

 その話を聞いた時、俺の鼓動が高鳴って胸の内の炎が燃え盛ったのだが、何とかそれを押し止めて付いて行く。


 ルーラルに連れられて入った部屋には大きなベッドがあり、豆柴レストはその上で虫の息だった。しかし、俺はそれほど心配をしていない。

 何故なら、彼女は世界樹の種を食べて不死身になっているのだから。


 そんな安易な気持ちで彼女の傍に近寄ったのだが、彼女の傷は全く回復していないようだった。


「師匠~~~! レストが死んじゃいます。僕の治癒魔法では......」


 涙目のマルラが必死に治癒魔法掛けているが、全く効果が無いようだった。

 如何いう事だろうか。マルラの治癒魔法が未熟だといっても、全く回復しない訳がない。

 そんな事を考えていると、後ろから声が掛かった。


「ふむ。呪いじゃのう。恐らく、呪いの武器で遣られたのじゃろう」


 アーニャがテクテクと近付きながら、回復しないレストの容態について述べてくる。

 更に、彼女は腕まくりをしたかと思うと、レストの直ぐ傍まで遣ってきて、彼女の様子を詳しく調べている。


「どれどれ、妾にも遣らせてみろ! 解呪!」


 彼女は回復ではなく、解呪の魔法を使用したようだ。


「う~む。中々に厄介な呪いじゃのう。というか、この者は他にも呪いが掛かっておるようじゃな。恐らく、その所為で相乗効果となっておるのじゃろう。一応、呪いの進行は止まった筈じゃから、治癒魔法で回復させるのがよかろう」


 くそっ、可愛いなんて思っていないで、さっさと犬の呪縛を解呪しとけば良かった。

 だが、今更後悔しても仕方ない。今は出来る事をやろう。

 右前足が取れかかり、胸に深い傷を負ったレストの頬を優しく舐めながら、俺は治癒魔法を全力で掛ける。


『癒しの女神トアラルア名を持って命じるニャ。この者の命を救い賜えニャ!』


 俺の治癒魔法が発動すると、レストの傷が速やかに治っていく。取れかかっていた足が元通りになり、胸の傷が塞がっていく。


「流石は使徒じゃのう。物凄い回復力じゃ。ミユキ、お主の治癒能力は、もしかすと大陸最強かもしれぬぞ」


 アーニャは俺の治癒魔法を目の当たりにして、その黒い瞳を見開いて感嘆の声を上げていた。


 まあ、神の力だからな。そうそう比肩する者が居る訳もないだろう。

 それよりも、気になる事があるんだ。


『レストは何で犬の姿なんだ?』


 俺の質問にルーラルが困った表情で答えてきた。


「それが......レーシアが片時も手放さないものですから。敵が現れた時もしっかりと抱かれていて......ただ、彼女に攻撃が向けられた時に、腕の中から飛び出して庇ったのです」


 うむ。レストにしては上出来というか、最高の出来だな。元気になったら美味い物をたんと食わせてやろう。


『ところで、モップはどうした?』


 そう、この場にはメルティだけが居ないのだ。


「モップ......メルはレーシアをさらった者達を付けてます。場所を突き止めたら戻って来る筈です」


 俺の放った呼び名に、ルーラルが絶句しているが、暫くしてメルの動向を教えてくれた。


 しかし、とても気になる。凄く気になる。

 果たして、メルは迷子にならずに戻って来れるだろうか。


 メルの動向を不安に考えていると、ルーラルが今更ながらこの場に居るアーニャとミリアの事を尋ねてきた。


「主様、この方達は?」


 その問いに俺が答えようとした処で、アーニャが自発的に自己紹介を始めたのだった。







 流石と言うべきか、屋敷の中はあっという間に綺麗に片付いた。

 本職の仕事振りとは、本当に感心させられるばかりだ。

 女中が片付けたリビングのソファーに座り、感慨深く周囲を眺めていると、アーニャが驚きを声にしていた。


「なんと、ルーラルはユニコーンじゃと?」


「はい。角を無くし、馬として生活している処を主様に拾われました。本当に感謝してます」


「己の意思でユニコーンの姿に戻れるのか?」


「はい」


 好奇心で瞳をキラキラと輝かせたアーニャが乞うと、ルーラルはソファーから立ち上がり、広い場所まで移動する。

 すると、ルーラルがまばゆい光に覆われ、その光が収まると毛並みの綺麗なユニコーンの姿となった。


「おお!なんと神々しい。それに、なんと立派な身体なんじゃ」


『主様のお蔭で、普通のユニコーンよりも立派な身体に生まれ変わったのです』


「ミユキよ、どうやったのじゃ? 妾に教えてくれぬか?」


『秘密ニャ』


「ケチじゃの~~」


 アーニャはルーラルを強化した方法を知りたがったが、流石に教えて遣る訳には行かない。


 まあ、あの顔は本気で不貞腐れている訳では無いだろう。

 そんなアーニャにマルラが質問を投げ掛ける。


「アーニャさんって宮廷魔術師なんですよね?」


「そうじゃが、それがどうしたのじゃ?」


「いえ、その~~、話し方が見た目と一致しないな~とか思って」


「あ~この姿のことか?」


「はい」


「これは能力で若返っておるのじゃ。それで、齢は秘密じゃ」


 ああ、解ってましたよ。もう初めて言葉を聞いた時から理解してました。のじゃ姫でロリババアなんだよね。


「ぬっ、ミユキ、お主、なにか良からぬことを考えておらぬか?」


「ニャ~~~」


 どうやら、俺の心中を見透かしたようだ。取り敢えず、鳴いて誤魔化そう。


「ちっ、そういう処はミリアとよく似ておるな」


 マジか! 勘弁してくれ! てか、離れてくれないか?


 そう、兎に角、ミリアが俺にへばり付いて離れないのだ。

 俺が座っていると、顎辺あごあたりにミリアが自分の頭を擦りつけてくる。


「まるで夫婦のようじゃのう」


「ニャ~~ン」


 くっ、いやな事をいうロリババアだ。それに、ミリアよ、なに肯定してるんだ!

 ほら、ミララが凄い目で睨んでいるじゃないか。

 いやいや、そんな事よりも気になるのがメルのことだ。


『それにしても、メルは遅すぎるニャ。迷子になってるんじゃないかニャ』


「......まさか、ねぇ」


「有り得るの」


「否定できないのが辛い所です」


 俺の言葉に、マルラとミララ、それに人間体となったルーラルが答えてくる。

 因みに、エルカは既にオネムの時間だ。


 メルの話に関して言えば、残念ながら俺の予想が当たっているのだろう。


 まあ、それは良いとして、一番の疑問をロリババアことアーニャに尋ねることにした。


『抑々の話なんだが、どうしてレーシアが狙われるニャ? 謀略か謀反かは解らないが、彼女を捕まえる意味が理解できないニャ』


 今回の誘拐に関して尋ねると、アーニャは暫く瞑目めいもくした後に真面目な顔で話し始めた。


「これは他では話すなよ。あの子は魔眼持ちなのじゃ。あの子の亡くなった母親もそうだったのじゃが......結局、それが判明した時に、彼女の両親に頼まれて、妾が魔法で両目を封印したのじゃよ。目が見えぬのはその所為なのじゃ」


 マジか! その所為で......うぐっ、こら、ミリア、顔を舐めるな。

 そう言えば、父親の事は言っていたが、母親の存在は全く出なかったな。って、やめろって、ミリア~~~!


「これ、程々にせぬか」


「ニャ~~、イニャ~~、ダンニャ~~~ン」


 おい、誰が旦那だ! ドサクサに紛れて変な事を言うな。


 ミリアの行動を見兼ねたアーニャが抱き上げてソファーに座るが、ミリアが必死に抵抗している。

 それでもミリアが離れた事に安堵していると、一瞬でミララに捕らえられてしまった。


 もう、勘弁してくれよ~~~! 話が進まないだろ~~~!


『それで、魔眼なんだけど、どんな力があるニャ?』


「うむ。それはのう。人を操る力があるのじゃ」


 むむむっ、でも、それって捕らえても使えないんじゃないか?

 だって、解放した途端、自分達が操られるだろ?


 アーニャの答えを聞いて疑問に感じていると、彼女は頷きながら続けた。


「そうじゃな。お主の考えてる通りじゃろう。じゃからのう。奴等は魔法で洗脳しようとするはずじゃ」


 ふむ。それなら理解できる。てか、それなら救出を急ぐ必要があるな。洗脳されてしまっては大変な事になる。


『何処に連れて行かれたか解るかニャ』


「恐らく、キンクス侯爵の屋敷じゃろうな」


 そこまで解ってるなら、メルが後を追った意味が全くない......


『その場所を教えて欲しいニャ』


「おっ、お主が行ってくれるか。場所ならミリアが案内できるじゃろ」


「ニャ~~~! ダンニャ~~」


 この女、絶対に人前で話さない気だな。まあいい。それじゃ、ちょっくら行くとするか。


「主様、私も参ります」


「師匠、僕も行きます」


「当然、一緒に行くの」


 ルーラル、マルラ、ミララの三人が俺と一緒に行くと進言してくるが、そうもいかなのだ。


『いや、レストの事もあるし、カール王子も居る。皆にはここを守って貰いたいニャ』


「ですが、今回の敵は騎士とは比べ、遙に強かったです。幾ら主様と言えども危険です」


「そうです。相手は特殊な戦闘集団でした。見た事もない武器を使ってたし......いくら師匠でも......」


「あれは危険なの。一人じゃ無理なの」


 一人で行こうとする俺の行動を三人が拒絶してくるが、そんな三人ににこやかに答える。


『心配ないニャ。本気の俺に勝てる者など居ないニャ』


「しかし......」


「でも......」


「ダメなの」


 それでも三人は賛成してくれなかったが、そこでアーニャが助け船を出してくれた。


「まあ、そんなに心配せずともよかろう。そなた達のあるじは、恐らく、そなた達の想像以上に強い筈じゃ。妾にはそのオーラが見えるからのう。だから安心してここに居るのじゃ」


 その言葉を聞いた三人は、ションボリとソファーに座り直す。


『本当に大丈夫だニャ。抑々俺には使命があるニャ。こんな所でくたばるようなことはしないニャ』


 すると、三人はやっと納得してくれたようで、黙って頷いてくれた。

 そんな三人を眺めながら、アーニャだけに念話を送る。


『済まないニャ』


『気にするでない。本当の事を言ったまでじゃ』


 こうして俺はミリアと一緒にキンクス侯爵の屋敷に向かおうと思ったのだが、突然、玄関の扉が開き、幼女姿のメルが疲れた様子で入ってきた。


『大丈夫かニャ?』


「あ、ニャア。大丈夫じゃないよ。お腹が空いた......」


 結局は俺の予想通り、彼女はキンクス侯爵の屋敷を突き止めたのだが、帰ろうとした処で道に迷い、やっとの事で戻って来たのだった。







 月明かりだけが頼りの深夜帯。

 俺はミリアと共に建物の屋根を伝って先を急いでいた。

 暗いとはいえ、俺達の目は人間とは違う。この闇の中でも見通しが利く。

 ただ、普通に道行けばメス猫の餌食となるので、屋根の上を走っているのだ。


『もう直ぐよ。旦那様』


『こら、勝手に俺を旦那にするじゃないニャ』


『んも~~イケズ~~』


 もう溜息しか出ない......移動の最中、こんな遣り取りばかりしている。

 ミリアの言動を心中で愚痴っていると、彼女が突然足を止めた。


『ここよ』


 立ち止まった彼女が顔を向けた先には、アルレシアン公爵家と遜色ない屋敷があった。

 どうやら、ここがキンクス侯爵の屋敷のようだ。


『これから如何するの?』


 如何するって、そりゃ~乗り込むだけさ。


『ミリアはここで待っててくれニャ』


『えっ? 一人で......一匹で大丈夫なの?』


『クククッ、勿論だニャ。一人の方が遣り易いニャ』


 ミリアが助数詞で戸惑っていたが、俺は『人』として返した。

 その言葉に少し不満そうにしていたミリアだが、優しく彼女の頬を肉球で撫でると、嬉しそうに「ニャ~~~ン」と鳴いていた。


 ミリアと別れ、俺は単独で敷地に入って屋敷の様子を伺う。


 まあ、深夜だし、何処も開いてないよな。


 侵入口を探していた俺の目に一本の大きな木が映る。


 ふむ。久々に木でも登るとするか。


 そう決めると、すぐさま大木に駆け寄り飛び上がると、木の幹に爪を立ててサクサクと登って行く。


 恐らく、猫に木登りをさせたら、間違いなく俺が世界ナンバーワンだろう。


 まあ、それは良いとして、木に登って枝を伝い二階のバルコニーへと降りる。

 そこで視線を巡らしながら周囲を確認するが、人の気配はなさそうだ。

 それを知ると、バルコニーと室内を仕切る扉の解錠を行う。

 解錠の魔法だが、なにも魔法の鍵を開けるだけのものでは無い。物理的な鍵の解錠も可能なのだ。


『我が望むのは、何人たりとも妨げざる世界ニャ。解錠ニャ』


 魔法が発動して解錠が完了した事を確認すると、俺は扉をゆっくりと押し開け、スルスルと中に侵入する。

 普通に考えると鍵を開けられるなら、一階から侵入すれば良いと思うだろう。だが、一階とは得てして侵入者の対策が行われているものさ。


 そんなことを誰に解説するでもなく心中で語ると、屋敷内の様子を伺う。

 そこは真っ暗なシーンと静まった世界であり、誰も起きていない事を静寂が物語っていた。


 さて、レーシアは何処だろうか。むむ、この匂いは......レーシアの匂いだニャ。あれだけ抱かれていたのだ。嫌でも匂いを覚えるというものだ。まあ、レーシアの場合は良い匂いなので、抱かれるのも嫌ではないが......


 俺は彼女の匂いを辿り、足音を殺しつつサクサクと進む。

 辿り着いた場所には、この屋敷にそぐわない簡素な鉄製の扉があった。


 どうやら、この扉の向こうのだと思うのだが......


 警戒心を強めて周囲を見回しながら、用心して解析の魔法を使い、鍵や魔法の状態を確認する。


 ふむ。鍵もだが、警報魔法が掛かってるな。


 それを確認すると、即座に解除と解錠の魔法を発動させる。


 よし、これでいいだろう。


 頷きながらその扉を開けると、そこにはレーシアの姿はなく、地下に降りる階段があった。


 ちっ、まだ先があるのか。面倒臭いな~~。


 そんな愚痴を溢しつつ、その階段を下りて行くと、いよいよ彼女の匂いが強くなってくる。


 どうやら当りのようだ。さっさと済ませて帰るぞ。


 階段を下りて暫く進み、とうとう彼女を見つけ出したのだが、その有様は最悪のものだった。


 彼女は鉄格子の奥で転がっており、両手と両足には鉄製のかせが填められていた。更に、顔には目隠しをされた上に猿ぐつわまで......


 目が見えない八歳の少女に対する仕打ちじゃないだろ! こんな事をした奴等は纏めてぶっ飛ばして遣る!


 その姿を目の当たりにして、この処、不穏な動きをしていた俺の心の炎が一気に燃え上がった。


 今日は大人しく連れて帰るだけにするが、きっと目に物を見せてやる。必ずだ!


 必死で己の心を抑えつけながら、鉄格子の鍵を開けて中に入る。

 直ぐに、解錠の魔法で枷を外し、目隠しを外そうとした処で、己の愚かさに気付く。


 彼女は目が不自由なのだ。どうやってここから連れ出すんだ?


 今更ながらに絶望的な気分となった時に、自分で猿ぐつわを外したレーシアの手が俺を捕まえた。


「ミユニャ? ミユニャの匂いがする」


「ニャ~」


「ミユニャが助けに来てくれたの?」


 あまり声を出して欲しくないのだが......


 レーシアに抱かれたまま、そんな事を思った時だった。

 鉄格子の向こうから声が聞えた。


「ほう、どうやって忍び込んだかと思えば、使い魔か。アーニャの使い魔かな」


 その声の主は上から下まで真っ黒な様相だった。


 声からして男なのだろうが、その姿はまるで忍者だ。顔すら黒い布で隠しており、目の処だけが隠されていない状態だ。

 もしかしたら、襲撃者とはこいつの事だろうか。いや、こいつ等だな。


 そう勝手に決めつけたのだが、その途端、男の後ろには続々と黒装束の者が現れた。


 う~~む。確かに神出鬼没な存在だな。

 だけどね。今夜の俺は鬼神のような状況なんだよ。

 ちょっとね~、今回は申し訳ないけど、切れちゃったんだ。だから、タダで済むと思うなよ!


 俺は重傷を負っていたレストの姿と目の前に居るレストの状態を思い出しながら口を開いた。


「この子にこんな仕打ちをしたのはお前達かニャ? あと、うちのワンコに怪我をさせたのもお前達だよニャ?」


「ミユニャ? 今喋ってるのはミユニャなの?」


 俺の言葉にレーシアが驚きの声を上げるが、黒装束の男はそれを無視して罵声を吐き付けてくる。


「ならば如何すると言うのだ? 猫如きが。例え使い魔といえども、我等の敵ではないわ。その皮を剥ぎ取って遣ろうぞ」


 レーシアには悪いが、俺も彼女の言葉を黙殺したまま、黒装束に捨て台詞を返す。


「構わないニャ。お前等にそれが出来るならだけどニャ。悪いが、今日は手加減が出来ないんだニャ」


「ククク、たかが使い魔風情が笑わせる」


「好きなだけ笑えニャ。残りの人生もあと少しだからニャ」


 黒装束の男達は、俺の言葉に全員が笑っている。その顔は黒布で隠されて見えないが、恐らく、笑いで歪んでいる事だろう。

 だが、次の瞬間にはその笑いが止まり、無残にも引きるに違いない。


「あ、ミユニャ、だめ、どこ」


 腕の中から俺が居なくなったことで、レーシアが慌てて声を上げるが、黒装束達はそれ処では無いのだ。


「な、なん、なんだ貴様は! 猫が......」


 猫が人間にと言おうとしたのだろう。でも、最後まで言わせるつもりはない。


 そう、右手にした炎帝を振り抜いたのだ。


 俺との受け答えをしていた男の頭が床に落ち、首から炎が噴き出す。

 床に落ちた頭は、既に火の玉となって嫌な臭いを振り撒いていた。

 もう誰でも解る事だろう。俺はレーシアの腕の中から飛び出した次の瞬間、人間体に変身したのだ。


「今回は手加減できないと言ったニャ。申し訳ないが成仏してくれニャ」


 慌てる黒装束達に左手の闇帝を振るう。

 すると、今度は燃えている男の左に居た者が砂となって崩れた。


「くそっ、散れ、集まると不利だ」


 黒装束の一人がそう言い放つと、物凄い速度で残り六人の敵がバラける。


 しかし、炎で朱く照らされた俺は、その瞬間に一人の敵に追随し、右手の炎帝で胸を貫く。それに続けて、一瞬で次の敵の後ろに回り、闇帝で首を落とす。


「くっ、な、なんて速さだ」


 俺の動きを捉えることが出来ず、驚愕に震える敵に右手を振るう。

 炎帝が振り切られると、炎の刃が高速で敵を撃つ。その衝撃は敵の身体を分断し、炎上させる。

 自分で遣っていて無慈悲な行為だと思う。でも、今夜の俺は止まらないのだ。いや、止められないのだ。


「くそっ~~! 化け物め!」


 好きに呼べ。今日の俺は悪鬼で構わない。そう、トアラには申し訳ないが、お前達の結末になると決めたのだ。


『気に入ったぞ。それでこそ我の使い手。お主こそ我が主に相応しい』


『いえ、炎帝の主などよりも、妾の主こそ相応しいです』


 脳内で炎帝と闇帝が好き放題にのたまっているが、俺はそれを無視して黒装束を葬っていく。


「死ね~~~~~~! 化け物~~~~~~!」


 黒装束の二人が左右から挟み撃ちの状態で、俺に向かって両手に持ったカタールで斬り掛かって来る。


 どうやら、マルラの言っていた見た事の無い武器とはカタールの事だったのだろう。


 その攻撃をバックステップで躱すと、同時に両手を振る。

 その攻撃で、一人は身体を二分され燃え上がり、もう人はやはり二分されたかと思うと砂となって床に散る。


 最後の一人は、まあ、予想通りというか、下種のあかしを立てていた。


「きゃ! 止めて下さい。放して、放してください」


「動くな、動くとこの者の命は無いぞ」


 そう、レーシアを人質に取っているのだ。

 だが、そんなものは俺に取って、愚かな行為でしかない。


『我が望むのは、如何なるものも不動を貫く束縛ニャ。硬化ニャ!』


 レーシアの背に回った男に対して、即座に硬化の魔法を発動させる。


「やってみるニャ」


 俺は黒装束を挑発すると、ゆっくりと歩みを進める。


「な、な、なぜだ。身体が動かん」


 動く訳がない。俺が動かないように魔法を掛けたのだから。

 身体が動かない事で混乱する黒装束を余所に、俺はゆっくりとレーシアを取り戻すと、奴の額に炎帝を突き刺す。


「えっ? だれ? ミユニャはどこ」


 彼女は自分の事よりも俺の事の方が心配のようだ。だが、そんな事よりも悪党の始末が先なのだ。


「ぎゃ~~~~~~~!」


 炎帝を抜くと同時に、高速で後ろに下がる。

 次の瞬間、その黒装束は真っ赤な炎に変わった。

 それを確認すると、俺は闇帝をアイテムボックスに戻し、レーシアを抱き寄せる。

 その途端に、愚痴、称賛、毒が続けて脳内に響いてくる。


『あああ、主様、妾ではなく炎帝をお戻しに~~~~』


『カカカ、良きかな良きかな、流石は主殿。ククク、闇帝は大人しく寝ておれ』


 ああ、偶々、左手を自由にしたかっただけなんだが......今度から交代制にするか?

 まあいい。それより、さっさと脱出しなければ、人間体の制限時間があるからな。


「あなたは誰ですか? 何故ミユニャと同じ匂いが? あ、ミユニャはどこ、どこですか」


 レーシアが俺に誰何の言葉を掛けてくるが、それを無視して彼女を左手で抱えると、猫の時よりも素早い身のこなしで牢獄から抜け出し、屋敷の庭へと辿り着いた。


 未だにレーシアは猫である俺の事を気にしていたが、それを黙殺して後ろを振り返り、屋敷を眺めたあとに右手の炎帝を全力で振るう。

 その右手の一振りで、屋敷の前面が大きく切り裂かれて燃え上がり始める。


 悪いが少し酷い目に遭って貰おう。


 心中でそう告げると、炎帝をアイテムボックスへ戻し、レーシアをお姫様抱っこにする。


「きゃっ」


 レーシアの驚きを余所に、そのまま門まで逃げ出すと、白い猫が近寄ってくる。


『あなたは誰? ん? この匂いは......』


 ミリアはレーシアと同様に誰何の言葉を投掛けてくるが、俺はそれを無視して夜の空へと消えるのだった。


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