20 アルレシアン家の屋敷
その建物は屋敷と呼ぶに相応しい規模と意匠を兼ね備えていた。
ただ、残念なことは、庭に設置された銅像や噴水の彫刻などが、明らかに派手過ぎることだ。
馬車の時もそうだったが、幾分、飾りの度が過ぎる所為で全てをぶち壊しているように思える。
いっそ、その銅像などを取っ払って、全てを花壇に変えた方がよっぽど気品溢れる様相となると思うのだが、きっと、この庭を好みとしている人物には理解できない事だろう。
侍女リリアの示す通りに馬車を走らせ、やっと辿り着いたレーシアの自宅について、感想を述べてみたのだが、目の不自由な彼女に取っては、何の意味も無い事だろう。
そんな事を考えつつも、俺達は玄関先へと馬車を進める。
「豚伯爵の屋敷よりは狭いのです」
レストがコソコソと感想を述べているが、レーシアには筒抜けのようだ。
どうやら、レーシアは目が不自由な分、高感度の耳を持つに至ったようだ。
「豚伯爵とは?」
「いえいえ、ドルガルデン王国の話なのです」
慌てて両手を振りながら誤魔化すレスト。だが、全く以て上手く行ってるとは思えない。
まあ、田舎だと土地も余っているからな。広い敷地を持つのも難しくないのだろう。
しかし、ここは王都だ。屋敷を持っているだけで、相当なものだと言えよう。
それにしても、レーシアは片時も俺を放してくれないのだが......
少しでも動くと素早く抱き止められてしまう。
最早、抱かれていると言うより、拘束されているといった状況だ。
『主様、到着しました』
屋敷の玄関に馬車を止めたルーラルが俺に念話で伝えてくる。
どうやら、無事に到着できたようだ。
その声に続いて、馬車の扉が外から開かれ、そこからリリアがそそくさと乗り込んでくる。
「はい、お嬢様」
彼女は手慣れた様子でレーシアを馬車から外へ誘導する。
そうだったな。レーシアは目が不自由なのだ。介添えが必要だよな。
そんな事を考えながら、俺はレーシアに抱かれたまま馬車を降りることになったのだが、次の瞬間、屋敷の扉が勢いよく開かれた。
中から現れたのは、複数の騎士達だった。
彼等がこの家の者なのだろうか。中々、ゴツイ出迎えだな。
そんな疑問に首を傾げていると、リリアがそれに対する答えを与えてくれた。
「あなた達は誰ですか! ここをアルレシアン家の屋敷と知っての狼藉ですか」
どうやら、屋敷の者では無く、不審者のようだ。
それも取って置きの不審者だ。いや、殺人者と呼ぶべきかもしれない。
何故なら、彼等の顔、防具、手、武器には赤黒い液体が付着していたからだ。
日本ならペイントとか、ケチャップなんて落ちも在り得るのだが、その者達の表情からして、ハロウィンの仮装という訳でもないのだろう。
『戦闘態勢ニャ』
透かさず、全員に念話で呼びかける。
だが、彼女達は既に一人を除いて全員が戦闘態勢となっていた。
ああ、態勢を取れていない一人はミララだ。
現在進行形でせっせと甲冑を着込んでいるところだ。
うむ、流石だな。流石は俺の仲間達だ。そこらの暴徒とは一味違う。あれ? 暴徒じゃない?
騎士達はリリアの誰何に応えようとせず、ニヤニヤと嫌らしい笑みをその汚らしい顔に張り付けている。
そんな騎士達に、リリアは恫喝の言葉を叩き付ける。
「こんな事をして、只で済むと思っているのですか! あなた達は処罰されますよ!」
その言葉に、ニヤニヤとしていた騎士の一人が口を開く。
「ざ~んねんながら、処罰なんてされないんだよ! 公爵は既に死んだからな~ククク」
それを聞き、俺を抱くレーシアの腕に力が入る。
かなり驚いている様子だ。
それもそうだろう。自分の親が殺されたと聞かされたら、誰でも驚く筈だ。
「そ、それは、それは本当なのですか? 父が死んだのですか」
レーシアは震える手で俺を抱き締めたまま、騎士の言葉を問い質す。
その擦れそうなレーシアの声を聞いた騎士は、ニヤけた顔を更に綻ばせて説明してくる。
「ああ、アルレシアン公爵は国王殺害の罪で処刑されたぞ。アハハハハハ」
静寂な屋敷の玄関に、騎士の無粋な笑い声が響き渡る。
不快だ。とても、不快で不愉快だ。如何した事だろう。胸の内が熱い。気分は最悪なのに、胸の中が灼熱の業火で燃やし尽くされているようだ。
「そ、そんな、お父様が国王殺害なんて在り得ません」
燃え盛る俺の心情が伝わったのか、レーシアは力強い声で騎士の言葉を否定する。
「ククク、在り得なくても、そうなってるんだよ。シナリオがな~。アハハハハ」
どうやら、全てが策略のようだな。
「よし、女ばかりだ。全員を捕縛しろ。楽しみは沢山あった方がいいからな。アハハハハハ」
騎士とは思えぬ物言いだ。こんな男を騎士にしておいて良いのだろうか。いや、騎士では無かった。騎士達の間違いだ。ここに居る騎士達は全員が外道だ。
『遠慮は要らないニャ。ぶっ飛ばすニャ。でも、くれぐれも建物を燃やさないようにニャ』
騎士の数は二十人前後だろうか。こんなゴミ共を倒すなんて簡単なことだ。
俺の念話に、甲冑の装着を終わらせたミララが、怒りの声を上げた。
「濡れ衣なんて許さないの!」
恐らく、彼女は両親のことを思い出したのだろう。その表情は鉄の面で隠されているが、怒りの形相と化している筈だ。
その心情を証明するかのように、彼女のメイスが剣を片手に近付いて来た騎士に振るわれる。
騎士は即座に剣を構えたが、彼女のメイスはその剣を叩き折り、騎士の肩口へと減り込む。
「ぐぎゃ~~~~!」
悲鳴を上げる騎士の装備はハーフアーマーなのだろうか。上半身、小手、グリーブといった姿なのだが、その騎士の肩に減り込んだメイスの所為で、ハーフプレートの肩部分がぐにゃりと凹んだままとなっている。
「下種は葬るわ!」
その横では、レイピアとマンゴーシュを両手にしたマルラが、罵声を浴びせながら必死に剣を振り下ろしている。だが、騎士のアーマーに妨げられて、思うように倒せていない。
『マルラ、突くニャ。防具の無い箇所を突くニャ』
「はい!」
敵の剣をマンゴーシュで躱しながら、マルラは元気よく返事をすると、攻撃を刺突に変えて相手の腕や足、喉に集中させてた。
「ぐあっ」
腕と足をマルラに突かれた男が唸り声を発して転がる。
どうやら、マルラはこれで大丈夫そうだ。
マルラの戦闘が優位的な状況と変化したことに安堵し、俺は視線をルーラルに向ける。
「己の不逞を懺悔なさい」
まるで信徒のような台詞を投げつけながら、敵の剣を盾で払い、己のランスを騎士の腹部に叩き込んでいる。
騎士の上半身はアーマーによって守られているのだが、彼女のランスによる刺突は、まるで紙でも貫く様に、易々と騎士達のアーマーに食い込む。
ルーラルの攻撃を喰らった騎士は、悲鳴を上げる暇も無く吹き飛ばされて動かなくなっていた。
「え~い!」
転がる騎士に視線を向けていた俺の耳に、この場にそぐわない掛け声が届く。
顔をそちらに向けると、魔銃を騎士に向けたエルカが魔弾を撃ち放った処だった。
撃ち出された魔弾は見事に騎士の腹に炸裂し、騎士は何が起こったのかも解らないまま、その場に崩れ落ちる。
死に至る攻撃ではないが、暫くは不自由な生活を送る事だろう。
ある意味、その程度で終わらないと困るのだ。
だって、八歳児に人殺しなんてさせられないからな。
今更ながらに、そんな事を考えていた俺の目に最悪の状況が映る。
『ま、待つニャ! レストは戦わなくていいニャ』
そう、レストが騎士に向けて杖を突き出していたのだ。
こんな所でレストの魔法が炸裂したら、大惨事となるに決まっている。
慌てた俺は瞬時にレーシアの腕の中から抜け出し、レストの顔に飛び付く。
「み、ミユキ、何をするのですか。前が見えないのです」
『お前は何も見なくていいニャ。大人しくしてるニャ』
「え~~~、あたしも戦うのです。頑張らないと」
『お前は頑張らなくていいニャ。黙って見てるニャ』
「でもなのです~~」
『いうことを聞かないなら、今夜の飯は抜きニャ』
「分かったのです。大人しく見学するのです」
飯抜きの台詞でやっと落ち着いた。
そんな俺とレストに向けて騎士が襲ってくる。
恐らく、隙を突いたつもりなのだろうが、相手が悪いニャ。
俺は透かさずレストから飛び降りると、その反動で地面を蹴り男に飛び掛かる。
そんな俺に慌てた騎士だが、即座に剣を振り抜いてくる。
俺はその剣を後足で蹴り、更に男の顔面へと猫パンチを繰り出す。これで終わりだ。
猫パンチを喰らった騎士は、錐揉み状態で吹き飛び、マルラと戦っていた騎士も巻き込んで崩れ落ちる。
「流石は師匠!」
その騎士の様を見たマルラが感嘆の声を上げているが、その先で騎士達を次々とピコピコハンマーで殴り飛ばしているメルに比べれば、とっても地味だと言える。
「ミユニャ~! ミユニャ~~! どこ、ミユニャ~!」
新たな呼び名を作ったレーシアは、両腕で空を掻きながら必死に俺を探している。
先程の落ち着き様が信じられない程の狼狽ぶりだ。
「ナ~~~」
レーシアの心配そうな姿を見て、すぐさま彼女の下へと駆け寄ると、猫なで声で鳴く。
「ミユニャ、危ないからジッとしてないと駄目よ」
目の不自由な彼女は俺の身体を抱き上げながら、傍から離れたことを叱ってくるが、実際にその戦闘を目の当たりにしたリリアは、信じられない光景を見たとばかりに硬直していた。
しかし、俺が抱き上げられ、現在もレーシアの腕に収まっている光景を見たミララは、憤怒の勢いで騎士を殴り飛ばし始めた。
「ミーシャのバカ~! バカ~~~~!! バカ~~~~~~!!!」
彼女がメイスを振るう度に、騎士が吹き飛んで行く。
最早、他の者の出番は無かった。
結局、残った騎士の全ては、ミララの八つ当たりを喰らって吹き飛んでしまったのだった。
玄関先で転がる騎士達を門前に放り捨てて、俺達は屋敷へと入ったのだが、そこは想像以上に酷い有様だった。
男の使用人や老人は斬り殺され、若い女達は半裸の状態で縛り上げられていた。
恐らく、この娘達は騎士の慰み者となる予定だったのだろう。
それを考えると、胸の奥が再び燃え上がるのを感じる。
『こんな事なら、もう少し酷い目に遭わせるんだったニャ。最低でもナニは使えないようにして遣らないと気が済まないニャ』
「ナニって?」
一人だけ理解できなかったメルが尋ねてくるが、本当は知りつつも全員が首を横に振る。
そんな緊張感のない俺達に向けて、リリアから束縛を解かれた女性が告げてきた。
「お、お嬢様、ご無事で本当に良かったです」
どうやら、彼女はこの屋敷の女中のようだ。裸のまま大きな胸を揺らして駆け寄ってきた。
う~む。目の保養だ。いやいや、目の毒だ。
マルラやミララのキツイ視線を浴びて、俺は心中の言葉を置き換えた。
「その声は、ナナレアですね。無事で本当に良かったです。あ、お父様は」
ナナレアと呼ばれた女中は、レーシアの問い掛けで喜びの表情を一気に曇らせる。
更には、そのまま押し黙ってしまった。
その無音の出来事で、父親の状況を悟ったのか、レーシアは俺を強く抱いたまま首を横に振って言葉を続けた。
「分かりました。それよりも、あなた達も早くお逃げなさい。屋敷にある物は自由に持ち出して構いません」
レーシアは目が不自由でも、頭の方はかなり良いみたいだ。
自分の置かれた状況を早くも理解したらしく、女中達の身を案じて逃げる事を命じているのだ。
それも彼女達の生活が困らないようにと、家財を分け与えるつもりのようだ。
すると、その言葉を聞いたナナレアは、レーシアに問い掛けてくる。
「お嬢様は如何なされるのですか」
「王子の事が心配です。まずは、彼の安否を確かめようと思います」
「王は殺害されて、王子は捕まったと騎士達、いえ、ゴミ屑が申しておりました」
「そうですか。ならば、カール王子だけでも救出したいものです」
女中の言葉に、レーシアは王子の救出と答えるが、彼女に何らかの案があるのだろうか。
そんな疑問を持ったのだが、その答えをリリアが告げてきた。
「お嬢様、それは無理です。私達には何の力もないのですから」
「そうですね。如何しましょうか」
何の策もないようだった......
今後の行動についてレーシアが悩んでいると、仲間達の視線が彼女に向いて......いや、俺に向いているようだ。
そんな彼女達の視線は、「助けてあげて欲しい」と語っているのだ。
「ニャ~~~」
「どうしたの、ミユニャ」
俺が溜息混じりの声を出すと、レーシアは速攻で反応を示すが、それを黙殺して念話を送る。
『分かったニャ。助けるニャ。ルーラル、彼女との交渉はお前に任すニャ』
『流石です。それでこそ主様です。了解しました。私にお任せください』
俺から交渉を一任されたルーラルは、力強く頷いてから胸を張って宣言した。
「レーシアさん、大丈夫です。私達が悪人を掃討します」
違うっちゅ~~~~の! 王子の救出だけじゃ~~~~~!
「えっ、本当ですか? って、ミユニャどうしたの急に脱力して」
ルーラルの助言に、レーシアは喜びを露わにするが、直ぐに俺が抜け殻となった事に気付いたようだった。
結局、数人の女中は屋敷を後にしたが、殆どの者は残ったようだ。
現在は彼女達の手も借りて、無残にも殺されてしまった者達を集めている。
それは、後日、弔ってあげる必要があるからだ。
それにしても、女中たちは働き者だった。うちの少女達を修行に出したいくらいだ。
彼女達は遺体の移動を終えると、すぐさま掃除と料理に取り掛かっている。
『主様、これから如何しますか?』
未だレーシアの腕の中にいる俺に、ルーラルが今後の行動について尋ねてくる。
それにしても、偶には下ろしてくれないだろうか。
こう片時も放されずに抱かれていると、身体が硬くなるのだが......
「ミユニャ、どうしたの? ゴソゴソして」
いやいや、動物だから動くだろう? てか、その執着心は異常だぞ?
声に出すことが出来ないので、仕方なく心中で反論してみるが、当然ながらその声が聞こえる訳もなく、何の改善も生まれない。
だが、そこに救世主が現れる。
「クシュン! オン! オン! クゥ~~~~ン」
「あれ? 犬? 犬がいるの?」
俺を解放させるために、ミララが何処からか持ち出した猫じゃらしでレストの鼻をくすぐったのだ。
「レスト、宜しくなの」
「クゥ~~~ン(え~~~~~)」
ミララが厳しい眼差しで豆柴レストの名前を呼んだかと思うと、逃げようとする彼女を抱き上げて連れてくる。
「レーシア、子犬なの、可愛いの」
ミララは上手に豆柴レストと俺を入れ替えてくる。
悪いなレスト。お前の犠牲は永遠に忘れない。
「クゥ~~~ン(え~~~ん)」
結局、レストを人身御供、いや、犬身御供として俺は開放された。
それは良いとして、今後についてだな。
仲間全員が見詰める中、俺はすっかり硬くなった身体を伸ばしながら皆に告げた。
『にゃ~~~~~ん! 解放感が最高だニャ! いやいや、それは良いとしてニャ。まずは情報収取なんだが、恐らく、ここは再び襲撃されるニャ。だから、皆にはここを守って欲しいニャ』
『師匠は如何するんですか?』
『俺はちょっくら城に忍び込んで、色々と情報を集めてくるニャ』
俺がマルラの質問に即答すると、ミララが進言してくる。
『私も行くの』
『ミララはここを頼むニャ』
『どうして駄目なの?』
『だって、侵入捜査は猫一匹の方が楽だニャ』
俺の合理的な意見に反論できないミララは、頬を膨らませたかと思うと、目にも止まらぬ速度で俺を抱き上げた。
『ぐあっ、やっと解放されたと思ったのにニャ~~~~』
思わず心中に収まる筈の愚痴が念話になってしまった。
『もう放さないの』
ミララの言葉に脱力しながら、俺は次なる指示を飛ばす。
『恐らく、今夜も襲って来るニャ。俺の居ないときの指揮はルーラルに頼むニャ』
その言葉に、ルーラルは即座に椅子から降りて跪き、頭を垂れた。
『有り難き幸せ。このルーラル、必ずや主様の役に立ってみせます』
かなりの意気込みなのは良いが、先程の事を考えると、ちょっとだけ怖い気もする。
でも、他に適任者がいないんだよな~。
『くれぐれも被害が大きくならないようにして欲しいニャ』
『勿論です。お任せください』
一応、釘を刺しておいたのだが、どこまで効き目があるやら......
そんな不安を感じながらも俺達の作戦が始まるのだった。




