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21 宮廷魔術師


 美しい星々、母なる優しさを向けてくる青い月。

 この夜空は、生あることを喜びとさてくれるような光景だ。

 しかし、そんな美しい夜空を感慨深く観賞する事無く疾走する者がいる。


 ただ只管に走り続ける。その様は、まさにチーターと言っても過言ではない。

 そんな軽やかでしなやかな疾走をみせるその美しき者とは、銀色と白と黒が織りなす縞々のコントラストが美しいサバトラ猫、そう俺だ!


 アーバンキャットと比べてワイルドキャットは一味違うのだよ。フフフ。


 あっ! しまった。こっちにも敵が居た。


 疾走した先に敵影を見付けて逡巡しゅんじゅんする。


 拙い。この敵の規模は如何いうことだ。


 周囲から敵がワラワラと現れ、俺によこしまな視線を向けてくる。


 くそっ、絶対絶命だ。どうする。こんな所で道草を食っている訳には行かないんだ。


 周囲の敵は、包囲網を少しずつ縮めてくる。このままでは、この敵によって俺は食物くいものにされてしまうだろう。

 そんな身の危険を感じた時、俺は一筋の光明こうみょうを見付けた。

 それは、仕舞い忘れた洗濯物。たかが洗濯ものだ。されど、それは俺の命を繋ぐ蜘蛛の糸となる。


 すぐさま、その洗濯物に飛び掛かると、そそくさとよじ登り、その洗濯物を吊るしている一本のロープに乗る。

 このロープは街路を挟んだ建物の間に張られたものであり、地面から見上げると夜空を二つに分かつように見える。

 そんな一本のロープの上に四足で立っているのだ。これは、まさにサーカスとも言えるだろう。世界広しと言えども、この細いロープの上を歩けるのは俺だけの筈だ。

 危険を回避できたことに安堵しながら敵の様子を伺うと、敵がしきりに何かを言っている。


『あ~~~ん、イケズ~~~~』


『うちと遊んで~な~~~~~』


『一晩だけでいいから、あたしに種付けて~~~』


『かっこいい~~、めちゃ、イカしてるニャ~~~』


『どこのスターかしら、ロープの上を歩いてるわ』


 そんな声が、下方からニャアニャアと聞こえてくる。


『ふっ、ワイルドキャットは、行きずりの恋になんて興味ないニャ』


『にゃ~~~しびれる~~~~』


『超絶いいわ~~~~ン』


 俺の決め台詞に、メス共が卒倒している。

 しかし、オス共の目は冷たい。それもそうだろう。メス猫を総取りだからな。


『あばニャ!』


 こうして俺は窮地きゅうちを脱したのだった。







 レーシアの願いを叶えるために、カール王子の情報を得る事にした俺は、久しぶりに単独で夜の街へと繰り出したのだ。

 しかし、そこに待ち構えて居たのは、この国の兵ではなく、見事な程に盛りのついたメス猫達だった。

 どうやら、俺のモテ期は終わっていないようで、街を数メートル進んだ所でメス猫のターゲットとなった。


 まあ、俺は超絶イカしてるから、仕方ない事だが。フフフ。


 それは良いとして、メス猫達から逃げ始めたのだが、次から次へと追って来るメス猫の数が増えたのだ。

 その事を考えると、単独で街に出掛けたのは、失敗だと言わざるを得ない。しかし、城への潜入を考慮すると、単独での行動が最善なのだ。



 さて、なんとかメス猫達から逃げおおせた俺は、建物の屋根を伝って王城へと向かう。

 この状況で、俺を追って来れる猫は居ない。故に安心して先へと進むことが出来ると思った矢先だった。

 俺の視線の先に白い猫が現れた。

 その事も驚きだが、その長くしなやかな尻尾を持った白猫は、それ以上に俺を驚愕させた。


「君、普通じゃないわね。何者なの?」


 な、なんだと、何故、そんな事を知ってる? いやいや、それよりも猫が喋ってること自体がおかしい......って、俺もか......


「あははは、驚いたって顔ね。まあいいわ。別に君の邪魔をするつもりは無いしね。ただ、確かめたかっただけよ。ウフフ」


「お前は誰かニャ?」


 その不思議な猫に誰何の言葉を投掛ける。


 不思議な猫に......って、俺が一番に摩訶不思議まかふしぎな猫だけどな。


「私? あなたは礼儀って知ってる?」


 ぐはっ! 己が名乗らず、相手の名乗りを欲したことに突っ込まれてしまった。


「俺はミユキだニャ」


「えっ!? あははははは。ミユキ? ミユキだって~~! おかし~~い。あははははは」


 何て奴だ。俺の名前を聞いた途端に、目の前で寝転がって笑い始めやがった。

 ぬぬぬぬぬ~~~~~~~! 許せん!


「ごめん、ごめん。私はミリアよ。今はね。過去の名前は静乃しずのよ」


 なるほど、この猫も転生者なのだろう。

 でも、言葉を話せるのは何故だ?

 俺はその力をトアラから貰ったのだが、この猫はどうやってその力を得たのだろうか。


「あはは。私が喋れるのが不思議だって顔をしてるわね。ミユキってまだ若いでしょ。生まれて半年くらいかな?まあ、喋れる方法は幾つかあるのよ。でも、語尾がニャになるとか初めて聞いたけどね」


 ぐはっ、トアラの所為だ......なぁ、トアラ、お前の所為で俺は虐められているぞ!


 まあいい。彼女が話せるのは魔法だ。俺は自分の知識からその答えを見つけ出した。

 そこまで解れば、もう興味も無い。本来の行動に戻ろう。

 そう思った時、ミリアは素早く俺の行く手を塞いだ。


「邪魔はしないんじゃなかったかニャ」


「邪魔なんてしないわよ。でも、お願いがあるの」


 俺の進路を塞ぐ彼女に、その理由を尋ねると、彼女は願いがあると言う。


「なんの願いだニャ?」


「うふっ、私ね~~子供が欲しいの」


 またかよ......


「悪いが断るニャ。今はそれ処じゃないニャ」


「そうね。私もそれどころじゃないし。子作りは次の機会にしましょう」


 おや、彼女も何か急いでいるらしい。

 まあ、俺には関係ないので、放置することに決めた。


「じゃ、またニャ!」


 そう言って、彼女を放置して先を急いだのだが、どうも後ろから誰かが付けてくる気配がする。

 足を止めて振り返ると、そこでは座ったミリアが顔を洗っていた。


 まあいい。気にするのはよそう。


 そうして暫く進むが、やはり後ろから気配を感じる。

 再び足を止めて後ろを確認する。

 すると、ミリアが寝転がってノミと戦っていた。


 う~む、気になって仕方がない。


 俺は再び歩き出そうとした処で、即座に振り返る。

 ミレアは起き上がろうとしていたのを止めて直ぐに転がる。

 なんか「にゃ~~~ん」とか聞こえてくる。

 やはり、彼女は俺の後を付けているようだ。


 まあいい。それならこれだ!


「加速ニャ!」


 俺は魔法を発動して、一気に移動速度を上げた。


 これなら付いてこれまい。


 そう高を括って、走りながら後ろをチラ見すると、見事に付いて来ていた。

 それを目の当たりにして、思わずコケそうになって足をとめる。

 すると、彼女が俺に話し掛けてくる。


「あら、鬼ごっこは終わりかしら?」


「いや、お前が追って来ているだけニャ?」


「え~。私は男の尻なんて追い掛けないわよ」


「じゃ~何故、後を付けてくるのかニャ」


「別に後を付けてる訳じゃないわ。偶々、行く先が同じなだけでしょ」


 今の遣り取りで、彼女が初めから俺を付けていた事に気付いた。


「何故、俺の行く先を知ってるニャ? レーシアの屋敷から付けて来たのかニャ? 何処から見ていたニャ?」


「あら、思ったより賢いのね」


 何て無礼な女だ。やっちまうぞ、こんにゃろ! あ、でも、それは奴の望むところか......


 俺は溜息を吐きながら、ミリアの意図について尋ねることにした。


「お前の目的は何だニャ? どうして俺に付き纏うニャ?」


「因みに、馬車で屋敷に来た時から見てたわ。ん~、あなたの目的次第では手伝えると思うけど」


 どうやら、初めから見ていたようだ。


 さて、如何したものか。正直に答えるべきか......


 結局、色々と思考した挙句、正直に話すことにした。

 というのも、話したとて別段支障が起きるとは思えなかったからだ。


「俺は王子を助けるつもりニャ」


「そう。じゃ、手助けする必要がありそうね。付いてらっしゃい」


 どうも、その判断が正解だったらしく、彼女は手伝ってくれるとの事だった。


 そんな彼女は先に走ろうとしたが、そこで足を止めた。

 如何したのかといぶかしんでいたのだが、彼女は即座に告げてきた。


「如何でも良いけど、あなたのフォロモンはどうにかならないの? 私ですら胸がキュンキュンするわ。もう、あなたに種付けされたくて堪らなくなるのよ」


 ニャに~~~ぃ! フェロモンだと~~~~~~!


 そう、この時初めて自分にフォロモンなる術が掛かっている事を知るのだった。







 一時はミリアの事を怪しんだりもしたのだが、彼女が教えてくれる抜け道は的確だった。

 そんな彼女の協力もあって、俺達は誰にも見つかる事無く城内へと入り込む事ができた。

 更に、その先についても彼女が情報を持っているらしく、それを聞いた俺は透かさず目的であるカール王子の居場所へと向かったのだが、途中で衛兵の言葉を耳にして足を止めた。


「それにしても、本当かな。アルレシアン公爵と言えば、王様と兄弟以上に仲が良い筈だが」


「オマケに首謀が王子とか有り得ないだろ。まだ五歳だぞ。」


「きっと、俺達の知らない裏があるのさ。平兵士には解らん世界だよ」


「あれだろ。キンクス侯爵じゃね~か。普段から胡散臭いと思ってたんだけど」


「こら、迂闊うかつなことを口走るな」


「そうだぞ。聞かれた命が無くなるぞ。家族もな」


「それよりも、白薔薇騎士団の隊長も王子をかばって捕まったらしいな」


「そうそう、あの女騎士も終わりかな。凄く強いらしいが」


「でも、勿体ないよな。超絶に美人なんだけど」


「今頃、牢獄で誰かに犯されてるかもな」


「あと、宮廷魔術師のアーニャ様も軟禁中だろ? この事態を一体誰が収めるんだ」


「さあな。これから一体どうなる事やら。まあ、どちらにしろ俺達のような平兵士には関係ない世界さ」



 衛兵四人の噂話だったが、その内容は最悪のものだった。


 これは完全に陰謀いんぼうというか、謀反むほんの臭いがプンプンするな。

 そんな事を考えていると、ミリアが念話で先を急ぐと伝えてきた。

 というか、この女は念話も使えるんだな。一体何者だろうか。


『行くわよ。ぼやぼやしてると置いて行くわよ』


『わかったニャ』


『ちょ、あんまり後ろからジロジロ見ないでよ』


 てか、後から付いて行くしかないのに、俺にどうしろと?


 心中でぼやきながらも、ミリアの後に続く。

 暫く進むと、地下へ降りる道があったのだが、そこは暗く悪臭の漂う場所だった。


『あ~やだやだ。要が無ければこんな所になんて、絶対にこないわ』


 愚痴をこぼす彼女を眺めながら、その先に視線を向ける。


『ここは何処ニャ?』


牢獄ろうごくへの入口よ』


 ふむ。どうやら目的の人物は牢屋にぶち込まれているようだ。

 まあ、妥当なところだな。特に危険もなさそうだし、さっさと行くとしよう。


 今度は俺が先に進み、後ろからミリアが付いて来るのだが、どうも俺の尻尾に興味があるらしい。時々、猫パンチで叩き落そうとしている。


『おい、人の......俺の尻尾で遊ぶニャ』


『えへっ、つい本能が......』


 そんな事をしながら先に進むと、二人の衛兵が居るのが見えた。

 うむ、ここは眠って貰おう。


『癒しの女神トアラルアの名において命じるニャ。何人たりとも眠りを妨げる者なかれニャ』


『へ~~~催眠の魔法も使えるね』


 ミリアが俺の魔法に感心しているが、それに付き合っている暇はないのだ。


 衛兵が眠りコケタのを確認して、サクサクと進もうとしたが、ミリアが衛兵の腰をゴソゴソと探っている。

 どうやら、鍵を探しているのだろう。俺はそんなミリアを放置してサクサクと先に進む。


 こういう時に猫というのは便利だ。気を遣う事無く足音を消せるのだから。いや、初めから足音なんてしないけど......


 ということで、更に進んだ先には鉄格子の門があった。

 まあ、こんなのは簡単に解錠できる。


『我が望むのは、何人たりとも妨げざる世界ニャ。解錠ニャ』


 難なく解錠して中に入ろうとした処で、ミリアがプンプンと怒りながら遣ってきた。


『置いて行かないでよ。それに解錠できるなら、そう行って欲しいわ。折角、臭い衛兵からもぎ取って来たのに......』


 どうやら、かなりご立腹らしい。


『ニャ~~』


 取り敢えず、猫鳴きで誤魔化す。

 彼女からは『胡散臭い』というお褒めの言葉を頂いたが、黙殺する事にして先に進む。


 そこには小さな子供がうずくまっていた。

 どうやら、寝ているようだ。さて、如何したものか。


 悩む俺にミリアが纏わりついてくるのをウザがっていると、突然、向かいの牢獄から女性の声が聞えてきた。


「もしかして、ミリアか?」


 向かいの牢屋に入っている女性は、ミリアの事を知っているらしく、彼女の姿を見た途端に驚いて声を掛けて来たようだった。


「ん? もしかして、別の使い魔か? いや、それとも、お前の旦那なのか?」


「ニャ~~~」


『おい、なにドサクサに紛れて肯定の返事をしてるんだよ』


 その女性の言葉にミリアが返事をするので、思わず突っ込んでしまった。

 だが、ミリアは俺のツッコミなんて聞いてないわとばかりに、女性の牢獄へ鍵の束を放り投げる。


「流石、アーニャ様の使い魔だけはあるな」


 その女性はそんな事を口にしながら、鍵の束で牢屋の鍵を開ける。


「ふ~~っ、あの腐れ侯爵、目に物を見せてくれる。おっと、その前に」


 彼女は憤怒ふんぬんの形相で怒りをぶちまけたが、すぐさま大切な事を思い出したようだった。


「カール様、カール様」


 彼女は寝ている小さな子供に話し掛けながら解錠する。


「ど、どうしたのミランダ」


 寝ぼけまなこの子供がその女性の名前を呼ぶ。


 恐らく、その女性はミランダと言うのだろう。もしかしたら、衛兵が噂話をしていた女騎士かもしれない。

 まあ、それより、ここを無事に脱出することが先決だ。と、思った処にミリアの猫パンチが俺の頭を叩いた。


 くそっ! 何しやがるこのアバズレが! 本当に犯すぞ!


『もう一カ所お願いね』


『いや、無理だニャ。王子を連れて行くのは危険だニャ。出直した方がいいニャ』


『駄目よ。二人が逃げたら警戒が厳しくなるわ。助けるなら一度に終わらさないと』


 確かに彼女の考えも一理ありだが......


『場所は解ってるのかニャ?』


『東の塔よ。高見の塔と呼ばれる魔法使い専用の牢獄』


 仕方ない。ここまで来たらついでだ。


『案内するニャ』


『さっすが~~、私の旦那様~~~』


『勝手に旦那にするニャ』


 カール王子を助け出したのは良いが、新たな救出作戦に巻き込まれるのだった。







 ミランダが何やらモタモタしているかと思ったら、いつの間にかフル装備となっていた。

 恐らく、眠らせた衛兵達から奪って来たのだろう。


「これから何処に行くんだ?」


 俺達が東の塔に向かっていると、ミランダが訝し気に尋ねてくる。

 だが、喋る訳にも行かないし、ニャ~とだけ返しておく。

 そうして暫く進むと、彼女にも理解できたようで、納得の台詞を吐いた。


「東の塔か......もしかして、アーニャ様も軟禁されているのか」


「ニャ~」


 今度はミリアが足を止めて返事をする。


「くそっ、あのゴミ侯爵、絶対にタダでは済まさん」


 まあ、今はそれ処じゃないからね。先を急ごうね。


 眠ったカール王子を背負ったミランダが憤慨しているが、それを無視して塔の近くまで来ると、二人の衛兵が入口で番をしているのに気づく。

 まあいい、眠って貰おう。と、思った矢先に、カール王子を降ろしたミランダが突撃しようとしたので、猫パンチで沈める。


「こら、猫! 女の顔を殴るとは、何てことするんだ」


 うう、この女、ガストより質が悪いかもしれない。

 くそっ、ぬぐぐぐぐぐ、仕方ない。


「お前は馬鹿ニャ。戦えばいいというものじゃないニャ」


 余りの馬鹿さに、辛抱堪しんぼうたまらず説教してしまった。


「ぬっ、猫......お前、喋れるのか?」


うるさいニャ。少し黙ってるニャ」


 猫パンチで転がっているミランダの口を肉球で抑えて黙らせ、眠りの魔法を発動させる。


『癒しの女神トアラルアの名において命じるニャ。何人たりとも眠りを妨げる者なかれニャ』


 睡眠魔法が発動すると、入口に立っていた衛兵が力無く座り込む。今頃はお花畑の中だろう。


「猫、もしかして、お前が遣ったのか?」


 ミランダの質問を黙殺して、俺はそそくさと先へ進む。


 入口から中に入ると、そこには長い螺旋階段らせんかいだんがあった。


 う~む。連れがいなければ、飛んで行きたいのだが......

 あ、そうか、全員で行く必要はないのでは?


 足を止めてミリアに話し掛ける。


『全員で行く必要があるかニャ?』


『そういえば、その必要はないわね』


『だったら、ここで待っていてくれないかニャ。俺がサクッと行って来るニャ』


『じゃ、お願いできるかしら』


 ミリアの声に「ニャ~」とだけ返事をして、俺は加速魔法を発動して最上階まで走り抜けた。


 後方では「あれ、本当に猫なのか?」というミランダの声がしたが、そんな事は如何でも良いのだ。

 さっさと終わらせて帰りたいのだ。

 というのも、レーシアの事が心配だ。

 一応、仲間を付けているが、それが更に心配の種となっている。

 そんな事を考えている間に、最上階へと到達した。


 そこには衛兵などおらず、魔法プロテクトが掛かったドアがあるだけだった。

 まあ、魔法プロテクトといっても、中からの攻撃に対するもので、外から魔法で解錠するのには何の支障もないものだ。


『我が望むのは、何人たりとも妨げざる世界ニャ。解錠ニャ』


 解錠魔法が発動すると、入口の扉が消えて無くなった。

 ゆっくりと足を進めて中に入ると、そこにはソファーに寝そべる黒髪の少女の姿があった。

 如何見てもレーシアと同じくらいの年齢に見える。

 だが、少女が発する魔力から、彼女が普通では無いと感じ取れる。


「遅かったなミリア。他は上手く行ったか?」


 寝そべったまま本を読んでいた少女が声を掛けてくるが、返事が無いことを不審に思ったのか、こちらに視線を向けてきた。


「ほ~~、ミリアどころの話では無いようじゃな。もしや使徒か? 単独でここを開けるとは、桁外れの力を持っておるようじゃな。まあ良い。それじゃ、行くとするかのう」


 彼女はそう言うと、何処からか二畳サイズの絨毯を取り出した。

 それを如何するのかと不思議に思ったが、その絨毯が普通の物ではない事を直ぐに悟る。

 何故なら、その絨毯は彼女が呪文を唱えると宙に浮いたからだ。


「さあ、使徒よ。行くぞ」


 少女は絨毯の上に乗ると、俺に手招きしてくる。


 どうやら、彼女がアーニャ様と呼ばれる宮廷魔術師のようだな。


「早うせい。早くせぬと焼き猫にするぞ」


 焼き猫なんて、溜まったもんじゃない。

 いやいや、時間が無いんだ。だから、反論する前に絨毯に飛び乗ることにした。


「うむ。中々利口な猫のようじゃな。名を何と申す? どうせ、話せるのじゃろ?」


 彼女は何もかも見透かしたような口調で問い掛けてくる。


 う~む、彼女には何もかもお見通しらしい。


「ミユキだニャ」


「ふむ。お主の名前には神力を感じるのう。そのフェロモンは名前の所為じゃろうな」


 そうだったのか......俺の名前がフェロモンの鍵......って、解除方法がないじゃないか~~~!


 心中で悲痛な叫び声を上げながら、空飛ぶ絨毯で塔の入口に居る二人と一匹を迎えに行くのだった。







 夜の飛行はとても素晴らしかった。

 地で見るより、星々の溜息や瞬きがより一層身近に感じられる。

 そう、俺は街の上を飛んでいる。

 といっても、俺の飛行魔法で飛んでいる訳では無い。てか、俺の飛行魔法では、こんなに空高く飛ぶことが出来ないのだ。


「どうじゃな。妾の絨毯の乗り心地は」


『最高だニャ』


 自慢げに問い掛けてくるアーニャに、思わず本音で返してしまった。


「そうか、そうか。うむ、お主は中々出来た猫じゃな。それに比べて......」


 彼女は話の途中で自分の膝の上に視線を落とす。


 そこには、耳をペタンと伏せ、尻尾を股の間に隠したミリアの姿があった。

 どうやら、彼女は空を飛ぶのが怖いらしい。

 ミリアは主から冷たい視線を向けられると、必死になって弁解を始める。


『だって、前世は飛行機事故で死んだんですよ。怖いに決まってます』


 まあ、そういう理由が在るなら致し方あるまい。


 そんな遣り取りをしている間に、レーシアの屋敷が見えてきた。

 その光景は、俺が出かける前と全く変わっておらず、内心でホッと一息ついた。

 というのも、「炎上してるニャ!」なんて光景になる可能性も大いにあるのだ。


「レーシアも無事だと聞いて、妾も安心したのじゃが、お主が助けてくれたのか?」


『成り行きニャ』


 にこやかな表情で問い掛けてくるアーニャに軽く答えたのだが、庭の惨状をみて意識を凍り付かせてしまった。


『急いで欲しいニャ』


「そうじゃな。どうも不穏な臭いがすのじゃ」


 俺の焦りが伝わったのか、アーニャも真剣な眼差しで屋敷を見詰めている。


 庭の状態は、かなりの荒れ様だ。

 燃えていない処をみると、レストが暴れてないみたいだし、この惨状は予想外にデカイ被害だ。


 アーニャの空飛ぶ絨毯が地面の近くまで来ると、俺はすぐさま飛び降りて、玄関が開かれたままとなった屋敷の中に飛び込む。


『大丈夫かニャ? 何があったニャ?』


 屋敷に入った途端、念話でそうブロードキャストすると、直ぐにルーラルが駆けつけてきた。

 そして、次の瞬間には俺の目の前で跪き、頭を垂れて謝罪の言葉を口にしたのだった。


「主様、すみません。私の力が未熟なばかりに......」


『どうしたニャ。何があったニャ』


「レーシアさんが連れ去られました」

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